隠された工廠
無機質な足音がやけに響く廊下を歩く。ほどなくすると、蓮二と結の二人は一つの部屋の前へと案内された。
「草鹿、入ります」
その女性はノックをすると、そう言って扉を押し開けた。
部屋の中は暗い。音も一切ない。対面は全面ガラス張りで、そこから明らかに太陽光ではない、弱い光が差し込んでいる。
そのガラスの向こうを見つめるように、男がこちらに背を向けて立っていた。
「よく来てくれた。私は宇垣 信幸。ここの代表だ」
――真っ黒な髪を全て後ろに流し、スーツで身を固めた宇垣は半身でこちらを向き、軽く礼をする。蓮二は、あの時の声の主ではないかと考えた。
「ご存知かとは思いますが、私が播磨です」
「暮那です」
二人も礼を返す。
「私達が何者なのか、気になる所だろうな。手っ取り早く説明させてもらう。こっちに来てくれ」
そう言って宇垣は二人をガラスの側へ案内した。二人は警戒しつつ、歩いて行く。
そこから見えたものは、地下とは思えない巨大な空間。側面は直に岩肌が見える。
底には様々な形の建物が所狭しと並び、その有って無いような隙間をパイプラインが走る。あらゆる場所にライトが設置され、景色を青白く浮かび上がらせている。所々から煙を立ち上らせるそれらは稼働しているようだ。
驚く二人の様子を見て満足そうな宇垣は口を開く。
「我々は富士川重工。我が社は、日本軍に捨てられた軍需工場だ」
* * *
「まあ、今でも別名義の会社を作って軍に消耗品を供給しているがね」
宇垣は笑みを浮かべながらそう言う。
「じゃあ、格納庫にあったあの拡張戦術機はなんなんですか?」
結は疑問を覚えたのか、そう訊いた。
「技術者の性というやつでな。作りたくなるものなのだ。無論売る気は無いが」
その問いに、宇垣は表情を変えずに返答した。
作りたい、というただの欲で予算を割いてまで作るものなのだろうか。二人の内心には更なる猜疑心が生まれる。
そして、今度は蓮二は口を開いた。
「我々に協力することであなた方が得るメリットはなんですか?」
それが部屋に響いたのち、一瞬の間が生まれた。宇垣の表情は変わらない。
蓮二は、その宇垣の目をじっと見つめた。視線を外してなるものかと、静かに凝視する。
「単なる良心……と言うのは冗談で、暮那嬢にテストパイロットをやってもらいたいと思ってね。ついでにシュトラーフェとの性能比較をと」
「なるほど、確かに合理的ですね」
そして、蓮二は確認を取るように結と視線を合わせる。
「では、助力をお願いします」
「ありがとう。よろしく頼む」
蓮二と宇垣は握手を交わした。
* * *
蓮二はベッドに寝転がる。
ここは、二人に与えられた部屋だ。横に広い長方形の部屋で、中程に間仕切りがあり、そこで二つに分けている。いくら仲が良かろうが、男女同室というのはあまりよろしくない。少なくとも、蓮二はそう考えていた。
蓮二が与えられたのは入って左側である。椅子と机とベッドが置かれていた。無論、地下であるため窓は無い。
「ちょっとシュトラーフェの所行ってくる」
蓮二はここからは見えない結にそう告げた。ベッドから降り、部屋の入り口辺りまで来た。ここまで来れば、彼女の姿は見える。
その結はこちらを見つめていた。その表情はどこか寂しげである。蓮二は、真剣な眼差しで結を見た。
すると、結の寂しげな表情が抜けたように思えた。
「お願いね」
意図を悟ってくれたようだ。
* * *
なんとなく覚えていた道順を確認しつつ、蓮二は格納庫へと向かう。相変わらず廊下は薄暗く、満足な光がない。
時折すれ違う人々は、皆整備士のような作業服を身に付けている。油のような何かで汚している者もいた。
程なくして格納庫に辿り着く。ここに来た時とほぼ変わらない様相だ。強いて言えば、シュトラーフェが試作機の横に並んでいる事が違いだろうか。
なお、富士川重工には、
「シュトラーフェは一切整備しないように。触れた者には攻撃するよう設定してある」
と伝えてあるためとりあえずの機密漏洩は避けられるだろう。当然の処置だ。
蓮二はシュトラーフェに乗り込む。これならば、監視カメラに映ることもなく、誰かに話を聞かれることもない。
「どうしたんだ、蓮二」
コックピットに入れば、手乗りサイズのシュトラーフェが出迎えてくれる。
「得られた情報を色々教えてもらおうと思ってな。あと俺たちに割り当てられた部屋の監視体制を知りたい」
「わかった。まずその辺にある拡張戦術機だが、日本軍やアヴァロニア軍の機体を数段上回る性能のようだ。さすがに私には遠く及ばないけども」
シュトラーフェには劣るとしても、両軍の新型機に勝る性能と言うと、かなりの技術力を富士川は有しているようだ。
しかしそうなると、軍に切られたというのにも疑問が生じてくる。キナ臭い。
「構造物に関しては、特に注意することもない。ありふれた物だ。ただ、規模が大きい。蓮二が見た工場区を中心として半径3キロほどの円状に施設が広がっている。全て地下だ」
「そんなに大きいのか」
3キロと言えば、普通に歩いて1時間弱かかる距離である。相当広い。
「あと、地下にトンネルがあった。海まで続いているようだ。海中はレーダーが使えないからそれを狙った通路だろう」
聞けば聞くほどとんでもない規模だ。最早企業ではなく国である。実際、これを表すにはその言葉が適切かもしれない。宇垣によれば、社員やその家族はここで暮らしているらしいのだ。
「それで部屋の監視体制だけど、マイク付きの監視カメラ一台だけのようだ。無力化しようか?」
「よろしく頼む。プライバシーの侵害って言い訳が立つし、実際そうだからな」
シュトラーフェはそれを聞くと、何かを操作する仕草をした。
「無力化しておいた」
随分と仕事が早い。頼もしいものだ。
「あと、一人じゃ寂しいだろ?機の移動許可は貰ってあるから、適当なところで人に変身してくれ。そしたら部屋に行こう。協力者がもう一人来るとは伝えてあるから大丈夫」
蓮二はシュトラーフェを気遣い、手を回しておいたのだ。彼女を見ると、薄く微笑んでいた。嬉しそうで何よりだ。
その後監視の無いところを見つけ、シュトラーフェは人に変化した。
そして、部屋へと連れてきた。
「あ、おかえり!」
扉を開けると、結が笑顔で出迎えてくれた。だが、その表情はみるみるうちに困惑のそれへと変わっていく。
「蓮二……その女の子……誰……?」
笑顔が完全に抜けたところで、結はそう呟いた。
「ああ、シュトラーフェだよ」
蓮二は当たり前のように言った。
「そっかそっか、シュトラーフェちゃんか……ってえええええ!!??なんで拡張戦術機が人になってるの!?私でもノリツッコミするよ!?」
部屋に大声が響いた。
地下工場はロマンです。ええ、ロマンです。そう言うの大好きです。




