596.職人交流会の準備
彩綺いろは先生、コミック『服飾師ルチアはあきらめない』第40話、配信開始となりました。
どうぞよろしくお願いします。
「絶対に駄目だ」
商業ギルド長であるレオーネの、固い声が響いた。
ここは商業ギルド長の執務室。
ダリヤの隣にはヴォルフ、イヴァーノ、テーブルをはさんだ向かい、レオーネとガブリエラがいる。
職人交流会について、早速、セラフィノから商業ギルド、フェルモ、ダリヤに手紙で連絡があった。
第一回職人交流会は、商業ギルド、ダリヤ・ロセッティ男爵、フェルモ、ヴォルフに任せる。
オルディネ大公である自分が主催するのではなく、まずお試しの顔合わせとして開催してほしい。
分野違いの職人が集まって話せるかどうかを確かめるのが目的であり、それ以上の成果を求めることはしない。
開催は七日後、かかる金額、万が一の責任はセラフィノ個人が負うと書いてあった。
自身が開催主となると、職人達が緊張すると思ったのだろう。
この前、セラフィノが言ったように、職人交流会に九頭大蛇の血を持ち込めれば、遠慮なしのやりとりができるかもしれないが、そういうわけにもいかない。
なお、職人交流会は、しっかり『第一回』と書かれていた。
二回目以降を開催する気が満々な気がするが、ダリヤもフェルモもそれを指摘することはなかった。
そうして、今回は庶民の職人が対象なので、商業ギルドで庶民を担当するガブリエラが仕切ろうとしたのだが――レオーネがきっぱり止めたのが今である。
「ザナルディ家が関わるものは、ガブリエラには担当させん」
続く声も低く重い。
けれど、ガブリエラ本人は予想していたかのように言い返す。
「これは商業ギルドの仕事よ。私心を挟まないでもらいたいわ」
「君が私の最優先だ。これに関し、商業ギルド長として業務命令を出してもかまわん」
絶対に譲る気がないのは、その表情と声でわかる。
ザナルディ家と一体何があったのか、ダリヤが聞くに聞けないでいると、イヴァーノが口を開いた。
「レオーネ様、ザナルディ家と何かあったんですか?」
けれど、その問いに答えたのはガブリエラだった。
「――私が若い頃、ザナルディ家の方にちょっと声をかけられただけよ」
「見合い話を持ってくるのはちょっととは言わん。できることならその記憶自体を消し去りたい」
妻の声にかぶせ気味に言ったレオーネに納得する。
以前、ザナルディ家のどなたかが、ガブリエラに見合いの話をしたらしい。
普段から妻への愛が強火のレオーネだが、そのときは業火だったのではあるまいか、そう思いつつも口は閉じておく。
隣のヴォルフを見れば、無言のままレオーネへ金の目を向けていた。
おそらく自分と似たようなことを考えているのだろう。
「公爵家はすべて商業ギルドのお得意様じゃない。記憶喪失なんてごめんだわ」
「今回は商業ギルド宛だ。私が担当しても問題ない」
「今はイシュラナとの関税協議があるでしょう。確か、七日後も王城の大会議よね?」
「――君以外の担当を立てる」
一拍遅れの答えに、ガブリエラが眉間に皺を寄せる。
重くなりかかった空気を打ち消したのは、イヴァーノだった。
「レオーネ様の愛の深さはとりあえず横に置くとして――ここは不肖の弟子にお任せ頂いても? お二人に外せぬ仕事があるから委任という形で」
「頼んだ、イヴァーノ。経費はザナルディ公から出るが、私の方からも三割出す。多めにかけてかまわん。あと、ロセッティ商会の売上三日分も上乗せだ」
「ありがとうございます。遠慮なくそうさせていただきます」
「ありがとうございます」
ロセッティ商会の売上分の話をされたので、ダリヤも続いて礼を述べる。
商会長として、そこまで頭が回っていなかったことを反省した。
「では、職人選びと声がけはフェルモと相談、場所の選定は私が、素材の用意はロセッティ商会、当日の立ち会いは当方の会長とヴォルフ様でよろしいでしょうか?」
「そうしてくれ」
