603.職人は王城へ集う
FWコミックスオルタ様『服飾師ルチアはあきらめない ~今日から始める幸服計画~』第42話が各電子書店にて配信開始です。
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秋始めの空は澄み渡り、風が涼やかに吹いている。
王城魔導具制作部三課の塔の前、二台の馬車が止まった。
ダリヤは王城魔導具制作部の副部長であるカルミネと共に、それを見守る。
馬車の扉が開き、最初に下りて来るのはフェルモとコルン。
その後ろ、スーツ姿の職人五人がきっちり続く。
昨日の夕方から夜にかけ、元ガンドルフィ工房にて、イヴァーノが職人達へ王城向け礼儀作法を教えたと聞いている。
それぞれの服は、職人交流会の日にイヴァーノが服飾ギルドへ急ぎの手紙で相談。
当日解散直前に、服飾ギルド長であるフォルトとルチアがやってきて、職人達を採寸した。
二人は職人達にぴったりの貸衣装を見つけてくれたらしい。
それぞれ違う紺のスーツがよく似合っていた。
しかし、身は王城向きの服で包めても、心が守れるわけではない。
青い顔に白い顔、油を差さなければいけないのではと思えるほどカクカクした動きの者、右手と右足が一緒に出ている者――それぞれの緊張が手に取るようにわかった。
「ご足労いただき、ありがとうございます」
カルミネが挨拶する横、ダリヤは貴族の二分の笑みを浮かべる。
彼らの緊張を少しでもやわらげる言葉をかけたいところだが、本日は自分も招かれた側だ。
迎えの従僕に従い、皆と一緒に三課へ歩みを進めた。
そうして案内されたのは地下。
両開きの木のドアを通り、部屋の中央に大きな円卓のある部屋に入る。
先日、フェルモやコルンと赤ブドウジュースを飲んだ場である。
「ようこそ、三課へ。立っているのも疲れるでしょうから、まず座ってください」
円卓の一席、すでにセラフィノが座っていた。
刈り取り後の麦のような髪、灰色のレンズの下の水色の目――
今日は変装はしておらず、いつもと同じ装いだ。
だが、後ろにいるはずのベガが、黒に近い濃紺のスーツを着て壁際にいる。
何かあったのだろうか、そう思ったとき、セラフィノが疑問を解いた。
「私が安全管理を怠ったと判断されて謹慎中なので、ベガは休暇です。今のお目付と護衛はこちらの大叔母ですよ」
「内緒で家出なんて悪さをするからだよ」
いつものベガの位置で苦笑するのは、魔導部隊副隊長のダフネである。
魔導師のローブ姿で、長い金属棒を手にしていた。
「貴重な技術見学だったのですが……」
「ベガルタの立場も考えな。セラフィノを心配して、せっかくの休暇を台無しにしてるじゃないか」
「いえ、私はダフネ様の警護の見学中です。貴重な機会ですので、休暇を無駄にしてなどおりません」
「いっそ、すがすがしいね。セラフィノはいい護衛騎士を持ったよ……」
状況は理解できた。
謹慎中のセラフィノの側にいるため、ベガはダフネの警護を見学するという名目で、休暇中も側にいるらしい。
彼らのやりとりを前に、誰も口を開かない。
椅子に座ると、職人達が視線をさまよわせているのがわかった。
セラフィノは来訪者達を見渡すと、円卓の上、両の指を組む。
「さて、改めまして、セラフィノ・オルディネ・ザナルディです。大公の肩書きはありますが、やっているのは主に王城魔導具制作部三課の課長です。職人仲間ですから、この部屋では気軽に話してかまいませんよ」
そう言われてできるなら苦労はない。
ダリヤ達の後、張りつめた声で職人達の挨拶が続く。
すべてを受けたセラフィノは、再び軽い声を響かせた。
「フェルモ工房長、今日の分のお仕事は大丈夫です?」
「お気遣いありがとうございます。問題ありません」
うなずいた彼が、視線の先を変える。
目が合った職人が、がたりと椅子を揺らした。
「コンテさん、灰宝の幌、兼、浴槽になりそうなものを三課で作りましたので、丁番作りを頼めます? あと、できれば一人用の防水布の浴槽も試作しているので、そちらの止め金具も」
「お、お受けします。ですが、その、先日は大変な不敬を――」
謝罪しようとしたコンテに、セラフィノは黒手袋の手をひらひらと動かした。
