590.大公と試作
『魔導具師ダリヤはうつむかない』14巻9月25日、15巻10月23日発売です。
(アクリルスタンド付属の特装版もあります)
14-15巻の連結カバーイラストが公開となりました。
ぜひ、公式X(@DAHLIYAinBLOOM)にてご覧になってください。
「セラフィノ様、大変申し訳――」
「謝罪は必要ありませんよ、三人ともです」
ダリヤが言いかけた言葉は、即座に止められた。
自分に続こうとして先手を打たれたコルンとフェルモは、口元を微妙なカーブにしていた。
彼らに目を向けたセラフィノはにこやかに続ける。
「たとえ九頭大蛇の血が理由でも、仲間と呼ばれるのはうれしかったのですよ。『コルン君』、『フェルモ君』、今後は『セラフィノ』と呼ぶことを許しましょう」
「こ、光栄です、セラフィノ様……」
「あ、ありがとうございます、セラフィノ、様……」
断ることのできぬ提案に、二人が顔色を変えている。
ダリヤは通ってきた道なので、ちょっと過去を見る思いだ。
思い出し胃痛を感じる。
「フェルモ君のことは、いっそ『師匠』と呼びたいところですが、そうなるとちょっと風当たりがありますからね」
「風じゃなく暴風雨だろう……あ、申し訳ありません! 私は元から口が悪く……」
「かまいませんよ。全部、九頭大蛇のせいですから」
再び机にべたりとくっつきかけたフェルモだが、責は九頭大蛇に丸投げされた。
実にセラフィノらしい。
「九頭大蛇の効果が抜けるまでは個人差があるようです。しばらくはここで作業をしましょう、他の者を入れずに」
その提案で、この場で再び小箱作りに向かうことになった。
セラフィノが一度部屋を出ると、ダリヤ、フェルモ、コルンはそろって顔を見合わせる。
誰ともなしに長く息を吐き、ようやく表情をほどいた。
ダリヤは一番息を吐く時間の長かった者の名を呼ぶ。
「ええと、フェルモさん、セラフィノ様であれば大丈夫だと思いますので……」
「ああ、とても気遣いのある方だな。俺はあの方の目の前で酒瓶の底まで飲んだようなもんだ。もう取り繕っても仕方ない」
「私は不相応にも、男爵を夢見た件をお忘れいただければと……」
「俺もそっちは似たようなもんだ。いや、王に献上するのは誉れだが……」
無理じゃないかな、二人の声にそう思ったが、口は閉じておく。
九頭大蛇の血で心の声がこぼれまくった自分達だが、セラフィノも同じだろう。
先ほど自分達へ向けた表情は、素に思えた。
そして、彼は面白いことがとても好きな方である。
フェルモのような腕ある職人、コルンのような有能な魔導具師を仲間にする機会を逃すとは思えず、ダリヤはクラーケンテープからの縁があり――
ここから先が平和なことを祈るしかなさそうだ。
しばらく三人で話していると、セラフィノがベガを伴って部屋に戻ってきた。
その後ろ、モーラが眩夢板と作業用の工具をワゴンで運んでくる。
「物は試しです。三人に作ってもらっても?」
セラフィノの言葉に、そろって了承した。
ダリヤとコルンは自分の工具を持ってこなかったので、王城のものを借りる。
ペンダントタイプの睡眠防止の魔導具もそれぞれ借りた。
作業中に眠くなると困るからだ。
それぞれ、椅子に座り直し、眩夢板を手にした。
またも隣の椅子に座ろうとするセラフィノに対し、フェルモは濃緑の目を留める。
「セラフィノ様、よろしければお作りになってみませんか?」
「邪魔になりませんか?」
「先に一度作りますので、それをご覧になっていただき、それからではどうでしょう?」
「ぜひ!」
セラフィノの後ろ、ベガが理解できないという表情になっているが、仕方がない。
モーラが無言で追加の眩夢板をテーブルに載せていた。
緊張はかなり解けた気がする。
人間、一定を通り越すと、開き直れるものらしい。
それぞれが上着を脱いだり、袖をまくったりした後、小箱を作り始めた。
フェルモいわく、真四角なこの箱は、職人の『力試し箱』とも呼ばれるそうだ。
小物職人の基本技術が必須なので、力量がはっきりわかるのだという。
