覇道と王道
「あの、来る時間間違えました?」
「いや、指定時間の五分前だ。何も問題はない」
蓮二が西馬にそんな質問をしたのは、二人の他に誰も居ないからである。
二人は東京の中でも一番の高さを誇る複合通信塔の展望台に居た。夜という事もあり、人もそこそこに多い。
「どういう事ですか?」
蓮二は胡乱な眼差しを向けた。
「君には予定時刻の三十分前に来てもらったんだ」
夜景を見つめていた西馬は、蓮二に正面を向く。
「君に一つ話をしておきたかった。これから戦っていく上で、知っておいて欲しい事だ」
「はあ」
蓮二はなんとも言えないような返事をした。
* * *
「王道と覇道の違いを君は知っているかね?」
西馬はゆっくりと語り出す。
「いいえ」
「どちらも古い中国の言葉だがね。国を治める者の在り方を説いたものだ。
王者というのは、勤勉で仁に厚く、力を己がために使わないという高潔な支配者の事だ。王道はその筋の事だな。
覇者というのは、武力に物を言わせ、力によって全てを支配する者の事だ。ただ、それは悪ではない。義を重んじ、周囲を従わせる。
その二つが対立することはない。両立も出来る。
これからの君は、どの道にでも進むことが出来るんだ。力を存分に使って覇道に進む事も、道徳心を以って王道に進む事も、両方を取る事もできる。
私は、君が何を選ぼうと尊重はしよう」
一呼吸置く。
「ただ、そう言ったあり方があることを知って欲しい。君に何を選んでほしいだとか、そういうことを言うつもりもない」
西馬の表情は最後まで、今までのどんなそれよりも真剣だった。
「なるほど……」
これまでそういったことを考えたことがなかった蓮二の頭の中で、西馬の言葉はぐるぐると回った。
「それを踏まえて、だ」
さらに西馬は言葉を重ねる。
「君は今までのやり方で、平和を勝ち取ることができると思っているか?」
――その言葉は、再び蓮二の心へ突き刺さった。
「前も同じようなこと言ってましたね」
「ああ。前のは前置きだったが、今回は質問だ」
厳とした声で西馬は言った。
「今すぐに戦争をやめさせるようなやり方では、恒久的平和は得られない」
「わかってはいるつもりです」
「それならまだいい」
蓮二は俯き、ぽつりとこぼす。
「わかってはいますけど、具体的に何をすればいいのかわからなくて」
「まあ、そうだろうな」
今まで正眼に蓮二を見据えていた西馬は、目を泳がせた。そして、何かを見つけると、顔をほころばせた。
「その答えはこれから出る。楽しみにしておくといい」
時計を確認すると、十九時丁度である。
西馬の視線が飛ぶ方へ向くと、こちらに歩いてくる数人の団体がいた。
皆等しく目を鋭く尖らせており、独特の雰囲気をまとっている。
* * *
一行はエレベーターで上へと登っていく。一般用の展望フロアを二つ超え、さらに登る。関係者のみ入れるような場所へ突入していた。
西馬が言うには、通信塔管理部に知人がいるらしく、特別に入る許可をもらったそうだ。
それにしても、なぜこのような場所を選んだのだろうか。
蓮二の思考を無視して、エレベーターは一団をぐいぐいと押し上げていく。
程なくして、エレベーターは止まった。滑るように扉が開く。
「ここだ」
西馬が言った。
水族館のように外界と透明な樹脂で分かたれたその部屋には、長テーブルといくつかの椅子があるのみ。まるでこのために作られたような部屋である。
誰も感想を口にすることなく、西馬に促されるまま席へ着いた。
西馬は会議を仕切る役としていわゆる誕生日席へ。蓮二は重要人物としてその反対側へ座った。
「皆忙しいところを集まってもらい、とても嬉しく思う」
「御託はいいんでさっさと始めましょうよ西馬さん」
西馬の言葉を遮るように、若い男が声を上げる。口調からして、西馬の知り合いのようだった。赤茶けた髪、耳に下がるピアス、奇抜な服装。チャラい、という形容詞がよく似合う男だ。
「お前は待ても出来ないのか。これから紹介だのなんだのしようというのに。何も知らない人間と会議などできるわけないだろう」
西馬はその男の言い分をすっばりと切り捨てた。
「じゃあ自己紹介でもしちゃいましょうかね」
小太りの男がため息をつきながら言う。
皆自我が強い。各界の重鎮であろう西馬の知人が集まったこの場でも、なんの引けもとらずに佇んでいる。
蓮二はその空気に押されるばかりだった。
こういうのを書くときに、知識って重要だなって思います。特に思想や政治体制なんかは役に立ちますね。