「不敬など、どなたも一つもありませんでしたよ。ロセッティ、魔物討伐部隊向けの品なので、確認と改良を任せていいです? 私は謹慎中なので、王棟と三課以外に出歩けないのです」
「承りました」
ダリヤはコンテと一緒に、魔物討伐部隊向けの浴槽担当になるようだ。
遠征地での入浴に喜ぶ隊員達を想像すると、頑張ろうと思えた。
「ブルーノさん、半割れ管の試作はどうでした?」
「い、一式揃えてお持ちしました! 長さがあるので馬車に置いてあります」
「では、早速、糸付き拡声器の管として試してみましょう。カルミネ副部長、お任せします。私は三課にずっといますから、後で結果と共に、その過程もしっかり詳しく聞かせてくださいね」
「わかりました。経過もよくメモしておきます」
己が行きたいとありありとわかる声に、カルミネが笑んで了承する。
少し、部屋の空気が緩んだ気がした。
「ジャンニさん、八本脚馬の入る大きさでのタンクですが、騎馬によって大小があるので、一度、見てもらえます? その後で試作に入ってください。角出しについては、コンテさんの仕事に一区切りつくなら、その後で回ってもらいましょう。それまではコルン君も補助で。時間的に無理なら明日以降、時間の合うときとしましょう。同行するのは――ああ、ちょうどいらっしゃいましたね」
ノックの音に了承すると、王城魔導具制作部長のウロスと、三課の女性研究員が入ってきた。
「ウロス部長、こちらのジャンニさんが大型タンクを試作してくれる方です」
「王城魔導具制作部長のウロス・ウォーロックだ。今回は急なところを受けていただいたとのこと、感謝申し上げる」
「い、いえ! 俺、いえ、私なんぞが、作らせてもらえるだけでありがたくっ……!」
ジャンニが声を上ずらせると、セラフィノがそれにかぶせるように言う。
「ウロス部長、魔法を使わない金属の平面化が本当にきれいですから、部内でなるべく見せておいてください」
「そうだな。馬場で八本脚馬の確認の後、一課に皆を呼ぼう」
「え……?」
ジャンニがぴたりと動きを止め、フェルモを見る。
『助けろ』、と口が動いたのがわかった。
対するフェルモはふっと笑い、持ち上げた右拳をぐっと握る。
頑張ってこいという意味合いだろうが、ジャンニの顔色が一段、青さを増した。
「次に、私の使っている浴室は三課の地下にあるのですが、麗しい淑女と一緒に行くとなるとご迷惑がかかるかもしれませんので――」
次に声をかけられたのは、女性職人だ。
セラフィノの言葉に、笑うべきか否定するべきかで表情が定まっていない。
「私の部下のピエリナを付けますので、助手にしてください。大きさや壁を見てもらってから絵柄を決めましょう。ガラスだけではなく、魔魚のウロコでも色石でも、合いそうなものは遠慮なく材料にしてかまいません」
「あ、ありがとうございます……」
なんとかうなずいた彼女へ、三課の女性研究員が歩み寄った。
「ピエリナ・ウォーロックと申します。色彩ありの表面処理について、ぜひ、詳しくご教授くださいませ!」
「教えを受ける前に私の浴室ですよ、ピエリナ」
以前、ヴォルフの顔の数値を計ったこともある研究員だが、向学心旺盛なようだ。
きらきらと輝く目を向けられた女性職人が、つられるようにようやく笑みを浮かべた。
最後に声をかけられたのは、炉職人だ。
彼はすでに背筋を正して身構えていた。
心の準備は万端らしい。
「大きい乾燥室を作りたいので、壁と床の処理を含めて見てください。一応、こういった形で作りたいという仕様は起こしましたが、素人の希望ですから遠慮なく叩いてください。あ、場所は王棟なので、三課の職員と近衛に案内させますね」
「お、お、王棟……?」
「ええ。あそこは結構、薪を使うんですよ」
こほり、炉職人の口から何かが漏れた。
空気であって魂でないことを祈りたい。
こうして、それぞれが移動することとなった。
「本当なら全部に全時間、私が張り付いて見学したかったんですが――今回は大人しく、ここでフェルモ工房長に小箱作りを教わっていますね」
そう言ったセラフィノへ、ベガが工具箱を運んでくる。
ダリヤはカルミネと共に一礼し、最初に部屋を出た。
・・・・・・・
