608.職人達の反省会
・コミック『魔導具師ダリヤ ~王立高等学院編~』4巻、発売となりました!
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どうぞよろしくお願いします。
「フェルモ、どっかで愚痴を言わせ――いや、今日の反省会をだな」
「酒場で王城のことは喋れねえからな。この前の場所に行こう。希望者は――全員だな。ダリヤさんとヴォルフ様もお願いできるか?」
フェルモにそう言われ、ダリヤとヴォルフは同時に了承した。
コルンはカルミネと魔導具の打ち合わせで、王城に残るそうで、この場にいない。
王城の馬場で流れるように決まった反省会の場は、フェルモの前の工房である。
二台の馬車は夜にまぎれて移動した。
工房に着くと、作業テーブルに王城からもらってきた包みを載せ、途中で買ってきた炭酸水とエールを並べる。
包みの中は平たい木箱に入ったお弁当だ。
ヴォルフもしっかり渡されていた。
乾杯の指揮は、ダリヤがフェルモへ願う形になった。
「じゃあ、無事、王城から帰ってきたということで、乾杯!」
「乾杯! お疲れ様!」
「乾杯! 飲まずにやってられるか!」
「乾杯! 無事って何だろうな……」
一部微妙な声があがったが、遅い夕食の時間、それぞれに喉の渇きと空腹はある。
しばらくは食事が優先となった。
「おっ! うまいけど何の肉だ、これ?」
「雉じゃないかな」
「香草入りの卵焼きって初めて食べたけど、うまいもんだな」
お弁当箱は二段、どちらも彩りよく、料理がみっちり入っていた。
上段はふわふわの白パンと付けられたバタークリーム、雉肉のミニパイ、粒大きめのブドウ。
下段はローストビーフに、香草入りの卵焼き、魚介のテリーヌ、茹で野菜のチーズソースあえにカボチャの蜂蜜煮など、見ているだけでおいしそうである。
ダリヤは最初に雉肉のミニパイを切ってフォークに載せた。
口にすれば、サクサクしたパイ生地の中、旨みの強い肉の味がわかる。
鶏と似ているが、より味が濃く、香ばしい感じだ。
玉ネギの甘さと、ハーブの香りも良く合っている。
隣のヴォルフも黒コショウの利いたローストビーフを味わい、満足げにエールを飲んでいた。
「これ、とてもきれいね。色の置き場と比率がいいわ……」
魚介のテリーヌに熱い視線を向けているのは、タイル職人のレジアンヌだ。
確かに、このテリーヌは美しい。
白身魚の白、海老の赤、香草の緑と、バランス良く配置されている。
その味わいも上品で繊細だ。
各自が舌鼓を打ち、追加の炭酸水とエールを飲む。
王城の緊張も解け、部屋にはにぎやかな声が戻りつつあった。
そんな中、フェルモが皆へ問いかける。
「俺はずっとセラフィノ様と箱を作ってたが、そっちはどうだった?」
カボチャの蜂蜜煮をフォークに刺し、レジアンヌが答えた。
「セラフィノ様の浴室を確認してきたわ。タイルと目地の両方とも古くなっての劣化で、下地から手直しね。ピエリナちゃん――三課の研究員の方と一緒に、絵柄を決めて、タイルを貼っていく予定よ」
「順調で何よりだ」
「彼女は金属にくわしいからとても勉強になるし、話すのが楽しかったわ。まさか、魔導具制作部長さんの姪御さんだとは思わなかったけど……」
『ウォーロック公爵の姪御さんでもあります』、ダリヤがそう言おうとしたとき、コンテが手を挙げた。
「こっちは魔物討伐部隊の遠征用の風呂が完成した! 馬車の幌をひっくり返す形で、すぐ設置できるヤツだ。水の魔石で水を入れたら、隊で火魔法を持っている方がすぐ沸かせるそうで、隊長さんからぜひ早くと願われた」
「実際に入った隊員も、皆、喜んでたよ。次の遠征でぜひ持っていきたいから、一番厚みのあるもので三台は欲しいって」
