594.夕食後の二つ名話
ナレーター梶山はる香様、オーディオブック『魔導具師ダリヤはうつむかない 10』5月29日より配信開始となりました。どうぞよろしくお願いします!
「本当にお疲れ様、ダリヤ」
テーブルの向かいでヴォルフが笑む。
ダリヤも笑顔でお礼の言葉を返した。
あれから三課にグイード達が迎えに来てくれたので、馬車で帰路についた。
ダリヤとヴォルフが送られたのは、スカルファロット別邸。
こちらにブルースライムのミズマリ達がいるので寄って持ち帰るつもりだった。
だが、すでに夕食を準備させていること、明日早朝、まだ馬車の往来が少ないうちにイヴァーノを別邸に呼んであるとグイードに告げられ、今晩もお世話になることになった。
そうして、温かな夕食を終えての今である。
ハーブティーを飲み、ちょっと長く息を吐いたので、ヴォルフに心配されてしまったようだ。
「とりあえず、皆、無事でよかったわ。フェルモさんには申し訳ないし、明日、イヴァーノも巻き込むことになるけど……」
一番胃の痛い思いをし、思いがけず男爵に決まったフェルモの負担が一番大きいだろう。
けれど、途中からまったく動じなくなったあたりはさすがである。
そして、ロセッティ商会の副会長であるイヴァーノには、おそらく明日から胃の痛い思いをさせる。
彼にどう伝えていいものか迷っていたが、王が危険な目にあったことを除き、小箱やフェルモの件に関しては伝えていいと、セラフィノに許可を得た。
ちなみに、フェルモはガンドルフィ商会の副会長であるバルバラに説明を許された。
副会長への説明を許可するので、両商会は職人交流会に協力してほしい、帰り際、そう願われた。
もちろん、素直に了承した。
「イヴァーノなら逆に商売のネタにするんじゃないかな。職人交流会も含めて」
ヴォルフのイヴァーノに対する評価が高い。
ダリヤも同感ではあるのだが、迷惑をかけるのは変わらない。
「やっぱり、もっとお給料を上げるよう交渉しないと……」
以前、彼の給与を上げようとしたが、思う額は受けてもらえなかった。
今度こそ金額をしっかり引き上げなくては――そう思いつつ、ふと思い出したことをヴォルフへ尋ねる。
「今回の遠征、大変だった?」
「いや、首長大鳥はミロ先輩が疾風の魔弓であっという間に倒したし、紫の二角獣はドリノが一撃だったから。それより帰るときの雷雨で、荷馬車の馬が怖がって大変だった」
魔物との戦いより、天候だったらしい。
雷を怖がる馬は多いので、仕方がないことだろう。
「あと、灰宝製の遠征用ベッドを試したんだけど、寝心地がよかった。目覚めがすっきりしていて、先輩方も腰痛がまったくないって」
「よかったわ。背中の汗とか、空気の出し入れは大丈夫だった?」
「厚めの布を敷いてるから問題ない。元から寝袋もそれほど通気性はよくないし、必要なら携帯温風器で冷風を出すから。空気入れはカークが頑張って――頑張りすぎた」
「頑張りすぎ?」
「風の魔石を試す予定だったんだけど、カークが『俺がいますから大丈夫です!』って。空気入れのところに手を入れて、こう、風魔法を勢いよく流して、破裂させた」
「破裂……」
遠征用のベッドマットとなった灰宝は、体格のいい隊員も支えられる丈夫な素材である。
どれだけ勢いよく風を入れたのか。
「そしたら先輩達の一部が、『肺活量があるから、息を吹き込んで膨らませる!』と」
「大丈夫だった?」
「ちゃんとできあがってた。でも、翌朝、エラルド様が先輩達の頬と顎に治癒魔法をかけてたけど」
「そのやり方は止めた方がいいわね……」
カークに風魔法を調整してもらうか、風の魔石を使う方がいいだろう。
そこからもやりとりを続け、話題は王城へと戻った。
「王族の夕食はどうだった?」
