595.小箱男爵予定と紺の烏
マグコミ様にて、住川惠先生、『魔導具師ダリヤはうつむかない~Dahliya Wilts No More~』第54話公開となりました。
どうぞよろしくお願いします。
世の中には予想のつかないことがある。
フェルモもそれは知っていた。
魔導具師のダリヤと出会ったのがその筆頭だ、そうも思っていた。
だが、ここ三日ほどはそれを上回った気がする。
驚きが過ぎると、人間、あきらめと開き直りが手をつなぐものだ。
フェルモはしっかりとした足取りで馬車を降りる。
後ろから、コルンが見送りにわざわざ降りてくれた。
「お疲れ様でした、フェルモさん」
「コルンさんも、お疲れ様。巻き込んじまって、すまなかった」
「いえ、私はお礼を言う立場です。スカルファロット家に貢献できる機会をいただきましたので」
笑顔でさらりと返された。
こういうのが貴族らしい返しというのだろう。
コルンは今すぐ男爵になっても問題なさそうだ。
問題ありまくりなのは自分である。
「父さん!」
「師匠!」
馬車の音でわかったのだろう、玄関から妻と息子二人、弟子二人が駆け出てきた。
大層なお出迎えである。
コルンへ、また、と挨拶し、フェルモはそちらへ向かった。
「ただいま! 遅くなって心配かけたな。虫が入るからとっとと中に入ろう」
やや早口で言って、目立たぬようすぐ家に入る。
皆への説明は、廊下を進む先、台所続きの食堂ですることになった。
「王城に呼ばれた件だが――」
オルディネ大公から理由はもらってきた。
以前、フェルモが作った小箱を貴族が入手。
そこから王に渡り、お気に召して同じ形のものを所望された。
しかし、本当に作ったのが庶民のフェルモか、お偉い方々が作るところを見て確認したいと、王城に呼ばれた。
実際に作って見せ、正式に王からご依頼頂いた。
王城の方々には職人の手仕事が珍しかったらしい。
繰り返し作り、遅くなったから夕食を出され、出た酒を断れず、職人仲間と――コルンのことだが、王城職員の部屋に泊まった。
翌日、王城の魔導具師が小箱の作り方を教わりたいとやってきて、教えることが決まった。
王が気に入っての依頼なので王族御用達商会は確定。
そして、王城の魔導具師に教える立場になるため、来年、男爵になるかもしれない――
そこまで説明したら、息子達は顎を外しそうに、弟子達の目はまん丸に、妻のバルバラが目を細くして、自分を見ていた。
「お、王様に望まれて、王族御用達商会?! お祝いをしないと!」
「師匠の腕が認められたんですね! お祝いに、ええと、高い酒、買ってきますか?!」
息子も弟子も慌てまくっている。
フェルモはそれに苦笑しつつ返した。
「まだ正式じゃねえんだ。家にあるもので――いや、屋台で食いたいものを買ってきてくれ。酒はほどほどの値段まで、二人一組で近くの店で頼む。まだどこにも言うなよ」
「わかった、行ってくる!」
「行ってきます!」
財布を渡すと、息子達と弟子達がばたばたと出て行く。
転ばないか心配な勢いだ。
ドアが閉まると、部屋は急に静かになる。
バルバラが身を寄せてきて、フェルモの腕をぎゅっとつかんだ。
「無事でよかったわ」
青みの強い紫の目が、ちょっとだけ潤んでいる。
危ないことは何一つ言っていないというのに、妻には筒抜けらしい。
ガンドルフィ商会の副会長へは伝えていい、そうセラフィノから許可は得ている。
二人だけのうちに話しておく方がいいだろう。
「悪い、心配かけたな――」
詫びと共に、フェルモはここまでについての経緯をざっと話す。
驚きと困惑に忙しい妻の表情に、納得しかない。
そして、自分に高位の貴族後見人がついたことも説明する。
セラフィノが自分では風当たりが強いからと、付き合いのあるテリオス・ウォーロック公爵に頼んでくれたのだ。
ウォーロック公は、あちらこちらの職人や研究者の貴族後見人になっている方だという。
妻子と弟子の安全を考えれば、受ける以外になかった。
なお、大公と公爵の風当たりの違いは、自分にとっては台風か大嵐の差のような気がするが、残念そうなセラフィノに言えたのはお礼だけだった。
それにしても、自分で説明しているというのに現実感が乏しい。
けれど、バルバラは納得したようにうなずいた。
