潮時
西馬は執務室で報告を受けた。
「……やはり潮時だったな」
「はあ……?」
伝えに来た士官が間の抜けたような声を出す。
「いや、なんでもない。こちらの話だ」
「また上層部が荒れそうですが、大丈夫ですかね」
「また面倒な事になりそうだ」
この士官は青風会の人間ではないため、滅多なことは口にできない。適当に流すに限る。
「室長に何も起きなければ良いんですがね」
彼は含みを持たせてそう言い、部屋を辞した。
その姿に西馬は嫌な予感を覚えた。
いつも通り屋上に出た西馬は、またいつものように柵へもたれかかった。
時折航空機のエンジン音や機関駆動音が轟く。スクランブルの訓練だろうか、格納庫付近を慌ただしく兵士が走っている。これまたいつもの変わらない景色だった。だが、それが良い。何よりも落ち着くのだ。
そんなやかましいとも言えるそこに、やたらと際立つ足音が響いた。西馬は、これが誰だかわかる。
――日本軍総司令、鮫島 義一。
彼は何をもたらしに来たのか。
「近々、君には異動をしてもらう事になる」
突如として西馬の目の前に現れた彼は、そう言った。その言葉を聞いて、西馬は理解に至った。
大将であり、統合作戦室 室長まで上り詰めた西馬に異動など普通なら起きるはずがないのだ。
「詳しく教えてもらえますかね?」
「不可だ」
西馬の問いを鮫島はバッサリと切る。
「銃殺刑にならないだけマシだと思え」
怒気を込めたような口調でそう言った。その目はぐいと西馬を睨む。
「おや、何か起きたんですかな?」
「……フン」
吐き捨てるように鼻で笑い、鮫島は屋上を後にした。
* * *
「よっしゃあかかってきなさぁい」
幾分か気だるげな煽る声。それは結から発せられたものである。マイクから蓮二が乗る機のスピーカーへと通じ、蓮二の耳へ届いた。
それに反応し、操縦桿を倒す。
蓮二が操っているのはシュトラーフェではない。黒いシルエットが背負う月の紋。握る三日月の刃。
月光である。
なぜこのような状況になってるかと言うと、言い出したのは蓮二である。
その心は――
「シュトラーフェにばかり頼っていられない。俺が強くならないと」
――との事である。
対するは結が駆る月光。同条件下での戦いだ。パイロットの腕がモノを言う。
ちなみにシュトラーフェや守なんかは二機が映し出されたモニターの前でその様子をじっくりと見ている。
一気に距離を詰めた蓮二は曲刀を振るう。最小限のモーションで結を狙った。
結はそれに合わせ、受け流しの構えを取る。カウンター狙いだろうか。
蓮二はそれと見るや刃の軌道を機体ごと動かし修正、受け辛い場所を選ぶ。
その程度でやられるほど結は甘くない。受けが間に合わない可能性を考え、機体をのけぞらせる。それによって起こる荷重移動を利用し、後ろ向きにダッシュした。
蓮二は見事に空振る。隙が出来てしまった。
待ってましたとばかりに一度離した距離を詰める結。
そのまま結の曲刀は蓮二の機へ吸い込まれる。
結の勝ちだった。
二人は機を降り、休憩に入る。
「まだ私の方が強くて安心したわ」
「やっぱり俺が勝てるのはシュトラーフェのおかげなんだよなあ……」
蓮二は肩を落とした。
「まあでも機体との相性とかもあるし、ね?」
不憫に思ったのか、結は蓮二に慰めの声をかける。その優しさが蓮二には痛かった。
「それでも、一人で互角に戦えるくらいには強くなりたい」
そうでなければ、シュトラーフェに顔向けできない。そう思った。
「んー、確かにそうかもね」
腕を組む結はゆっくりと頷いた。
「またよろしく頼むよ」
「はいよ」
結の表情は蓮二が帰ってくる前とは全く別のものになっていた。安心、という言葉が似合いそうな、そんな表情。きっと、それは蓮二が帰ってきたことに対してではないのだろう。
蓮二が遠く離れた存在ではなかったことに安堵しているかのようだった。
暗雲立ち込める西馬さんですが、やっぱりかっこいいおじさんには暗い話が似合うと考えていますどうも。




