587.小箱は王座を踊らせる
・オーディオブック、ナレーター、梶山 はる香様『魔導具師ダリヤ』第9巻配信開始
・コミカライズ、住川惠先生『魔導具師ダリヤはうつむかない』第53話、
彩綺いろは先生『服飾師ルチアはあきらめない』第38話、更新となりました。
どうぞよろしくお願いします!
「疾風船の開発状況のご報告です」
スカルファロット別邸の一室に、コルンの少し弾んだ声が響く。
ダリヤはその説明を、時折の質問と笑みを交えて聞いた。
部屋には、自分達の他、庭番であるドナがいる。
疾風船に関する話は内密となっているので、彼がメイドに代わり、とても慎重な手つきで紅茶を淹れてくれた。
そのまま壁際に下がると、椅子に腰掛けて壁を背にする。
話には加わらず、本当に控えのメイド役に徹するらしい。
最初の報告は、スカルファロット家筆頭魔導具師であるリチェットからの手紙だった。
改良した疾風船は、スカルファロット領の湿地帯を爆走――訂正、とてもいい速度で駆け回れるようになったらしい。
『カエルも飛びつけぬほど、魚を追い越せるほど速く』の文字を、つい二度見してしまった。
向かいのコルンは仕様書を手に、ふるふると肩を震わせていた。
何事かと思ったが、渡された仕様書の注記に納得した。
『前方からの泥はねで、後方の船は泥をかぶることがある。大口を開けて笑うのは危険』
その文字までも楽しげに跳ね――リチェットやスカルファロット領地の魔導具師達は、本当に疾風船の開発と改良を楽しみつつ進めているようだ。
次に領地へ行く日が楽しみである。
その後は、王城魔導具制作部のカルミネとの共同開発状況について聞く。
開発も試作も順調そのもの。
すでに中型船による南方の島々との試験運用が始まっているそうだ。
「現在は帆船を随伴させていますが、疾風船が速すぎるので大変だそうです」
コルンが少しだけ眉を寄せて言った。
疾風船の方が速いのはもちろん、風で航路がずれる帆船は進路変更も時間がかかり、合流が大変らしい。
また、帆船と疾風船の機能を合わせた試作船も作られたが、重量が増した分、速度が落ち、微妙。
そして、どの船にも言えるのだが、魔石そのものにも重さがある。
速度を上げるには魔石が多く必要で、それがまた重量を必要とし――
船の重量と出力の天秤は、ここからの課題だろう。
「今、一番速い小型船からの報告書では、魚に追いかけられたというものがあります。海を走る船が珍しかったのでしょうね」
笑顔となったコルンは、テーブルの上、ダリヤの前に書類を滑らせる。
添えられたスケッチに描かれているのは、小魚の群れやイルカらしきもの――
それらが小型船の周囲を跳ね回るのは、ちょっと楽しそうだ。
だが、これがもしクラーケンや大海龍といった大型の魔物になると恐怖しかない。
遭遇しないことを心から祈ろう。
「ここまでで気になることや要望はありませんか、ダリヤさん。各所に名前は伏せてお伝えしますので、ご遠慮なくどうぞ」
報告書を確認し終えると、コルンが言った。
それにうなずき、ダリヤはメモを見てから返事をする。
「乗員の安全対策で追加を――随伴する船があっても、万が一がありますので、個人に一つずつ救命鏡をお願いしたいです」
併走する帆船がいる、疾風船に救命具もある。
だが、それだけでは心配だ。
先日、オズヴァルドのところで作った大海蛇を素材として使用した鏡――救命鏡を各自に持ってほしい。
「わかりました。グレースライムの救命具と共に、救命鏡は操縦者だけではなく、乗員全員に携帯するよう要望を出します」
コルンが深くうなずく。
ダリヤはそこで、どうしても気になることを尋ねる。
「あの、失礼なご質問になりますが、救命鏡のご予算は問題ないでしょうか……?」
救命鏡はそれなりの価格。
しかも、人の命に関わるものなのに、魔導具としての税金がかかるのだ。
魔導具は生活に必須のものではないという扱いだからである。
魔導具師の自分としては納得がいかないが。
