597.第一回職人交流会(一)
・住川 惠先生、コミック『魔導具師ダリヤはうつむかない ~Dahliya Wilts No More~』第54話更新となりました。
・ナレーター梶山はる香様、 『魔導具師ダリヤはうつむかない11巻』配信開始となりました。
どうぞよろしくお願いします。
「まさか、ここでやることになるとはなぁ……」
フェルモが感慨深く言うのを、ダリヤはヴォルフと共に聞いていた。
第一回職人交流会の場は、職人街にある緑屋根の平屋――元ガンドルフィ工房である。
フェルモが西区に移る際、商業ギルド長であるレオーネが買い取ったそうだ。
工房は普通の家と違い、仕事によって使える使えないがあるので、売買に時間がかかることが多い。
それを考慮しての買い取りである、イヴァーノからはそう聞いた。
フェルモはちょっと懐かしそうに辺りを眺めていたが、すぐ作業場のドアを開く。
そうして、この場にいる者達で最終確認をすることになった。
これからやってくる職人は五人。
全員フェルモと付き合いがあるか顔見知りで、職人街に住んでいる者達だという。
彼らをここで迎えるのは、主催となったダリヤとフェルモ、ヴォルフ。
王城で共に胃痛を味わったコルン。
そして、王城魔導具制作部から魔導具と素材を持って来てくれたカルミネである。
イヴァーノは入り口で受付、マルチェラとメーナは警備役だ。
なお、一番楽しみであったろうセラフィノは不参加である。
彼が参加する場合、警備を厳重にしなければならないので仕方ないだろう。
カルミネいわく、できるかぎりの厚さで報告書を希望されたとのことで、ダリヤはしっかりとメモ帳を二冊準備した。
作業場に入ると、壁際に複数のテーブルが並んでいるのが見えた。
それぞれの上には、魔導具と素材がみっちりと載っている。
魔導具は、氷風扇、掃除機、小型洗濯機といった家電系、本乾燥機、肌を綺麗に見せる美肌ランプ、消火棒――水の魔石により先端から水の出る前世の消火器に似たものなど、よく知っているものが多い。
ドライヤー、小型魔導ランタン、遠征用コンロ、携帯温冷風器と、ダリヤの作ったものもあった。
外壁洗浄機など重量のあるものは、床に防水布を敷き、その上に置かれている。
王城から運ばれて来た魔導具で、仮眠用ランタン、補聴器のような効果のある音集め、妖精結晶ランプと、意外なものもあった。
「こういったものも展示するんですね」
驚きに言葉をこぼすと、カルミネが低い声で言った。
「じつは、『速度の出る船の小型模型』も勧められたのですが、置いてきました……」
セラフィノは疾風船も持ち込みたかったらしい。
気持ちはわかるが駄目だろう。
それに、ここには池もプールもないのだ。
ヴォルフと二人でうなずいてしまった。
テーブルの上、素材もいろいろとある。
銀や鋼、ミスリル、紅金などの金属、木材、火や水など各種魔石と、その小型サイズ。
各種スライムの粉、ワイバーン、砂蜥蜴の皮、緑馬の骨、クラーケンテープ、魔蚕から採れる魔糸、衝撃吸収材など、それぞれ箱入りで、その手前に説明のカードを付けてある。
ダリヤがコルンと共に、昨日一昨日で書いたものだ。
部屋の中央には二つの丸テーブルがあり、周囲には丸椅子が置かれている。
いざとなればそのまま作業ができそうだ。
皆で確認をした後、作業場のドアを大きく開く。
ちょうどそこへ、イヴァーノが職人達を案内してきた。
入ってきたのはやや年代のいった男性が四人、女性が一人だ。
「お忙しいところ、ありがとうございます。魔導具師のダリヤ・ロセッティと申します。今日は魔導具と素材をゆっくりご覧になってください」
当たり障りのない挨拶をし、椅子を勧める。
五人の職人達は周囲を気にしつつ、硬い表情でテーブルを囲んだ。
その後、フェルモ、ヴォルフ、カルミネ、コルンが簡単に名乗る。
職人達も名乗りと専門分野を教えてくれた。
五人はそれぞれ、配管職人、金属タンク職人、小物職人、タイル職人、炉職人だそうだ。
自己紹介が終わっても硬さはとれない。
彼らの視線が自分に、カルミネに、そしてヴォルフへと泳ぐ。
フェルモがこれ見よがしにため息をついた。
「まったく、皆、借りてきた猫だな」
「おい、フェルモ! 失礼だろ!」
「その、ロセッティ男爵様、ザナルディ副部長様、スカルファロット様、失礼がないように努力しますが、どうも私は喋り方がわからず……」
「俺、いえ、自分も礼儀知らずで……」
昔の自分が重なる緊張ぶりに納得していると、ヴォルフやコルンがこちらを見た。
言いたいことがわかったので、ダリヤは笑んでうなずく。
「ここでは礼儀作法を気にせず、楽に話すのはどうでしょう? 私は去年まで庶民で、貴族の礼儀作法はむしろ苦手ですから」
