598.第一回職人交流会(二)
申し訳ありません。先週は風邪でお休みをいただきました。
隣室の箱はさておき――ダリヤ達は作業場へ戻った。
努めて平静を装ったが、カルミネとコルンには気づかれたらしい。
すぐこちらへ歩み寄ってきた。
「何かありましたか?」
ダリヤ、そしてヴォルフへ視線を向け、コルンがささやく。
「ええと、王城から、貴重な素材の、大きい箱が届きまして、隣の部屋に――ベ、いえ、ルッタ様とおっしゃる方が、警護をなさるそうです」
ダリヤは最大限に言葉を選び、句読点多く伝える。
カルミネとコルンは無言で固まった。
イヴァーノはダリヤではなく、少し離れた場でフェルモへ尋ねている。
問いかけの返事はメモ帳に書いて渡され、彼もそのまま固まった。
皆、正しく通じたようで何よりだ。
とりあえず、ダリヤは主催の一人として、交流会を続行することにした。
職人達に気づかれないか心配だったが、彼らは素材と魔導具に目が釘付けだった。
素材の加工許可を出すと、数人が持ち込みの工具を手に、作業机に向いたり、床に防水布を敷いたりして、己の場所を定める。
そうして、まだ見続ける者、素材を手にする者に分かれた。
「何かあれば、お気軽に声をかけてください」
ダリヤがそう言うと、硬さのある了承の声が返ってきた。
これは仕方がないだろう。
庶民は目の前に貴族や、王城に勤める者がいるということは滅多にないのだ。
それをほどこうと動いてくれたのは、ヴォルフだった。
「フェルモ、この黒鋼の板で小箱を作ってみたいんだけど、難しいかな?」
「そっちの薄い方がやりやすいぞ」
「じゃあ、それにするよ」
彼はダリヤやイヴァーノとの打ち合わせ通り、自分の工具箱を持ち、作業机に向かう。
他の者達が作業へ向かいやすくするためだ。
その彼を、じっと見つめる職人がいた。
「ヴォルフ様は小物作りもできるのか……天はあの人に何物与える気だよ……」
とても同意したいつぶやきが聞こえたが、なんとかうなずかないでおく。
ヴォルフが金属板に定規を当てる頃には、他の職人も素材や工具を手にし始めていた。
「この紅金の板の端っこ、ほんの少し貸してもらっても……?」
恐る恐る言ったのは金属タンク職人のジャンニだ。
「端と言わず、どうぞ」
その彼へ、カルミネは赤みのある金属板を一枚丸ごと手渡す。
悲鳴に似た声に続き、叩いた後でちゃんと板に戻して返す、そのままで構いません、と、やりとりが続く。
それを背に、ダリヤは足を進めた。
向かう先はタイル職人、今回の参加者では唯一の女性職人だ。
フェルモと同世代だろうか、彼女が指先でそっと触れているのは魔魚のウロコである。
区切られた箱の中、色別となったそれは窓からの陽光にきらめいている。
「カットしてタイルの飾りに使ったらきれいかも……」
「ぜひお試しください」
つぶやきにそう勧めると、彼女の口の端が少しだけこわばった。
「でも、きっと試作だけになってしまいます。新しい製品にも商会の売り物にもつながらないので、材料を無駄にするのが申し訳なく――」
「いいえ、無駄な試作などということはありませんし、タイル飾りでしたら、室内飾りやコースターにもできるのではないかと思います。それと、どうか楽に話してください」
言い終えたダリヤは、ウロコを入れる作業皿を差し出す。
彼女はヘーゼルの目を細め、それを受け取ってくれた。
「じゃあ、お言葉に甘えて――」
そうして、魔魚のウロコに目を輝かせる姿は、憧れの人を見つめる少女のよう。
選んだウロコを皿に載せると、作業台へと向かう。
彼女は工具箱と共に、タイルも複数持参していた。
材料となる陶器製のそれは艶無し、最終加工前のものがほとんどだ。
一枚だけ、タイルにカットした色ガラスを飾った細工物があった。
「このタイル、細かな細工で、とてもきれいですね」
「昔の売り込み見本なの。昔はガラスを飾った細工物もそれなりにあったから。今は絵付けがほとんどになってしまって、納期と値段はかなわないから」
繊細なガラス組みをするのと絵付けに対し、美しさや好みの前に、納期と価格が先に立つ。
芸術家ではない職人は、これから逃れられない。
それでも彼女は、タイルに簡単な下絵をさらさらと書くと、魔魚のウロコを手にする。
ウロコのカットはダリヤが教える形になったが、硬めの貝殻と似た感じとのことで、問題なく進んだ。