自分の庶民らしい質問に対し、コルンはにこりと笑った。
「問題ありません。底を水晶ガラス張りにした疾風船に、漁業関係の貴族と国の海洋研究者に乗船していただいたところ、年末の寄付を前倒しでいただいたそうですので……カルミネ様いわく、『かなり』と」
「かなり……」
カルミネが『かなり』と言うのだから、きっとかなりの金額だろう。
救命鏡購入費の心配はなさそうだ。
オルディネ王国では、税金の他、年末の寄付に重きをおかれる。
自分が応援した場に寄付をするのは貴族も庶民も同じ。
時期的に前倒しでも早すぎるのではという思いは、そっと心の棚に上げておくことにする。
そんな自分に対し、コルンは笑みを深めた。
「ここだけの話ですが――予算表を見ずに試作ができるのは心浮き立つものだと、カルミネ様と語り合っておりました」
「よく、わかります……」
せちがらさなし、ひたすら魔導具の可能性を追求できる機会――
ダリヤが深く共感していると、強めのノックの音がした。
了承を返すと、ドナが手をかける前に、ドアが開いた。
扉を押さえるヨナスの横をすり抜け、グイードが早足で入ってくる。
何かを湛えるような厳しい表情に、ダリヤは動きを止めてしまう。
「ドナ、廊下へ。誰も通すな」
「はっ!」
その命令に、ドナが即座に部屋を出る。
グイードの斜め後ろに、紺色の騎士服のヨナスが立つ。
いつもと同じ無表情だが、ほんの少し唇を噛みしめているのがわかった。
ヴォルフの身に何かあったのでは――その不安が一瞬で頭を一杯にする。
だが、グイードが続ける言葉は、彼のことではなかった。
「ダリヤ先生、コルン、急ぎ王城へ向かってもらう。今、フェルモ先生の元へも迎えを出した。オルディネ大公が、今日中にガラス瓶へクラーケンテープを貼り、金属の蓋で封印したいと仰せだ」
「は……?」
あまりに急な依頼に、コルンが目を丸くしている。
だが、ダリヤの驚きは一瞬で、とりあえず納得した。
あのセラフィノだ、何かを思いつき、その場で進めているのだろう。
しかし、魔導具師のコルンと自分だけでなく、フェルモまで呼ばれた。
となれば、原因は一つしかなく――
小箱の内側、きれいな青を思い出したとき、グイードが言った。
「二人とも、すぐに着替えを。詳細は馬車の中で話す」
その後、 ダリヤはメイド、コルンは従僕と共に別室へ移動、登城にふさわしい装いに整えられた。
ダリヤは男爵会用にと準備されていた濃い青の昼向けのドレス、コルンは紺色の上下揃いである。
汗を押さえつつコルンと馬車に入ると、すでにフェルモが座っていた。
彼もいつもの作業着ではなく、紺色のスーツだ。
続いて、グイードが馬車に入ると、ヨナスが御者台へ向かう。
馬車はすぐ動き出し、車輪がカラカラと音を刻み始めた。
グイードはダリヤの隣に座ると、低い声で切り出した。
「急ですまない。今回は私も把握しきれていない。セラフィノから『やらかしました。小箱の関係者を三課に連れてきてください、急ぎで』と、メイドを通じて伝言があった。今は面会もできない状態だ」
小箱が原因であることは理解した。
しかし、あのセラフィノが言うやらかしとは何なのか、面会もできないというのはどういうことなのか。
不安に輪をかけていると、青い目が三人へ順に向けられた。
「先に言っておく。何があっても、私が君達を守る。身の安全、家族、商会の心配はしなくていい。不敬を問わせるような真似はさせない。説明には私も同席する。まずいと思うこと、失言の恐れがあると感じたら、紙に書いて私へ渡しなさい。緊張で声が出ないで押し通す」
こんなときなのに、ダリヤには彼が頼れる兄のように思えた。
・・・・・・・
王城の馬場へ着くと、スカルファロット家の馬車から、王城専用の馬車へと乗り換える。
そして、そのまま魔導具制作部三課へ向かった。
騎士に案内されたのは地下二階、その奥である。
地下なのに廊下には煌煌と魔導ランタンが光り、かび臭さもなく、空気の流れを感じる。
それでも緊張はまったく解けないが。
