601.職人交流会後の懇親会
マグコミ様にて『魔導具師ダリヤはうつむかない~Dahliya Wilts No More~』第55話先読みが公開されました。
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箱が運ばれていった後、ダリヤ達は作業場へと戻った。
「なんだ、フィーノ様達はもう帰っちまったのか。一緒に飲みたかったんだが」
タンク職人のジャンニが、残念そうにこぼす。
ダリヤはヴォルフ、フェルモと共に曖昧な表情になるしかなかった。
夕食の時間となったので、本日はこのまま作業場で懇親会をすることにした。
まだ素材や魔導具を見ていたいという職人達の言葉に乗った形だが、実際はいろいろと話さなければならないことがあるためである。
懇親会の参加者は、主催側となったダリヤ、ヴォルフ、イヴァーノ、フェルモ、魔導具師であるコルンとカルミネ、そして五人の職人達だ。
作業机の上を片付け、酒と料理を並べる。
皆が席につくと、乾杯前にグラスの水と小さな薬包を配った。
グイードが持って来てくれた胃薬が食前用だったので、食事前に全員に勧める。
「俺の胃は丈夫だから心配ないぞ。二日酔いの薬なら、明日の朝に飲めば済む」
「全力で勧めておく。重いのを腹にしまい込むことになるから、とりあえず飲もうぜ」
胃薬を断りかけたコンテに対し、フェルモが真顔でうながす。
ダリヤ達が一斉に飲んだせいもあるのだろう、職人達はちょっとだけ怪訝な表情をしながらも全員が飲んだ。
そうしてようやく乾杯となった。
「本日の出会いを祝い、ここからの幸運を祈って、乾杯!」
「これからの仕事がうまくいくように、乾杯!」
「仕事がもらえた感謝と、幸運に乾杯!」
それぞれ白エールと果実水で乾杯すると、和やかな雰囲気の中で食事と歓談が始まった。
「魔導具って、もっと訳のわからないものかと思ってたら、ちゃんと仕組みがあるんだな」
「魔法を使わないで形を取るのはああやるのかと――叩きだけで指触りまで変わるのが凄いですね」
魔導具師と職人の垣根は、思いきり下がったらしい。
塩漬け肉を焼いたものや、ヤギのチーズを詰めた焼きパンを手に、声が交差する。
「ダリヤ、これ、お勧め」
隣のヴォルフが勧めてくれたのは、川魚の焦がしバター焼きだ。
香草が効いていて、臭みもなく、白エールとよく合った。
「ダリヤさん、ヴォルフ様、こちらもお勧めですよ」
イヴァーノがスプーンを持ち上げる。
彼が口にする牛の頬肉と玉ネギの黒エール煮は、届けられた鍋からそれぞれの深皿に盛りつけたばかりだ。
ダリヤも目の前で白い湯気の上がるそれを口にする。
よく煮込まれた牛肉の旨味と、玉ネギの甘み、エールの少しの苦味が重なり、口の中でほろほろとほどけてゆく。
これはヴォルフ好みの味だ、そう思って彼を見れば、しみじみと味わっているのが見えた。
渇きを潤してお腹が満たされたことで肩の力が抜けたのだろう、皆の口が滑らかになっていく。
「正直、大きな仕事が入ってほっとした。これで来月の支払いも乗り切れる」
配管職人のブルーノの言葉に、カルミネが聞き返す。
「失礼ながら、あれほど正確な成形技術をお持ちでも、仕事を得るのは難しいものですか?」
「極端に言えば、一定の基準を超えればその上は本人次第だ。腕を上げて質を二倍良くしても、一の技術で納められるところに二はいらねぇからな。それより速さと安さが求められる。当たり前の話さ」
「『製品』と『芸術品』は違うから、余計なこだわりはよそでやってくれ、そう言われたこともあったな」
職人達の説明に、カルミネは相槌が打てぬままでいる。
そのグラスに、イヴァーノがワインを注いでいた。
「まあ、職人も頭が固いままじゃ生き残れないってことだ。俺は若い時分にもっと勉強しておくべきだった。まあ、今さらだが……」
自嘲したジャンニに、ダリヤは思わず言葉を返す。
「ジャンニさん、勉強はいつからでもできますから」
年上の職人に対し失礼な言葉だ、そうは思うが、あきらめてほしくはない。
あれだけの腕があるのだ、タンク以外でもきっと活躍の場があるはずだ。
そこまで考えて思い出す。
