600.第一回職人交流会(四)
オーディオブック『魔導具師ダリヤはうつむかない』12巻、7月24日より配信開始となりました。
どうぞよろしくお願いします。
紅茶が来たことで、皆が作業机の周囲に椅子を寄せて休憩となる。
追加で運ばれて来たクッキーは、今度こそベガ、訂正、ルッタが最初に食べ、その後にフィーノが手にした。
「皆さん、加工してみたい素材や作ってみたいものってあります?」
その質問は職人への呼び水だ。
すでに緊張感の解けた職人達は、それぞれに話し出す。
「やっぱり紅金だな! 今日叩けてよかったが、大きいのも作ってみたいもんだ」
「俺はミスリルだな。まさか管にする日がくるとは思わなかった」
「この際、金銀の両方で小箱を作ってみたいところだな」
「私は魔魚のウロコがとても楽しかったから、他の魔物のウロコもタイルに貼ってみたいわ」
四人が話し終えると、自然、周囲の視線は無言の炉職人に向く。
彼は視線に気づいたのだろう、少し低い声で言った。
「一度でいいから、魔物が入るくらいの大きい炉を作ってみたかったな……」
彼だけは過去形だ。
もう炉を作る機会自体が少ない、そう話していたことを思い出し、なんとも言えなくなる。
だが、切り換えるように明るい声が響いた。
「それって、ワイバーンが入るくらいの?」
「待ってくれ、ヴォルフ様。それはちょっと……」
苦笑しつつ言った彼に、ヴォルフは声を続ける。
「知っている料理人が、ワイバーンを丸焼きにしてみたいって言っていたから。いつか依頼が入るかもしれない」
「あはは! そりゃあいい! 家一軒よりも大きい炉か。さぞかし作り甲斐があるだろうな」
炉職人はそれまでの暗さを消し、声を上げて笑った。
「ワイバーンの丸焼きですか。王城の晩餐に似合いそうなメニューですね」
「あの、フィーノ様、それは王城でもちょっと――」
止めようとしたのはカルミネだ。
あなたならやりかねない、顔にそう書いてある。
そして、その思いはダリヤも一緒だ。
心配する者達を横に、軽すぎる声が続く。
「その大きさの炉はいつかとして、この部屋ぐらいの乾燥室、その壁とか床の処理ってできます? 中で焚き火ができるくらいまでなら、安全でいいんですが」
「材料と時間さえあればできるが、そこまでの温度だと乾燥室じゃなくて焼却炉だ。だいぶ値が上がる」
「かまいませんとも。火の魔石で暖炉は減ったといっても、ちょっと大きな家なら必ずあるでしょう? 薪の保管は安全にしたいですから。あと、蒸し風呂の方も見てもらえれば――」
大公の釣りが続くのを前に、ダリヤはヴォルフと共に紅茶に砂糖を多めに追加した。
「フィーノ様の家には蒸し風呂があるのか。だと、ちょっといいとこの出か……」
そうつぶやくジャンニに、一番いいところです! そう言いたいが言えない。
フェルモがカップにミルクをだばりと追加したのは、胃への負担をやわらげるために違いない。
「ところで、魔物討伐部隊の遠征で不便なことはないですか?」
炉職人を釣り終えたフィーノが、突然、ヴォルフへ話を振った。
魔物討伐部隊という言葉に、職人達も一斉に彼を見る。
「――昨年からいろいろと魔導具が入ったので、便利になりました。九頭大蛇戦後は騎馬に緑馬と八本脚馬も増やしてもらいましたので」
一拍遅れたヴォルフがそう答えると、フィーノがさらに続ける。
「他には? 話の一つですから、できるできないは別にして、何かありません?」
「――それなら、遠征先で入浴ができればと思うことがあります。川や水の魔石で水浴びをすることはできますが、匂いが残りやすいので」
「給湯器と軽めの浴槽を持っていくとか、土魔法で風呂を作ったりはしないものです?」
「遠征は荷物の重さに制限がありますから。土魔法は魔物に囲まれたときの防御壁や、いざという時の盾にするため、温存することがほとんどです」
遠征中、魔物はどこで出てくるかわからない。
治癒魔法と土魔法があっても気軽には使えないのだ。
ヴォルフの説明を聞いていると、ジャンニが手を挙げた。
「横からすいませんが、馬車の荷台にできるだけ軽くした金属風呂をつけて持っていけないでしょうか? 王城の魔導具師様に軽量化をかけてもらって」
「なるほど。水の魔石がないころ、魔物討伐部隊の遠征では金属タンクに水を入れていたと聞いています。必要なときに魔石か魔法持ちでお湯を作れば可能では? 馬を増やす許可もきっと出ますよ」
