604.灰宝の浴槽と細かい職人
「これが魔物討伐部隊の家……!」
馬車を降りたコンテが、感極まった声を上げた。
彼が見つめているのは魔物討伐部隊棟、表現としては家でもいいだろう。
三課の塔から馬車で移動した先は、魔物討伐部隊の訓練場、その端だ。
目の前には馬のついていない馬車が三台、すぐ横にひっくり返した濃灰の大箱――灰宝製の幌がある。
「お待ちしておりました! 担当のペレスティ・サンドレッリです」
幌の裏から、赤髪に赤茶の目をした青年がやってきた。
王城魔導具制作部の研究員で、ブラックワイバーンの鎧を作り上げた魔導具師である。
その後ろ、三人の研究員がついていた。
ダリヤがコンテを紹介すると、彼はカクカクとした動作で挨拶と名乗りを行った。
そこからは仕様書を受け取り、ペレスティから説明を受ける。
灰宝製の幌は三点。同じ大きさだが厚みが違う。
形は元の幌に近いが、屋根部分の丸みはなく、安定性重視の箱形。
すべてにお湯を入れ、一晩、耐久性を確認、問題なかったとあった。
それにしても、革素材を好むペレスティが、なぜ灰宝製の幌の担当になったのだろうか。
その疑問は、続く彼の言葉で解決した。
「セラフィノ様にお勧めいただいたのです。灰宝はグレースライムの分離した身体、ある意味ではスライムの革、それならば私が担当に適任だろうと!」
オルディネ大公の口上は詐欺師の手口、訂正、引き込み力強き勧誘だったようだ。
しかも、灰宝幌に関しては、冒険者ギルドではなく、ペレスティ達、王城魔導具師達が成形したというから驚きである。
「重い物から順に、二点は軽量化の魔法を付与、一番薄いものは全力で硬質化をかけました。成形用の型はありますが、形状変更も可能です。馬車側の変更も可能ですので、必要なものやご希望があれば遠慮なくおっしゃってください!」
ペレスティに高揚感あふれる声で言われた。
けれど、それにかぶってぐうっと小さく響いた音がある。
おそらくは彼の空腹を告げるものだろう。
ダリヤはついペレスティを二度見してしまう。
魔導具師のローブは脱いでおり、白いシャツと黒のトラウザーズは砂まみれ。
目は赤く、顎には少し伸びた髭、その唇は白く渇いていた。
どう見ても徹夜か二徹の後である。
「ここまでそろえていただき、ありがとうございます。まず確認させていただきますので、ペレスティさんは一度、休憩なさってください」
「問題ありません、このように元気です!」
笑顔で答える彼だが、心配しかない。
前世、過労死した自分が思い出され、ダリヤは再び口を開こうとする。
だが、先にペレスティへ声をかけたのは、コンテだった。
「サンドレッリ様、失礼を承知で言いますが、水を飲んで、食事をしてきてください。倒れるとまずいです」
「大丈夫です。若いですし、多少の無理は利きますから」
言い切った青年へ、コンテがにらむような表情となった。
そのことにペレスティも気づいたらしい。
「――あの、何か?」
「無理をしている自覚があるなら、せめて中身を詰めてこいって言ってるんです。若いなら余計に腹に入れておかないと。これからばんばん使う送風機に、魔力が半分もない魔石をつけたかないでしょう」
一息に言ったコンテは、己の口を拳で押さえた。
一応、丁寧な言葉は使おうとしているが、直訳すれば食事をとってこいである。
「し、失礼を――」
「いえ、おっしゃる通りです。至急、水を飲んで食事をとって戻ってきますので、お時間をください」
「あの、喉につまると悪いので、無理はせず!」
「はい、ばんばん使ってもらわなくてはいけませんので、無理なく食べて戻ってきます!」
ペレスティはにこりと笑うと、他の三人に指示を出し、魔物討伐部隊棟の方へ駆けていった。
それを見送る形となったコンテが、自分に向く。
「ダリヤさん、俺はやっちまったようだが、無事帰れるだろうか……?」
真っ青な彼に向かい、きっと大丈夫です、を繰り返すしかなかった。
その後、なんとか切り換えて作業を始める。
ダリヤはコンテと共に三つの幌――灰宝の浴槽を確認した。
数字上は、馬車で運ぶのも、お湯を入れて成人男性複数が入るのも問題ない。
通常の浴槽よりは深いが、魔物討伐部隊員は成人男性しかいないので、子供が溺れる心配はいらない。
「重量があるから、家具用丁番じゃなく、回転軸代わりにできる丁番――倉庫の大型扉用のがあるから、それを加工すりゃすぐできる。数は三つ、ただし、重量計算は一つでもいけるように、最初は均等でも、使ってくうちにどれか一つに多めに負荷がかかることがあるから」
コンテはぼろぼろのノートを開くと、炭芯を動かしつつ、ダリヤに説明してくれる。
「次、浴槽を地面で使用するとき、丁番に負担がかからないようにしておきたい。これは四隅、いや、これなら八カ所ぐらいに脚か、嵩上げの台がほしい」
丁番にくわしいコンテらしく、候補のサイズもすぐ書かれた。