「道理で……今日、お得意様のアルテア・ガストーニ様から、これ。今後のためにお使いなさいって、お手紙と一緒に頂いたの」
赤い革の書類ケースから出されたのは、彼女がバルバラの貴族保証人になるという書類であった。
どこがどうつながってのことなのかわからないが、ガストーニ前公爵夫人の腕はとても長いらしい。
なんともありがたく、ちょっと『お怖い』話である。
自分達夫婦は、公爵家をそれぞれ貴族後見人に持つことになったようだ。
本当に訳がわからない。
あと、これからどうしていいものかもまるで見えない。
このことを相談できるのが、一人しか思い浮かばなかった。
「イヴァーノに相談するか……」
ダリヤからの説明を受けた後になるだろうが――そう考えたとき、袖を引かれた。
「ねえ、王族の食事って、すごくおいしかった?」
バルバラに興味津々に問われた。
妻の切り換え力は、自分の開き直り力と釣り合うかもしれない。
そう思いつつ、フェルモは思い出す。
きれいで、凝っていて、おいしく、バルバラにも食べさせてやりたいと確かに思った。
だが、それを口にするのはどうにもはばかられ――本音の感想を返す。
「確かにうまかったが、家の飯ほどじゃなかったよ」
妻の笑いに重なり、廊下を駆けてくる子供達の足音が聞こえてきた。
・・・・・・・
「新しく開発された胃薬です。よく効くそうなので、どうぞ」
「ありがとよ、イヴァーノ」
フェルモはありがたく薬の包みを受け取る。
王城の緊張に加え、昨夜はちょっと飲み過ぎたので、すぐ使わせてもらうことになりそうだ。
ガンドルフィ工房の客室、午後一番にやってきたのがイヴァーノである。
ソファーに座る向かい、いつもの表情に、どこまで知っているのかをそれとなく問おうとして、やめた。
まわりくどいのは性に合わない。
友人相手に取り繕うのも違うだろう。
「色々と聞いてきたと思うが、俺に尋ねたいことはあるか?」
「じゃあ、確認させてください――」
そこからは話のすり合わせとなった。
イヴァーノは早朝からダリヤ、その後にグイードから今回のことを聞いたそうだ。
ほとんどのことを知っていた。
一通り確かめ終えると、彼は笑顔で言った。
「来年には、フェルモは『小箱男爵』になるわけですね」
「光栄だが、正直、俺には頭の痛ぇ話だ」
不敬になるので外では絶対に言えないが、本音である。
イヴァーノからは苦笑が返ってきた。
「なんとかなりますよ。うちの会長もそれなりに大変でしたけど、今はしっかり男爵になっているじゃないですか」
父と祖父が男爵のダリヤと、生粋の庶民の自分は違うだろう。
胃薬に加えて、頭痛薬も必要になりそうだ。
「今後の安全を考えて、ガンドルフィ工房の保証人と貴族後見人を、ジルドファン・ディールス侯爵にお願いしませんか? フォルトだと風除けに足りないと思うので」
さらりと侯爵の名を出された。
おそらく、イヴァーノ自身が繋いでくれるつもりだろう。
だが、これはすでに決まった方々がいる。
「それなんだが、俺とバルバラ、それぞれに決まって――」
そこからは貴族後見人の説明をする。
一度、目を見開いたイヴァーノだが、顔色は変わらない。
話し終えると、深くうなずかれた。
「両派閥の公爵家なら、心配ないですね。流石、手際がいいものです。俺はまだまだ追い切れない」
まだまだと言いながら、その紺の目にあきらめがない。
こいつの方がよほど貴族に向いている気がする、そう思いつつ、フェルモは次の話をする。
「セラフィノ様から、職人交流会がしたいので希望を出してくれと言われた。商業ギルドへ場所を含めて相談するそうだ」
「商業ギルドで職人相手なら、ガブリエラさんの担当になるでしょうね。それなら俺も口が出せそうです」
「俺としちゃ助かるが、嘴をはさみすぎて、まずいことになるなよ。まあ、お前は俺より男爵が合いそうだから、無用の心配だろうが」
「ありがとうございます、フェルモ。でも、俺は貴族との商売は増えましたが、貴族になるのは無理ですよ。大体、国より商会の方が優先ですから」
イヴァーノがきっぱりと言い切った。
外で言えない話はお互い様らしい。
「それにしても、職人交流会とは――畑違いだと話が合うのかと聞きそうになりましたが、うちの会長とフェルモがその見本でしたね」