ダリヤも作り方は知っているし、魔導具の素材入れとして作ったこともある。
しかし、先ほどのフェルモのように美しい面と角、蓋がゆっくりと閉まるようなものではない。
それに、眩夢板はただの金属よりも加工がしづらい。
表と裏の加工感覚が違うからだ。
付与した側の青い面の方がやや滑る感じで、金バサミで切るのは問題ないが、折り込みが一度できれいにはいかない。
V溝カッターで溝を入れたが浅かったのだろう。
何度か折り直し、平らな面と角を出そうとすれば、すでに歪んでいるのがわかる。
その歪みを正そうと金属ハンマーで叩くが、他の面に逃げる感じでうまくいかない。
仕方がないので魔法で整えたが、フェルモの小箱を見た後ではアラが目立って仕方がない。
ダリヤは小型のハンマーを手に、ひたすらに叩く作業に没頭した。
なお、向かいのコルンは、箱の角をきっちり出せずに苦悩していた。
成形は魔法でそれなりにできるが、面がきれいでも、角がどうしても丸くなるのだ。
角を出そうと内側から魔力を入れたら、一気に強い眠気が来る。
結局、小型のハンマーを手に、ひたすらに角出しの作業となった。
臨時小物職人となっている魔導具師二人を左右に、フェルモは淡々と小箱を作る。
隣にオルディネ大公がいても、己の工房と変わらない。
作業はそう早くないが、確実に進め、手戻りすることはなかった。
仕上がった小箱の蓋を閉じれば、また音もなく閉まる。
隣の水色の目が食い入るように見つめていた。
フェルモは白い石筆をセラフィノに渡し、その引き方から教え始める。
黒手袋のまま慎重に線を引く大公は、少年のような表情となっていった。
作業の切れ間、それを見たダリヤは納得する。
セラフィノはやはり職人向きだ。
数度で線の引き方のコツをつかむと、金バサミもV溝カッターも迷いなく手にする。
途中、V溝カッターで板に溝を刻む代わりに裁断してしまうといったこともあったが、へこむこともない。
最初から難なくやり直していた。
フェルモの教え方もいいのだろう、楽しげに作業は続いていく。
気がつけば、作業の終わったダリヤとコルンも、セラフィノが作るのを見る形になっていた。
「あれ? 蓋がなかなか閉まりませんね」
「無理に押さず、蓋の内側の角をこう光に当てて――わかりますか?」
「なるほど、ここが当たっているのですね」
世の中には才ある者、器用な者がいる。
フェルモに手伝ってもらっているとはいえ、一度目でここまで組み、角の当たりが見分けられるセラフィノは、きっとどちらか、あるいは両方だろう。
音がするかしないかで木製ハンマーを叩き、蓋を修正する。
蓋を閉めるとき、きゅっと小さな音を立てたが、きれいな箱となった。
ぱっと笑ったセラフィノに、フェルモも笑い返す。
「筋がいいな! も、申し訳ありません! 筋がよろしくていらっしゃる……」
「ありがとうございます、『フェルモ先生』」
慌てて言い換えたフェルモだが、大公のいきなりの先生呼びに凍りつく。
あと、後ろのベガが絶賛混乱中のようだが、ダリヤからは何も言えない。
助け船を出す形となったのは、コルンだった。
「小箱が四つできあがりましたので、試してもよろしいでしょうか?」
「そうですね。では、魔力の強さで――ベガ、試してください」
主の命をうけたベガが、表情を整え、円卓の横の椅子に座る。
その左右にセラフィノとモーラが座った。
もし、眠気で倒れても支えられるようにである。
最初に試すのは、コルンが作った箱だ。
ベガは慎重に蓋を開けると、その赤い目で覗き込み、十数える。
そして、そっと蓋を閉めた。
「眠気は少しありますが、防御の魔導具が三つあれば乗り切れます」
「では、次はロセッティの作ですね」
言い終えた彼の前、セラフィノが次の小箱を置く。
ベガが眉を寄せた理由をちょっと問いたい。
またも慎重に蓋を開け、ベガが数を口にする。
その声に震えはなく、きっちり十で閉じられた。
「同じぐらいでしょうか。こちらも防御の魔導具があれば問題ありません」
