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588.職人は小箱を作る

・梶山はる香様によるオーディオブック『魔導具師ダリヤはうつむかない』番外編、配信開始となりました。

・『魔導具師ダリヤはうつむかない』14巻9月25日、15巻10月23日発売です。

 (アクリルスタンド付属の特装版もあります)

 どうぞよろしくお願いします。

 まったく、訳のわからねえことになりやがった――

 フェルモは頭を抱えたい思いだった。


 同じ部屋の向かい、雲の上の方であるはずのオルディネ王に大公、王城の面々がいる。

 こんな光景は夢にも見たことはなかった。


 名目上は大公の招きでガラス瓶の蓋を作る、実際は王城で小箱を作ることになるかもしれない、そうグイードから聞いて、覚悟はしてきた。


 だが、このようなことになるとは思わなかった。

 庶民で一介の小物職人には、荷が重すぎる話である。

 今、四十肩よりもずっしりと肩が重い。


 フェルモは自分が特別だとは思わない。

 眩夢げんむ板の小箱は確かに自分が作ったが、やり方はいつもと同じ。

 なにがしかの偶然か、カラクリがあるのだろう。

 とはいえ、作った己がわからないのだからどうしようもないが。


 ここからどう動くかと迷ったが、ヨナスが一度部屋を出て、手前の部屋に置いてきた工具箱を持ってきてくれた。

 中の工具はミスリル製、ダリヤと揃いのものだ。


 彼は錆色の目をフェルモに向けると、浅くうなずいた。

 どうやらこのまま作れということらしい。


「こちらで用意した眩夢げんむ板です。ウロス部長とカルミネ副部長が制作したものですが、使えます?」


 大公の言葉の後、騎士の一人が近づいてきて、二枚の板をテーブルに置く。

 確認しようと手を伸ばしかけ、指の震えに気づいた。

 情けない話だが、思う以上に緊張しているようだ。


 板を取り落とさないようにしなければ、そう肩に力を入れたとき、隣から白い指が伸びた。

 そちらを見れば、緑の目に心配をなみなみとたたえ、指を少し上げては下げ、おろりおろりと落ち着かぬ動きをしたダリヤがいる。


 どうしていいかわからぬのは彼女も同じ。

 気遣い深いダリヤのことだ、おそらくは自分が元凶だとか、気負ってもいるにちがいない。

 今回はフェルモがダリヤを巻き込んだわけだが、それを責めることなど考えもせず、ただ自分を案じて――


 おい、これは駄目だろうよ。

 フェルモは内で己を叱りつける。

 後輩職人にこんな表情かおをさせるのは、先輩職人のすることじゃねえだろう。


 それに、もう一つ。

 彼女は自分の恩人だ。

 何もかもうまくいかず、工房を斜めにし、妻子も弟子も守れなくなりかけたのは、たった一年と少し前。


 職人の矜持を捨てかけていた自分に、この魔導具師は楽しげな仕事を山と積んできた。

 おかげで家も工房も持ち直すどころか、夢のように恵まれた環境となった。


 ダリヤとの出会いは、特等クジを引き当てたよりも幸運だ。

 そんな後輩職人兼恩人を横に、王がいるので緊張してロクな仕事もできぬなど、口が裂けても言うものか。 


 かまわねえじゃねえか。

 人生一度あるかないか、王の前で物を作れる光栄な機会と思えばいい。

 誰に言えずとも、ここで最上の物を作ってそれを誇りに――

 いや、違うな。


 俺はいつも、そのときそのときの最上の物を目指してきた。

 無理な納期で難しかったときもあれば、思うようにならず歯噛みしたこともあったが、手を抜いて適当なものを作ったことは一度もない。


 オルディネ王の前だろうが、王城だろうが、侯爵家だろうが、自分の工房で作るのと変わりない。

 いつもと同じ、最上の物を目指してただ作る、それだけの話だ。


 フェルモは顔を上げ、まっすぐにオルディネ大公、そしてその後ろの王を見た。


「失礼ながら申し上げます。ここを工房と思い、いつものように制作させていただくということで、本当によろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんです。私達のことは窓の外の雀とでも思っていただければ」