ようやく足を止めたのは銀の金属扉が見える場だった。
その正面と左右には剣と小さめの盾を持つ騎士がいる。
入室前、全員の荷物検査が行われた。
ダリヤの担当は女性騎士だったが、少し離れたところに移動、バッグの中身をすべて確認される。
二種の胃薬の入った小さい袋に目を留められ、ちょっとだけ説明に時間がかかってしまった。
ようやくドアを抜けると、そこは先の部屋につながる続きの場だった。
そこにいた騎士から、テーブルの上に武器と手荷物を置いていくよう指示が出される。
持ち込みが許されたのは、ハンカチ一枚とメモ帳、それに炭芯一本だけ。
ダリヤがバッグを置くと、フェルモとコルンも同じく手荷物をテーブルに置いた。
グイードは袖口から短杖を抜き、さらにどこに持っていたのか、銀色の短剣二本をテーブルへ載せる。
隣では、ヨナスが魔剣闇夜斬りを腰から外し、袖口から二本、さらに戦闘靴の内側から二本の短剣を出してテーブルに並べていた。
が、彼はそこで手を止め、己の膝の辺りを見つめつつ、眉を寄せる。
「先に行こうか。ヨナスは少し時間がかかる」
グイードの言葉に従い、その後ろに続く。
ドアを過ぎるダリヤ達の後ろ、ガシャガシャという金属音がしばらく聞こえていた。
奥の部屋は会議室らしい広さと調度だった。
中央の長机にセラフィノ、その後ろにはベガ、向かいにはカルミネがいた。
セラフィノと向き合う形で、前の長机にグイード、ヨナス、カルミネが並び、その後ろの長机にフェルモ、ダリヤ、コルンが席につく。
最初に口を開いたのは、呼び出した本人のセラフィノだ。
「皆さん、お忙しいところ、ありがとうございます。この場で話すことは全員完全に秘密に、ただし何を話してもかまいません。不敬は一切問わせません。必要なら紙に書きますが、どなたか要ります?」
その質問に、こちら側の全員が無言を通した。
「では、次のお客様が来るまで時間がないので、前置き無しで説明――いえ、お詫びしておきますね」
その声のトーンがわずかに濁った気がする。
彼はテーブルの上で指を組んだ。
「一昨日、陛下が私の部屋を訪れました。そこで机にあった小箱を開けて、三秒で熟睡されまして。ご公務によるお疲れもあり、眠りが深く、ゆすってもお目覚めにならなかったのです。その横で、箱を確認した近衛騎士まで倒れて眠ってしまったので、暗殺を疑われました。近衛の一部が私に抜剣しまして、ベガには剣を抜くなと命じたのですが――」
そこまで聞いて、背筋が一気に冷えた。
暗殺の疑い、抜剣、まさか近衛騎士が血を流す事態に――ダリヤは息を詰めてしまう。
「代わりに全力で威圧を放ってしまいまして……うちのベガの威圧は少々個性的で、混乱めいた効果が入るのです。魔導具もちょっと効きづらいので、怖くて本音が漏れることがあるんですよ。それで、近衛の一人が王族への害意を口にして捕縛、もう一人はちょっとした失言で、自主謹慎となりました――なんです、ベガ?」
セラフィノの横、視界に入るところまで進んだ護衛騎士が片手を上げ、発言の許可を求めていた。
「セラフィノ様、あれは失言ではありません、罵倒です」
「誰にでも腹の内に隠したいことの十や二十はあるでしょう。忘れなさい」
「己の主を、『無能』『王族の恥』と言われて流せる護衛騎士はおりません」
「些細なことです。私は平気ですから忘れなさい、二度目ですよ」
「……承知しました」
絶対に承知したくない表情で、ベガは元の位置に戻る。
二人のやり取りを聞きつつも、ダリヤとしては『害意のあった近衛騎士』の方も気にかかる。
かといって尋ねるわけにもいかず――
隣ではコルンが遠い目に、反対側のフェルモは眉間に皺を寄せていた。
「まあ、その後、王が目を覚まして事無きを得たのですが、私に説明責任が生じまして、グイードに助けを求めました。ということで、間もなく近衛騎士が詳細を聞きに来ますので、その質問に答えてください。何を言っても、あなた方の不利益になるようなことはさせませんので、そこは安心してくださいね」