「持っていきたいのは山々ですが、食料が優先ですし、馬を増やせばその飼料も必要になるので、ちょっと厳しいかと……」
簡単そうに聞こえるが、現実は厳しい。
重量だけではなく、荷馬車の台数は限られている上、それを守りながら進まなければならない。
また、行く先によっては馬車が通れない道もある。
ダリヤがそういったことを考えていると、ブルーノが手を挙げた。
「ヴォルフ様、飼料入れが空になったら、洗ってお湯を入れたりは……?」
「飼料は大きい袋に入れて、幌のある馬車で運んでいるんだ。帰りはその袋に魔物の素材を入れてくることもあるから」
「袋を下ろしたら、荷台を工夫してお湯を貯めることはできないでしょうか?」
コルンがそう言ったのを皮切りに、荷台を風呂にできないか、飼料入れを浴槽のようなものに変えられないかなど、それぞれに思いつきを話す。
軽い木で折り畳み風呂を作る、馬車を組み合わせて風呂になるようにする、荷台で下半身だけお湯に入り、頭などは荷台から外に出して洗うなど、様々だ。
突拍子もない意見や実現不可能な方法が出されても、誰も馬鹿にすることはない。
皆、前向きに案を出し合った。
イヴァーノが二杯目の紅茶を注ぐ中、小物職人のコンテがぼそりと言った。
「いっそ、馬車の幌をひっくり返して風呂にできりゃいいのにな。追加が何もいらねえ」
その声に、フィーノが細い目をさらに細くする。
「――ヴォルフ君、幌の素材は防水布でしたよね?」
「はい」
「ロセッティ、防水布って、浴槽にできます?」
「幌の大きさではちょっと厳しいかと。一人だけ入れる袋状であれば破けないと思いますが……あ! 薄手の灰宝を幌にしたら、どうでしょうか?」
防水布製の幌をひっくり返して、そこにお湯と隊員の重量を考えると厳しい。
だが、グレースライムの粉である灰宝、あれで幌を成形して、ひっくり返せば浴槽にもいけるかもしれない。
「灰宝? ああ、車輪カバーの素材か」
「家の『グレちゃん』が作ってる固まりか」
「グレちゃんって、お前……いや、あいつは生ゴミを食ってくれる上に馬車の乗り心地まで良くしてくれるんだから、ありがたいかぎりだが」
グレースライムは無事、王都民に馴染みつつあるようだ。
「でも、幌を取り外すのは大変じゃねえか?」
「そこは取り外さなくていいだろ。金属棒で荷台に固定してんだから、片側だけ外して、反対側にひっくり返るようにすりゃあいい。蓋に丁番ついてる箱と一緒だ」
「動かすのと完全に外すの、どっちもできる丁番ならコンテ兄貴ができたな」
「待て、フェルモ、魔物討伐部隊の大事な馬車だぞ! 俺みたいなド庶民が触っていいもんじゃないだろ」
慌てているコンテに対し、ダリヤも声をかける。
「コンテさん、大丈夫です。私も去年まで庶民でしたが、魔物討伐部隊に納品できましたから」
「いや、俺は礼儀作法も何もわからないんだ。失礼があったらまずいだろ」
「礼儀作法は、ご一緒に学ばれては?」
慌てる彼の横、次の紅茶を注ごうとするイヴァーノが言った。
それを聞いたコンテが、うなずいて顔の向きを変える。
「そうか、フェルモに教わればいいのか」
「いや、俺も教わる側だが――皆で一緒にやればいいだろ」
二人ではなく、皆。
その言葉に気づいた職人は他にいないようだ。
「一人だけ入れる防水布の袋、灰宝の幌と、両方やってみましょう。丁番の相談に、コンテさんが空いている日に馬車を回しますね」
「わかった。覚悟を決めておく」
フィーノの言葉に、コンテがしっかりうなずいた。
流れるように決まった中、ヴォルフの小さなつぶやきが落ちる。
「遠征で風呂が実現したらすごくうれしいけど、本当にいいんだろうか……」
それを笑い飛ばしたのはフェルモだった。
「もったいないとか言わないでくれよ、ヴォルフ様。このオルディネを守る魔物討伐部隊だ。魔物を倒したら、一風呂浴びて、酒で乾杯ぐらいはしてもらいたい」
「ええ、私もそう思うわ。そのためなら喜んで税金を払うわよ」
「同感だ。まあ、俺は税金を払えるよう仕事を探すのが先だがな」
「コンテさん、お仕事、できるだけ回しますね」
「期待してるぜ、フィーノ様!」
明るい声は、紅茶ではなく酒を飲んでいると言われても納得しそうだ。
そんな職人達を前に、フィーノが勢いよく立ち上がった。
「このメンバーならいい相談ができそうです。ちょっと追加の魔導具を持ってきますね」
