609.返済計画と三課のコーヒー
・コミック『魔導具師ダリヤ ~王立高等学院編~』4巻、発売中です。
書籍『魔導具師ダリヤ』14巻、通常版・特装版、発売となりました。
活動報告にて14巻のご感想を頂く場を作りました。
どうぞよろしくお願いします!
「フェルモは職人ですが、商会長、父親、師匠であることも忘れないでください」
「面目ねえ……」
ダリヤが書類を見るテーブルの向こう、イヴァーノがきっぱりと言い切る。
その隣では、フェルモが身を縮めていた。
ここはスカルファロット家の別邸、ロセッティ商会の部屋である。
王城から戻って一週間、ダリヤは遅れていた仕事を懸命に片付けた。
書類の確認、魔導具の検品、そしてオズヴァルドから依頼された大海蛇の鏡作りなどだ。
そして本日、午後すぐにやってきたフェルモに、イヴァーノが話しているのが今である。
自分もかなり耳が痛い。
「前のガンドルフィ工房の代金は、昨日付けでザナルディ公に全額お支払いしました。ジェッダ商会から今の工房で借りていた分と今回のそれを合算、計算上は十年払いでいけるところ、備えを入れて十五年払い、利益が大きく出たときは先払い、最初の支払いは十日後です。もし、返済で何かあれば、すぐ言ってください」
「ありがとうよ、イヴァーノ。本当に助かった」
「次からは絶対に、値段を決める前に相談してください。三割増しまでならともかく、倍額で買うとかありえません!」
「申し訳ねえ……」
先日の王城で、セラフィノが前ガンドルフィ工房と家を買い取り、フェルモへ譲ろうとした。
しかし、彼はそれをよしとせず、倍額で購入すると申し出たのだという。
結果、今のガンドルフィ工房と家と倉庫、前の工房と家で、フェルモの借金は大きくふくらんだ。
相談されたイヴァーノは、ジェッダ商会――商業ギルド長であるレオーネの家の商会だが、そちらとやりとりし、借金の一本化と新しい返済計画を組んだ。
ダリヤとしては、スムーズに進めたイヴァーノに感心するばかりだ。
しかし、フェルモいわく、『過去一、叱られた』そうだ。
ガンドルフィ工房は右肩上がりで利益が上がっている。
今も繰り上げ返済をしているので問題ない、彼はそう思っていた。
だが、イヴァーノから見れば問題だらけだった。
フェルモは若いとはいえない。
今後どれだけの期間、元気に働けると考えているのか。
事故や急病でフェルモが亡くなれば、妻子に借金が残る。
家族や弟子がもし重い病や怪我をする、あるいは災害や火事で工房や家が壊れる、そういったときに多くの金貨が必要になっても、新たに借金ができない。
子供や弟子が一人立ちするときの援助も必要ではないのか。
そういったことを紙に書きながら、一晩みっちり教えられたのだという。
『あれは、返済計画ではなく人生計画だった――』
そう語るフェルモに、納得しかなかった。
フェルモはイヴァーノに礼を言い、家族と弟子には頭を下げて詫びた。
幸い、彼らからは同意と共に、自分達も頑張るとまとまったそうだ。
フェルモが革のケースに書類をしまうと、イヴァーノが口を開いた。
「じゃ、この件はここまでで。話は変わりますが、フェルモの前の家の近くに、崩れレンガの建物がありましたよね?」
「ああ、前の持ち主の借金と、地下室のレンガの撤去費用が嵩むとかで売れ残ってたな」
「それ、ウォーロック公爵が買い取りました。送り馬車付きの馬場になるそうです。完成したら、移動の際はなるべく使ってくださいとのことです」
「ありがてぇ。王城からの行き来もあるからな」
ウォーロック公爵は、フェルモの他、スライム研究主任のイデアリーナの貴族保証人でもある。
庶民の職人に対し、偏見なく手を差し伸べてくれる。
フェルモの前の家は、職人交流所となるため、王城から魔導具師達も来る予定だ。
そういったことを見越し、馬場を作り、職人達の安全と便利さを確保しようというのだろう。
ダリヤに水虫関連を外した二つ名を付けてくれ、叙爵式、お披露目を祝ってくれた。
祝いには、魔導具作りに欠かせない狂いのない計量天秤まで贈ってくれた。
ややこしく怖いと思えてしまう貴族が多い中、ウォーロック公は優しく、心配りが深い方だ。
しみじみそう思っていると、フェルモが声を低くした。
「あと、別件で相談したいんだが、縁談が来た」
「今までも息子さん達には結構ありましたよね? 今回は断りづらい相手です?」
イヴァーノがそう尋ねると、フェルモが空咳をする。
「――息子じゃなく、俺だ」
「はっ?」
「えっ?」
イヴァーノに続き、思わず声を出してしまったのは許してもらいたい。
ダリヤは目を丸くしてフェルモを見てしまう。
「俺に第二夫人はどうかと、子爵家と男爵家から打診がきた。受けるつもりはないから、即刻穏便に断りたい」
「早くも知られましたか……ウォーロック公に相談というのはまだ言いづらいと思うので、レオーネ様への借り入れと業務を理由に、お断りの手紙の見本を書きます。それを送って、駄目だったらウォーロック公に相談しましょう」