細かな傷のある指が、無駄のない動作でウロコを切り分ける。
ピンセットで拾い上げられたそれらは、 白いタイルの上、赤と黄の花となり、緑の葉と茎を伸ばしていく。
ウロコに接着剤を付け、ローラーと当て木で平らに止める。
すると、色の濃淡や光の反射までも計算されていたのか、そう思うほどにぴたりと合う。
タイルの上、可愛らしいチューリップの花が咲いた。
「すごいです……」
短時間で仕上げられたそれに感心していると、イヴァーノが歩み寄ってきた。
「とてもきれいですね。こういった繊細な細工物は、貴族向けで好まれると思います」
「イヴァーノさん、貴族と仕事をするのは遠慮したいわ。商会経由でも急な納期に無理な数を言われて――家に病人がいるからできないと言ったら、入れる病院をお勧めされたもの」
相手貴族が無理を言ったようだ。
確かにそんな相手と取り引きはしたくないだろう。
「そういう貴族ばかりじゃないですよ。うちの商会、いえ、商業ギルドでもかまいませんので、機会があれば、ぜひ――」
売れそうな商品を見つければ、声がけをするのが商人だ。
ここは職人交流会の場なので、とりあえず連絡先の交換のみとなった。
ダリヤが飾りタイル作りに見入っていた間も、話と作業は続いている。
周囲を見渡せば、床に敷かれた防水布の上、炉職人が遠征用コンロを手にしていた。
眉をきつく寄せるその様に、つい声をかけてしまう。
「あの、どうかなさいましたか?」
「……いや。このコンロ、ずいぶん小さいものだと思ってな」
彼から返った声は少し低い。
言葉とは裏腹に、難しい表情だ。
「気になるところがありますか?」
「いや、こんなに小さいもんができたなら、炉の出番はますますなくなると思っただけだ」
「今は、炉を新しく作ることは少ないのですか?」
「ああ。今は魔導コンロの方が便利だろう。見た目重視の暖炉や商売用のかまどならたまに注文も入るが、最近は修理の方が多いくらいでな。……いや、その修理も、そう数があるわけじゃないが」
自嘲気味な返事に、返す言葉が浮かばない。
炉を作る職人である彼は、魔導コンロの普及によって仕事を減らしたのだろう。
今はどのような仕事を、そう尋ねていいものか迷っていると、彼はバツが悪そうに頭をかいた。
「言っておいてなんだが、気にしないでほしい。これも時代の流れってヤツだ。俺も給湯器にはお世話になってる」
「――ありがとうございます」
なんとかそれだけを返すと、男はコンロをくるりと反対にし、底面を見つめる。
「最近はオーブンの内側の補修とか、食堂の魔導コンロ周辺の断熱なんかもやってる」
「オーブンの補修は、どのようにするのですか?」
そこからは高熱にさらされる金属の特殊な処理方法や、断熱材の配置などを教えてもらう。
彼からも魔導具関係の熱処理について質問を受けたので、断熱・耐熱素材や魔法の付与について説明した。
畑違いであるため、それぞれの知らない部分が多く、とても勉強になった。
話が一段落したとき、魔力のゆらぎを感じた。
元を辿るように見れば、別の防水布の上、コルンが配管職人のブルーノと向き合っていた。
二人の間には、鈍い銀光を放つ金属管が横たわっている。
「魔導具師の管作りというのは、そんなふうにするのか。初めてみたが、便利なものだな」
コルンが魔法を使い、金属板を管へ成形してみせたらしい。
ブルーノが感心したような、それでいて値踏みするような目を管に向けていた。
「はい。一度に多くは作れませんが、基本はこのように成形します」
声はいつもと同じだが、コルンの肩には少し力が入っているように見えた。
向かいの職人は、そのまま質問を続ける。
「この場合、内側の加工はどうするんです?」
「通常、成形後の加工はあまり行いません。曲げる前の板材の段階で、あらかじめ必要な処理を済ませますので」
コルンが魔導具師らしい答えを返すと、ブルーノは管から彼へ視線を移した。
「じゃあ、作り終えた後に内側の加工が必要になったら? 例えば、施工の途中で一部分だけ太くしたい、あるいは細くしたい、といったときは?」
「事前に設計数値を確認し、それに合わせて加工を済ませます。完成後の追加加工とは、具体的にどのようにするのでしょうか?」
今度聞き返したのはコルンだった。