ジャンニ達は王城で大きい金属箱作りが決まっている。
「ええと、これからフィーノ様と一緒に仕事をするのに、きっと、いろいろと学べると思います」
今後、本人が望めばきっと学べるはずだ。
方面によってはセラフィノにお願いになるが、彼ならばきっと機会を与えてくれるだろう。
「――まあ、残り時間はまだあるからな、考えてみるわ」
怒らずそう言ってくれたジャンニに、ほっとした。
「魔導具師の世界でも、腕が無駄になるとか、やりすぎってのはあるのかい?」
「腕が無駄になることはわかりませんが、やりすぎと言われたことはありますね。出力が一で足りるところを、つい限界を試して五や十までやってしまい、魔導具を壊して叱られました」
炉職人に問われたコルンが答え、ダリヤに視線を移す。
ついうなずくと、視界の内、カルミネもうなずいていた。
できるかぎり限界値を試したいのは当然だろう。
いや、魔導具師全員に受け入れられるわけではないが。
「なんだ、魔導具師も職人と大して変わりないのか」
「土台は同じ職人ですからね」
納得の笑みが広がったところで、ダリヤはふと、隣のヴォルフを見る。
彼は興味深そうに、皆の話を聞いていた。
自分と目が合うと、彼はゆっくりと口を開く。
「ものづくりっていうのは奥が深いね。職人は大変な仕事だと思ったよ」
「いや、俺らの仕事より、魔物討伐部隊の方がよほど命がけで大変だろう」
「あの、ヴォルフ様は先日の九頭大蛇戦に参戦されたんですか? 赤鎧として」
「ああ、参戦したよ」
話題が切り替わる中、職人の一人が食いつくように尋ねる。
「実際、九頭大蛇ってどんな大きさなんだ? 山ほどの大きさって聞いたが」
「山ほどではないけれど、小山くらいはあったかな。それと、俺だけじゃなく、ダリヤも参戦したんだ」
「ダリヤさんも!?」
「人は見かけによらないもんだな……」
一斉に自分を見る職人たちに、ダリヤは慌てて首を横に振る。
「いえ! 私は離れたところで見ていただけですから」
「いや、九頭大蛇が見えるところに行くこと自体、とんでもなく怖いだろ」
「意外に豪胆なんだな……」
それからはしばらく、九頭大蛇戦の話題で盛り上がる。
ヴォルフは各自の質問に丁寧に答えていた。
「しかし、全員無事でよかったよ。自分より若いのが魔物と戦って死ぬっていうのは、どうにも嫌なもんだからな。いや、もちろん年寄りでも嫌だが」
「九頭大蛇戦で先駆けをしたのは若い俺達じゃなく、大先輩方で、六十歳近くから七十代の方々だったんだ」
ヴォルフの言葉に、ジャンニが斜めにしていたグラスを戻した。
「そんな年の隊員さんがいるのか? 魔物討伐部隊は、三、四十で引退するって聞いてたが」
「それぐらいで退役する隊員も多いけど、隊長は五十代だし、五十代でも現役はいる。九頭大蛇戦の先駆けは、一度引退してから、また隊に戻ってきてくれた大先輩なんだ」
そこからはベルニージ達、大先輩の話になる。
魔導義足や義手でも活躍している彼らのことを、皆が感心しきりで聞き入っていた。
「……見習いたいもんだな」
ぽつり、ジャンニがそうつぶやくのが聞こえた。
宴の途中、イヴァーノが席を立ち、追加の酒と料理を取ってきてくれた。
皿の入れ替えを手伝いながら、ドナがスカルファロット家の護衛騎士と共に来てくれたそうで、メーナとマルチェラも別室で食事をとらせていると聞いた。
玄関前、空腹のままの警護にならなかったことに安堵する。
ドナ達にもいずれお礼をしなければ、そうイヴァーノと話した。
「家からこれ、差し入れだって」
一度部屋を出たヴォルフが、ワインのケースを持って戻ってきた。
ラベルには、『幸運への祈り』という文字と、船のマークが描かれていた。
旅立つ者へ贈るような銘柄だ、そう思えた。
「スカルファロット侯爵家からのお差し入れ……」
「た、高そうだが、ホントにいいのか?」
一部職人達が慌てる中、ヴォルフが続けてコルクを抜いていく。
とても香りの良い白ワインだ。
「せっかくなので、ヴォルフ様、二度目の乾杯をお願いします」
イヴァーノの勧めで、ヴォルフが二度目の乾杯の指揮をする。
再びグラスを打ち合わせて飲んだワインは、爽やかで甘く、優しい味だった。
