青風会
「本当に、そうなるんでしょうか」
広い日本庭園。静けさに満ち、ししおどしが時折それを断ち切る。傾いた夕陽が木々を橙色に染め上げる。だが、その静寂を打ち破るように深刻そうな声が響いていた。
そして、その庭園に面した縁側へ座る、二つの影。
「ああ、間違いない」
その男の疑いに、しわがれた声がゆっくりと応える。
「息子は暫く前から悪い友達とつるんでいるようでな。近いうちに家を出るだろう。きっと儂には止められんだろうな」
――曲がった背中。傍に置いてある杖。
歩く事で精一杯の体は、まだ働き盛りの歳と言える息子を制する力は残っていない。仕事を息子に譲ってから、もう十年以上経っているのだ。
「儂が死んだ時は、孫をよろしく頼む」
その老人は、ニヤリと笑って言った。
「のう……西馬よ」
* * *
話し終わり、苦笑いして頰をかいた西馬。その優しげな目を、守は親眼差しのように感じた。自分のではなく、蓮二の、である。
守にとっては、そう表現するのが一番しっくりきたのだろう。
「ところで、なんでこの話を私に?」
しばらくの疑問だったことを守は口にした。
「いや、なんとなく、な。潮時のような気がしたんだ」
「は、はぁ……」
いまいち要領を得ない回答に、守は曖昧な返事をした。
「ひとまず、心に留めておきます」
「ありがとう。それともう一つ」
「まだ何かあるんですか?」
思わず聞き返してしまった。
「ああ。君にはある会合に私と出席してもらいたい。詳しくは言えないが」
西馬は含みを持たせて言った。ここでは言えないということだろうか。西馬の事だから、危険なものではないのだろう。
「君も賛同してくれると思うぞ」
「はあ、わかりました」
* * *
二人の姿は首都近郊、なんの変哲も無い小綺麗な坂道の半ばに店を構える、ある料亭の前にあった。佇まいはいかにも老舗といった印象。明かりのついた看板が辺りを朧げに照らしている。
西馬の行きつけなのだろう。扉を開けると出迎えた女将に彼は会釈をする。すぐに通された。案内された先は店の最奥であろう大部屋のようだった。
襖が開かれると、室内からの強い光が網膜を焼く。
並べられた長テーブル。そこに座る人々。守は、その中の幾人かに見覚えがあった。それも、軍施設の中でである。ここにいるのは皆軍人ということだろうか。
端に座っていた一人が西馬に声をかける。
「そいつが例のヤツですかい、元帥閣下」
「私は大将だ。……まあ、そういうことだ」
そう返すと、西馬は守を所謂お誕生日席に座らせ、自分はその横に立った。その時、ガヤガヤと騒いでいた軍人達が一斉に静まる。
「皆よく集まってくれた。我々の会合もこれで……何回めだったかな」
「16回めであります」
座っていた一人から声があがった。
「そうか、16回めか。もうこんなにやっていたとはな」
「感慨に浸るのはまだ早いですよ、元帥」
別の一人が揶揄するように言う。
「うるせえ俺は大将だ」
周囲からどっと笑い声が響いた。
「……そんなことはどうでも良いとして、今回私は客人を連れてきた」
西馬に促され、立ち上がる。
「第三師団所属、伊上 守准尉です!」
そう言って守は一礼をした。辺りからは人を見極めるような目や、試すような眼差しが守に突き刺さる。
「こいつはあのシュトラーフェと親友の仲だ。それに、ちゃんと使える」
西馬がそう言った時、全員の目の色が変わった。考える目をしたり、ヒソヒソと話をしていたりする。
やがて、西馬に視線が集まった。
「いいかな。ではひとまず食事にしよう。会議はそれからだ」
* * *
多くの視線から解放された守は、西馬に疑問をぶつける。
「この集まりって、一体何なんですか?」
「数年前に私が立ち上げた、厭戦派将校を集めた会だ。一応"青風会"という名前でやっている」
少しばかり自慢げに言う西馬。
ここに集まっているのは、大将である西馬を筆頭に、中将から下士官に至るまで結構な人数だ。
改めて守は驚愕した。
同時に、嬉しくもあった。
――守も本当は戦いたくないのだ。軍部にこういった勢力があるのは喜ばしい事だった。
実は会の名前は私の好きな作品から拝借したものだったりします。