「私も楽にしていただきたいと思います。生まれが公爵家なだけで今は別の場におりますし、フェルモさんは私の先生のような方ですから」
「私も――いや、俺もこの通りの話し方がいつもだし、フェルモの仲間だから、気軽に話してほしい」
ダリヤ、カルミネ、ヴォルフと声を続ける形になる。
最後のヴォルフが最も効果的だったようだ。
最上級の美形によるまっすぐな願いは、説得の染み具合が違う。
職人達の視線がヴォルフに釘付けになっていると、フェルモが言った。
「ここは職人の流儀で、全員、名前の呼び合いでいいんじゃないか?」
先に準備側の者達で決めていたことだ。
もし、相手が貴族という緊張感が強すぎるなら、名呼びにしてしまえば、家名や爵位をひきずらなくてすむのでは、という考えからである。
「いや、それは、失礼でなければ……」
「そうしてもらえたらありがたいが……」
セラフィノが手帳の紙に不敬を問わないという文面を、署名入りで渡してくる理由がよくわかった。
自分が貴族の場合、相手に普通に話してもらうというのは、なかなか難しいようだ。
「よかった。俺のことは『ヴォルフ』と呼んで、普段と同じように話してほしい。ジャンニさん、ブルーノさん――よろしく」
ヴォルフが美麗な笑顔で、五人それぞれへ呼びかける。
それはさらに浸透が深かったらしい。
皆が了承した後、くだけた口調で話が始まった。
「今日一日、口を貝のように閉じるしかないと思ってたぜ」
「大人しいジャンニとか、飲み過ぎてテーブルに突っ伏しているの以外、見たことねえな」
「フェルモ、お前はどうやったらそこまで開き直れるんだよ?」
小箱を作って王城行き、王に会い、王家御用達と男爵位が決まった彼である。
開き直らなかったら胃痛で寝込んでいるだろう。
いや、自分も人のことが言えた経緯ではないが。
「では、壁際の魔導具を順にご説明していきますね」
気持ちを切り換え、ダリヤは立ち上がる。
そこからはダリヤ、カルミネが交代で魔導具、コルンが素材を説明することとなった。
魔導具も物づくりの一つである。
説明の度に、職人達の興味に緊張が解けていくのがわかった。
「これが遠征用コンロか……って、軽いな!」
「それはダリヤが作ってくれたんだ。魔物討伐部隊の遠征を考えて――」
ヴォルフはいきなり自分を話題にし、熱のこもった説明をしないでもらいたい。
そう思いつつも、平静を装って次の魔導具を手にする。
「美肌ランプ! 家中これにしたいわ」
「それ、家から出たら意味ないだろ」
「そんなんだから、あんたは奥さんに出ていかれるのよ」
「あ? それはそれだろ!」
微妙な会話の前、カルミネが止めるに止められずにいる。
イヴァーノがするりと割って入り、眼精疲労軽減デスクランプを見せ、話題を変えていた。
やがて、場に馴染んだらしく、職人ならではの言葉も聞こえてくる。
「確かに小型で軽いが……フェルモ、ここの出っ張り削れんじゃねぇか?」
「そこ削ったら、強度が足りなくなるだろ」
「そっか? 端に巻き入れればいけそうだぞ」
携帯温冷風器のさらなる小型化の可能性は、後でしっかり聞きたいところである。
一声かけてもらえれば魔導具に触れていいと言ってあるので、皆、次第に手を伸ばすようになった。
「これ、持ち上げてみていいか?」
「どうぞ、ブルーノさん」
彼が目を留めたままになったのは、オズヴァルドの作った氷風扇である。
絶妙なカーブの管がいくつも重なるそれは、配管職人の彼には興味深いのだろう。
「なかなか凝ってるな……ここでこう曲げるのは、魔導具師の魔法か……」
オズヴァルドが以前苦労したと言っていた部分を見ながらのつぶやきに、ダリヤは答える。
「最初は魔法で成形し、今は鋳型で作っているそうです」
「そうか。鋳型なら、一本ずつじゃなく合わせて作るのもありだと思うんだが、耐久性の問題か……」
そこも後で詳しく聞き、場合によってはブルーノをオズヴァルドに紹介してみよう、そう思ったとき、ヴォルフに身を寄せられた。
「次はオズヴァルド殿も呼んだ方がいいね」
確かにその通りだった。
二回目の職人交流会を開催するときは、人数が増えそうである。
やがて、魔導具から素材の説明に移ると、職人達の目の色が変わった。
己の仕事に利用できそうな素材に心惹かれるのは、職人として当たり前のことだろう。
彼らの一番人気は、金属類だった。
「紅金! やっぱ、いい色だな。一回は平たく叩いてみてえ……」
「ミスリル線ってのはこれか……お、なるほど! 簡単に爪が削れる」
「指も切れますから注意してください」
金属に張り付く職人へ、心配しつつ声をかける。
気持ちはわかるが、ここで怪我をされては大変だ。
