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第五十二楽章 不発

白壁の街 集合住宅


『帝国未公認通信から続報です。

要塞の街で、帝国兵はよく道に迷っているようです。この地域は道しるべを全部取り払ってしまったので、道が交差するの度、彼らは地図をのぞきこみ、頭を振っています。因みに、帝国への標だけは残っています』


ミリャーナの元には、各地方の構成員から指輪を通して情報が届いている。民衆たちはミリャーナの予想を超える方法で帝国兵たちを足止めしてくれている。


『平の村の皆様、南へ続く街道は隘路で馬車が幾つか横転しています。ご不便をおかけします。地元の猟師が使う道が迂回路になります。東のつり橋も落とされています。このルートは使用できません。


ここで、全魔法店に緊急メッセージです。今すぐ店の看板を取り外してください。侵略者たちは魔鉱石を没収しようとしているようです。魔鉱石は我が国民のために確保されなければなりません。全魔法店の皆さん、すぐに看板を取り外してください。


それから、白壁の街のみなさま、パンを買い占めてはいけません。パン屋は通常の需要すべてに応じられます。また、白壁の街ではじゃがいもは不足していないもようです。

繰り返しますが、白の国の皆さんは、平静、秩序、規律を保つようお願いします』


通信中に別の指輪が光った。一端スイッチを切り、指輪に触れる。相手は、同郷に住む親戚からだった。知らせを聞き、ミリャーナの顔から血の気が引く。


――なんとか、しないと


しかし故郷を離れているミリャーナができることは多くない。


『緊急連絡です! 緊急連絡! 礫の街の住人が銃口を向けられています。東西に走る英雄通りです。

礫の街の住人は窓を開け、可能なら受信機を外に出して、少しでも銃に近づけてください。

その他の皆さんは暫くの間、受信機の魔力を切ってください』




礫の街 英雄通り


皆が一緒になって漆喰を塗った道の上に、数百人の帝国兵が三重に並んで整列している。揃いの軍服に、肩には魔弾を担ぎ、最前列では、膝をつき魔弾に魔力を注ぎ始めていた。


礫の街はラドの故郷であり運動の当初から活動していたので、自由の声のメンバーも多い。攻撃目標になることは、ミリャーナにも容易に予測できた。民衆が道を寸断したが、彼らはやって来た。近隣の基地にいた部隊か、或いはあらかじめ待機していたのかもしれない。

対す民衆は、両端の住民が家から落としてくれたテーブルやタンスなどで即席のバリケードを築いているが、魔弾相手には心もとない。


そのバリケードの中に市民たちに交じって、ベールを被った未亡人がいた。歳は四十を過ぎているが、ベール越しにも白い肌、若い頃は町中の男が求婚したと逸話のある匂い立つような容貌は健在だ。彼女はラドとミリャーナの祖母の兄弟の娘であり、二人にはおばさまと呼ばれている。

彼女は指輪に触れながら、ミリャーナに状況を伝え続けていた。


” 構え ”


銃口が一斉に民衆へと向けられる。


「これでお別れみたいね」


亡くなった夫を思った。彼には会いたいが、それでもやはり、死は怖い。バリケードに背を向け、身体を丸め、ぐっと目を瞑る。


その頃、白壁の街の集合住宅の中で、ミリャーナは水晶の球体……記録盤をセットし、スイッチを押していた。


――お願い


まだ実験段階だが、そうも言っていられない。祈るように指を組み、額を預ける。


ゆあん、と通りに出された受信機から耳障りな音が流れ始めた。礫の街を満たすそれは、やがて一つの旋律となった。


” 撃て! ”


一斉に魔弾の引き金が引かれた。


” どうした、撃て! ”


兵士たちは確かに引き金を引いたのだ。二度、三度と指を曲げる。カチカチという無数の虚しい音だけが聞こえる。


” 撃っています。しかし、魔弾が反応してません! ”

” 貸せ! ”


上司は兵の一人から魔弾を取り上げ、自分でも銃を担ぎ、引き金を引く。しかし、何も起きない。


” 馬鹿な……そんなことが ”


銃に何か細工をされたのだと思った。魔弾は精霊に気に入られた者以外も使用できるように、効率的に魔力を変換できるように、威力を最大化できるように、単純だが精緻な回路が組まれている。外部から細工すれば不発になるように仕向けることも十分可能だ。しかし銃は適切に保管していたはずだ。一つ二つなら目を盗んでできるだろうが、これほど大量の数をどうやって。

焦る彼の耳には、街中を満たす不思議な音色は届かない。


「何が起きたんだ?」


銃殺されると思っていた民衆たちは、一向に最後の瞬間が来ないことを不思議に思っていた。

帝国兵が慌てるさまを見て、向こうにとっても予想外のことが起きたのだと徐々に悟る。


「奇跡だ……」


誰かが呟いた。それはやがて実感となり、人々に歓声が上がる。


「なんてことなの、ミリャーナ。こんなことができるなら、先に言っておいてくれないと!」


未亡人は震える指で涙を拭った。

どうやらまだ戦死した夫の元には行けないようだ。もうしばらく、手のかかる従姪いとこめいを見守っていかなければならないらしい。


「上手くいくかわからなかった」


おばさまの声がまた聞こえてきたことに安堵し、ミリャーナは椅子に凭れほっと息をつく。


「それにしても、なんて言うか、個性的な音色ね」


擦れるような奇妙な音色は、歌劇が好きな未亡人の耳には馴染まなかったようだ。


「これ録音。本物はもっと……良かったよ」


通信は元々、精霊同士のコミュニケーションに使う波長を利用している。理論的に、精霊への歌とは互換性が高いと考えられる。ミリャーナはさらに何度か実験し、受信機越しでも精霊に届く最適な波長を突き止めた。しかし、所詮偽物だ。オグの演奏(ほんもの)には及ばない。精霊たちはやがてそれに気づき、興味を失うだろう。そうなれば、魔弾は力を取り戻すかもしれない。

