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47.儀式と信仰

「それじゃあ、治療が無事完了したことと、遅ればせながら無事ノルンに凱旋出来たことを祝して……乾杯!!」


 そう高らかに言うと、私はぶどう酒の入った木のコップを掲げた。


「乾杯!!」


 そこに集まってくれたセルジュ、アルベルト、レオン、マチルダの一同もコップを掲げると、ガチンと合わせる。


「……ん、ん、んんーーッ! おいしッ!! お姉さーん! おかわりお願いします!」


 私は一気にあおって空になったコップをウェイトレスのお姉さんに向けてヒラヒラさせる。


「おいおい、気持ちは分かるが、そんなに飛ばして大丈夫か?」

「そういうセルジュだってもう空っぽじゃない」

「それはまぁ……」

「お姉さーん! こっちももう一杯追加でお願いしまーす!」


 それを見ていたアルベルトが優しく微笑む。


「帝都では緊張続きだったからね。こうして羽根を伸ばせるのは良いことだ」

「……だからってはしゃぎ過ぎだと思いますけど」

「まぁ、マチルダもそう固いこと言わないでいいじゃん! またクレアさんのおかげで仲間を助けてもらったんだから!」

「……それはそれ、これはこれ。死刑囚が慈善活動しても罪が軽くなる訳じゃないのと同じ」


 今の私はどんだけ罪が重いんだ!

 まぁ、無事に負傷した祈祷者を治療出来たから浮かれていたのは確かだ。

 でも、振り返ってみれば、結局シロの羽根がなければ治療は出来ないことになる。

 あの奇跡が次もまた本当に起きるのか定かではないし、ずっと羽根を使わせてくれるのかも分からない。

 その人の生涯で一度だけ効果があるのかもしれないし、そんな貴重なものを神の使いである神鳥がおいそれと与えてくれるかどうか。

 だから、安易に治療法が見つかったとアヴラッハさんたちに報告してしまっては、何かある度、クロウレイの儀式を行ってしまう懸念がある。

 私はそれをどうしても変えたかった。


「みんな、突然だけど相談したいことがあるの」


 コップをテーブルに置くと、皆を見渡しこう切り出した。


「今回、治療法が見つかったとは言え、治療に成功したのは奇跡みたいなものだから、今後同じ患者が出ても治療出来る可能性は低い。だから、私は治療師として、クロウレイの儀式については今後禁止するような形にしたいんだけど、どうかな?」

「さっきまで陽気に飲んでたのに、随分剣呑な話を振るね」


 ハハと乾いた笑いを見せながら、アルベルトがコップを傾ける。


「剣呑ですか?」


 私はいまいちアルベルトの真意を測りかねていた。

 危ないことだから止めて欲しい。

 その程度の気持ちでいたし、子供でも分かる当然のことだから、分かってもらえると思っていた。

 だが、モーリアン教会の神殿騎士であり、異端審問官として従事するアルベルトは伊達じゃなかった。


「クレア君は、大好きなこのぶどう酒が、体に悪いから禁止されるとなったらどうする?」

「断固拒否します!」


 それを聞いたセルジュがやれやれといった様子で頭を振る。


「まぁ、冗談はさておき、信仰とはそういうものだよ。異端審問なんてまさにそれを罰する仕事だ。だが、異端者たちはそんな罰など全く恐れてなどいない。彼らは自分の命なんかよりも、神への信仰を失うことを恐れている。そうでなければ、誰が喜んで、死ぬかもしれないという祈りの間なんかに入ろうと思う?」


