607.再びの三課
・コミック『魔導具師ダリヤ ~王立高等学院編~』4巻、9月18日発売です。
どうぞよろしくお願いします。
物づくりはやはりいい――
ダリヤはその思いを胸に、マルチェラと三課の塔に戻ってきた。
ジャンニはウロスと明日の日時を決めてから戻るとのことで、一足先になった形だ。
マルチェラを廊下に残し、大きな円卓のある部屋に入る。
集合の時間まであと少しだが、いるのはセラフィノやフェルモ、そして炉職人だけだ。
他の職人達は、まだ戻ってきていなかった。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい、ロセッティ」
セラフィノが作業を止めて自分を見た。
彼は大きめの箱にも挑戦したらしい。
円卓の上、大きさの異なる箱が三つ並んでいた。
ベガはセラフィノの斜め後ろ、いつもの位置にいる。
そして、ダフネがセラフィノの隣、金属板に鉄筆でぎりぎりと音を立てていた。
どうやら彼女も箱づくりに挑戦しているらしい。
「お疲れ様です……ロセッティ会長……」
円卓の反対側では、炉職人が書類を書いていた。
疲労感が流れ滴る彼は、ダリヤを見るとほっとした表情となる。
「お疲れ様です。ええと、何かお手伝いできることはありますか?」
「大丈夫です。希望の材料と改善して頂きたいところを書いただけなので……」
彼は乾燥室づくりのため、部屋を確認しに行ったのだ。
ただし、場所は王棟である。
初めての王城、しかも三課の職員と近衛に王棟を案内されたのだ、同情しかない。
ねぎらいたいところだが、その言葉を口にしていいものか、そう思ったとき、ドアがノックされた。
「戻りました! とても勉強になりました!」
明るい声で入ってきたのは、笑顔のピエリナだった。
その後ろにタイル職人が続いていた。彼女もいい笑顔だ。
「何よりですね。壁の方はどうでした、レジアンヌさん?」
「問題なく修理できます。修理と下塗りが終わり次第、壁の絵付けに取り掛かれます」
「セラフィノ様、絵のご希望はありますか? 王のお姿でも、龍や獅子でも、壁面いっぱいにタイルできれいな絵が仕上がります!」
「ちょっと考えさせてください。さすがに入浴中に叔父上を眺めるのは遠慮したいですし、龍や獅子に見られながらというのも落ち着かなそうです」
セラフィノの言うこともよくわかる。
風景や花の方が落ち着くようにも思うが、これは好みの問題だろう。
「レジー先輩、これからも色彩ありの表面処理について、ぜひ、くわしく教えてください!」
「もちろんよ、ピエリナちゃん!」
「もう、レジー先輩がこのまま三課にいてくださればいいのに」
「受けている仕事の区切りがついたらすぐ作業に――そうだわ、時間があったらうちの工房を見に来ない?」
「うれしいです! 伺いますね」
ピエリナとレジアンヌは完全に意気投合していた。
その会話は師弟関係、いや、通り越して親しい友人のようだ。
「ピエリナ、教えを受ける前に私の浴室ですよ」
セラフィノはそう言いつつも、にこやかな表情だった。
その彼へ、ピエリナは赤橙の目を向ける。
「セラフィノ様、レジー先輩の貴族保証人を、叔父様にお願いしていいですか?」
「ええ、いいでしょう」
「『貴族保証人』、ですか?」
その意味を知らないであろうレジアンヌが、単語を繰り返す。
それに対し、セラフィノが軽い声で答えた。
「身元保証人の親戚のようなものですよ。王城で仕事をするときに必要なので、ピエリナと同じなら問題ないでしょう」
「ありがとうございます」
レジアンヌが納得して礼を述べていた。
ピエリナの叔父といえば、部長のウロスとウォーロック公爵である。
ダリヤとしてはいろいろと説明したいが、どうするか迷ったとき、再びノックの音がした。
「失礼します。糸付き拡声器の方はつつがなく進みました。明日には実物で組んだものをお持ちします」
「それはよかった。ここで首を長くして待ちましょう」
「それと、ブルーノ・スライフ殿についてですが、私の補佐技師として二課に来て頂くことにしました」
「叔父上に取られてしまうとは。まあ、いいでしょう。ブルーノさん、時々はこちらに顔を見せてくださいね」
「は、はい……」
配管職人が強い困惑を目に宿している。
カルミネがセラフィノの叔父というのは、初対面では察せられないだろう。
フェルモと目が合ったので、うなずいておいた。
こちらも後で説明するべきだろう。
「失礼する」
「失礼します」
続いて入ってきたのは、ウロスとヴォルフだ。
その後ろにタンク職人のジャンニ、幌風呂を作っていたコンテとコルンが続く。
部屋の人口密度が一気に増した。
「セラフィノ様、魔物討伐部隊長、グラート・バルトローネより、コンテ・ツィーナ殿の貴族保証人を希望するとのことです」
「――ええ、そうですね、魔物討伐部隊に関するものを作るのですから、それがいいのでしょう」
一瞬だけ眉を寄せたセラフィノだが、すぐ了承する。
そこへ、ウロスが続けた。
「ジャンニ殿は一課の客員技師として明日から来てもらう。貴族保証人は私だ。セラフィノが謹慎中の間、八本脚馬の大箱の実作業はこちらで進めよう」
「えぇー……」
不満を隠せぬセラフィノだが、続く言葉はない。
そんな中、ピエリナがウロスへと軽やかに歩み寄った。
