逃避行
「私、家族もいないし、友達も二人しかいないし……二人ともどっか行っちゃいそうだし……軍にはもう、いたくない!」
「……すまないが、それは出来ない」
感情の昂ぶる結に、優しくゆっくりと蓮二は話しかける。
「俺は、誰も助けてくれない、周りの全てが敵になるかもしれない戦場に行くんだ。君は連れていけない……すまない」
蓮二は、ギリッと歯嚙みをした。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「どうして……そんなの、わかってるのに……」
結の目からは涙がこぼれ落ちる。それは寂しさからか、悔しさからか、わからない。
「……居場所……ないんだよ……」
そう、涙声を絞り出して言った。
「……すまない」
蓮二は溢れそうになる涙を必死にこらえた。彼女にこんな姿は見せたくなかった。
結は追いかけて来た。だが、蓮二はゆっくりと速度を上げる。月光はだんだんと引き離されて行く。二人の間を雨が降る。
――もう後ろは見ないつもりだった。
「悪いが追手だ。こっちに来る前に向こうに食いつく」
シュトラーフェが深刻な表情でそう言った。
レーダーを見ると、六機が結に迫っていた。蓮二は様子を見る。
「通信に入り込めるか」
涙を強引に封じ込めてシュトラーフェに訊く。
「大丈夫だ。流すぞ」
一瞬のノイズの後、音声が流れ出す。
「貴様、協力者か!何にせよ、勝手に戦術機を発進させたことは軍規違反にあたる。直ちに降りろ。さもなくば、墜とす!」
一気に速度が落ちていた結の月光に詰め寄る。
「ひっ……うぅ……」
――蓮二は迷った。
助けに行くのか、置いて去るか。
歯をくいしばる。どうすればいい。
去れば、結は軍事法廷で裁かれる。いや、その前に機体ごと撃墜されるかもしれない。
「蓮二…………助けて」
もう、何も失いたくなかった。
答えは決まった。
「結ぃぃぃいいいいい!!!!」
機を翻し、全速力で結のもとへ向かう。
「そういうところだぞ」
統合作戦室に映し出されている映像を見て、西馬 源三は楽しそうに笑いながらそう呟いた。
一瞬にして音速の壁を超えたシュトラーフェは、結に斬りかかろうとする一機の月光を一閃にて両断した。
間髪入れず、想像を絶する機動ですぐに別の機の裏を取る。そして、横薙ぎの一刀。
まるで、周囲が止まっているかのようにシュトラーフェは空を駆け回る。
――その姿は一つの演舞のように美しかった。
* * *
「蓮二……ありがとう……」
今度は別の涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら結は話す。
「その、なんだ。なんか、ごめんな」
蓮二は居た堪れず、謝った。
「ううん……大丈夫だよ」
結は嬉しそうに笑った。涙を吹き飛ばすような笑顔。蓮二は引き込まれそうになる。
「これで、私ももう戻れないね」
その笑顔のまま、結は楽しそうにそう言った。軍学校でいつも見ていた、輝いた笑顔の結だ。どこか、懐かしく感じられた。それほど月日が経っていたわけでもないのに。
「ああ。一緒に、行くか」
「うん!」
二機は楽しそうに暗雲の中を行く。
二人は、この混沌の世界に何をもたらすのだろうか。
* * *
もし世界の命運と言うものがあるなら、それは一体誰が握っているのだろうか。
神か。悪魔か。あるいは、人間か。
人間が握っている、と言うのはいささか傲慢だろう。我々がいくら科学を発展させたところで、自然災害一つ防げないのだから。
であれば、神や悪魔が握っているとでも言うのだろうか。
それならば、世界はもっと優しいものや、醜いものとなっているだろう。
ならば、誰がそれを握っているのか、と。
――誰も握ってはいないのだ。
手繰り寄せ、なんとかそれに抗おうと、必死にもがく人々がいる限り。
誰も握ってはいけないのだ。
西馬の「そういうところだぞ」っていうセリフが個人的に大好きです。そういうところだぞ。