 アルベルトから仕事の話を詳しく聞いたことはない。

 だけど、今のアルベルトの瞳を見ればそれがどれだけ凄惨なものか想像に難くない。

 自分の信じていたものを否定され、取り上げられ、新たな信仰を強制させられる。

 それは、自分が自分でなくなるような、耐え難い苦痛だろう。

 私は無自覚にそれをダークレヴたちに強いろうとしていたのだ。

 コップを両手でぎゅっと握り締める。


「ちょっといいか?」


 そう言って会話に入ったのはセルジュだった。


「アルベルトの言う通りだとは思う。だが、クレアの意見ももっともだ。俺としても、大事な国民に危険な行為はして欲しくない」

「では、どうするんだい? 儀式の内容を変えるか? 私たちにとっては些末なことでも、信奉者にとっては命より大事なことかもしれないぞ」


 確かに。

 原因となるアンチライト鉱石の顔料を使わないなんてことは、クロウレイの儀式において考えられない。

 アンチライト鉱石はあの儀式を行う洞窟で採れると言うから、別の安全な顔料に変えるという意見もアルベルトの言う通り、難しいかもしれない。

 だが、それに対してセルジュはこう尋ねるのだった。


「その儀式なんだが、本当に篤い信仰があるのか? アルヴィニアにいた頃は自由に結界の行き来が出来なかった。実際の儀式は行えず、長老たちの口伝によるものだけだ。それが今になって復活したところで、ダークレヴ全員が信仰するのか? レオン、マチルダ、どうだ?」


 突然、そう振られたレオンは慌ててジャーマンポテトを飲み込み、答える。


「……んぐ。ぎ、儀式ね! クロウレイの神話は小さい頃から聞かされてたから、何となく信じてるけど……。って感じ。だって、毎晩いくら祈ってても、あのアルヴィニアから救ってくれたのは、神様でも何でもなく、クレアさんたちだし」

「……珍しく、私もレオンと同意見です。ただ、あのような暮らしの中で、唯一の心の拠り所は神クロウレイでしたから、皆の信仰は篤いと思います。ですが、儀式については、仰る通りついこの間、かつての伝承通りに執り行いましたので、準備をする母たちの話を聞いていると、懐疑的な意見も耳にしました」

「やっぱりか」


 セルジュが深くうなずいた。

 すると、アルベルトがコトリとコップを置く。


「……なるほど。そういうケースもあるか。……だとすれば、逆に、彼らも後に引けなくなっているという可能性もあるな」

「どういうこと?」

「助けられた自分たちが、その恩人の困難に対して何かしなければという強迫観念に駆られているのかもしれない。そうであれば、多少の犠牲が生じた方が、効果的に感じるものだ」

「……あ、じゃあ、もし長老たちもレオンやマチルダと同じように、本当の信仰心から儀式を行っているのではなくて、アルベルトの言うような動機だとしたら」


 そこでアルベルトがコップの残りをクイとあおる。


「止める口実さえ与えれば、そう難しい話ではないね」


 口実か。

 ダークレヴたちに仕方ないと思わせるような、何か上手い理由を考えなければならない。

 すると、セルジュが何やら思い付いたのか、ゆっくり口を開く。


「……祭りはどうだ?」

「お祭り?」

「ああ。昔、じいさんに聞いたことがある。まだノルンでウルズ信仰が盛んだった時、ノルン総出で収穫祭やら鎮魂祭やら色々な祭事をやっていたらしい。生活が豊かになるにつれ信仰がなくなっていったのに加え、帝国との戦争で、そんな風習は姿を消していったみたいなんだが、それを復活させるというのはどうだ?」

「かつての祭りを復活? ……何だか楽しそう。……もしかして、それ名案じゃない?」


 クロウレイの儀式もウルズの祈年祭も目的は一緒だ。

 豊作祈願。

 だったら、辛い儀式よりも楽しいお祭りの方が絶対に良い。

 それがノルンの伝統だということであれば、長老たちも仕方ないと思って儀式を止めてくれるだろう。

 そこへレオンも声を上げる。


「お祭り! 絶対そっちの方がいい! みんな暗い気持ちだから、明るくしたいよ!」

「……女神ウルズはミュルク大森林の守り神ですよね? 神クロウレイとは姉弟ですから、皆もごく自然に受け入れてくれると思います」

「なんだい。同じ森に住む者同士、根っこの神話は同じだったのか」


 アルベルトが少し安堵した様子を見せる。

 私も完璧な解決策が見つかってホッと息を吐く。


「良かった。それなら絶対大丈夫ね」

「……絶対、ということはないよ。同じ神話を信仰する者同士でも、解釈や信仰する神の違いで争うことは常だ。だけど、彼らの様子を見る限り、過激な原理主義者はいないようだから、ノルンでは友好的に進められると思うよ」