「大切に飲もうと思ったのに、おいしすぎて一気飲みしちゃったわ」
唯一の女性職人が、カラにしたグラスに笑む。
「もう一杯どうぞ。追加もありますから、ご遠慮なく」
ヴォルフが歩み寄り、彼女のグラスにワインを注ぐ。
頬はすでに酔いに染まっていたが、一段赤さが増した。
「ありがとうございます。歌劇の役者さんを目の前に飲んでいるみたいだわ」
「そこらの役者よりもよほど格好いいだろう、ヴォルフさんは」
危うく同意しそうになったので、砂糖をかけられた小さな焼き林檎を囓ることにする。
それは外側が甘く、果肉は酸味がほどよく残っていた。
白ワインが数本空くと、イヴァーノがそっとダリヤにメモを見せる。
そこには『帰りの馬車と、王城行きの下準備をしてきます』と書かれていた。
ダリヤがお願いします、と小声で言うと、彼はそっと部屋を出て行く。
このなごやかな空気にバケツの氷水をかけるようで申し訳ないが、そろそろ説明をすべきだろう。
ダリヤは椅子に座り直し、背筋を正した。
ヴォルフと目が合うと、彼は飲みかけのグラスを置いてうなずく。
気づいたらしいカルミネがハンカチで口を拭い、コルンはテーブルの上で指を組む。
フェルモを見れば、彼はすでに自分を見つめていた。
「ダリヤさん、申し訳ないが俺から言わせちゃもらえねえか? 何せ、元は『弟子予定』が始めたことだからな」
「お願いします、フェルモさん」
その提案に、ありがたく甘えることにした。
実際、ダリヤより、長年の付き合いのあるフェルモの方が安心だろう。
内容に安心できるかどうかは別として。
「みんな、ちょっと聞いてくれ」
職人たちが一斉に彼を見た。
「なんだ、フェルモ?」
「二回目の職人交流会の日取りか? すぐでいいぞ、すぐで。追加で連れてきたい奴もいるんだ」
「今日ここに来ていた『フィーノさん』なんだがな」
「ああ、一緒に飲めなくて残念だったな!」
「ゆっくり話をしてみたかったな」
かぶせ気味に盛り上がる職人たちに対し、フェルモは抑揚少なく告げた。
「あのお方、オルディネ大公だ」
「はっ……?」
「えっ……?」
場が止まった。
全員、目を丸くして動かない。
けれど、それは長くは続かなかった。
「おい、冗談だろ、フェルモ。悪ふざけが過ぎるぞ」
「流石に偉い公爵様はここに来ないだろ。あ、その部下の方って意味か?」
「冗談だと言いたいが本当だ。セラフィノ・オルディネ・ザナルディ大公ご本人。王様の甥で、王族で、王位継承権は第三位――だったよな?」
確かめるようにこちらを見たので、隣のヴォルフと二人、はい、と返す。
「いやいや! なんで大公様が来たんだよ?」
「ここは下町だぞ。しかも俺達、庶民ばっかりじゃねえか! いや、ダリヤさん達は別として、大公って!」
そこで、カルミネが右手をそっと挙げた。
「申し訳ありません。私もカルミネ・ザナルディと申しまして、セラフィノ様と血縁です。ただ、公爵位の継承権はないので、庶民と大差ありません」
彼の補足に、職人達は顔色を変えた。
「ふ、不敬を申し訳なく――!」
「一切気にしないでください! 私はもう家を出ていて、ただの魔導具師ですから」
「待ってくれ! もう頭が追いつかねえ」
「今日で一生分の『本物の貴族』を見たよ……」
「ええ、きっと二度はないわね……」
顔色の戻らぬ職人達だが、炉職人が確かめるように自分に問う。
「今日、オルディネ大公様が、なぜここに?」
「ものづくりに興味と理解がおありなのと、実際のお仕事で、王城魔導具制作部三課の課長をなさっているからです」
ダリヤが答えると、ジャンニがフェルモに詰め寄った。
「フェルモ、てめえ! なんでもっと早く言わねえ!」
「セラフィノ様が来るなんて知らなかったし、俺だって思わなかったんだよ。だいたい、オルディネ大公が木箱の中に詰まって運ばれてくるなんて、普通は思わねえだろ」
「木箱? 隣の部屋の箱か?」
「ああ。参加できなくても、こっちの部屋の様子だけでも確かめたかったんだろうな」
「もしかして、出しちまったのって俺か?!」
混乱する彼に、かける言葉が見つからない。
隣の職人が、ぽんぽんとその肩を叩いている。
「ダリヤさん達は、これを知ってたんですか?」
