第五十三楽章 迫る捜査の手
白壁の町 集合住宅
礫の街は混迷しているようだ。武器を放棄した兵が何人か出て、追従する者、逃走する者、それらを咎めて攻撃する者、止めようとする市民たち。結局ドラガナは帝国兵と抱き合ったのか、撃たれたのか、剣を突きつけられたのか、おばさまの口調はいつになく興奮していて、要領を得ない。
『平の街と入植者の街を結ぶ道、二番目の検問所の近くで建築資材が散らばっているそうです。重騎兵が平の街の東から十マイルの位置に迫っていると先ほど報告しましたが、馬の脚が傷つくのを恐れ立ち往生しているようです。彼らは通行人たちにシャームシールを突きつけ資材を片付けるよう命じましたが、通行人たちに帝国語が通じないため、重騎兵たちは仕方なく馬を降りて自ら釘を拾っているそうです』
そうこうしている間にも各地から連絡が入ってくる。故郷の様子は気になるが、ミリャーナは仕方なく状況が変わり次第連絡するようおばさまに伝え、各地の伝達を再開した。
『深泥の街から報告です。混色の国の部隊がの市庁前に到着しましたが、非常に友好的だそうです。ラドの絵を受け取りました。彼らも自国を帝国に占領され、尖兵として派遣されたそうです。カタコトの白の国の言葉で、自国に帰りたいと語ったそうです。短い時間でしたが、市民と親しくなり、部隊は街を去っそうです。
さて、この通信をお聞きの各国の報道機関にお願いです。我々の活動を伝えてくださってありがとうございます。報道自体は歓迎しますが、帝国が後の逮捕に向けて証拠を集めているようです。報道関係者の皆様には、光板に運動に参加する人々の顔を写さないようにお願いします』
「おい、ミリャーナさんよ、途中から通信が入ってないぞ。報道機関がなんだって?」
指輪の一つからしゃわがれた男声が指摘する。慌てて発信機を点検するが、正常通り動いている。しかし、確認したが指輪の向こうのどの人も、通信は聞こえていないようだ。
もしやと思い、魔玉付きの中継機を任せた青年に連絡をとろうと、左小指の指輪に話しかける。
「ウロシュさん、そちらの状況は?」
返事はない。しかしよくよく耳をすませば、怒号が聞こえている。その響きは帝国語だ。
唐突にガラスが割れるような音がした。魔力の繋がりが途絶え、指輪から聞こえていた音が消える。
ミリャーナは何が起きたかを悟り、小指の指輪に囁いた後、そっと外した。
「……ありがとう」
恐らく、彼は帝国兵に捕捉され、拘束される中、最後の力で指輪の兄弟石を割ったのだ。大きさが一定以下になると石は同調する力を喪う。魔力の繋がりでミリャーナの位置を悟られぬようにしてくれたのだろう。
「中継機、ロスト。係の者は至急管を切って」
左手中指に話しかけながら、ミリャーナも発信機と中継機を繋いでいた管を引き抜く。
管を辿って、帝国兵がここを発見しないようにするためだが、どれだけ上手く痕跡を隠しても通信を発するミリャーナが近隣にいることはわかってしまう。大した時間稼ぎにはならない。
もう使える魔玉はないが、まだ通信を続ける手段がないわけではない。迷ったのは一瞬だった。
残りの仲間につながる指輪を、ありったけ机の上にのせる。
「ミリャーナから緊急連絡。少しの間、黙って耳を貸して」
皆に連絡をしながら発信機に自分の魔力を混める。魔玉は、魔力をプールし、安定的に出力するための代物だ。人力では不安定になるが、通信の最初の方は無しでやっていたのだ。しかし、魔力は生命力に直結する。国中に届けるような疲労するし、寿命に関わってくる可能性がある。
何より、重い発信機を持っては動けない。相手には探知機が二つもあるのだ。動けないミリャーナの位置など、すぐに突き止めるだろう。
「これより、通信を白壁の街の集合住宅から直接発信する」
黙ってと言ったのに、おばさまが「そんなの危険よ」と心配してくれる。
それでも、伝えなければならない。
右手の人差し指につけた指輪を撫でる。この指輪はラドと繋がっている。無事で会談が行われていたら、終了後に連絡がくるはずだった。
自分はラドと似てないと思っていた。
ラドみたいに物怖じしない性質ではないし、言葉選びは失敗ばかり、人を怒らせてばかり。迷惑をかけることしができなくて、一人でいた方が良いと思っていた。
危険と隣り合わせなのに、自由のために戦うラドが理解できなかった。
なのに聞き取りやすい声だとおだてられ、人の思いを読み上げる度に、このままにしてはおけない、許したくないと思うようになった。
「長時間通信が途切れる、または私が帝国兵に捕縛されたと判断できたら、指輪を粉砕し、至急繋がりを断つように」