「ザナルディ公……」


 近衛隊長が渋い表情かおとなった。

 だが、止める声は続かない。

 ずいぶん豪華な雀揃いだが、その通りにさせてもらおう。


 フェルモは上着を脱いで椅子の背にかけ、シャツの両腕を大きくまくる。

 糊の利いた襟は下を向くときに邪魔なので、遠慮なくボタンを二つ外す。

 いくつかの視線がきつくなるのを感じたが、誰の口からも叱責はなかった。


 目を閉じ、一度だけ深く呼吸をした。

 ここは俺の作業場だ――

 フェルモは手の届く範囲に見えぬ壁がある感覚を作ると、板を手にする。

 青い面を上に、四方を確認し、前後を決めた。


 工具箱を開こうとして、少しだけ手間取った。

 隣のダリヤが自分に小さく言う。


「フェルモさん、お手伝いできることはありませんか?」

「ありがとう、ダリヤさん。じゃあ、石筆せきひつを取ってくれ」


 ダリヤから白い石筆せきひつを受け取った己の手は、もう震えていなかった。

 そこからはいつものように、手元だけを見て作業をする。


 フェルモは小物を作るとき、魔力を使わない。

 小物職人仲間でも、成形や加工で魔力を使う者はいる。

 少ない魔力でもちょっとした成形に便利だからだ。


 だが、自分の親方は、魔力を使わぬ作り方をフェルモに叩き込んだ。

 小物職人が頼るのは己の目と耳と手だけ。

 魔力頼りになると平面出しもかど出しも甘くなる、それが親方の言い分だった。


 面は目と指で読め、そんな親方の声を思い出しつつ、フェルモは板のわずかなソリを指の腹で確かめる。

 このとろりとした青は美しく、やはり箱の内側に似合うと思う。

 こんな時になんだが。


 フェルモは設計図代わりの線を白い石筆で引いていく。

 最初に本体部分と蓋部分に板を分ける。

 そして、定規を当て、本体の底となる四角を中央に、そこから四方の側面を石筆で引く。

 白い線はわずかな粉を散らしてすうと伸びた。


 ミスリル製の金切りバサミを当てれば、眩夢げんむ板は布のように切れる。

 その小気味よさは、何度使ってもいいものだ。

 V溝カッターで浅いみぞを入れた後、深い青を内側に、底を作り、壁を立て、折り込み、四角い箱を作っていく。


 フェルモは目を細め、壁の魔導ランタンの光が反射する角度を確かめる。

 金属ハンマーでカンカンと音が響くのは少しの間、そこからは木製のそれでコツコツと低い音を聞きながら整えていく。


 金属小物の加工は、手の熱が移っていくにつれ、よそよそしかった表情かおを変える。

 とはいえ、素直に望む形になってはくれないものだ。

 より平らに、角はきっちり、叩いて、見て、触れて、また叩いて――


 目と耳と手で望む形を育てていくのは、何千回やっても全部違う。

 声の消えた部屋、フェルモは手の中の箱以外、一切を忘れて作っていた。


 箱と蓋ができあがると、布で拭き上げる。

 テーブルの上、銀の箱に蓋を重ねれば、滑るようにゆっくりと閉まった。


「できあがりました」


 フェルモがそう告げると、ほうっという声や吐息が重なって聞こえた。

 集中していてわからなかったが、部屋の者達の視線はすべて自分に向いている。

 今さらながら居心地が悪い。 


「見事なものだ――」


 一番反応に困るまばゆき人からお言葉を頂いた。

 フェルモは頭を少し下げ、無言で目礼する。

 ありがとうございます、とすぐ言いたいところだが、庶民は王へすぐ言葉を返さないのが正しい礼儀のはずだ。


「陛下のお言葉、ありがたく頂戴せよ」

「身に余るお言葉、感謝申し上げます」


 王に近い近衛騎士からの声がけがあった後、ようやく言葉を返す。

 対応は正しかったらしい。

 騎士に安心したようにうなずかれた。


 ここはイヴァーノに感謝するべきだろう。

 ど厚い貴族マナーの本をガジガジ囓らせられたおかげである。

 まさか、王への礼儀作法が役に立つ日が来るとは思わなかったが。

 とりあえず、出番は終わったので、フェルモは襟のボタンを留め直し、上着を羽織る。


 そして、部屋の解けきらぬ緊張を壊すのは、またもこの者だった。


「では、早速試してみましょうか」


 オルディネ大公の軽い声に、後ろから声がかぶせられる。


「私が試すか?」

「なりません、王っ! 万が一があっては!」


 近衛隊長が強い声で言う。

 見学者設定が跡形もなく消え去っているが、目の前の会話をどんな表情かおで見ていればいいのかも難しい。

 後でダリヤとコルンと思いきり愚痴を言い合おう、絶対に。


「安全を優先して私が試せればいいのですが、外しづらい防御の魔導具があるので、効き目がちょっと悪いみたいなんですよね」

「セラフィノ、魔導具のサイズが合わないのであればすぐ調整しろ」

「いえ、拉致されたらそのあたりの魔導具は外されるでしょうから、体内に埋め込んでいるんです」


 大公がさらりと凄いことをおっしゃった。

 隣のダリヤ、その先のコルンの肩が同時にぴくりと動く。


 フェルモとしても、魔導具を体内のどこにと思ったが、一生聞くべきではないだろう。

 あと、今日を限りで二度と会わないのが理想だが。


「セラフィノ、その許可は誰が出した?」


 低い声で尋ねたのは王である。

