決裂
結は一人、わけもなく司令部の廊下を歩いていた。第三師団は日本解放以降、司令部に駐屯する部隊となったからだ。
「はあ、私何もできてないな」
虚空に向けてそう言った。守は大きな戦果をあげている。蓮二はもっとだ。自分だけ何もできていない、とまた自分を責めていた。
大きくため息をつく。
――ふと視線を前に戻すと、見覚えのある人影が横切るのが見えた。
「……蓮二?」
結は駆け出し、その人影を追った。敷かれている絨毯を踏み付けて走る。
角を曲がり、その影を見た。しかし、見つけた時には、扉の奥へと行ってしまっていた。
その扉の前には西馬が立っていることに結は気がつく。閉じられた扉の向こうを見ていた。
結は思わず走り寄った。
「あの、今のって、蓮二……播磨ですよね」
単刀直入に聞いた。
「ああ、そうだ」
少し間をおいて西馬はゆっくりと頷いた。
「何かあったんですか?」
「総司令が彼を呼んでいてな。詳しくは私も知らんのだ。ただ……」
西馬は一呼吸置いた。そしてゆっくりと言葉を連ねる。
「どうにも嫌な予感がする。君もここから離れた方がいい」
「……そうですか。わかりました」
西馬は上官である。逆らうのは良いことではない。素直に結はその場を後にした。だが、その足は自分の部屋には向いていない。
――彼女はどこへ行くと言うのだろう。
* * *
「御足労痛み入る」
鮫島は蓮二に対し、一つの姿勢も表情も変えずにそう言った。よくも思っていないことを口にできるものだ、と蓮二は思った。
この部屋は議場だった。中央に置かれた長テーブルの最奥に鮫島が座っている。それを囲うように、日本軍の重鎮達の姿があった。
西馬がここに居ないのはなぜだろうか。
「そこに座りたまえ」
もっとも出入り口に近い、鮫島のちょうど対面に位置する場所を指差しながらそう言った。逆らう意味も無いので大人しく座る。
「それで、用とはなんでしょうか」
蓮二は警戒しながらゆっくりと喋る。
唐突に鮫島が片手を上げた。
「単刀直入に言おう」
――途端、武装した兵士が入ってきた。物々しい雰囲気をまとった彼らは、走って蓮二の辺りを取り囲み、持っていた銃を蓮二に向けて構えた。
ピリピリとした空気が辺りを包む。重鎮達の眼光も鋭い。
「君には日本軍の兵士として戦ってもらいたい」
鮫島の狙いは蓮二の恭順だった。それも、脅してまでそれを求めた。その語気は鋭く、目は静かに、椅子に張り付けるように蓮二を射抜く。
だが、蓮二は怯まない。
「報告は行っていると思いますが、私はどこかに属する気はありません」
控える重鎮から疑問の声が上がる。それは鮫島の誘いを断ったことに対しての疑問なのか、この状況で断ることが出来ることに対しての疑問なのか。
「フン、戦争を止めるってのか。馬鹿らしい」
鮫島は嘲り笑う。蓮二を睨んだまま。
「あなた方に理解してもらいたいとも思っていませんので」
「たった一人で何が出来る。それにな、我々は国の為に戦っているのだ。国を捨てようとしている貴様と違ってな」
露骨に言葉で攻撃をする鮫島。だが蓮二の表情は動かない。
「……国に縋る、巣食うの間違いだろう」
その言葉で、鮫島の眉間にはぎゅっと皺が寄る。拳を握る力が一層強くなった。
そして、突然気の抜けたようにそれらは消えた。
「撃て」
議場に野太い声がよく響いた。
銃を握る兵士たちの指が引き金に届く。
――蓮二の表情に変化はない。
その時。
天井が崩れ落ちた。
それも、蓮二の周囲だけである。
そこにいた兵士たちは落ちてきた天井の下敷きになった。穴の空いた天井から、強く降っている雨が室内に入り込む。
瓦礫の中に佇むのは蓮二。
そして、シュトラーフェだ。
雨の衣を纏い、蓮二は口を開く。
「俺に危害を加えるつもりなら、容赦はしない。よく覚えておくように」
あたりを、鋭い目付きでゆっくりと見回す。視界に入るのは、突然の出来事に慄く者ばかりだ。
「権力だけじゃ、何も守れねえよ」
最後にそう言い放つと、シュトラーフェに乗り込んだ。
ゆっくりと、滝のような雨の中を昇っていく。
すぐにその姿は見えなくなった。
* * *
西馬から通信が入った時点で、こうなる事を予測していた蓮二はあらかじめ手を打っておいた。
自分の意思を明確にする為。力を誇示する為だ。
「建物を壊してよかったのだろうか」
シュトラーフェがそう言った。
「まあ、それで確たる意思を示せるなら幾らでも壊すさ」
躊躇なくそれをやろうとする自分に、蓮二は苦笑いした。
「ちょっと待て。一機こちらに向かって来ている。おそらく月光だ」
突然シュトラーフェから報告が入った。だが、たった一機。追撃にしては様子がおかしい。
「なんのつもりだ?」
蓮二は訝しげにレーダーを睨む。
「オープンチャンネルで通信を飛ばして来た。どうしようか」
次々となされる不可解な行動に蓮二は困惑していた。
「繋ごう」
スクリーンが一瞬暗くなり、砂嵐とノイズからゆっくりと映像が映る。
「なっ!?お前!?」
そこに映し出されたのは、
「蓮二!私も……私も連れてって!」
悲痛な表情を浮かべた暮那 結だった。
遂に日本軍を飛び出した蓮二。物語の本編はここからと言っても過言ではないです。
これからの展開にご期待ください!