「ええ、いいと思うわ。何かあれば相談してちょうだい」
提案があっさり通ると、イヴァーノは隣の自分、さらに先のヴォルフへ向く。
「会長、ヴォルフ様とも、この形でよろしいですか?」
ダリヤはヴォルフと同時に了承の声を返す。
自分の部下ではあるのだが、イヴァーノにはついていくのがやっとである。
「イヴァーノ、手紙の写しを渡しておく。あとは委任状を」
「私が書くわ」
ガブリエラはレオーネから羽根ペンを受け取ると、美しい文字を綴り始めた。
「それにしても、小さく始めて大きく育てる――オルディネ大公は商売をよくわかっていらっしゃる方ですね」
手紙の写しを受け取ったイヴァーノが、見直しながらうなずいている。
セラフィノは子供の頃から王城で育ったと聞いたが、その知識も仕事ぶりも凄い。
おそらく王族として厳しい教育を受けたのだろう。
「いずれしっかりご挨拶したいです」
「イヴァーノ、お前はザナルディ公とは距離をとれ。声がけの上、引き抜きをかけられるかもしれん」
レオーネの言葉にはっとする。
確かに、セラフィノは有能、面白いと思ったものに声がけを、しかもとてもいい条件で行うことが多い。
商会の半身たるイヴァーノを取られては困る、そう思って彼を見れば、営業用の笑顔となっていた。
「お声がけいただけたら光栄ですが、他へ移ることはありませんよ。俺はロセッティ商会に骨を埋めると決めているので」
「相手は王族だ。二度願われたら逃げられんぞ」
うれしい言葉に続き、レオーネが釘を刺す。
セラフィノは無理を言うことはないと思えるが、イヴァーノほど優秀だと絶対はない気がしてきた。
「ええと、イヴァーノ、セラフィノ様の応対は私が――あ、ヴォルフがいるので大丈夫です!」
「ああ、しっかり頑張るよ!」
慌てて言った自分に、ヴォルフが合わせてくれた。
レオーネはそんな自分達をじっと見る。
「本当なら、ロセッティ会長にもザナルディ公とは距離をと言いたいところだ」
「いえ、今回の依頼は私の名もありますし、三課へのお誘いはもうお断りしましたので」
以前、三課の副課長の椅子まで勧められたことがあるが、今後も部下として勤める予定はない。
共に魔導具に関わる可能性は高いが、その際は他の者達も一緒である。
「そうか――」
レオーネが深くうなずいた。
何か他のことを心配されているのだろうか、そう思ったとき、彼が言葉を続ける。
「今後もそうしてもらいたい。商業ギルドの大事な戦力を、王城に奪われてはたまらん」
自分は大事な戦力と言われるほどではない、ダリヤはそう言いそうになって止めた。
以前であればそう口にしていたかもしれない。
だが、この一年と少しでいろいろな魔導具を作り、商業ギルドに貢献できた。
皆に協力してもらってのことだが、作り出した魔導具は王都に、国に広がっている。
それは、自分の自信にしていいのだ。
ダリヤは一度口を閉じ、営業用の、それでも心からの笑顔を向けた。
「ありがとうございます、レオーネ様。今後もそうおっしゃっていただけるよう、励みます」
「ロセッティ男爵の今後に、大いに期待しよう」
レオーネも同じように、自分へ笑った。
・・・・・・・
「すまねえな、ヴォルフ様、付き合わせちまって」
「さん付けでいいよ。でないと気を遣われるから」
商業ギルドでの話し合いの翌日、ヴォルフはフェルモと共に職人街の食堂へ向かっていた。
本日、ダリヤはイヴァーノとマルチェラと共に、倉庫へ行っている。
職人交流会の持ち込み素材を選ぶためだ。
安全で、それほど高価ではなく、特殊すぎない、それでいて職人が興味を持ちそうなもの――ダリヤはメモ帳にそんな条件を綴って、唸りそうな表情で悩んでいた。
いい素材が揃えられるよう祈るばかりである。
ヴォルフはマルチェラとドリノのおかげで、下町の酒場に慣れている。
そのため、本日はフェルモの護衛兼情報集めに来ていた。
なお、自分達から少し離れ、ドナともう一人の騎士も続いている。