とても緊張する内容なのだが、いつもの笑みで言われると、なんとかなるのではとも思えてしまう。
これが頼れる上司がいる部下の感覚だろうか。
「指揮は執らせてもらっていいかな、セラフィノ?」
「ええ、私も合わせますよ」
大公と侯爵がうなずき合ったとき、隣室からノックの音が響いた。
入室してきたのは、純白の騎士服をまとった近衛騎士達だ。
ダリヤはコルン達と共に立ち上がり、会釈と共に視線を下げて彼らを迎える。
セラフィノの隣の席に立ったのは、緑髪の壮年の騎士だ。
他の近衛騎士達はそのまま部屋の奥へと進み――一人だけ、黒いローブ姿の足が見えた。
近衛の魔導師だろうか、そう思いつつ、皆と一緒に顔を上げる。
「え……?」
部屋の奥、用意された椅子に座り、近衛騎士三名を左右と前に置く、黒いローブ姿の者。
金の髪、夜を思わせる紺の目、風格を感じさせるとても整ったお顔の持ち主――覚えがありすぎる。
セラフィノは背中側にちらりと視線を走らせた後、軽い声で告げた。
「後ろは希望見学者です。今日は時間があまり取れないので、名前は控えさせていただきますね。見ているだけなので気にしなくていいですよ」
無理と無茶を言うな! オルディネ王ではないか!
気にしないでいられるわけがないだろう!
希望見学者と紹介されたローブ姿の者は、ただ黙って笑んだ。
目が合ったのは気のせいにしよう、絶対に。
ダリヤが大混乱していると、フェルモに少し身を寄せられた。
『後ろの御方は?』、手元のメモ帳にそう書かれている。
疑問符を顔に貼り付けた彼に対し、ダリヤはメモ帳に単語を一つ綴って見せる。
『王』、その単語を目にした彼が、片手で目を覆った。
「帰りてぇ……」
自分にしか聞こえない音量のささやきに、ふりかぶってうなずきたい。
隣のコルンも彫像化している中、セラフィノの隣に座った近衛騎士が口を開いた。
「近衛隊長を務める、ルイベル・ガストーニと申します。急な呼び出しにもかかわらず、足を運んでいただいたことに御礼申し上げます。本日はこの『小箱』について、質問させてください」
静かでよく通る声、唇は笑みの形を作っている。
だが、目がまったく笑っていないのがダリヤにもわかった。
王の暗殺疑いに、部下の害意と大公への不敬である。こうなっても仕方がない。
「あの小箱には極めて強い睡眠効果があり、魔力が高い者ほどその影響を色濃く受けるようです。これは、意図して制作されたものですか?」
質問に対し、グイードが片手を上げる。
「それに関しては、私からお答え申し上げます。この小箱は偶然の産物です。我が家の魔導具工房にて、新しい仮眠用ランタンのための開発途中で生まれた板――眩夢板と呼んでいますが、その加工のしやすさを確認するため、試験的に箱状にしたものです。強めの睡眠効果を確認したので、不眠に悩まれていたセラフィノ様とお話し、希望され、お渡しした次第です」
「友人が、私の不眠症を案じてくれたのですよ」
セラフィノが言葉を添えるが、隊長の追及は止まらなかった。
「スカルファロット家の工房で、危険度は把握していなかったと?」
「工房員には『強く眠くなる程度』であり、睡眠防御の魔導具を着用していた私自身、倒れるようなことはありませんでした。ですので、くれぐれもベッドに入ってから使用するよう念を押し、お渡ししたのですが……」
「ええ、そのつもりでしたよ」
困ったように言うグイードに対し、セラフィノがローブの乗った肩をすくめた。
ダリヤは息の合った芝居を見るような気持ちになりつつ、口元を引き締める。
「机に置いていたところへ、たまたま叔父上が先触れもなくいらして、コーヒーを命じている間に、中を覗き込んでしまわれた。すべて、置いていた私の責任です。本当に申し訳なく――」
「何度も言っているが、私の不注意だ。謝罪が必要なら私が言おう」
謝罪を口にしかけたセラフィノを、部屋の奥からの声が遮った。
見学者設定はどこかへ消え去ってしまったが、王に対する好感度がちょっと上がった気がする。
