月見酒
「なあ守、飲まないか」
ある夜、蓮二は守を誘った。
「いいぞ」
念の為説明しておくが、二人は成人済みである。
二人は居住区画のそばにある売店で酒とつまみを買い、外へ出た。向かうのは廃墟の一つ。
綺麗に残っていたそのビルは、もともとショッピングモールだったのだろうか、屋上にビアガーデンのようなものがある。
無論、テーブルやら椅子やらが並んでいるわけではない。吹き飛ばされたのか、壊されたのか。隅に転がっているのを見る限り、吹き飛ばされたのだろう。
そのうちの状態が良いテーブルを一つ、椅子を二つ、屋上の角に置く。そして、そのテーブルの上に買ってきたものをドンと置いた。
――簡単な酒盛りの始まりである。
「廃墟で飲む酒っていうのもなかなか良いな」
守は言った。
「そうだろ?お前が来るまでたまに一人でこうやって飲んでたんだけどさ、ちょっと寂しくてな」
「そうか、結は未成年だったな。良い子はオネンネする時間だ」
椅子にしなだれかかるように座れば、自ずと空が見えてくる。相変わらずそこに星は無く、月も無い。思い浮かべることしかできない。
黒く霞んだ空。
唐突に蓮二は語り出す。
「シュトラーフェに会った時さ、空のずっと上まで行ったんだ。靄が晴れて、宇宙が見えた。星とか、太陽とか、くっきり見えた」
「へえ、そりゃなんでまた」
「ヤケっていうか、好奇心っていうか、自由になったからっていうか」
蓮二は苦笑いした。
「いいな、それ。俺も行ってみたい」
守は楽しげに汚い空を見上げる。
「お前のは高度限界が低いから無理だろ」
「そういやそうだな……シュトラーフェ貸してくれよ」
「やだよ、あいつは俺のだ」
考える前に拒否していた。蓮二は言い終えてからそのことに気がついた。
それを聞くと、守は声を上げて笑った。
「冗談だよ。それにしてもなかなかかっこいい事を言ってくれるじゃないか」
「え?」
蓮二は疑問符を浮かべる。
「"あいつは俺のだ"なんてキザな――」
「うわあああああああ忘れろ!忘れてくれ!」
「"あいつは俺――」
「だまれーーーい!」
「はいはい」
未だに笑顔を維持しながら守は蓮二を宥めた。
「でもまあ、ほどほどにしとけよ」
「ん?」
いきり立とうとしていた蓮二は守の一言に疑問を覚え、動作を止めた。
「あー、いや、なんでもない」
「そうか」
――なんとなく違和感を覚えた蓮二はそう言うと、缶ビールをぐいとあおる。
二人の間を照らすのはランタンの無機質な光。
* * *
一杯やり終えた二人は部屋へと戻った。
「おかえり、蓮二」
そこにはシュトラーフェが待っていた。
蓮二、結、シュトラーフェの三人だった以前より格段に人が増えたため、先日引越しが行われた。
基本は二人ずつの相部屋。間仕切り付きである。以前は三人で使っていた部屋は、現在蓮二と守の二人で使っていた。女性陣への配慮もあり、男女で部屋は別になっている。
よってシュトラーフェが蓮二の部屋にいることはなくなったのだが……。
「ただいま……?」
現在ベッドの上に体育座りでシュトラーフェが佇んでいる。どうしたというのだろうか。
「何かあった?」
隣には守がいるため、声のトーンを下げて訊く。
「いや、特には」
「お、おう」
無表情を貫くシュトラーフェ。
仕方がないのでとりあえず椅子に座る。
落ち着くと、間の悪いことに酔いのせいか眠くなり始める。だんだんと意識が遠のく。心地よい眠気だ。
これではこのまま寝てしまうと断じた蓮二。問題はベッドに座るシュトラーフェをどうするかである。
「……寝て、いいか?」
「構わないぞ」
「ん、ああ」
蓮二はなぜか、寝る許可を得たことで、シュトラーフェがそばにいる事が気にならなくなってしまった。
そのままベッドに倒れこむ。
すぐに夢の世界に旅立ってしまった。
ゆっくりと寝息を立てる蓮二の様子を、シュトラーフェはしばらく見ていた。
* * *
建物の外側に備え付けられた非常階段で口から煙を吐く男が一人。煙草を咥え、物思いにふけっているのやらぼうっとしているのやら、手すりに体を預けている。
大地である。
寝ぼけ眼……というわけではない。見つめる先は東京湾のある方角。あの日のことを思い出していた。
一度は圧倒した相手に負けたという事実。様々な思いが大地の頭の中をぐるぐると回る。
「ここに居たのか、大地」
不意に背後から声がかかった。咥えていた煙草を持ち、振り返る。
「姐さんじゃないっすか」
「だから姐さんと呼ぶな。今じゃそう呼ぶのはお前だけだぞ」
「確固たる決意のもと俺はこの呼び名を続けていきます」
笑顔でそう言った大地の頭に平手が入る。
「いってぇ!?」
「ふん。……火くれないか」
懐から取り出した煙草を、塩見は咥えた。
「逆っすよ」
「合ってるよ」
「へっへへ」
バレた、とばかりに笑う大地。塩見は顔を近づける。
大地が咥えていた煙草の先に、自分の咥えていた煙草の先を当てた。塩見の煙草にも火がつく。所謂シガーキスというやつである。
「どーも」
「なかなか、やりますね」
大地は苦笑いだ。
「別に問題があるような間柄でもないだろう?」
「まあそうですけど」
塩見は笑うと、大地と同じように手すりへ寄りかかった。
「……まだ気にしてんのか?」
「ええ、まあ」
二人が語るのは、先日の東京湾のことである。
「あれはお前だけじゃない、師団全体の責任だ」
「わかってるんです。でも、一度は押し込んだ相手に負けたんです。悔しくて」
大地は視線を下に落としながら、そう言った。
その様子を見て、塩見は咥えていた煙草を手に持ち、大地の顔に自分の顔を近づけた。
額が触れようかという距離である。
「お前の強さは私が証明する。たかが一回の負け程度で潰れるな。私がお前に何度負けたと思ってる」
塩見の言葉には、有無を言わせない迫力があった。
驚きの表情に染まっていた大地の顔は、次第に和らいでいく。
「姐さんかっこいいっすね」
「姐さんと呼ぶな」
個人的に今回のサブタイトルが好きです誰か共感してくれるととても嬉しいです。