護衛役の自分の安全も、しっかりと家に守られていた。
「それにしても、いい眼鏡だな。違和感がない」
「ああ、ダリヤが作ってくれたから」
フェルモの声に笑顔でうなずく。
ヴォルフは今、妖精結晶の眼鏡をかけている。
ダリヤの父と似た感じになるらしい目元は、鏡で見る度にほっとする。
「自分の目が参考なんだろうな。ダリヤさんと同じ緑だ」
フェルモにそう言われ、足を止めそうになった。
いや、ダリヤは父似だと自分で言っていたし、同じ緑でも別におかしいことではなく――考えをさまよわせつつ、食堂のドアをくぐる。
店内は、壁際の傷の多い小型魔導ランタンで照らされている。
夕食にはまだ早い時間だというのに、すでに飲んでいる者達がいた。
フェルモはそのまま奥へ進むと、人のいるテーブルのすぐ隣を選ぶ。
ヴォルフは彼に向かい合う形で座った。
「よう、久しぶりだな」
「――なんだ、フェルモ。いや、『ガンドルフィ商会長様』。こっちまで足をお運びで?」
隣のテーブルに声をかけると、生え際が白い赤髪の男が皮肉交じりに返す。
フェルモは怒ることはなく、彼に向いた。
「用があったんでな。それと、商会はいい縁があって、運良くのことだ」
「俺もあやかりてぇもんだ。そっちの若いのは新しい弟子か? それにしてはちょっと年がいってるようだが」
「こっちはヴォルフさん。取引先の工房にいる、俺の仕事仲間だ。ややこしいんで家名は省かせてくれ」
嘘の一つもない紹介である。
だが、これでいいのかと思ったとき、あっさりと声が返ってきた。
「ここでわざわざ家の名を出す奴はそういねえよ」
「弟子に代替わりする祝いのときぐらいか。俺には一生ない話だが」
テーブルに突っ伏していたばさばさの茶髪の男が、顔を上げて言った。
ヴォルフは二人に向かって浅く頭を下げる。
「ヴォルフです。よろしくお願いします」
「ジャンニだ。フェルモの連れだろ、気を遣わなくていいぞ」
「ブルーノだ。そのうち混むから、こっちのテーブルに来たらどうだ?」
「そうさせてもらおう」
フェルモの一言で、四人で飲むことになった。
とはいえ、先に来ていた二人の前には、すでに空のグラスが二つ並んでいる。
フェルモは二人に尋ねることなく、店員に四人分の黒エールと肴を頼んだ。
「最近どうだ?」
「給湯器と下水の配管をひたすらだ。変わりなしと言いたいところだが、数は去年より少し下がってるな」
ブルーノが答える横、ジャンニが震える手でカラのグラスを持ち上げる。
ヴォルフは一瞬迷ったが、新しく届いたエールのグラスを彼の前へ置いた。
「俺はそろそろ、工房閉めの準備をしようと思ってるとこだ」
「工房閉め? ジャンニの年でか? 早すぎるだろ」
「お前と違って弟子が一人もいない上に、タンクの材料費がガンガン上がりやがる。家と工房を売って気楽に暮らし――まあ、あとはそれまでだろ」
フェルモと同じ職人だが、仕事の多い少ない、材料費問題など、いろいろとあるらしい。
それを尋ねることもできず、とりあえずと四人で明日からの幸運を祈って乾杯した。
酒が追加されると、話はそれぞれの若い時代、忙しかった日々に移っていく。
七つで工房に入り、師匠に叱られた褒められた、面倒な加工の色々、できた製品の置き場が足らずに廊下まで埋め尽くした、納めても納めても間に合わず徹夜し、作業机に突っ伏した――
二人の職人の昔話を、ヴォルフは興味深く、真剣に聞いた。
「そんなに大変だったんだ……」
「応とも! だが、楽しかったなぁ……」
遠い目になった二人に、つい解けぬ疑問を口にする。
「今はそういった加工の仕事が減ってるの?」
「ああ、あの頃みたいな仕事はかなり減ったな。水の魔石が安く出回るようになってから、水の配管は思いきり減ったからな」
「タンクもだ。水の魔石のおかげで屋上に水のタンクを置くことは少なくなったからな。俺の代じゃもう弟子もとれねえよ」
「あ……」
ガツンと頭を殴られた気がした。
水の魔石で人々の暮らしは便利になったとばかり思っていた。