「よろしく頼む。できるだけ早く済ませてぇ……」
深い眉間の皺がよく理解できる。
商会が評価されると、商会長にお見合いが勧められるのは、未婚も既婚も同じらしい。
それにしてもフェルモの妻、バルバラが心を痛めていないか心配だ。
自分が尋ねられることではないが――ダリヤがそう迷ったとき、イヴァーノが口を開いた。
「バルバラさんから、何か言われませんでした?」
「俺が第二夫人をもらうなら、第二夫をもらうってよ」
「ぷっ! どっちも百割ないでしょ」
「当たり前だ。俺に仕事道具を別の用途で使わせる気か」
フェルモがそう冗談を――いや、真顔なので本心かもしれないが、言い終えたとき、ノックの音がした。
「ダリヤ、迎えに来たよ」
入ってきたのは騎士服姿のヴォルフだ。
本日はダリヤと共にセラフィノに呼ばれている。
この後、一緒に王城へ行く予定なのだ。
「あれ? フェルモ、何かあった?」
不機嫌そうな表情に気づいたらしい彼が、フェルモに尋ねた。
「――いや、ちょっと、縁談話をな」
「えっ? ダリヤの縁談?!」
「違います!」
いきなり自分にふらないでもらいたい。
これまで全部断ってきたし、今後も受けるつもりはないのだ。
そこからはフェルモが自分に縁談がきたこと、イヴァーノが商会の名が通るとよくあることだと説明し、納得された。
「第二夫人の話がくるなんて、フェルモも大変だね……」
「まあな。でも、縁談話はヴォルフ様の方が多いだろ?」
同情深く言うヴォルフに対し、苦笑と問いが返ってきた。
「いや、聞いてない。俺は縁談を受けるつもりはないから、一つも、絶対」
一段強い声で言い切られた。
長らくの女性不信、一部、人間不信のせいか、ヴォルフに結婚願望はないらしい。
それに安堵すればいいのか、残念がればいいのか――今、本当にわからない。
「時間だね。そろそろ移動しようか、ダリヤ」
「ええ、行きましょう」
呼ばれた声に迷いを放り投げ、ダリヤは部屋を後にした。
・・・・・・・
一週間ぶりの王城、馬場はいつもよりにぎやかだ。
馬場には大きな金属板、金属の管、資材らしきものを乗せた馬車が複数あり、カルミネとブルーノ、王城魔導具制作部の者達が確認している。
その近くでは、大きな八本脚馬をなだめるウロスと、工具箱を持つジャンニ、研究員達の姿もあった。
皆、それぞれに仕事を進めているようだ。
ちょっと気になるのだが、約束の時間が近いので、三課へ行く馬車に乗り換える。
座席に着くと、ヴォルフが窓から外を見た。
「みんな、忙しそうだね」
「ええ。ヴォルフも叙爵の準備で忙しいでしょう?」
「そうだね。でも俺だけじゃなく、赤鎧全員だから。グリゼルダ副隊長とジスモンド様に講師をお願いして勉強してる。あと、それぞれ、二つ名で真剣に悩んでる」
「二つ名……」
勉強よりもそこなのか、そう思ってしまいそうだが、自分も水虫関連の名付けは絶対に避けたかったので理解できる。
魔物討伐部隊男爵、略して魔物男爵と名付けてくれたウォーロック公には、感謝しかない。
「勉強はどんな内容?」
「今、ドリノは敬語の練習、ユドラス先輩とギーシュ先輩は貴族会話の練習。あと、ランドルフは男爵になるのを機に家から独立するからって、親戚向けの挨拶状を山のように書いてる。俺は人とのやりとりを重点的に、いろいろと準備もかねて……」
ごにょりと語尾が濁ったヴォルフに、いろいろと察した。
おそらく女性に関することだろう。
スマートなお断りの仕方、いや、もしかすると安全な退避方法の学習かもしれない。
「ヴォルフ、大変だと思うけど、応援しているので――」
「ああ、全力で頑張る……!」
自分を見て深くうなずく彼に、きっと大丈夫だと思えた。
三課の塔の前、馬車を降りると、そのまま招き入れられる。
従僕に案内された客室には、すでにセラフィノとベガがいた。
ベガは以前と同じ、セラフィノの斜め後ろにいる。
その位置に安心感を覚えてしまう。
彼自身もそうなのかもしれない。
心なしか、その表情がやわらいで見えた。
「ようこそ、ロセッティ、ヴォルフ君」
挨拶を交わすと、ヴォルフと共にソファーに座る。
従僕が一礼して、部屋を出て行く。
そして、彼と入れ代わりに入ってくる者がいた。
「失礼します」
コーヒーセットの載った銀のワゴンを引いてきたのは、メイドのモーラである。
ただし、いつものメイド服姿ではなかった。
おそらくは私服。
紺色に白いレース飾りの付いたワンピースは、彼女によく似合っていた。
何故だろうと思いつつも、失礼にならぬよう視線を外す。
しかし、セラフィノには気づかれたらしい。
「モーラは純粋な休暇中なのです」
「本日は新しいコーヒー豆のお勧めに参りました」
純粋な休暇って何だろう? あと、コーヒー豆の勧めは、大公専属メイドの仕事なのだろうか?