 これまでのアルベルトの話を聞いていて、改めて私は神とか信仰に疎いと感じた。

 治癒魔法という誰かの命を救う力を持っていることや、魔力によって人体を神秘的なものでなく、唯物的に捉える見方が出来るからだろうか。

 特に治療師はそういう人が多い気がした。

 生まれ育った村でも、毎週末は皆と一緒に教会で祈ってはいたが、周りの人たちと比べてさほど熱心ではなかった。

 学院に通うようになってから、周りの生徒も私と同じような感覚だったので、気にすることはなくなった。

 もちろん、モーリアン教の癒やしの女神ケレに祈りは捧げるが、信仰というより慣習に近い。

 だから、今回の件はアルベルトや皆に相談して本当に良かった。

 私一人なんかでは絶対に解決出来なかった。

 こうしてテーブルを囲んで、親身に相談に乗ってくれる仲間のおかげだ。


「では、俺は早速明日から祭りの準備をしよう。アルベルト、手伝ってくれるか?」

「おいおい、モーリアン教会の異端審問官である私にそんなこと頼むと言うのか? ……面白いじゃないか! クレア君のために一肌脱ごう!」


 そう言ってウェイトレスの持ってきたおかわりのコップを取ると、セルジュのコップにガチンと当ててグイッと飲むアルベルト。

 楽しそうで何よりだ。


「部下の騎士たちが見たらビックリするんじゃない?」

「ハハハ! 大丈夫! 私のそんな突拍子もない行動には皆、慣れっこさ! 私自身は自らの意志に従っているだけなんだがな」


 まぁ、平民の女と平等に接したり、こうしてノルンにのほほんと滞在している時点で、帝国の人間から見れば奇特な存在か。

 それがアルベルトの良いところだ。


「じゃあ、クレアさん。俺たちは長老たちのところへ行って、説得してくるよ!」

「そうしたら、私も一緒に行くよ。患者の負傷の原因についても話したいし」

「分かった! ありがとう!」


 そうしてその後、私たちはまるで前夜祭のように楽しい宴の時を過ごしたのだった。


―――――――――――――――


 翌日、何とか二日酔いになることなく、無事にダークレヴの集会所へ向かうことが出来た。

 奇跡と言っても過言ではない。

 シロの羽根の力が残っていたのかも。

 ……なんて、馬鹿なことを考えている内に、私とレオンは長老たちの待つ部屋へと入るのだった。


「おお! クレア様!! お待ちしておりました! 儀式で生命力を失った若者を見事治療頂けたと耳にしております。本当にありがとうございます」


 アヴラッハさんは晴れ晴れしい顔でそう私たちを出迎えた。

 噂が広まるのは本当に早い。

 しかも、誤った情報や都合の良い情報だけが伝わり、正確な情報が知られないということがほとんどだ。

 これで悩みのタネが取り除けたと思ってしまわれたら大変だ。

 私は神妙な面持ちでアヴラッハさんに告げる。


「確かに治療法は見つけることが出来ましたが、治療が成功出来たのはマチルダが飼っている神鳥の奇跡のおかげです。今後、同様のことが起きた時、治療出来る保証はありません」