「いえ、知りませんでした」
こちらは全員で首を横に振る。
「その、私ではお止めすることができず……」
「本当に、自由で行動力あふれる方なので……」
ダリヤ、カルミネの言葉に、皆が納得してくれたようだ。
セラフィノの本日の言動と行動から、正しい理解を得られたらしい。
「俺達、大公様に無茶苦茶失礼なこと言いまくっちまったなぁ」
「おい、笑い事じゃねえ。首が飛んでもおかしくないだろ」
「人生、終わった……?」
さらに青ざめる彼らに、ダリヤは懸命に告げる。
「大丈夫です。一緒にお仕事をさせていただいたことがありますが、とても理解があって、優しい方ですから。それに、名乗られていないので、皆様にとっては『フィーノ』さんです」
「そ、そうだといいな……」
グラスの酒を呆然と見つめる者、こめかみを指で押さえる者、頭を抱えて唸る者、作業机に突っ伏す者、両の指を合わせて祈るような姿勢になっている者――
それぞれが事実を噛み砕く時間が過ぎていく。
先に胃薬を飲んでもらっておいて、本当によかった。
ダリヤがそう思ったとき、一段高い声が上がった。
「あ、待って待って待って! 私、あの方の浴室にタイルを貼るって約束しちゃったんだけど、それってオルディネ大公の浴室ってこと?!」
「そうなるな」
フェルモのうなずきに、女性職人の、ふみゃー!とも、みにゃー!ともつかぬ叫びが上がった。
ダリヤは深く共感する。
その気持ち、わかりすぎる。
「あれ、俺らも呼ばれたよな?」
「全員、王城に呼ばれて、オルディネ大公、つまりは王族の前で仕事をすることになる、そういうことか……」
「夢にも見ねえよ、そんなこと! いや、もしかして、これが夢……」
現実逃避したいのはわかるが、その両頬を強く叩くのも、きつくねじるのもやめてもらいたい。
かなり痛そうだ。
混乱の続く彼らを前に、フェルモが言う。
「相手が誰でも職人として受けたんだ、腹くくれ。あと、何かあったら俺が前に出る。薄っぺらな盾で悪いがな」
力強いその声に、ダリヤも精一杯続く。
「あの! 私もフェルモさんと一緒に前に出ます。何かあれば全力で対応しますから」
「俺も、何かあれば遠慮なく言ってほしい」
「王城ではできるかぎり私も立ち会います」
「私もです」
ヴォルフ、そしてカルミネ、コルンも続いてくれた。
五人の言葉に、彼らはあせりと戸惑いを消していく。
フェルモがグラスに残っていたワインを一息に干した。
そして、なみなみと新しいワインを注ぎ入れると、隣のコンテのグラスも満たす。
各自がそれにならうよう、隣り合う者のグラスに注いでいく。
全員のそれが満たされると、フェルモが立ち上がった。
「せっかく降ってきた幸運だ。腕がとことん活かせるかもしれない機会、つかんじゃもらえねぇか?」
「ああ、いいとも!」
「この際、とことんやろうじゃねえか!」
「ええ、やるしかないわね!」
職人達の強い声が続いた後、ジャンニがにやりと笑った。
「おい、降ってきたんじゃねえだろ。あの『フィーノさん』とフェルモ、ダリヤさん達がくれた幸運だろ?」
「違いねぇ!」
「礼を言う! くれた幸運に恥じねえ仕事をしてくるぜ」
「とびっきりきれいにタイルを貼ってくるわ!」
ダリヤは明るくなった彼らの表情に、胸をなで下ろした。
フェルモによる三度目の乾杯は、グラスを打ち合う音が今までで一番高かった。
「それにしても、先に胃薬って、こういうことだったのか」
「胃薬はスカルファロット侯からいただきましたので、帰りにお持ちになってください」
「至れり尽くせりだな。明日から絶対飲むが」
「王城行くときも、ちゃんと飲むよ」
「足りない場合は遠慮なくどうぞ。お持ちします」
ヴォルフがにっこりと笑って続けた。
ダリヤもそれにつられて笑顔になってしまう。
「しかし、去年まで庶民なのに、フィーノさん、いや、オルディネ大公相手に今まで仕事をしてたなんて、やっぱりダリヤさんはすごいもんだな」
「いえ、去年からいろいろな胃薬を飲んでいましたし、今回の胃薬は私も頂きます」
そう答えると、職人達は冗談を聞いたように笑う。
本当のことなのだが――
ダリヤは心から、新しい胃薬の効きがいいことを祈った。