ヴォルフも続けて説明してくれる。
彼が三課に来たときに持ってきた報告書は厚く、早期完成への願いがせつせつと綴られていた。
安全確認は王城魔導具制作部で再度するとのことだが、導入は早そうだ。
「ヴォルフ様、今までの遠征で風呂はどうしてたんだ?交代で村に借りに行くとか?」
「水を浴びるか、お湯で身体を拭くぐらい。行きは急ぐから補給以外は寄らないし、帰りに勧められることはあったけど、魔物を倒した後で血の匂いが残っていると家畜が怯えるから、遠慮することが多いんだ」
「ああ、人間はもてなしたくても家畜が……害獣が来たと勘違いすると、鶏は卵を産まなくなるし、ヤギの乳の出も悪くなるからな」
魔物を倒す魔物討伐部隊、人にはありがたくても、家畜にそれを説明することはできない。
「長い遠征だと、地面に土魔法で浴槽をつくったり、木で浴槽を組み立てたりすることもあるけど、準備そのものに時間がかかって――だから、幌をひっくり返すだけだと、入れる機会が増えそうだ」
笑顔で話す彼に、周囲も相好を崩す。
しかし、その後にため息をついた者がいた。
「俺は八本脚馬の見学に行ってから、一課の作業室でタンクを半分にした形で、疑似タンクを作ってきた。けど、最初から最後まで、訳がわからねえ……」
「ジャンニさん……」
疑似タンク制作ではすばらしい技術を見せてくれた、ウロスとも意気投合しているように見えた。
それでも、何か不満があったのか、そう考えたとき、声が一段大きくなった。
「王城の八本脚馬は何を食ってんだよ、あの大きさ!」
「ええと、専用の飼料と野菜と果物……」
ヴォルフが困惑しつつ答える。
しかし、ジャンニの声は止まらない。
「そんで、あのだだっぴろい一課の作業室に、王城の魔導具師様達がずらりと並んで! 俺は金物を叩いてるだけなのに、どんどん人は増えるし!」
「あの技術でしたら、見学したいと思うのは当然だと思います」
「家でずーっとやってたことだぜ。それが突然褒められまくりで、王城魔導具制作部長様が俺の貴族保証人とか、とにかくおかしいだろ!」
この混乱ぶり、ダリヤにはとても覚えがある。
ジャンニに一気に親近感が湧いた。
「どうしてこうなった? なあ、誰か教えてくれよ」
「うん、もっと飲んでいいぞ、ジャンニ。俺が送っていく」
コンテに差し出されたエールの瓶を、ジャンニは無言で受け取っていた。
「ブルーノはどうだった? 半割れ管も持ってったろ?」
「ああ、糸付き拡声器向けの半割れ管を合わせたり、新しく組んだりしてきた。カルミネ様がとても話のわかる方で――こっからは量産化の手伝いをさせてもらう予定だ」
カルミネとブルーノは気が合ったらしい。
帰り際、廊下で名前を呼びあい、今後の日程調整をしていた。
「いいなぁ、お前らは。まだ話せる相手がいたんだから」
これまで黙っていた炉職人が、ふっと笑う。
そこにうすら寒いものを感じるのは気のせいか。
「そういや、アキッレは王棟だったよな。どうだった?」
「並んだ近衛様達とまぶしいお方を後ろにして正気が保てた俺を褒めろ」
句読点のない返事に納得した。
それは自分も避けたい。
あと、王のフットワークの軽さはセラフィノに通じるものがあるらしい。
「偉い偉い」
ジャンニが彼の頭を撫でかけ、べしりとはたき落とされる。
「た、大変だったな……作業の方はなんとかなりそうか?」
「壁と床は仕様書の素材を変更して加工すればいいが、天井がな……あれは設計から駄目だ。一番熱くなるところに耐久性だけ上げて、熱の逃げ場を作ってないとか、何考えてんだか……そこから直していいって言われたから、大工とも相談だ。結局、蒸し風呂まで手が回らなかったよ」
「じゃあ、アキッレはまた王棟行きか。がんばれよ」
「あっ! 三課の臨時職員って、そういう……」