「セ――フィーノ様!」
歩き出した彼の後ろ、ルッタがすぐに続く。
ヴォルフが立ち上がってこちらを見たので、ダリヤも追いかける形になった。
一応、王族対応という形のためだが、本音を言えば何をするかわからず、目が離せない。
まさか、疾風船は持ってきていないだろうが――そう思ったとき、フィーノが隣室から木箱を持って出てきた。
そのまま作業場に戻ると、作業机の上、箱の蓋が開けられる。
「離れたところに声を届ける魔導具です。とても便利ですよ」
彼が出したのは糸付き拡声器だ。
ダリヤは思わず口を引き結ぶ。
これに関して、守秘はいいのか、本当に大丈夫か。
「……王城内ではそれなりに試していますので、問題は、ない、と……」
口に出していない心配に、隣のカルミネが答えてくれた。
なお、問題はないと言っている彼だが、本日最も青ざめている気がする。
帰る際、絶対に胃薬を渡そう。
糸付き拡声器は短い説明後、すぐ実際に試された。
そこからは部屋の端と端に伸ばし、二本の糸と銀のカップで受け答えをする。
それぞれのカップに増幅器がついたおかげで、聞こえは数段上がっていた。
まるで隣で話されているような感じだ。
「こりゃあ便利だ! 工房と家をつなぐと昼飯に呼びにこなくて済む!」
「店とつなげられたら、在庫がすぐわかるわね」
職人達が感心しつつ話す中、フィーノが糸を指差した。
「問題が一つあって。この糸に鳥が留まらないようにできませんかね? 話しているときにやられると、音が聞こえづらいので。今は嫌がる匂いをつけたりしてるんですが、今一つで」
「猫でも飼えばいいんじゃねえか?」
「夜犬がいるので、猫が飼えないんですよ」
かわるがわるに糸付き拡声器を試し、雑談は続く。
「鳥を寄せ付けないより、管を通せばいいんじゃないか?」
「それなりの長さが必要ですし、角度が必要なところもあり、管に糸を通すのに時間がかかってしまうので――」
カルミネも説明役に回った。
ダリヤはコルンと共に音の増幅機のパーツを見る。
あと一回り、小型にできそうな気がした。
「簡単にするなら半割れ管――管を二つ割りにしてはめ込むやつに糸を置けばすぐだろ。長さは全部一定にして、何本かに一本、増幅器をつける。あと、角度のあるところはL字のつなぎ管に増幅器を入れりゃ、鳥が留まろうと猫がくっつこうと問題ないだろ? まあ、重さと値段はどうしようもないから、実現は難しい――」
「いいですね、やってみましょう!」
決断力と実行力と財力のある大公が、大きくうなずく。
「ブルーノさん、半割れ管の試作って頼めます?」
「家に戻ればできる。在庫の管はあるし、ちょうど手空きだ。明日一日もらえれば、二、三種類はそろえられる。長さは大人の身長と半身ぐらいでいいか?」
「それでいいです。明後日、見せてもらっても?」
「ああ、準備しとく」
これで全職人の王城行きが決まった。
大公は全員を釣り上げたわけで――思わずフェルモを見れば、ふっと悟りきった笑みを向けられた。
もう、皆で開き直るしか道はなさそうだ。
できるかどうかは別として。
「王城の中間管理職って言うから、こう堅苦しい貴族の人を想像してたんだが、フィーノ様みたいな人もいるんだな……」
ひとり言に似た声で、ブルーノが言う。
それに対し、フィーノが首を横に振る。
「私は外部魔力がありませんし、騎士向きでもないので、こういった仕事しかできないんですよ。家では嘆かれています」
「そんなことはねえだろ。大人になって元気で頑張って仕事しているだけで、親は丸儲けだ」
「――だといいですね」
緑の目を糸のように細くし、フィーノが笑った。
・・・・・・・
話をしつつ、再び作業を始める者達を作業場に残し、ダリヤはヴォルフ、そしてフェルモと共に廊下へ出た。
イヴァーノにメモで願われたためである。
「近くの食堂で夕食を準備させていますが、こちらに運んだ方がいいでしょうか?」
窓の外はもう夕暮れ、それも赤が紺に変わりつつある。
夕食の時間も近いので、区切りのいいところで食堂へと言いたいところだが、問題が発生している。
「そうですね、その方が安全かと」
「俺もそう思う。護衛の数が足りないから」
オルディネ大公を庶民の食堂へ、というわけにはいかないだろう。
本人は喜びそうな気はかなりするが。
「テーブルも借りてくるか? 作業机が空きそうにない」
「では、そのように指示を――メーナ?」
