インターセプト
「それでは来てもらおうか」
男はゆっくりと蓮二のもとへ歩く。やけにはっきりと、靴がアスファルトを打つ音が聞こえた。
「断ったらどうするんですか?」
歩き出した男に、蓮二は表情を変えずに呟いた。
なにか勝算があったわけではない。どうにかして時間を稼ぎたかったのだ。時間があれば、考える余裕が生まれる。ただそれだけが狙いだった。
それを知ってか知らずか、男は質問に答える。
「腕を強引に掴んで連れて行くだけだ」
男は歩調を変えずにそう返した。
「抵抗したら?」
「抵抗出来ないように扱わせてもらう。我々もやりたくはないがね」
そう言いつつ、男は誇示するように手にはめたグローブを引っ張る。殴って黙らせるのもやぶさかではないという事だろう。
「そろそろ楽しいお喋りもおしまいにしないとな。我々も暇じゃない」
どうやら、時間稼ぎもここまでのようだった。
――蓮二は焦る。
有効な手立ては考え付いていない。
後ろからも複数の男が近づいてくる。
その時、そばに何かが転がった。円筒状で、所々に穴が空いているそれは、どこからかこちらに飛んできたようだ。
だが、蓮二はそれに気づかない。
次の瞬間、全身を叩きつけるような破裂音と、夜の闇を斬り払う強い光が彼らを襲った。
蓮二の足元で炸裂したそれは、蓮二に詰め寄ろうとしていた男達を完全に無力化。幸い、男達に気を取られ気付いていなかった蓮二は、光を直視することはなかった。聴力の一時的な喪失と、軽度な視覚喪失で済んだのだった。軽度ならば、ある程度はすぐに回復する。
そう、転がってきたのはスタングレネードである。
とは言え耳への衝撃も凄まじく、蓮二は耳を押さえてよろめき、倒れる。
が、崩れ落ちる前に何かに強い力で支えられた。大地に根を張る立木のように、がっしりとした感触。
苦痛に顔を歪めながらそれが何の仕業なのかを確認する。
赤茶けた髪。派手な服装にピアス。
それは、先ほどの会議で顔を合わせた人物。
谷真矢、その人だった。
* * *
二人はすぐにその場から走って逃げ出した。一人が増えたところで、多勢に無勢なのだ。もちろんシュトラーフェが居たのなら話は別であるが、今は人対人である。
谷がスタングレネードを使ったのは、民間人も多数いるこの地域で銃を使うのを避けたからと言うのもある。
対多数戦闘では、基本的に正面から戦ってはいけない。どれだけ敵戦力を集中させずに削ぎ落とせるかが重要である。
無論、シュトラーフェは例外なのだ。
だんだんと聴力が戻ってきたところを見計らって、谷は蓮二に話しかけた。
「大丈夫か」
「はい、一応……。ありがとうございます」
「気にすんな。仕事のうちだ」
会話は途切れる。
先程からかなりのペースで走っており、蓮二は息が上がり始めている。だが、谷にはその様子が一切見られない。とんでもない体力の持ち主だ。
蓮二は改めて、谷が情報委員会の人間なのだと認識した。
しばらく細かい路地をくねくねと曲がりながら走っており、一向に止まる気配がない谷に蓮二は尋ねる。
「人の多い所とか行かないんですか?」
「ああ。奴ら民間人を巻き込むことに関しちゃ容赦ねえからな」
吐き捨てるようにそう言った。
その言葉に、蓮二は疑問を覚える。
「あの男達が誰かご存知で?」
「ああ。アヴァロニアの諜報機関、IGAの職員だな」
「……何でそんな奴らが俺に」
「お前が例のパイロットだってバレてるんだろう。どこから漏れ出たかは知らないが」
舌打ちをしながら、苦しげな表情で谷は言った。
国家情報委員会の仕事は無論諜報だけではない。機密保護もそのうちなのだ。これは委員会の失態である、と彼は考えていた。
「それはそうと、かなりの数がいるな。どれだけ力かけてんだよ」
茶髪を掻き毟り、機嫌悪そうに声を荒らげる。
「これからどうするんですか?」
蓮二が尋ねると、谷は申し訳なさそうに呟いた。
「あー……その事なんだが、悪い。お前の彼女呼んでくれよ」
「は?」
いきなりとんでもないことを言い出した谷に、蓮二は呆けた声を出した。
「彼女なんて居ませんよ俺」
「じゃあただの女友達か。何でもいいから呼んでくれよ、"シュトラーフェちゃん"を」
心臓が跳ねた。
あんちゃんをかっこよく書きたい衝動にかられました。後悔はしていない。