けれど、当然要らなくなったものもあるわけで――
申し訳ない、それは家が原因です、そうは言えない。
硬く口を引き結んだヴォルフに、フェルモが緑イカの干物を渡してきた。
黙っていろという意味だろう。
それを黙々と噛み、話を待つ。
「二人とも、暇なら六日後の午後、ちょっと付き合わないか? 魔導具の見学会がある。五人以上で出ると各自に銀貨三枚もらえるから、酒代にはなるだろ」
「魔導具師でもないのに、そんなもん見てどうする?」
「そうそう、大体俺なんか魔力ゼロだぞ」
乗り気でない二人に、フェルモがエールのグラスを傾けた。
「魔導具の大量生産をするときに、作りやすい金属とか形が知りたいらしい。もしわかるならその場で魔導具師に話せばいい。ひょっとするといいこづかい稼ぎになるかもしれない。それと――」
フェルモはずいとテーブルに身を乗り出し、声を低くする。
「魔導具の素材で、珍しい金属もいくつか展示されるそうだ」
ぴくり、ジャンニの肩が動いた。
ぴたり、ブルーノの手の震えが止まった。
「どんな?」
「何を?」
二人が同時に問いかけるのに、フェルモは首を横に振る。
「わかんねえ。珍しい金属としか聞いてこなかった」
「フェルモ、お前、肝心なところをなんで聞いてこないっ!」
「今すぐ戻って聞いてこいっ!」
それなりに酔いが回っているので勢いがいい。
襟をつかまれそうになったフェルモは、あっさりと言った。
「覚えてねえんだから仕方ないだろ。人数がそろわねえと参加もできねえし。なあ、暇してる職人、あと何人か探すの手伝ってくれ。きっと面白れえことになると思う」
「けっ! ここで待ってりゃ、暇な職人なんざすぐ捕まるさ。いや、道で捕まえてきた方が早いか……」
「ちょっと、俺、隣の家に声かけてくるわ……」
そわそわと動き出す二人に対し、フェルモは笑顔で言う。
「ここの勘定は持つから、頼む!」
その表情に、なぜかイヴァーノを思い出した。
・・・・・・・
食堂で飲んで食べ、職人達と話したら、彼らが率先して動いてくれた。
夜にはフェルモを除いて五人の職人が見つかり、申込書にきっちり署名が並んだ。
なお、予定の合わぬ者がとても悔しがっていたので、第二回があったらきっと呼ばれることだろう。
食堂から出てしばらく歩き、スカルファロット家の馬車に乗り込む。
そこでようやくヴォルフは口を開いた。
「水の魔石で、仕事をなくした人もいたんだね。俺はそこまで考えたことがなくて……」
「スカルファロット侯爵家のせいじゃねえよ。なんでも便利な物を使うようになるのは当たり前のことだ。職人も時代に合わせて変わっていかないと取り残される」
そこまで言った彼が、苦く笑う。
「まあ、俺も意地を張って取り残されかけた一人だが、ダリヤさんに会えたからな。運が良かった」
フェルモの言うことはよくわかる。
ダリヤに会えて一番運が良かったのは、まちがいなく自分だから。
「その運のお裾分けを、下手でもやりたいもんだ」
「うん、フェルモの今日の声がけがすごくうまくて、びっくりした」
「全部イヴァーノのおかげだ。あいつが台本を作ってくれた。まあ、俺もちょっとだけ考えたが」
「すごいな、二人とも」
「ヴォルフ様も充分すごいじゃねえか。魔物討伐部隊の赤鎧で、商業知識もあって、エリルキア語ができる、どこへ行っても食いっぱぐれないだろ。まあ、俺としては、ヴォルフ様にはいずれうちの近くに住んでほしいが」
「フェルモの家の近くに……?」
彼の家は西区で、ダリヤの緑の塔からは歩いて五分ほどの場所。
そうすぐに思い浮かび、自分を見るまなざしに励ましの色を見た。
兄以外には言っていないのだが、フェルモには気づかれたらしい。
「――そんな日がくるよう、頑張るよ」
「もう十分、頑張ってると思うんだがなぁ……」
馬車の窓ガラスに、妖精結晶の眼鏡をかけた自分が映る。
レンズ越しの緑は、確かに愛しい人と同じ色だった。