一度決めたことを曲げられないのは、血のつながりを感じる。自分はやっぱりラドの妹だな、と思った。
平の村 礼拝堂
ラドは背後のオグを庇いつつ、床を踏み込む。
職業軍人であるはずの兵たちには、慣れない武器に、裏切られたという動揺があった。一方で人数が少ない三人はオグを守ろうと死に物狂いだ。
間近の兵がラドに向かって突進する。鋭い突きを半歩ひねって躱し、槍を持つ手を叩く。打ち込んだ反動で跳ね上げ、思わず得物を取り落とした男の眉間に一撃を食らわせる。一人倒したが、その隙に取り囲むような兵たちに、一歩大きく踏み出し、体を沈めて床に滑らせながら弧を描くように振り回す。その軌跡が、兵たちの膝を薙ぎ払った。神聖なる礼拝堂に男たちの呻きが聞こえる。
ラドの父は腕を振るう機会は無かったが、白の国の騎士だ。騎士は馬上で戦うのもあり、父はリーチの長い槍を得意とし、護身用としてラドにも伝えた。相手が重量で粉砕する馬用槍ならばひとたまりもなかったが、軽い木槍での勝負なら筋量の少ない人間でも遠心力を味方にでき、まだ勝機がある。
滑るように足を前に出し兵の懐に潜り込むと、素早く柄で相手の鳩尾を突き刺す。
報復に振り上げられた一槍を横に払って受け流し、柄の端で相手の喉目掛けて突きを放つ。避けようと兵がよろめいた瞬間、さらに一歩踏踏み込み、そのまま顎を突いて脳震盪を起こす。
背後で雄たけびのような声が聞こえた。
いつの間にかオグと距離が開いている。手薄になった吟遊詩人に、三人の兵が突進している。
――まずい
足を踏み出したが相手の武器が到達する方が早い。間に合わない。
そこへ帝国兵が、文字通りふっ飛んできた。
側面からの予想外の衝撃に、ある者は姿勢を崩し、ある者は武器を取り落とし、ある者は下敷きになり、絡み合った。
一番上の帝国兵は槍を持ったまま呻いている。背後を振り返ると、ネナドが投擲を終えた姿勢でいた。隻腕で相手の槍をつかみ、ぶん投げたらしい。なんて剛腕だと笑いそうになる。
「こっちは任せるです」
どこからともなくシラが現れ、抵抗する兵には手刀や、針を突き刺した。懐から縄を取り出し、倒れたり呻く兵を手際よく縄で縛り上げた。そのおかげもあって、兵の数は徐々に減ってきた。
白壁の街 集合住宅
『帝国の報道機関が、郊外で兵士に花を捧げるよう、女子どもを含めた市民に魔弾を突きつけ強要しているようです。侵略が歓迎されていると内外に示すため、そうした情景を光板に収めようとしているのでしょう』
建物の外が騒がしい。下の階から怒号と、逃げ惑う住民の悲鳴が聞こえる。帝国兵が到着したようだ。思ったより遅かった。仲間たちが最寄りのルートを塞ぎ、捕縛しようとする兵を防いでくれたのかもしれない。
『これは後で帝国の支配の正当性を訴えるために使われます。怖い思いをする子どもたちには申し訳ありませんが、こうした撮影にはできるだけ協力しないようお願いします』
軍靴が階段を駆け上がる音が聞こえる。集合住宅なので一軒一軒確認しているのかもしれない。隣の部屋から「開けろ、帝国兵だ!」と言うのが聞こえた。間もなく、この部屋にも来る。
『侵略軍の兵たちが、我々に同情した結果、上官の命令を拒否し、殴打、殺害された事例が発生しているようです。犠牲となった兵に心からの敬意と感謝を捧げます。
帝国人の中にも正義があったのだと、我々も忘れぬようにしましょう』
部屋から反応がないと知るや、兵たちが集まりだし、口々に相談を始めた。
” この扉、びくともしないぞ ”
” 恐らくここだ。強い魔力を感じる ”
『ドアの前から帝国語が聞こえます。
皆さんとお別れの時間が近づいています。我々は白の国の、皆さんの自由の擁護者です。あとどれ程、通信を続けられるか不明です』
壁の向こうで魔力が膨れ上がる気配を感じた。部屋の入口は物理的に椅子や机で塞ぎ、さらには簡易的な結界が張ってあるが、どちらも強い衝撃があれば破られてしまう。
ミリャーナは喋りながら急ぎ、オグの演奏を記録した宝玉を割り、踏みつけ、可能な限り粉々に破壊した。これは戦いを変える代物だ。帝国の手に渡すわけにはいかない。
『友人、そして同胞諸君、これが帝国未公認通信からの最後の通信です。皆さん、国が無くなっても、占領されても、我々が白の国の人間であるという事実は変わりません。誇りを胸に、理性的かつ慎重でありましょう。真実は決して消し去ることはできません』
ミリは発信機の前で自前の魔力を振り絞りながら、ラドの作った歌をうたいはじめた。
――踏みにじられし此の地、祖国の旗掲げよ
か細いが、讃美歌のように澄んだ声だった。しかしドアの前に築いたバリケードが爆音と共に破られ、最後まで歌いきることができなかった。