 ゆらり、奥で空気が揺れた気がする。


「これでも魔導具制作部三課の課長ですよ、誰の許可がいるのです?」

「それは危なくはないのか? 前例は?」

「問題ないですよ。まだ試験中ですが」


 心配そうな王に対し、大公はさらりと返している。

 その話の切れ間、近衛隊長が片手を上げた。


「私が試しましょう」


 近衛騎士の一人が、フェルモの前から小箱を運び、隊長の前に置いた。

 そして、その隣に守るように立つ。

 倒れても大丈夫なようにだろう、両手の構え付きである。


「では――」


 近衛隊長は一度咳をすると、左手を箱に、右手で蓋を開けた。

 緑の目で中を覗き込み、瞬きをし――五秒ほどでゆらりとテーブルに突っ伏しかける。

 構えていた騎士がすぐ支え、揺らし起こした。


「うむ……」


 隊長は目を閉じ、頭を押さえたまま、なかなか言葉が出ないようだ。

 奥から別の騎士がやってくると、彼に魔法を放つ。


覚醒アラウズ


 近衛隊長は頭を振り、ようやく目を開いた。

 その眉間には不機嫌そうに皺が寄り――寝起きのせいか、小箱で眠ってしまったせいかは判断がつかないが。


「これで決まりですね」


 うれしげに言う大公が、フェルモを見る。

 鈍く頭痛がした。


 確かに確定である。

 眩夢げんむ板で自分が作った箱は、睡眠効果が付く。


 隠された魔力などというとちょっと心が躍りそうなものだが、今、一言で気持ちを言うならば――

 帰りてぇ。


「ガンドルフィ君、これからちょっと時間をもらいますね。お仕事を延期させる分と迷惑料はきっちりお渡ししますので」


 丸く言っているが、断る選択肢はない命令である。

 まあ、こうなった以上、腹をくくるしかないだろう。

 せめて家族に手紙の一つも出せればいいが、そう思ったとき、二本の手が上がった。


「は、発言をお許しください」

「同じくお願いします」

「かまいませんとも、なんです? ロセッティ男爵、コルンバーノ君」

「魔導具師としての学びのため、ガンドルフィ工房長に同席させていただけないでしょうか?」

「叶いますなら、私も後学のために同席をお願い申し上げます」


 自分はやばそうなことに片足どころか両足突っ込んだわけだが、この二人はくっついてくるつもりである。

 とても心強く、頼りになる仲間である。


「いいですとも。有能な魔導具師の意見は貴重ですから。さて、ここからは三課で確認しますので、解散としましょうか。皆さん、お忙しいでしょうし」

「ザナルディ公、当方からも人員を――」

「理由がわかるまで三課の外には出しませんから、わかったらお伝えしますね」


 近衛隊長の言葉をへし折るように、大公が言い切った。

 しかし、と、渋い表情かおとなった隊長へ、笑んだままで続ける。


「三課で対応不足と思われるなら、ご遠慮なく、近衛でも第一騎士団でも、何人出してもらってもかまいませんよ。ただし、職人に無駄な気遣いをさせぬよう、隣室か廊下で待機してもらう形になりますが」


 『自分を信用できないなら見張れ、ただし邪魔だ』、そう言っているように聞こえるのだが、気のせいだろうか。

 とりあえず、どちらとも目が合いたくないので伏せておく。


「叔父上、念のため、早めに外部魔力のない騎士を近衛に入れておくことをお勧めします。この小箱に次ぐ物がどこからか出ないともかぎりませんから」

「そうすることにしよう」

「――早急に対応します」


 大公と王のやりとりに、一拍遅れて近衛隊長が答える。

 フェルモはおかしな立場になったが、この隊長もいろいろと災難だ、そう思えてしまった。


 そして、大公の言葉通り、この集まりは終わりとなる。

 最初に退出する王と近衛を、全員が立ち上がって見送る形となった。


 ダリヤ達と共に目礼していると、黒のローブが揺れ、艶のある黒革の靴が目の前を進んでいく。

 と――自分達のテーブルの真横に、それが止まった。


「大儀であった」


 王の言葉に、頭を下げる。

 けれど、すぐ先の黒革の靴はまだ進まない。

 大公に追加で言うことでも思い出したのだろうか、そう思っていると、己の名が呼ばれた。


「ガンドルフィ」

「はい」


 フェルモは反射で返事をし、うっかり顔を上げてしまった。

 しまった! 不敬だ、そう気づいて慌てて頭を下げ直そうとする。

 だが、深い紺の目はまっすぐにこちらへ向き――まちがいなく、自分を見ていた。


「そちらの仕事が済んだら、内側が紺の箱を頼みたい。引き受けてくれるか?」

「謹んで、お受けいたします」


 それ以外に言葉が浮かばない。

 付け焼き刃が折れた、というより、こんな状況の礼儀作法なんぞ、どんな厚い本にもないだろう。

 次にイヴァーノと飲むときは絶対に愚痴ろう、そう決めて再び頭を下げるフェルモの前、ようやく革靴の向きが変わる。


「楽しみに待つとしよう」


 聞かせるつもりではなかったのか、それはつぶやきほどの音。

 王としてではなく、一人の客としてのものに聞こえた。


 それは職人の自分には、とても重く――うれしいものだった。

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