「ウロス叔父様! レジー先輩――こちらのレジアンヌ・アマートさんの貴族保証人をお願いしたいのです。これからセラフィノ様の浴室の壁画を制作なさる方で、飾りレンガとタイルに優れた技術をお持ちで、色彩表現の素晴らしい方なのです。私もこれから教わります!」
「ピエリナがそこまで言うとはな。もちろん引き受けよう。よろしいかな、アマート殿?」
「よ、よ、よろしくお願いします……」
レジアンヌが深く頭を下げる。
ピエリナの叔父がウロスだと教える前に、貴族保証人として確定した。
今後は王城でも安心して仕事ができると思うが、内心の嵐は別である。
できることはないが、せめて後で話を聞こう、ダリヤはそう思う。
原因となったウロスは笑んだまま、声の先をセラフィノへ変えた。
「面白いことがわかったぞ。魔力なしで作ったものには、魔法の付与がより入りやすくなるようだ」
「えっ?」
「もう一度言おう。魔力なしで作ったものには、魔法の付与がより多く入るようだ」
「いつ、どこで、誰が、その実証を?」
「先ほど、一課で疑似タンクを作ったときだ。見学した者、全員で確認した」
ダリヤもその場にいたので、理解した。
限られた作業では気づけなかったことが、魔導具師と職人、魔力の高低の壁を外して見えたのだ。
「私のいないところで、そんな楽しいことを……」
恨めしげな声と目を向けないでもらいたい。
タンク職人のジャンニが、浅い咳をしていた。
「セラフィノ、もうすぐ晩餐の時間だよ」
「ウロス部長、詳細は明日、くわしく教えてください。作業をして頂いた皆さんは本日の支払いを別室で、先日『フィーノ』がお世話になった分と一緒に受け取ってください。あと夕食は包んでいますから、帰りに持っていってください」
至れり尽くせりの対応に、職人達が感激した様子で頭を下げる。
そんな中、セラフィノはダリヤへ顔を向けた。
「ロセッティ、男爵への支払いになるので、ちょっと相談させてもらえます?」
「はい」
自分はこの部屋に残る形のようだ。
マルチェラは廊下だが、ヴォルフがすぐ近くにいるので問題ないだろう。
職人達は職員に案内され、部屋を出ていく。
ウロスとカルミネもそれに続いた。
そんな中、フェルモは蓋なしの小箱を三つ、蓋付きの箱一つ並べ、箱に箱を入れることを繰り返す。
ほぼ同じ大きさに見えた小箱は、入れ子箱だったらしい。
それをセラフィノの前に置くと、一礼して出ていった。
「ロセッティ、支払いの件なんですが、何か欲しい素材はありませんか? 金貨に換算してもらってもかまいませんよ」
「いえ、商会として頂く分だけで十分です」
「あなたは欲がなさすぎる。私は大公として借りを作れないので――ヴォルフ君、どうです?」
「え? 私ですか?」
斜め後ろにいたヴォルフが、驚きに声を揺らした。
「ええ。欲しいものの一つや二つ、あるでしょう? 今の一番は、何です?」
「――ありますが、それは自分で努力しなければいけないことですので」
背中からの固い声に、ダリヤは納得する。
きっと騎士としての強さだろう。
それは誰かからもらえるものではなく、自分で努力して得るしかないものだ。
「そうですか。では、次に新しい魔導具ができあがったら、二人一緒に見学しませんか? 話の種に――駄目ですね、これではただの仕事です」
「いえ、よろしければお願いします。今後の勉強になりますので」
ヴォルフがそう答えてくれたので、ダリヤも同意する。
これで大公から重いお返しを頂かずにすみそうだ。
「時間だ。遅れるとお迎えが来るよ」
ダフネの言葉に、セラフィノが眉を寄せる。
「謹慎中は自分と食事をしろと叔父がうるさ――いえ、この身の健康を案じてくれまして」
それに対し、ダリヤもヴォルフも言葉が返せない。
あと、相槌も打てない。
「さあ、行くよ、セラフィノ。今日もいい酒が飲めそうだ」
「大叔母様、そろそろ猫をかぶってください」
「――ザナルディ公、陛下がお待ちでございます。参りましょう」
言葉も声も表情も別人のように整えたダフネが、セラフィノの椅子を引く。
ダリヤは驚きつつも感心した。
これが貴族の切り換えというものだろう。
なお、近くのベガは形容しがたい表情となっていた。
セラフィノは、入れ子箱を手に、ようやく歩み出す。
皆もそれに続いた。
ベガが開け止めたドアの前、彼が不意に振り返る。
「職人の皆は、発想も技術も豊かですね。ここまでとは驚きましたよ。まあ、これまでもロセッティには驚かされてきたわけですが」
人をびっくり箱のように言わないでおいてもらいたい。
前世の記憶のおかげでできあがったものもあるが、誰かの協力があって形となったものがほとんど。
一人であれば創り上げることはできなかった。
今回は貴族と庶民、魔導具師と職人、それぞれに視点が違い、できることが違うのが大きい。
そして、それは今後ますます増えていくのだ。
それを考えるだけで楽しみで――ダリヤは笑顔で答える。
「私は特別ではありません。皆様のいろいろな視点があれば発想も技術も広がりますし、今後の開発が進むと思います」
そう言うと、セラフィノは水色の目を細めた。
薄い唇が、楽しげな弧を描く。
ダリヤが見たのはそこまでだ。
再び前を見た大公、続く唇の動きは、誰も拾えない。
「ロセッティは、特別ですよ」