「……経緯については理解しました。では次に、この小箱の『特異性』について確認させてください」
近衛隊長の声が、わずかに熱を帯びた。
特異性――魔力が高い者ほど効く、その効果についてだろう。
その言葉に対し、セラフィノが困ったようなそれでいて楽しんでいるような、微妙な表情となった。
「先ほどは説明が間に合いませんでしたが――困ったことに、これ、王城の魔導具制作部では誰も再現できなかったのですよ」
「え?」
ダリヤは小さく声をこぼす。
フェルモとコルンも息を飲んだのがわかった。
「眩夢板はできました、上手い下手は別として、効果も確認できました。ですが、それを同じ箱にできない。正確には、箱の形はできますが、蓋を開けただけで眠りに誘うような効果がつかないのです。魔力を込めれば眠くはなりますが、それは従来の魔導具と同じです。ウロス部長にカルミネ副部長、果ては高魔力保持者から低魔力保持者まで、総力を挙げて一昼夜試行錯誤しましたが、同じものは一つとしてできませんでした。そうですよね、カルミネ副部長」
「その通りです。技術不足をお詫び申し上げます――」
本日、初めてカルミネが口を開いた。
少しかすれのある声は、疲労が濃い。
「なんでだよ……」
フェルモのかすかな呟きは、ダリヤの耳にぎりぎり聞こえるくらい。
己の手で作ったものなのに、訳の分からないことになっている、その思いがわかった。
「特殊な睡眠効果が付与されたのは、今回のものと、グイードから借り受けたもう一つだけ。さて――ここからのお話は他言無用です。オルディネ大公の名に――いえ、叔父上、借りてよろしいですか?」
「構わん。王の名において、他言無用とする」
王が、事も無げにうなずく。
その許可に眉を寄せた近衛隊長が、こちらへ緑の視線を向けた。
「確認を進めましょう。この板を『箱』に加工したのは、どなたですか?」
短い、だが重い沈黙の後、フェルモが右手を挙げた。
「私です」
「名乗りと所属を」
「フェルモ・ガンドルフィと申します。ガンドルフィ工房で、小物職人をしております」
彼は『ガンドルフィ商会長』という肩書きを名乗らず、職人として名乗った。
近衛隊長は、フェルモを値踏みするように見つめる。
「ガンドルフィ殿、あなたがこれを作ったということは、何か特殊な魔法をお持ちですか?」
「いえ、私は特別なものは持っておりません」
「あなた自身がこれまで気づかなかった、ということもあり得るのでは?」
「それは……」
外されぬ視線と抑揚の少ない問いかけに、フェルモが答えに窮する。
なんとか助け船を出したいのに一つも浮かばずにいると、軽い声が響いた。
「議論しても埒が明きませんよ」
セラフィノが、楽しげな笑顔を浮かべる。
ここに救いの手があった! ダリヤがそう安堵しかけたとき、彼はフェルモに表情を向けた。
「ということで、ガンドルフィ君に私達の目の前で小箱を作ってもらいましょう。同じものができない場合は、奇跡が二度起きたということで。王への危険行為として、私が責を負ってこの塔にこもればいいでしょう。今とたいして変わりません」
自身の幽閉をさらりと提案しないでもらいたい。
そう強く願っていると、叱りつけるような王の声が響いた。
「セラフィノ!」
それに振り返った甥は、にこやかな声で言う。
「ああ、いいことを思いつきました。もし奇跡だった場合も、近衛に不適格な者を見つけたのと、私への不敬をなかったことにするので、相殺にしていただけます?」
「それでよい」
王の言葉にうなずいたセラフィノがこちらへ向き直る。
「ということで一切問題もなくなりました。ここが工房と思い、気軽に作ってみせてください、『ガンドルフィ工房長』」
皆の視線が向く中、フェルモは整えるように息を吐く。
工房長――職人として呼ばれたそれに、少しだけ丸まっていた背筋がまっすぐになった。
「わかりました。この場で作らせていただきます」
ダリヤの隣、フェルモは職人の表情でうなずいた。