はっとした表情となった彼は、そのまま作業テーブルに突っ伏した。
再びよしよしと頭を撫でるジャンニの手は、振り払われなかった。
「いいじゃねえか、仕事ももらえる上、いつかワイバーンがこんがり焼ける炉が作れるかもしれねえだろ」
「くっ、入る金貨で首の皮はつながったが、胃に穴が開く……」
ようやく身を起こしたアキッレが、手で腹を押さえる。
ヴォルフが心配そうに彼を見つめた。
「ええと、俺が家から追加の胃薬をもらってくるよ。他にいる人は――うん、全員分」
ダリヤも手を挙げたのは許してもらいたい。
ここのところ、あまりにいろいろとありすぎた。
「とりあえず、あとは飲んで愚痴るでいいか、フェルモ?」
「いいとも、コンテ兄貴。皆、家で話せる中身じゃねえから、ここで話しきっていく方がいいぞ」
「その前に、言ったところで信じてもらえねえと思う……」
声は一段大きくなり、それぞれに驚きや緊張したことを話しだす。
それはやがて、ここから何を作るか、どんな素材を使ってみたいかになり――
職人達の表情は、明るい笑顔に変わっていった。
「一応、一区切りっていう感じかな……」
「そうね……」
ヴォルフの言葉にうなずくと、ここまでが思い出された。
きっかけは、ヴォルフのために作るはずだった『眩夢の魔剣』。
それがフェルモの小箱づくり、職人交流会、王城での今日につながった。
先輩職人達は、その腕で、ここから活躍の場を広げていくだろう。
「もしかして、王城の魔導具師になりたくなった?」
考え込んでいたせいか、ヴォルフに尋ねられた。
確かに、王城で魔導具師や職人と話しながらの作業は楽しい。
技術をみせてもらうのも勉強にはなる。
でも、自分が一番いたい場所ではない。
「私は塔の作業場と、ヴォルフから借りている作業場の方がいいです」
ヴォルフが一緒であることが多いから――
そうは言えずに答えると、彼は浅くうなずいた。
「そうだよね。ただ、王城にダリヤがいたら、もっと会えるかもとか考えてしまって――いや! その、このところ忙しくて、話す時間が足りない感じがして……」
ヴォルフは簡単にそういうことを言うべきではない。
そばにいたい、もっと一緒にいたい、そんな気持ちまで同じだと錯覚しそうになるではないか。
あわてる己を押さえ込み、ダリヤは笑顔で答える。
「男爵になるまでは準備が多いですから。男爵になったら、次の魔剣を作りましょう」
少し身を寄せてささやくと、彼は一気に笑顔になった。
「ありがとう! とてもとても楽しみにしてる」
まだ何を作るかも決めていない。
眩夢の魔剣の続きも考えたが、今回のことを思えば避けた方がいいだろう。
魔物に効果高く、使用者が安全に使え、周囲の人間を巻き込まない魔剣――
ハードルが上がりまくっているが、絶対に作ろう。
職人達の話が盛り上がる中、ダリヤは次の魔剣の構想を練りはじめていた。
・・・・・・・
「明日の仕事があるから、これでひけるぜ」
「お疲れ様。俺は戸締まりを確認してから帰るよ」
フェルモはアキッレに声を返す。
職人達の反省会は、途中から飲み会になった。
スカルファロット家から酒の追加が届き、ありがたく頂いたためだ。
すでにテーブルの上も片付け終わり、帰路についた者も多い。
残っているのは自分の隣のコンテと、テーブルにつっぷしたジャンニだけである。
ジャンニは今、一人暮らしだ。
安全を考えて、少し酔いが醒めてから家に運びたいところである。
「フェルモ、今回はありがとな」
「いきなりだな、コンテ兄貴」
兄弟子に礼を言われるのは、なんだか落ち着かない。
酒を片付けていればなおさらだ。
「今回は、ほどほどの腕はあるが仕事があんまりねえ、そんな奴を助けるつもりだったんだろ?」