それをメモした魔導具師が、早速それを注文しに行く。
「灰宝の強度はわかったし、丁番はつけられるが、加工は無理だ。湯抜きの栓はお願いしていいか?」
「はい、任せてください」
「あとは土台。重量的にボルト留めはできねえから、荷台の横梁に角鋼管で補強、いや、荷台の方も角鋼管で補強したい。だが、重量が嵩むのと、俺では補強の強度計算ができないから専門家に頼まないと」
「それはご心配なく。ペレスティさんは軽量化が得意ですし、金属の計算でしたら私がお答えできると思います。それで、角鋼管のサイズですが――」
魔導具師の一人が手を挙げ、コンテの隣へ行ってノートを開く。
ダリヤともう一人の魔導具師の二人は、お湯抜きの加工と栓の設計をするために、同じくノートを開いた。
結果、馬車の荷台は即席の机となり、炭芯はザリザリ、金属ペンはシャリシャリと音を立てる。
そこへ、ペレスティがメイドを連れて戻ってきた。
馬車の横にテーブルが置かれ、上にはサンドイッチにクッキー、水、炭酸水、果物水が並べられていく。
「皆様、しっかり補給しつつ作業をしましょう。コンテさん、このペレスティをばんばん使ってください」
その言葉に、職人は困り顔で頭をかいていた。
なお、それは正しく実行されることになった。
作業の指揮をコンテが取る流れになったからだ。
さすが、王城と言うべきか、希望の大きさの丁番は在庫があったそうだ。
馬車の職人が角鋼管で補強をし、コンテが丁番を付け、ペレスティがそれを手伝っていた。
しかし、丁番を付けてできあがりではない。
丁番とは別に、開いた状態と閉じた状態、それぞれにロックを付ける。
馬車の移動中も、浴槽となっているときも振動があるからだ。
途中で外れたら困ると、コンテとペレスティが馬車の職人に根掘り葉掘り聞きつつ作業していた。
もっとも、意見が割れたものもある。
「使うのは魔物討伐部隊ですよ」
「それでも絶対に要る。冷凍品を入れる大箱じゃ、大人でも指を挟むことがある」
コンテが主張したのは、開閉の途中で手や足を挟まないためのガードだ。
使うのは成人男性だけだから不要ではないか、そう質問したペレスティに、強い声で答えていた。
ダリヤも聞かれたので、安全を期すためにガードを希望した。
幸い、仕様としては防水布を付ければ済むので、すぐ追加されることになった。
その間も、ダリヤは排水口の栓を成形、もう一人の魔導具師は灰宝の穴開けをしていた。
せっかく三つあるのだからとペレスティに言われ、排水口の大きさも三種でテスト。
水の漏れはないか、流れはいいかを確かめた。
そして、排水口の栓は抜きやすいよう持ち手、ただし踏んだときも足が痛くないものを、そう話し合い、横倒しできるものにした。
なお、見に来たコンテが裸足になって栓の上を歩き、足の指に引っかかると言われてやり直した。
ちょっとだけ細かいと思ったのは内緒である。
しかし、内緒にしていたのは自分だけで、口からこぼれた者もいた。
「コンテさんはとても細かいですね」
一応、笑顔なのだが、声に棘を感じる。
馬車と浴槽の間に、防水布でガードを付けていた魔導具師だ。
隙間があって指が入ると言われ、二度、付け直しになったためだろう。
「――そうですね。俺は、細かいです」
一拍遅れでコンテが答える。
思いがけないほど静かな声に、ダリヤはつい、彼を見てしまった。
ふっと、彼が馬車を見て笑う。
なぜか、その笑みが冷たく感じられた。
「昔、俺は大きめの箱を作って、考え無しに子供にやりました。子供は喜んで玩具を入れて蓋を閉め、隙間でその指を落としました。神殿で指は治せても、なかったことにはなりません。あれより血が多く出ていたら、俺は子供を殺してた――」
低い声に、周囲の者が相槌すら打てずにいる。
ダリヤもただ、コンテの横顔を見つめるしかなかった。
「強い魔物討伐部隊員でも、疲れていたら万が一があるかもしれないでしょう。遠征で思うように治せない、治せてもしばらく感覚が違うってこともあるかもしれない。そんなんで隊員が魔物と戦うことになったら、そう考えると、俺は怖くてしょうがないんです……」
声が終わると、コンテの前に進んだ魔導具師が、深く一礼した。
「申し訳ありませんでした、私の考えが足りませんでした。何十回でもやり直しますので、ご指導ください」
「いえ! 俺の方こそ、生意気なことを申し上げて、俺が細かすぎるだけで、そこまでしなくてもいいのでしょうが、つい――」
慌てて返す彼へ、今度はダリヤが歩み寄る。
「コンテさん、気づいた安全策はすべて教えてください。魔物討伐部隊相談役としてお願いします」
「私からもお願いします。せっかくの入浴です、とことん安全に、安心して入っていただきたいですから」
職人はちょっとだけ困ったように笑い、深くうなずいた。
この後、皆で安全と使いやすさを追求しつつ、浴槽作りは続く。
赤さを増す太陽が、ゆっくり西へ傾いていった。