「見本にすんな。実際に集まってみなけりゃわからないが、うまくいけば話も手も動くだろうよ」
「フェルモとしては、どうしたいです?」
「当たり障りなく安全に、が理想だろうな」
「じゃあ、できるできないは別にして、遠慮なしなら?」
紺の目は、フェルモの目の奥を覗こうとしている。
容赦なく、この自分を読んでいる。
平穏無事が一番だと言いながらも、内で騒ぐ声がある。
いい機会じゃねえか、二度はない。
今ならお前の手が届くかもしれない、と。
「腕があるのにくすぶってる奴ら、根こそぎ表に引っ張り出したい」
声は思いの外、大きく響いた。
フェルモは落とした声に納得する。
ああ、そうだ。
フェルモ・ガンドルフィがダリヤに救い上げられたよう、今度は自分が職人仲間へ手を伸ばしたいのだ。
きっと、自分は彼女のようにはできないだろう。
だが、くすぶっている職人仲間に、もう一度、手を動かす機会は作れるかもしれない。
あきらめに沈んだ目に、別の道を探させる機会は作れるかもしれない。
ごちゃごちゃ言って逃げるのはみっともない。
せっかく王族御用達商会という肩書きを頂いたのだ、胃痛頭痛と引き換えに活用させてもらおうじゃないか。
だが、そのためにはいろいろと動き方を知る必要があり――
結局のところ、自分はこの友に頼るしかないようだ。
「イヴァーノ、お前さんが死ぬほど忙しいのはわかってるが、ガンドルフィ工房の相談も頼まれてくれないか? もちろん、顧問料もきっちり払う」
「それは友人として相談するんじゃなく、商会の顧問として雇いたい、ってことですか?」
「ああ。俺は貴族相手じゃどうにもならない。商売の立ち回りも下手だ。だが、ちょっとばかし欲が出た。できるもんなら寝ている職人仲間を起こしたい。その為に、王族御用達商会らしくなる必要がある」
自分を見る紺が、一段濃くなった。
イヴァーノがソファーの上、背筋を正し、硬質な表情となる。
「フェルモ、俺はロセッティ商会の副会長です。ガンドルフィ工房の顧問になっても、ロセッティ商会を優先しますし、ガンドルフィ商会を、フェルモを利用するかもしれません。万が一があり、俺の腕が届かなければ、そちらを切り捨てます」
そのあたりを曖昧にするのは簡単だろうに、はっきりと言われた。
これがイヴァーノという商人であり、己の友である。
「ああ、それでいい」
「わかりました。会長の許可を取り次第、お引き受けいたします」
辛子色の髪を揺らし、彼が頭を下げる。
フェルモも同じように下げ返す。
頭を上げたとき、彼はいつもの表情に戻っていた。
「これから商業ギルドへ行くので、ガブリエラさんに聞いてみますね。もう職人交流会の連絡は回ってるだろうと思いますが」
「できるお貴族様ってのは、本当に行動が早いからな……」
「フェルモも早めに職人仲間に声をかけててください。日程も早い可能性がありますから」
セラフィノの行動力を考えればありえる話である。
ああ、とうなずいていると、声が続いた。
「一応、確認しますね。職人交流会の場所は商業ギルドが準備、魔導具はおそらく王城から当たり障りのないものが持ち込まれる、工具は基本、各自持ち込み。希望があればこちらでそろえます。素材は職人に合わせて、あと、うちの商会の在庫からも、会長に聞いて出しますね」
イヴァーノが内ポケットから黒革の手帳を取り出し、さらさらと書き綴る。
その仕草と早さに、ふと大公を思い出した。
「案外、イヴァーノはセラフィノ様と話が合うかもな……」
「俺が、オルディネ大公と? うちの会長も何かとお世話になっていますが――どんな方なんです?」
「そうだな……王族らしく、有能で研究熱心、行動力がとてもある方だ。あと、小物作りの才がある」
「最後、貴族じゃなかったら口説いて弟子にしそうな台詞ですね」
「ああ、いつでも待っていると言ってきた」
イヴァーノが笑い出したが、これも本当のことだ。
そんな日は絶対に来ないとわかっているが。
王族という立場、王城で仕事を持つ、オルディネ大公。
そんな彼が、小箱を作っているときだけは、職人見習いの表情となっていた。
けれど、黒革の手帳に向ける目は別だ。
今と先を同時に見ようとしているようで――それもまた、目の前の男とよく似ていた。
「案外、イヴァーノならいい友人になれるかもしれないな」