そんな疑問が浮かんだが、口はしっかり閉じておく。
モーラがコーヒーを淹れるのを横に、セラフィノは言葉を続ける。
「先日からのことです。王城の魔導具師と民間の職人の交流は、ウロス部長の発案で、アルドリウス殿下が許可しました。すでに腕のある職人は王城で実務に加わってもらっています。ここからの技術開発に大いに活かされるでしょう」
一瞬だけ、ヴォルフと共に固まってしまった。
事実と違うそれは、『そういうことにしたから合わせるように』ということだろう。
「――そうなのですか」
「ええ。私は面白がって見学に回り、身体が弱いので風邪を引き、しばらく休んでいました。けして、謹慎などではないですよ」
技術開発が進んだとして、そこにセラフィノの名は残らない。
本人が望んでいることとはいえ、残念さを覚えてしまう。
「けして、謹慎などではなく――二人とも、ここは笑うところですよ」
にこやかにそう言われ、なんとか笑顔を返す。
頬肉がちょっとだけひきつった気がした。
話はそこからも続いた。
「今、王城は家系図の書き換えで大忙しです。上位貴族の人数が何十人か増えましたから」
「それは、近衛騎士の選抜が目的でしょうか?」
「ええ。今まで他家に出していた者を戻したり、見所のある者を養子にした形ですね。外部魔力がないか、魔力なし、少なめ、それでいて騎士の腕を持つ、研鑽高き者達です。高等学院に入る者もあれば、各家で訓練を受ける者もあります。そのうち、騎士団の臨時試験を通った、能力のある者が近衛に入るでしょう。どのような箱ができても守られますよ」
ヴォルフがほっとした表情となった。
彼らが入れば、近衛に願われる可能性が減るからだろう。
「それと、王城騎士団で、空奏の魔剣の演奏部ができます。アルドリウス殿下がストルキオス殿下に空奏の魔剣を贈り、国境のワイバーンの前で振ったことで、特殊性がわかりました。今は剣を振ると一定距離内ならワイバーンが呼べるそうですよ。幼いワイバーンは学習効果が高いのでしょうね。今後の確認は、ストルキオス殿下が頑張ってくれます」
空奏の魔剣の問題も片付けた、言下に告げる大公に、目が丸くなる。
驚きとありがたさで口が開きっぱなしになりそうだ。
「公式の初演奏には二人共に参加してください」
「あ、ありがたいことです」
「楽しみにお待ちしたいと思います」
ダリヤはヴォルフと共に、なんとか無難な返事をする。
このところの懸念の山がすべてならされたよう、安堵でそっと息を吐く。
出されたコーヒーは香りが良く、苦めでもおいしく味わうことができた。
コーヒーを飲み終えたとき、セラフィノがテーブルに手袋の指を置いた。
「さて、代価の一回目です。歌劇場に『大型拡声器』が入ったので、皆で見学に行きませんか?」
「――『大型拡声器』、ですか」
はい、と即答したいほどには気になる。
しかし、セラフィノは王都内とはいえ、外出していいのか、あと、一緒に行動するのは目立たないか、グイードに相談してからの方がいいのではないか――
ぐるぐると考えを回していると、声が続いた。
「もちろん、王に許可を得ていますよ。あと、馬車から専用通路で移動するので、他に見られることはありません。強いて言うなら通路は足下がやや暗いので、エスコート役のヴォルフ君にしっかり守ってもらいましょう」
「はい、お任せください」
反射のように答えるヴォルフを見れば、ちょっと厳しい表情だった。
魔導具の見学とはいえ、王に許可を得ての、大公との外出である。
自分も気を引き締めなければ、ダリヤはそう思い直した。
向かいのセラフィノが立ち上がり、いつもの声で言う。
「では、『恋とはどんなものかしら』を見にいきましょう」