部屋に残ったフェルモの隣、セラフィノが席を移してくる。
彼の護衛であるダフネが、その先の椅子を大きく引き、そこに座った。
セラフィノの後ろには、いつものようにベガが立つ。
剣の代わりに持つのは工具箱。
護衛ではなく、作業補助だと主張するつもりらしい。
部屋には大公とその護衛、そしてフェルモだけ。
緊張して当然なのだが、一周回ると人は開き直って平気になるようだ。
いや、今だけのことかもしれないが――余計なことを考えそうになり、フェルモは己の道具箱をテーブルに載せた。
「フェルモ工房長、『職人ギルド』を立ち上げません?」
「はっ?」
いきなりの提案に、ちょっと高めの声が出た。
けれど、大公は意に介さず言葉を続ける。
「こちらで人員と建物と予算は揃えます。もちろん、今の仕事もできるだけ続けられるようにしましょう。後ろ盾はアルドリウス殿下に願いますから、どこからも横槍は入れさせません。ですから、『職人ギルド』を立ち上げ、初代の職人ギルド長になりませんか?」
「私にその器はありません」
フェルモは即答した。
これに関して迷いはない。
自分は物を作る手はあっても、人を寄せる手も、導く手もない。
人の上に立つのは無理だ。
「負担を下げるよう、運営の人員は厳選して準備しますよ。あなたであれば、職人達が付いてくると思うのです」
「セラフィノ様、私は人の上に立つのに向いていません。ただ――できるなら、職人が互いに相談できる場は作っていきたいと思っています」
「相談の場、ですか?」
「はい。場所は問わず、ただそこで遠慮なく助言しあえる場、意見も愚痴も言い合える場、そういった場を持ちたいと思っています。最初は、うちの工房あたりで始めようかと」
「それならば職人ギルドでもいいのでは? 人数や規模で段階を踏みたいのであれば、こちらで合わせますよ」
大公にここまで言ってもらえた、これほどにいい条件はない。
そう理解しても、フェルモはその道を選べない。
「お気持ちは心底ありがたく――ですが、私は職人として、縦の関係ではなく、横並びでありたいと思います。横で遠慮なく話せて、手が動かせて、物が作れる、それが一番楽しいですから。それと、弟子もいつか、師匠の隣に並ぶでしょう」
返ってくる声はない。
しばらくの沈黙の後、セラフィノがうなずいた。
「――わかりました。ガンドルフィ工房にはもうグイードが盾を広げていると聞きました。それでも困ったことがあれば言ってください。ああ、ロセッティ経由でもかまいませんよ」
「ありがとうございます」
オルディネ大公としてではなく、職人の気持ちがわかる職人見習いとして、理解してもらえたように思えた。
もっとも、これは口にできぬほどの不敬だろうが。
「そうそう、忘れないうちに渡しておきますね」
いつもの表情となったセラフィノが、ベガを経由することなく、手ずから革ケースを渡してきた。
受け取って開いた中には、見覚えのある二本――元ガンドルフィ工房と家の鍵である。
「慣れた場所の方がいいでしょう。こちらを今後の職人交流会、そして、職人が互いに相談できる場にしてください」
「私に管理しろということでしょうか?」
「いいえ、不肖の弟子からの授業料です。名義は書き換え済みですよ」
思わず息を呑んでしまった。
傷にさえ覚えのある鍵を、フェルモはじっと見る。
そして、少しだけ考えた。
「これから、絶対に不敬になることを申し上げてよろしいですか?」
少し離れた場のダフネが、楽しげな表情となった。
滑るように距離をつめたベガが、自分を睨むように見る。
だが、フェルモはまっすぐにセラフィノに向き続けた。
「かまいませんとも。書面にしているのですから遠慮なくどうぞ」
その軽い声に対し、フェルモは一度だけ咳をした。
「確かに大事にしていた工房と家だ、思い出もある。だが、弟子から仕事場をめぐんでもらう覚えはねえ。月賦になるが二倍の額で必ず買い取る。そして、あそこを職人の集まりの場にして、話と腕と面白いもんをつなげていく。次の世代の職人達に――弟子の『フィーノ』も含めてな」
きっぱりと言い切った自分を前に、セラフィノは動きを止め――その顔を綻ばせた。
「ええ、楽しみにしていますとも、師匠」