「そ、それはどういうことでしょうか?」


 私は治療の経緯についてアヴラッハさんに説明した。


「……そうでしたか。そのようなことが……」


 先程とは打って変わって、アヴラッハさんの表情は曇ったものとなっていた。

 そこで私は皆で決めた提案について切り出すのだった。


「……アヴラッハさん、実はノルンは大昔からウルズ神を信仰していまして。この凶作を受け、近々、豊作の祈年祭を行うことが決まりました。形式的な儀式は冒頭にありますが、後は飲めや歌えやのお祭りです」

「……はぁ。ですが、我々は神クロウレイを信仰する身ですから……」


 そう歯切れ悪く答えるアヴラッハさん。

 目も泳いでいるところを見ると、明らかに迷っているようだ。

 どうやらアルベルトの読みは当たったみたいだ。

 私はそこへ畳み掛ける。


「もちろんです。信仰を捨てろという話ではありません。ノルンにも豊作を願うお祭りがあるので、同じ国に住む者同士、皆で楽しみませんかというお誘いです。このまま国中が暗い雰囲気では不満ばかりが目に付き、良いことは起きません。それを変えるには、ダークレヴの皆さんのご協力も必要なのです」

「……そうですか。それならば、まぁ、我々に出来ることをさせて頂きます」

「ありがとうございます。その上で、治療師として忠言させて頂きたいのですが、クロウレイへの儀式については、命の危険が伴いますので、以後行わないよう検討頂きたいのです」


 その瞬間、部屋に集まっていた壮年のダークレヴたちに衝撃が走ったようだ。

 至るところから声が漏れ聞こえる。

 それは信仰を否定されたという怒りというよりも、混乱の方が大きいように思えた。

 アヴラッハさんが慌てて応える。

 

「……そ、それは。……い、いや、ですがそれは我々の問題です。ノルンの祭りには参加させて頂きましょう。しかし、クロウレイの儀式についてはもう少し考えさせてください」

「そうですね。すぐに結論を出すのは難しいとは思います。ですが、それを本当に望んでいる方がどれだけいるのか。信仰や歴史は人の尊厳や誇りそのものであり、重要なものではありますが、今そこにある現実というのも、見落としてはならない大切なものだと思いますよ」


 それを聞いたアヴラッハさん一同は考え込むように口を閉ざしてしまった。

 そこへレオンが我慢出来ず、ついに声を上げる。


「じっちゃん! もう分かってるはずだろ! 儀式に選ばれた人は光栄だなんて思ってないよ! 家族だって悲しんでるし、次に選ばれるのは誰かってみんな怯えてる! クロウレイの神話は信じてるし、救ってもらったノルンには命を尽くす覚悟もある! だけど、こんなことしたって何の意味もないよ! だったらもっと一杯畑耕して、少しでも食べられる作物の量を増やして、それで倒れて死ぬ方がよっぽどいいよ!」

「……レオン」


 目をみはってそう漏らしたアヴラッハさん。

 どうやら意を決したようだった。


「……そうだな。お前の言う通り、このような困難にどう立ち向かえば良いか分からず、問題から逃げるように盲信していたかもしれない。そして、良かれと思ってやっていたことが、悪影響を及ぼしていたとは……。クレア様にもご迷惑をお掛けしてしまい、何とお詫び申し上げれば良いか……」

「いえいえ。私たちも凶作については何の解決策も見出だせていませんから。ただ、とにかく暗くて後ろ向きな状態では問題と向き合うこともままなりません。まずはそれを改善するため、一緒に祈年祭を盛り上げていきましょう」

「ええ! もちろんですとも! そして以後、クロウレイの儀式は禁忌と致します。皆もそれで異論はないか?」


 その問いに、一同揃ってこう答えるのだった。


「異議なし!」


 こうして無事、約束を取り付けることが出来た。

 アヴラッハさんたちも、さっき最初に見せた晴れ晴れしい顔よりも、まさに快晴そのものといった顔で笑い合っていた。

 そんな様子を見て、私とレオンはハイタッチをする。

 これからお祭りの準備で忙しくなるぞ。

 私たちはウキウキとした気分でセルジュたちの元へと帰るのだった。


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