帰路
「お、来たな」
「三分かかりませんでしたね」
二人が見上げる先には、ゆっくりと屋上に降りようとしているシュトラーフェの姿があった。
「これからどうするんです?」
今後の予定を聞いていなかったことに気付いた蓮二は、谷に尋ねた。
「そりゃ逃げるに決まってるだろ」
「あ、はい」
なんの躊躇いもなく言い切った谷に、蓮二は複雑な心境である。戦わなくていいのか、という思いが蓮二の中にはあった。
「戦った方がいいんじゃないのか、みたいな顔してんな」
「え?……あ、いえ」
「三人でも相手が多数じゃいろいろ大変なんだ。人を呼ぼうにも、公には今日は非番なんだ。それに、お前と個人的繋がりがあるってバレたら面倒だしな」
谷の言う通りであった。何を自分は舞い上がっていたのだろうか、と軽く自責の念を覚えた。
そうこうしているうちに、シュトラーフェが着陸した。
「来てもらって悪いな」
何気なく蓮二はシュトラーフェに話しかけた。
だが、返事はない。
はたと思いつき、蓮二は補足する。
「ああ、この人は人間の姿になれるのを知ってるから大丈夫だぞ。今の所は信用できそうだ」
その言葉を聞くと、シュトラーフェは一言だけ呟く。
「そうか……」
蓮二が谷を信用することにしたのは、いくつか理由があった。
まず第一に、これまでシュトラーフェが人間化出来る事を明かしていなかったというのがある。
彼の言動を見る限り、かなり前から知っていたようなのだ。しかし、軍上層部も政治家連中も、その情報を手に入れたという話は無い。
富士川の情報網は、国家機関もかくやというほどである。何かあったのなら、間違いなく言ってくるだろう。富士川には意図的に伝えないようにしてあるから尚更だ。
第二はこれまでの蓮二に対する態度だろう。
簡単に言えば、全力で蓮二を守ろうとしている事だ。
無論、様々な思惑が絡んでいる可能性も否定できないため、これに関しては大した信頼度はない。
「俺どこに乗ればいい?」
シュトラーフェの姿を見た谷は、汗を一筋垂らしながら蓮二に聞いた。
「手でお願いします」
「そんな事だろうと……」
谷は儚げに肩を落とした。
それを恣意的に無視し、蓮二はシュトラーフェへと乗り込む。
* * *
その後は、何事もなく脱出することができた。シュトラーフェを前に、IGAは諦めたのだろう。拡張戦術機に生身で挑むのは無謀なのだ。
言ってしまえば、IGAの作戦は谷たった一人の前に頓挫したのだった。しかも、彼はフラッシュバン以外の武器を使っていない。誰一人殺傷せずにこの場を乗り切った。
まったく恐ろしい話である。
強さとは、ただ敵を倒せるという事ではない。
どれだけリソースを消費せずに勝てるか、味方の損害を減らせるか、というのも強さだ。
敵を倒す事だけに目が行きがちだが、戦争においては、むしろ後者二つの方が重要なのだ。
資源の消費を抑えることができれば、それだけ継続して戦える事になる。味方の損害を減らせば、人員の喪失が避けられる上、その回復に使う資源も使わずに済むのだ。
とりわけ、兵士の養成は多くの費用がかかる。場所、武器、道具などだ。さらにそれだけではなく、多くの時間を要する。
これが軍にとって痛手なのである。
谷とは、少し離れた人気のない場所で別れた。念のため、蓮二と谷は連絡先を交換しておいてある。
谷が家路につく頃、シュトラーフェは来た時の十分の一ほどの速度で巡航していた。
「……あの男はどこまで知っていたんだ?」
不意にシュトラーフェは蓮二に尋ねる。
「人になれることと、その姿が女であること、かな」
隠す意味もないので、蓮二はさらっと答えた。
「いつ知られたのだろう」
コックピット内にいるミニサイズのシュトラーフェは、腕を組んで考え込んでいる様子だ。
「それはさっぱりわからない」
「だろうなあ……」
不満げな視線をコックピットいっぱいに撒き散らすシュトラーフェ。今まで見せた事のなかった態度のシュトラーフェに、蓮二は驚きの表情を見せた。
「まあ、今度会ったら聞いてみる」
「そうしてくれるとありがたい」
礼を言いながらため息をついた。
* * *
拠点に帰ったのは、日付変更時刻を過ぎた頃だった。
無論、守と結は起きていた。
「あ!ちょっといきなりどこに……あれ、蓮二?」
溜まり場にしている場所に、シュトラーフェと蓮二の二人で入ると、結が声をあげた。
「おう、ただいま」
「蓮二を迎えに行ってたのか、なるほどな」
守は腑に落ちた表情である。
「まあ、色々と面倒だった」
どでかいため息をつきながら蓮二は椅子に腰掛けた。シュトラーフェもそれに倣い、ちょこんと座る。
「何かあったのか?」
蓮二は二人に委細を聞かせた。
「うわ〜大変そう」
他人事のように言った結。蓮二はなんとなくイラっとしてしまった。
「まぁ、情報委員会の人のおかげでなんとかなったよ」
「それにしてもその人凄すぎるだろ……怖いな」
「本当、怖いよ」
蓮二は苦笑いした。
最近ラノベを買いすぎて破産しそうです。お金が欲しい。




