東京湾航空戦 一編 牛島 均
「本当に大丈夫かね。一個師団が完膚無きまでにやられているのだぞ」
不安をぬぐいきれない鮫島。自分の指揮下で大きな痛手を負った日本軍。さすがに鮫島でも及び腰になっているのだろう。
「総司令ともあろうお方が、我々の力を疑うのですかな?」
そんな鮫島をたしなめるように、その男は言う。拳は強く握られ、その様子からは確かな強い意志が感じられる。
「そういうわけではないが……」
鮫島は渋る。大きな被害を受けている日本軍にとって、これ以上戦力を失うことは破滅を意味すると言っても過言ではないのだ。
「やってみせますよ」
それでも引き下がらない。
「我々第四師団におまかせいただければ」
そう言って、牛島は不敵に笑った。
その様相に思わず鮫島はたじろいだ。それほどに牛島という男が強く大きく見えた。
「……わかった。頼んだぞ」
重い重い言葉を放つ。
「承知しました」
鮫島の部屋を去る牛島の背中は、まるで瘴気に覆われた暗闇のようだった。
ここまで感情を昂らせた牛島を見たことがなかった鮫島は、終始気圧されたままであった。
* * *
日本軍が突然出撃したという情報に、宇垣は耳を疑った。事前にその兆候が一切なかったからだ。
とは言え、潜り込ませてある諜報員からの情報であるため、信用度はかなり高い。すぐに蓮二達へ伝えた。
蓮二がその知らせを聞いてただ黙って見ているわけがない。止めに行くに決まっているのだ。
出撃前とは言えど、整備員が慌ただしく動き回るということはない。シュトラーフェに整備は不要であるからだ。
「結は、行けないか」
部屋を出ようとした蓮二は、残念そうに、寂しげに立っていた結に声をかけた。
「うん。まだフローティングシステムの修理が終わってないらしくって……。ごめんね」
「大丈夫だよ。一人でも出来るから」
蓮二はそう力強く言った。
「うん」
結は、今出来る精一杯の笑顔で蓮二を送り出す。
「気を付けてね」
「ああ。行ってくる」
小走りに部屋を出て行く蓮二。その姿を見送りながら、結はぽつりとこぼす。
「一人でも、じゃなくて……一人の方が出来るんじゃないかな」
* * *
――東京湾上空。
またしてもここに来たのは何の因果か。それとも偶然か。いつも通り濁った空は朱に染まっている。夕刻である。
宇垣によれば、空母を含んだ艦隊が一つ出撃したという事である。
眼下にはいくつもの商船や運搬船が浦賀水道を通っているが、その中に軍用艦船は一隻も見当たらない。様子がおかしい。
確認しようにも、通信によって存在をひけらかすわけにもいかず、どうしようもない状況だった。
ひとまずレーダーを注視しつつ、方針を練る。
その時、何かが大きな白波を立てた。
海面の一部がせり上がり、左右に割れていく。そこから現れたのは、全身が黒に包まれた物体。
それは、潜水艦だった。
「これは……話にあった――」
日本軍が誇る潜水空母 白鯨。
従来の葉巻型船体と呼ばれる潜水艦の両脇に、小柄なそれが抱えられているような歪な船体。
そのおかげで広く取れた上甲板には、航空機発進のための飛行甲板が備え付けられている。
白鯨をレーダーで捉えられなかったのは、レーダー波が海面で反射するからだ。水中までは届かない。
ここで一つ疑問が生じた。
何故ここで白鯨は浮上したのか。
その答えは一つ。この程度では疑問とも言えない。先ほどの表現は不適切だろう。
ここで艦載機を展開するから、である。
甲板前部にある艦橋の一部が開いた。
その中から出てくるのは、これまで幾度となく目にしてきた月光。次々と飛び上がり、シュトラーフェへと向かって行く。
「月光ではシュトラーフェに勝てない事くらいわかりきっている」
何度も叩き落としたその機体。シュトラーフェにとっては何も怖くない。
その言葉を示すように、シュトラーフェは襲いくる月光に刃を向けた。
身をかがめ、突貫。
まず目標としたのは、先陣を切って飛び出している月光。腕には他と差別化されるようにマーカーが付いている。指揮官機か何かだろうか。そんなものは関係ないとばかりにその刃を振りかぶる。
横薙ぎの一太刀。
完全に切断したと思ったが、シュトラーフェには手応えがなかった。
確認すると、そのマーカーをつけた機は健在。
蓮二は驚愕した。
「あの攻撃を……避けたのか……!」
今までこのようなことはなかった。シュトラーフェの速度を生かし、猛スピードで斬れば何にも関わらず撃破できた。
だが、それは未だに宙に浮いている。
「確かに速いが……直線機動では避けるのは容易い。所詮は元訓練生と言ったところか」
指揮官機の中で操縦桿を握り、シュトラーフェの一撃を避けたパイロット。愉快そうに笑いながら、品定めするような目をシュトラーフェへ向けるその男。
「それならば……」
牛島 均である。
人名タイトル大好きマンです。