「いいや、しっかり腕があって、弟子がいないのに声をかけた」
迷いなくそう答えたが、コンテは長い息を吐くように言った。
「俺もこの年だからな。今回の仕事を細く長く引き延ばして、老後の蓄えにできたらいいもんだ……」
カチン、言葉が額に当たった気がする。
同じ師匠の下、腕と技を競い、仕事をし続けてきた。
交流会では目を輝かせ、今日は王城へ行き、今、隣りあいながら、何を言ってやがるのか。
「年? 仕事を細く長く引き延ばす? 似合わねえこと言うなよ」
「お前と違って、息子にゃ見切りをつけられたから弟子もいねえ。そろそろ仕事のたたみ時を考えてた」
「じゃあ、なんで兄貴の道具はあんなに手入れされてんだよ?」
きれいに丁寧に手入れされていた道具達。
仕事に思い入れがなければ、そんなことをするものか。
「仕事が少なかろうが、人に馬鹿にされようが、そんでも作りたいからやってきたんだろ」
「俺はお前と違って大層なもんじゃねぇんだよ。食べてければそれで――」
「今の兄貴は、去年までの俺だ」
ダリヤに会う前の自分、とにかく家族を食わせよう、仕事を選ぶのも技術を目指すのもあきらめよう、そう思いかけていたあの頃。
その自分と、彼が重なって見えた。
「フェルモの方が腕はあるだろ。俺は努力したつもりで――結局、足りなかっただけだ」
「努力がその場で全部むくわれりゃ、そりゃ楽しいだろうよ。だが、そんなもんじゃねえのは、とうに知ったこっちゃねえか。それでも俺達は、親の顔より金槌の先を見てきたんだ」
「フェルモ……」
くしゃりと歪んだ顔を見ながら、きつく拳を握る。
言葉を選ぶ余裕はなかった。
「自分の残り時間なんざ誰にもわからねえ。けど、こっから年だけ増えて、腕も技も増えねえんじゃつまんねえだろうが!」
まるで駄々をこねる子供の台詞だ、言ってからそう思う。
この年になっても、口のまずさはどうしようもない。
続く無言に、呆れられたかとコンテを見る。
兄弟子は鼻を指で強くこすった後、昔のような勢いで言った。
「そうだな、フェルモ。生きてるかぎり面白れえ方がいい!」
「――そうだろ」
「ああ。いくつになっても新しいものにゃ目がねえし、できないことはできるようになりたいしで、年は後回し。そんな難儀な生き物だったな、職人ってのは……」
その難儀な職人に戻った表情で、兄弟子が笑った。
「水ー……」
笑い合っている横、テーブルにつっぷしていたジャンニが起きようとする。
コンテは空瓶に水を入れたものを、彼に差し出した。
「ほら、水。起きられるか?」
「大丈夫だ。これぐらいじゃ酔わねえ」
酔っ払いのよくある宣言に苦笑しつつ、彼が水を飲むのを見守る。
飲み終えたジャンニは、背筋を正し、両手で己の頬を勢いよくはたいた。
「俺、明日から酒をやめる!」
「明日から明日からで、また先に伸びるやつか?」
冗談めかして尋ねたが、彼は赤茶の目でまっすぐ見返してきた。
「いや、本気だ。今日でやめる。指が震えて仕事にならねえなんて、かっこ悪いだろ。王城でもだけど、あの嬢ちゃん、いや、ダリヤ会長に、かっこ悪いとこを見せたくねえ」
大きく開いた手のひら、指にはわずかな震えがあった。
一時、酒浸りだったその名残を、きっぱり断ち切るつもりらしい。
真剣な表情の彼へ、コンテがにやりと笑う。
「遅れまくりの恋路かよ」
「そんなんじゃねえよ。いや、俺があと三十年若くて、背丈があって顔が良くて頭が良くて財力があったなら、ちっとは悩んだかもしれねえが……」
「全部駄目じゃねえか!」
若い頃のよう、冗談に声高く笑い合い、ようやく帰ることにした。
ドアの前、フェルモは慣れた仕草で玄関を閉め、鍵をかける。
道端の魔導ランタンの下、古びた鍵が取り戻した宝物のように光っていた。