イヴァーノが自分の後ろへ目を見開いたので、ダリヤも振り返る。
そこには駆けて来る部下の姿があった。
「あの! スカルファロット侯がおいでになり、急用だと――」
言葉の通り、グイードとヨナスが、距離を開けて続いてきた。
「突然来てすまないね。ちょっと急ぎなんだ」
「何かありましたか、兄上?」
ヴォルフが声を硬くする。
ダリヤも思わず肩に力が入った。
「こちらに『とても貴重な素材』があるから、王城に安全に持って帰ってきてくれとのことでね」
「あ、はい……」
セラフィノの外出がばれたらしい。
彼は王族だ。警備の薄いここから王城へすぐ帰るよう言われるのは当然のこと。
むしろ、これで帰りは安全だと安堵すべきことだ。
けれど、少し残念に思う気持ちも正直あり――口にはできないが。
「箱のまま持ち帰るよ。どこにあるかな?」
あくまで箱として尋ねるグイードに対し、ダリヤは視線を壁にさまよわせる。
どう答えていいのか、一拍迷った。
「――中身の、方が、出て、作業場に……」
ぴきり、整った貴族の二分の笑み、そのこめかみに血管を見た気がする。
きっと気のせいだ。
「ほどほどにしろと、よくよく言い聞かせなければ――」
「グイード、その前にこれを」
大きい紙袋を二つ手にしたヨナスに、グイードがうなずく。
「ああ。これは参加者の人数分の胃薬だ。スカルファロット領で開発した新薬でね、食べ過ぎではなく悩み事からくる胃痛になら、ワイバーンのものより効くよ」
「「ありがとうございます!」」
イヴァーノと声がそろってしまったのは仕方がないだろう。
鞄の中、持って来たものだけでは足りなそうだったので、本当によかった。
あと、悩み事からくる胃痛に効くというのもありがたい。
「ルッタさんに迎えをそっと伝えてくる」
グイードに礼を言っている横、ヴォルフが作業場へ呼びに行ってくれた。
「ルッタさん? ベガ殿のことかな?」
「はい」
「ということは、あれは何と?」
「フィーノ様です」
「うん、名乗らないだけの考えはあったか。ということは見た目もわからぬようには変えて――駄目だな」
ドアから出てきたのは、砂色の長髪、緑の目のフィーノである。
なお、色を変えただけで顔はそのまま、知っている者が見たら一目でわかる。
「グイードがお迎えとは、ストルキオス殿下も心配症ですね。問題ないので、もうちょっとだけ時間をくれません?」
そう言ったフィーノ、いや、セラフィノに対し、グイードが右手を持ち上げる。
そして、盗聴防止のカフスを赤く光らせると、低い声で言った。
「王命を拝受しました。王城外へ持ち出した貴重素材を、内々に安全に持ち帰れとのことです」
「叔父上は過保護ですね。名残惜しいですが、帰るとしますか」
セラフィノはそのまま隣室へ向かうと、台車の上、蓋の開いた箱へ自ら入る。
体育座りをした彼を確かめ、ベガが慎重に蓋を閉めた。
だが、それで終わりではなかった。
「ヨナス、やれ」
「はっ!」
釘と金槌を手にしたヨナスが、勢いよく蓋を打ちつけ始める。
「えっ、釘です? そんなことをしなくても逃げませんよ!」
ちょっと慌てた声がする。
しかし、金槌の音は止まらない。
「御前に箱ごと持ってくるようにとのことでね。『今回は度を越えた』とおっしゃっていたから、安全に関するお話をよくよくいただけるだろう」
止めようと手を出しかけていたベガが、グイードの言葉にそっと下げる。
王命だからであって、よくよく話をされるよう願ってではない。たぶん。
箱ががたりと揺れた。
「グイード、ちょっと気分が悪くなりましたので、一度休みを入れたいのですが」
「それはいけない。急いでお届けして、治癒魔導師に診てもらおう」
「せめて着替えはしたいので、三課へ――」
「すまないね、寄り道させないようにと言われているんだ」
いい笑顔で返すグイードの前、ヨナスが釘を打ち続ける。
太めの釘はなかなか抜くのが大変そうだ。
一度部屋を出たフェルモが、釘抜きの工具を持って戻って来た。
そして、それをベガへ手渡す。
一礼して受け取った彼に、フェルモは無言でうなずいた。
箱が再び、がたりと揺れる。
「グイード、ちょっと、友としての配慮をもらえませんかね?」
「セラフィノ、友だから言うよ。今回は、思いきり叱られろ」
「えぇー……」
やはり、この国で一番強いのは王である。
その場の全員で、運ばれ行く木箱を見送った。




