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第五十四楽章 決着の時

平の村 礼拝堂


残りは、総督と宮廷魔術師を守る兵だけである。


オグの顔が白くなり、声も最初より弱くなっているような気がする。限界が近いのだ。それでも振り絞るように、全身全霊で歌をうたっている。


ネナドとラドは左右からじりじりと護衛する兵へと近づく。

ラドは接近する槍の石突きを弾いたが、先端が肩を掠める。二の腕に痛みが走った。たぶん痣になるだろうが、槍を握れないほどではない。打ち合っている間に左の視界の端から、もう一人の兵士が槍を構えて接近してくる。顔をしかめながら背後に退けば、前述の兵士が槍を突き出してくる。ラドはその槍をぎりぎりで躱すと、斜め前に飛びその兵士の脇腹に槍で薙いだ。


突進するネナドへ、怖気づいた兵が得物を振りかぶる。ネナドは義手を突き出し、振り下ろされる槍を絡めとるようにくるりと巻き上げる。甘く握った手元から槍が宙に浮かんだ。空になった手を相手が認識する前に、ネナドは顔面を殴る。


できた隙を逃すまいと帝国兵は踏み込むが、ネナドはそのまま身を屈め体当たりした。相手の姿勢が崩れた途端、足払いを食らわせる。兵が仰け反り、後頭部を床に打ち付けた。


ここでついに人壁が途切れた。


” くっ ”


身を守ろうとゼキは杖を突きだすが、魔法が使えない老魔術師など、ただのご老体である。

ネナドの渾身の一撃が、杖ごとあばらに食い込む。骨が折れるような嫌な音がした。

ゼキは白目を向き、その場で気絶した。

ネナドは老人相手にちょっとやりすぎたかな、と反省した。しかし、死んだ仲間を思い、まっいっか、と思い直す。

ラドを振り返ると、書記をぶっとばし、折れた槍を捨て壇上に上がり、サリフの首元を掴んでいた。


” やめろ! 余は皇族だぞ。傷つける者は皆罰っしてやる! ”

「そうか。光栄だ。では私が、貴様を殴る初めての女だな」

” は? おんぬぁ ”


疑問符を浮かべようとした皇帝の弟の高貴な頬に、右アッパーが炸裂した。





白壁の街 集合住宅


ミリャーナは必死に抵抗したが、女の身でできることなどたかが知れている。容易く腕を後ろにひねり上げられた。


” 通信が続いているらしいぞ ”

” これ、どうやって止めるんだ! ”


兵たちが剣を振り上げながら、ミリャーナが汗水たらして作り上げた発信器を無茶苦茶に破壊している。

女は帝国語が話せないと思ったのか、白の国の言葉を話せる兵に髪ごと捕まれ、無理やり顔を上げさせられた。


「お前一人か?! 黒き王国の協力があるはずだ。技術者はどこにいる? 言え!!」


こんな時だというのに、声を出して笑ってしまった。


「何がおかしい!」


頬を殴られる。顔の中心が妬けるように痛み、口の中に鉄の味が落ちてきた。肩を抑えられ、拭うこともできず、鼻から生暖かい血を垂らしながら、顔を戻し相手の目を見据えた。


「あなたたちが、そうやって、目を背けるから。

白の国の人間が、女が、やれると考えなかったし、知ろうともしなかった。だから今まで私を捕まえることができなかったんだ。

私はミリャーナ=イヴァンチカ。帝国未公認通信の技術者だ!」




平の町 礼拝堂


ビブラートをかけ、弓を弾き切る。演奏を終えた余韻の中、手から弓が滑り落ちた。途端に気が抜けて体を支えられなくなり、その場に崩れる。


「オグ!」


頭が酸欠で痺れている。必死に呼びかける声がする。ラドの声だと遅れて気づく。

肩を起こされ、後頭部に柔らかい何かが差し込まれる。ぬくもりに意識を委ねたくなるのを堪え、口を開く。


「ど」


声が掠れ、音にならなかった。咳をして、もう一度問いかける。


「どう、なった?」


霞む視界に美しい人が映った。いつくしむ女神の如き、今までで一番優しい笑みだった。


「勝ったよ。我々の勝利だ」




白壁の街 集合住宅


腹を蹴られた。体がくの字に曲がる。痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。外に出ず閉じこもっていればこんな思いをしなかった。次々と開発を頼まれて疲弊することもなかったし、家族を亡くして悲しむことも、きっとなかった。

でも、こんなことならという嘆きも、余計なことをしてしまったなんて後悔もない。


必要としてもらえた。認めてもらえた。傷つけないように、傷つかないように家に籠っている自分より、ここで痛みに呻いている自分の方が、少しは好きになれる。


その時、人差し指の付け根が熱を持った。


「ミリャーナに手を出すな」


指輪から聞こえるのは耳慣れた声だ。離れたのは少しの間だが、ずいぶん久しぶりのような気がする。


「おね……ちゃ……」


もう一度聞けた、生きていてくれたと、涙が溢れてきた。痛みで退行したのか、幼い頃の、まだ父が帝国に領を明け渡す前の呼称が口をつく。


「貴様ら、よくも私の妹を傷つけたな。探し出して、八つ裂きにしてくれる」


声は憤怒に満ちている。幼い頃、自分が近所のいじめっ子に虐められた際、いじめっ子たちをとっちめた頼もしい声に、涙が止まらない。


” 今しがた結界が解けたところだ。貴様らの総督は確保した。交渉と言いながらだまし討ちをしたので、返り討ちにしてやった ”

” 馬鹿な ”

” そんなわけない! ”


帝国兵たちは信用しようとしない。


” ほう? 疑うと言うなら、喋らせてやってもいいが? ”


嗜虐的な口調だった。嫌な音がして、” 痛い、止めろっ ”と帝国語で喚く少年の声が聞こえた。兵たちが固唾を飲む。


” はいはーい。そこまで ”


別の声がした。軽やかな口調はオグだと思うが、別人のように掠れている。


” 俺たちの仲間がそっちに向かっている。間もなく到着するはずだ。俺たちは非暴力を掲げているが、これ以上彼女を傷つけるなら、総督も同じようにするから。例えば、ミリちゃんのかわいいほっぺをつねったら、サリフ殿下の頬もつねる。それ以上のことをするなら…… ”


一端言葉を切り、いつになくドスの利いた声で凄む。


” 皇帝に忠誠を誓う帝国兵が、まさか皇弟殿下を害すような真似はしないよね? ”


拘束されていた手が離れ、体が床に崩れ落ちる。帝国兵が何やら言い訳をしている。ラドが怒り狂って喚いているのも聞こえる。


「ミリちゃん、よく頑張ったね」


優しい声でねぎらわれ、どんな痛みにも泣かなかった彼女の喉から堪えきれず嗚咽が漏れた。


滲む視界の向こうで、仲間たちの足音が近づいていてきた。

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