ブルーノは胸の前で手を動かしながら説明を始める。
「こう、管があったら、棒を差し込んで叩いて広げたり、外から叩いて縮めたりしてする。あとは、補強材を追加でくっつけたり、錆止めを二度塗りしたり、といったことも――ああ、そうか、貴族のお屋敷ではこういうことはないのか。庶民の古い家は、壁の厚みが場所によって違ったり、薄くて施工中にヒビ割れたりすることもあるから、いろいろとその場で対応がいるんで」
「そういったことがあるのですね……」
その不確定要素は、コルンの予想外だろう。
感心したように言う彼の前、ブルーノは硬かった表情を崩した。
「改築を何回も繰り返したり、家主が自己流で修理したり、配管職人泣かせの家も多いから」
整った貴族の屋敷より、庶民の家が厄介な仕事場になることもあるようだ、ダリヤはそう納得した。
「なんで斜めになるんだろう……?」
こちらの話を聞いていたのに、その小声につい振り向いてしまう。
作業机に向かうヴォルフが、黒い小箱に定規を当てて苦悩していた。
「底の曲げが甘いんだ。開いて曲げ直せばいい」
隣で教えるフェルモは、すでに小箱を作り上げたようだ。
その正面に、青みがかった金属でできたそれが見えた。
「ちっ、駄目か」
作業机の向かいで舌打ちをしたのはフェルモと同じ小物職人――同じ親方についた仲で、数年、先輩だと聞いている。
彼の作った銀色の小箱は、載せた蓋が途中で止まっていた。
空気が逃げないということで、それはそれで凄いと思うのだが、本人は口をへの字にしている。
そんな彼に向かい、フェルモが軽い声をかけた。
「もう一個作ればいい。勘はすぐ戻るだろ、『コンテ兄弟子』」
「お前と一緒にすんな」
言いながら、コンテは指で蓋を押し閉める。
「それに、この年で、兄弟子、弟弟子はねえだろ。お前より腕のいい小物職人なんざ、亡くなった親方ぐらいだろうが。いや――そういや、親方もお前には抜かれてたって言ってたが……」
「は? 俺は初めて聞いたぞ」
「面と向き合って言うかよ、あの石より頭の固い親方が」
そう言いながら、彼は新しい金属板に手を伸ばした。
職人は、親方や師匠の腕を抜くのが一番の恩返し、そう聞いたことがあるが、なかなか難しい。
自分の場合は、父となるわけだが、まだまだ遠い。
「会長、追加で、紅金の板と、サイズが大きめの板を倉庫から持ってきます。今の分でも間に合うと思うのですが、遠慮されるといけませんから」
近づいてきたイヴァーノに小声で言われ、すぐ了承した。
今日、金属板は一番人気、残りが少ないからと遠慮されては困る。
彼はそっと作業場を出て行った。
と、カツンカツンと小気味よく響いていた木槌の音が、不意に止まった。
壁に近い場で、紅金の板を叩いていたジャンニが立ち上がる。
「もう我慢ならねえ」
ただならぬ言葉に、周囲が一斉に彼を見る。
その顔はとても険しく――何があったのかと心配になった。
「使いたい素材があるならさっさと願え。こんな機会は滅多にないぞ」
「手も目も離したくないがトイレに行かないとまずい――」
「黙って行け、馬鹿野郎!」
「お前、失礼すぎるだろ! 戻ってくんな!」
完全に地の出まくった一部職人達に、他の者は苦笑か気づかぬふりをするしかない。
ジャンニが足早に出て行ったことで、作業場はようやく元の雰囲気に戻った。
それぞれ話と作業を続けていると、時間はすぐに過ぎる。
戻ってきたジャンニがドアを開き、なぜかそこで立ち止まった。
そして、体を廊下側に残したまま、誰かへ呼びかける。
「素材の護衛の方ですよね? そっちは狭めなんで、ドアを少し開けなきゃいけないほど空気がこもるんでしょう。こっちの部屋か廊下に移った方がいいんじゃないですか。椅子も探してきますんで」
隣の部屋は狭く、窓がない。
だから空気がこもり、ドアを少し開けている、ジャンニはそう判断したらしい。
とても気遣いある行動であり――またとないきっかけであった。
「そうですか! では、そちらに行きますね!」
「お待ちくださいっ!」
大変、聞き覚えのある声がした。
フェルモは額を押さえ、カルミネは目を押さえ、コルンは遠い目となった。
ダリヤはつい、作業机前のヴォルフを見る。
彼はすでに自分を見ていた。
どちらからともなく、静かな笑みが浮かんだ。