王族の食事を頂いた件について、ヴォルフが興味深そうに尋ねる。
ダリヤは美しく凝った料理を思い出しつつ、総合的一言を述べた。
「まぶしかったわ」
「まぶしい?」
味の説明でなくて申し訳ないが、素直な感想である。
その後、甘鯛の鱗焼きやタリオリーニなどについて説明する。
けれど味わいが言葉で通じるはずもなく、つい想いがこぼれた。
「ヴォルフと一緒に食べたかったわ」
ぴたり、何故か彼が動きを止める。
何かを思い出したかのよう、金の目が伏せられ――その後にダリヤへと戻った。
「おいしそうではあるけど、俺は……君と緑の塔で食べる食事の方がいい、きっと」
なんとうれしいことを言ってくれるのだろう。
次こそ腕によりをかけて、おいしいものを作らねば! ダリヤは内で気合いを入れる。
次のメニューは何にしよう? ヴォルフに希望がないかを聞こうとして、彼がこちらを見つめたままなのに気づく。
金の目はきれいで、まっすぐで、勘違いしてしまいそうなほどに優しくて、どうにも言葉が出なくなる。
懸命に平静を装い、残り一口のハーブティーに口をつける。
話題を変えてくれたのは、ヴォルフだった。
「月末でここに引っ越すつもりだったんだけど、もう少し兵舎にいることになった。仕事が終わってから、グリゼルダ副隊長から、男爵の礼儀作法を教わっているから」
「貴族のヴォルフでも大変?」
「伯爵家と侯爵家と男爵で全部違うから、余計にややこしいところがある」
「ああ……」
スカルファロット家は伯爵家から侯爵家となった。
それで変わるところに加え、自身が男爵となるのだから大変だろう。
「あと、侯爵子息で男爵と、伯爵子息で男爵、庶民で男爵でも、それぞれ違うところがあるから、ドリノとランドルフと気軽に教え合えない。全員の立場で教えてくれる副隊長って、本当に凄いと思う。『水の魔神』の前は、二つ名が『儀剣男爵』だったって納得した」
礼儀作法、そして武に優れたグリゼルダには、似合いの二つ名である。
そして思い出す。
ダリヤは、魔物討伐部隊男爵の略だが『魔物男爵』ということになっている。
一般的に、魔導具師や錬金術師が男爵になるときは、開発したものや関わったものが二つ名に入ることが多い。
これから男爵になるヴォルフ達も、二つ名はつけられるのだろうか。
「騎士が男爵になるときも、二つ名はつくの?」
「つくこともあるし、つかないこともある。今は隊にエラルド様がいるから、すごくかっこいい二つ名をつけてもらってるけど」
そういえば、元神官、現隊員のエラルドは、九頭大蛇戦勝のマグカップに、『守護霊騎士・エラルド』と刻むと言っておられた。
あの後、隊員それぞれに凝った二つ名がついたそうで、イヴァーノとメーナがマグカップに刻む綴りを懸命に確認していた。
「具体的には、どんな二つ名が?」
つい尋ねると、ヴォルフが少年のような表情で答える。
「ドリノが紺色の風のようだからと『紺の風騎士』。ランドルフが赤銅に燃える剣を称して、『燃える銅騎士』。俺は翼があるように戦うから、『黒翼騎士』ってつけてもらった!」
「……とても、芸術性のある名前だけれど、呼ぶのはちょっと大変ね……」
エラルドの名付けは素直に凄いと思う。
だが、誰が誰だかわからなくなりそうなので、できればわかりやすいものもお願いしたい。
「ああ、男爵としてはもっと呼びやすくないと使われないだろうって、皆も言ってた。俺は『死神男爵』と『魔王男爵』よりもいいものを募集してる」
「いい二つ名がみつかるよう、祈っておくわ」
名付けに自信のない自分は、素直に祈ることにした。
祈るダリヤの向かい、ヴォルフは友に強く勧められた二つ名を思い出す。
そうありたいという思いと、その呼び方はどうなのか、そんな思いがせめぎ合う。
「『黒犬男爵』『番犬男爵』は、ちょっと……」