ありがたいことに、と言って良いのか、司令官は銃に細工をされたと考えたようだ。


「あの人たち、銃に腰の剣を括りつけてるわ」


長い銃の先端にシャムシールを紐で縛れば即席の薙刀(グレイブ)の完成だ。威力は劣るが、弾が目視できない魔弾より、白刃は根源的な恐怖を引き起こす。

武器を付け替えている今が、戦場なら敵を叩く絶好のチャンスである。しかし、非暴力を旨とする集団は、行動を起こすことができない。


今度こそ終わりだ。奇跡は二度も起きない。

ミリャーナは演奏のスイッチを切り、ラッパ型の拡声器を手に取る。


『こちら、帝国未公認通信。礫の街で魔弾は不発だったようです。しかしまだ、予断を許さない状況です』


ミリャーナは退却を命じるつもりだった。虐殺は避けられないだろうが、魔弾と違って相手を直接叩かなければいけない分、射程が短く、路地裏などに逃げ込めばなんとか逃げられるかもしれない。

そんな時だった。


「ミリャーナって言ったかい? もしかして、あの箱から喋ってる?」


未亡人に話しかけたのは痩せた中年の女だった。頬はこわばっているが、くっつかんばかりに身を乗り出している。勢いに押され、未亡人は頷く。

「ええ。彼女はわたくしの親戚ですが」


聞いた途端、荒れた手が未亡人の細い手首を掴んだ。


「その指輪から話せば、向こうにいる帝国兵たちにあたしの声を聞かせられるかい?」


指は食い込むほど強い。未亡人は茫然の彼女の顔を見返す。


「それは……どうかしら。そもそもあなた、彼らに何を伝えるおつもり?」

「あたしには息子がいたんだ。まだ十にもならない内に徴兵された。もし、生きているなら」


女は声を詰まらせ、自分たちを殺す道具を拵えている若い兵たちに視線をやった。


「どうせ死ぬなら一言くらい言わせてもらえないかい?」


その悲壮さは、痛いほどだった。近くにいた市民たちも静かに成り行きを見守っている。


「ミリ、できる?」

「可能。指輪を拡声器に接続する」


ミリャーナの答えは簡潔だった。未亡人は指輪を外し、彼女に差し出した。


「あなた、お名前は?」

「ドラガナ。苗字はない」


彼女たちからは見えなかったが、指輪の向こうでミリャーナは一つ頷いた。


「私が喋り終わったら、指輪に話しかけて」


ミリャーナは心を落ち着け、拡声器へと向き直る。


『今、礫の街の英雄通り、バリケードの中にいる市民の方が帝国の皆さんへお伝えしたいことがあるそうです。ドラガナさん、どうぞ』

『あたしはドラガナ、町はずれの小さな仕立屋でお針子をやっている』


自分の声が近くの受信機から聞こえてくる。確信を得て、ドラガナは声を張り上げる。


『そこにいる帝国の兵隊さん、あんたらの中に、あたしの坊やはいないかい? ツヴィヤって言うんだ。帝国の連中になんて聞いて育ったか知らない。連中は離すまいとしたあたしの腕を無理やり引きはがして、あんたを連れ去ったんだ。

あんたも、そこのあんたも、白の国、或いは占領された他の国のあんたらの親から帝国に連れていかれた子なんだよ。

ツヴィヤ、あんたはお母ちゃんの顔を覚えているかい? お母ちゃんはあんたの顔を覚えているよ。泣きながら手を伸ばしていたあんたを、忘れたことなんかなかったよ』


声がかすれる。鼻を啜る音すらも通信は拾った。


『あんたらだってそうだ。あんたらは忘れても、あんたらのことを待っている人がいるんだ。武器を置いとくれ。あんたらの母親の代わりに、抱きしめさせておくれ』


白の国の言葉しか話せない彼女に代わって、未亡人は彼女の言葉の後に続き、帝国語で通訳した。

奇妙な沈黙が落ちる。バリケードを挟んで向かい合うのは、敵と敵のはずだった。しかし、子を思う母の悲しみが、二つの集団に伝染したかのようだった。


静かになった通りに、乾いた音が響いた。兵の一人が手放した銃が、音を立てて跳ねる。彼は肩を震わせながら、一歩足を踏み出した。


” キサマ、何のつもりだ! ”


指揮官が顔を真っ赤にして叫び、剣の柄でその兵を力任せに殴りつける。


” 武器をとれ! それでも帝国兵か! ”


地面に崩れ落ちた兵を蹴る。しかし彼はかすれる声で、できません、と首を振った。目には涙が滲んでいた。


” 上官、ご慈悲を ”

” どうか、勘弁してやってください ”


これ以上の暴力を止めようと、近くにいた兵士たちが指揮官を羽交い絞めにする。


” 何故止める! ”

” そいつ……ツヴィヤって名前なんです ”

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