ダリヤとしては、事象としては安全なものしか作れないと喜ぶべきだが、フェルモのように特別な物が作れるというのにも憧れがある。
それに、これは魔物討伐部隊で使えるかもしれないのだ。
「では、次はフェルモ先生の箱ですね。モーラ、一応備えなさい」
「はい」
いつ倒れてもいいように準備されたベガだが、少しだけテーブルに乗り出す形で蓋を開ける。
「一、二、三、四、五……」
最後の数字は消え入るよう、彼はテーブルにずるりと突っ伏した。
隣のモーラがその背に手を置き、即座に詠唱する。
「覚醒――」
ベガは両手をテーブルについて身を起こし、軽く頭を振った。
「耐えきれませんでした……」
「もう二つ、対睡眠の魔導具を作ってもらいましょう」
セラフィノが黒革の手帳に書き記していた。
おそらく、ウロスかカルミネへ制作を依頼するのだろう。
「では、最後に私の初作品ですね」
四つ目の小箱が目の前に置かれると、ベガはこれまでで最も慎重に蓋を開けた。
「一、二、三、四、五、六、七、八、九……」
かくん、その体がセラフィノの方へ傾ぐ。
それを受け止める腕が届く前に、反対側のモーラが肩をつかんで自らの元へ引っ張った。
「覚醒!」
耳元での詠唱に、ベガがびくりと目を開ける。
そして、すぐに姿勢を戻した。
「耐えられませんでした……」
フェルモの小箱よりも時間はかかったが、セラフィノの作った小箱も強い眠気がみられる、ということは――ダリヤは一つの仮説を思いつつ、大公へ目を向ける。
他の者達も同じく、彼に視線を向けていた。
それをすべて受け止め、セラフィノは小箱を指さす。
「フェルモ先生、ちょっと私の箱を見てもらえます?」
この中で一番魔力値が少ないのが彼だからだろう。
モーラ経由で小箱を受け取ったフェルモは、蓋にそっと指をかける。
ダリヤはコルンと共に移動し、その左右に立った。
きゅっと鳴く蓋を開き、フェルモが内側の青を見る。
ダリヤは内で数え始めたが、十秒過ぎても彼の姿勢は崩れなかった。
「それほどではありません。以前の箱よりも弱く思えます……次は底の四隅の角をあと少し立てたいな……」
報告に続いたひとり言は、ダリヤとコルンにしか聞こえぬくらいの音量に思えた。
だが、向かいのセラフィノにはしっかり聞こえていたらしい。
「次の授業では、フェルモ先生から角の立て方を教わるとしましょう。それにしても、案外簡単な話でしたね。この箱は、魔力を使わずに作るか、外部魔力のない者が作る。そうすれば、魔力が高い相手ほど効くようです」
組み合わせはあっさりとわかったが、どうしてそうなるかがわからない。
フェルモとセラフィノの睡眠効果の秒数が違うのも気になる。
「王城の魔導具制作部で外部魔力のないのは私だけですし、皆、魔力値が高いので、制作にはフェルモ先生をお願いするしかないですね。あとは――」
セラフィノはその顔をフェルモから自分へ向ける。
「ロセッティ、護衛のヴォルフ君に手伝ってもらえないか、聞いてくれませんか? 魔物討伐部隊も忙しいでしょうが、早めにこの箱を解明したいのです。できるなら、大きな箱で魔物を眠らせ、傷まぬよう素材にしたいので。もちろん、代価ははずみますよ」
「わかりました。本人に聞いて参ります」
こればかりはヴォルフ次第だ。
だが、戦うことなく、この箱で眠らせることができたなら、魔物討伐は今より楽になるかもしれない。
あと、魔物を安全に素材にできるのも魅力的である。
「さて、私はここまでを王に報告してきますから、皆さんは夕食としてください。こちらに料理を運ばせますので、気楽にどうぞ」
地下にいると時間感覚がわからなくなるが、言われてみると空腹を感じる。
そしてやはり、セラフィノは気遣いが深い。
「招いておきながら茶菓子も出しませんでしたからね、王族と同じメニューにしておきました。では、また後で」
そう言った彼は、ベガを伴って部屋を出て行く。
ダリヤ達三人は顔を見合わせ、互いの目の困惑を確認し、しばらく彫像のように立ちすくんでいた。