あと、王城からポーションとハイポーションを持参してきたカルミネに、今頃納得した。
「紅金に白金の板までって、ここの警備は大丈夫なのか? 入り口の騎士様は一人だけだったぞ」
「大丈夫だ。そこに現役の魔物討伐部隊員の赤鎧がいらっしゃるから」
「はっ?」
「あ、俺」
フェルモの言葉に、ヴォルフが右手を少し挙げる。
本日は鎧姿でも騎士服でもないのだが、鍛えられた体は騎士だとわかるだろう。
「金より貴重なもんを! もっと早く言え!」
叫ぶように言った彼は、ヴォルフの正面に来て、深く頭を下げた。
「東街道の小鬼を倒してもらい、ありがとうございました! 近くの村に親戚がいたんですが、家と畑を捨てて、引っ越さなくて済みました」
「そうだったんだ。俺は参戦していないときかもしれないけど、隊として感謝を受け取るよ。教えてくれてありがとう」
笑顔で答えた彼を、その職人はとてもまぶしそうに見た。
「いや、道理で、ものすごくかっこいい人だと思ったんだ。こう、内側からかっこいいんだな……」
ひとり言が小さく落ちたのを、ダリヤの耳はしっかり拾う。
そうなのだ、ヴォルフは見た目もかっこいいが、中身がさらにかっこいいのだ。
同意をこめてうなずいていると、隣の彼と目が合った。
目が合っただけで、何も言っていない。
なのに、金の目に想いを見透かされそうで、胸の奥がぎゅっとする。
「途中にすみません、会長――」
不意の呼びかけに、慌てて振り返る。
そこには、玄関にいるはずのマルチェラがいた。
その硬い表情に、何があったのかと不安になる。
「会長、王城から追加で大きめの荷物が――予備素材とのことなのですが、会長宛なので、お願いできますか?」
「はい、すぐ行きます!」
予備素材とはなんだろう、そう思いつつ、ダリヤはヴォルフと共に玄関へ向かう。
そこには見知った者がいた。
「べ」
「『はじめまして』! ロセッティ会長、私のことは『ルッタ』とお呼びください。主からの預かり物を届けに参りました」
『ベガさん』と言う前に、挨拶と偽名を告げられた。
その服装は、以前、ヨナスが着ていた従者服そっくりだ。
いや、それよりも、後ろに主がいないかを確かめてしまう。
セラフィノはいなかったが、銀色のワゴンに載る木箱が見えた。
木箱はなかなかの大きさで、人が入れそうだ。
一瞬、折り畳んで入っているセラフィノという、不敬な想像をしてしまった。
流石にないだろう、そう思いつつ、ベガ、訂正、ルッタを見れば、表情は整えたまま、それでいて泣きつくような目を向けられた。
すべてわかってしまった、ような気がする。
「作業室の隣に小さな部屋があるとか。そこに置かせていただいてもよろしいでしょうか? 私もそのままそちらにおります」
「はい、どうぞ――」
拒否権などあるわけもない。
ダリヤが同情をこめてうなずくと、彼もうなずいた後、ワゴンに向かう。
「貴重な素材かと思います。運搬をお手伝いさせてください」
ヴォルフも自分と同じ理解をしたのだろう。
ルッタがワゴンを押し、ヴォルフが箱を揺れぬよう押さえ、廊下を移動した。
作業室前に来ると、ダリヤはフェルモを廊下へ呼ぶ。
「フェルモさん、作業室の隣の部屋に、王城からの予備素材を置かせてください」
「もちろんだ。あそこは元々、完成品か塗り物の乾燥をする場だから、ちょっと狭いが――」
言いかけた彼の目が、ワゴンの運び手に向けられ、しばし止まった。
こそり、ダリヤの耳元で問いかけが響く。
「あれ、ベガ様に見えるんだが、気のせいか?」
「あの方は――ルッタさんだそうです」
「双子じゃなきゃ、どう見ても本人だろ。お忍びで何か届けに……ん? あの箱、まさかと思うが……」
「まさかと思いたいですね……」
ワゴンは隣室に消え、ヴォルフだけが戻ってきた。
「ヴォルフさん、箱の中身って何だった?」
小声の問いかけに対し、金の目がそっとずらされる。
「聞いてないし見てない。ただ、ルッタさんがそのままついてるって」
「決まりじゃねえか!」
フェルモが声を抑えつつ叫ぶという、器用なことをしている。
気持ちはわかるが、自分達にはどうにもできないので、あきらめてほしい。
あと、こういうときにどうするかを、自分はすでに学んでいる。
「フェルモさん、大丈夫です。実際にお会いしていないですし、名乗られていない方は知らない人ですから」
以前、クラーケンテープに巻いた尊き人を思い出しつつ、きっぱり言い切った。
「わかったよ。おたおたしてるのは俺だけみたいだし――やっぱり貴族となると優雅さが違うもんだな、『ロセッティ男爵』」
にやりと笑った先輩職人に、ダリヤは貴族の二分の笑みを向ける。
「大丈夫です、フェルモさん。いずれ来る道です」




