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第五十一楽章 遅延のための創意工夫

深泥の町 郊外


礫の街へと続く街道は、残暑の熱気に包まれている。石畳に馬の蹄を響かせるのは、別の地方にいた帝国の騎馬兵の一団だ。反感を募らせる市民を威圧するため、街へと急いでいた。しかし主要な交差点に差し掛かったところで、その歩みは唐突に止められた。


「主よ、憐れみたまえ」


行く手を阻んだのは、弔いの歌を歌いながら、棺を担いだ喪服の集団。

” 何事だ! ”


先頭を行く隊長が、苛立ちを隠さずに怒鳴った。

濃紺の大祭服に、首に十字架をぶら下げた小柄な老人……スベティスラフ大司祭が悲しみに暮れた顔で歩み寄り、兵の前に跪かんばかりに手を広げた。


” おお、慈悲深い帝国兵の皆様。どうか、どうかこの哀れな魂が主の元へ旅立つのを、あなた方の幸運のためにも、静かに見守ってはいただけないでしょうか。神聖な葬列を遮ることは、この地では不幸を招くのです…… ”


隊長は舌打ちをした。屈強な帝国兵といえど、異教のご不幸を避ける迷信深さは持ち合わせている。彼は渋々、背後に行軍停止を命じる。


” ……さっさと通せ。我々は急いでいる ”


重い木製の棺が、ゆっくりと、あまりにもゆっくりと目の前を通り過ぎていく。泣き崩れる女たち、うなだれる男たち。ようやく最後の参列者が前を通り過ぎる。


” よし、進め! ”


隊長が馬の腹を蹴ろうとした時だった。


「主よ、憐れみたまえ……」


再び、先ほどと全く同じ、沈痛な聖歌が路地の向こうから聞こえてきた。また別の葬列が現れたのだ。


” またか! ”


隊長は馬から降りんばかりの勢いで司祭に詰め寄った。


” 貴様ら、いつまで我々を待たせるつもりだ?! ”


司祭は目に涙を浮かべ、十字を切って答えた。


” ああ、兵隊様。お怒りごもっとも。しかし、流行り病のせいか、こればかりは…… ”

” あとどれくらいかかるのだ! ”

” 残り、三十六件控えております ”

” さんじゅうろく?! ”


隊長の怒号が木霊する。しかし、彼は気づいていない。 今通り過ぎたばかりの葬列の最後尾にいた女が、建物の裏へ駆け抜け、今まさに二件目の泣き女として列に加わったことを。重そうに担ぎ上げられた棺の中身は空っぽだということを。


偽りの涙と祈りの動く壁が、帝国軍の時間を奪っていた。




野兎の町 農家の台所


行軍は、民衆たちに秘密にするため、末端には知らされていなかった。準備が間に合わず急いで来た者もいる。目標地まで少し距離があるので、部隊は腹ごなしをしようと近隣の農家に立ち寄った。

しかし、村人たちに話しかけても、帝国語がわからないのかポカンとしている。片言の白の国の言葉で「飯!」と訴えても、「そうかい、あんたはメシって名前かね」と通じている手応えがない。魔弾を取り出して脅すと泣きながら命乞いするばかりで埒が空かない。腹が減って気が立ち、引き金を引こうとしたところで、行商人をしていたという夫婦にまあまあと取りなされ、家に案内された。


非協力な村人の後だったので、ニコニコともてなされ、” 歓迎のためにご馳走するので待っていてください ”と言われ、悪い気はしない。

ハーブティーを出され、部屋に席を用意された。主人自らが台所に立って腕を振るう。鶏や七面鳥の肉を沸かした湯に入れ、そこに切り刻んだ野菜や皮ごと玉ねぎ、ニンニクを入れて煮だした。

よく煮ないと、と言って弱火にしたまま、浮かび上がった泡をすくい取ったり、後でスープにいれるといってペースト状にした鶏レバーや野菜を小麦で作った皮に団子状に包んだりしている。


” もういいだろ ”


帝国兵たちはあまりの空腹に背と腹がくっつきそうだ。


” まだですよ。よーく煮ないと ”

” あとどれくらいかかるんだ ”


主人は首を傾げ、” 三、四時間くらいかな ”と答えた。


帝国兵はうんざりして立ち上がった。

” そんなに待てるか! ”

” ああ、そんなせっかちな。まだ団子を入れてません ”

” 作りかけでいい。急いでるんだ ”


口々に急かされ、仕方ないな、と主人は鍋を火から下ろそうとする。


「あ」


手が滑り、大鍋がひっくり返った。土を固めた床が、色を濃くしながらスープを飲み込んでいく。


” おい、何してる! ”

” 申し訳ねぇ、旦那様方! ”


男は平謝りをする。帝国兵たちがあきれ返ったその時。


” おい、変な匂いがしないか ”


兵の一人が鼻をひくつかせる。どうも窯から香ばしいというには強すぎる匂いがする。先ほどまでパンを捏ねていた男の女房に伝えるも。


「え? 匂い? あたい、鼻がつまってるからわからないよ」


という答えが返ってきてらちがあかない。止める彼女を押しのけてパン焼き窯をあけると案の定、三日月形のパンは真っ黒になっていた。


「ああ、失敗しちまったよ!」


窯を目にした女房が顔を覆いおいおい泣いているが、どうにも涙が出てこない。

これで村人の何日分かの食料を無駄にしてしまったが、仕方ない。


「大変申し訳ありません旦那様! もう一度作り直します。今から粉を引くので待っていてください!」


付き合いきれるか、と帝国兵はうめいた。




白壁の街 帝国兵舎前


白壁の街に太鼓の音が鳴り響く。それは本来、守備隊が兵舎から飛び出し、武器庫で銃火器や槍を受け取って市街地へ展開するための緊急信号である。夜勤をしていた帝国兵はベッドから飛び起き、軍服を羽織って兵舎を出ようとする。しかし、入り口で同じように軍服を着た兵たちが呆然と佇んでいる。


” どうしたんですか?」

” 門が開かないんだ」


確かめようと丈夫な扉を押す。外に開くはずの扉はびくともしない。兵舎は非常時に立てこもるため、門の他には分厚く高い石壁で守られている。梯子が無かったので、四人で三重の肩車をし、一番小柄なこの兵の目線はどうにか城壁のてっぺんより高くなり、外の様子を知ることになった。

門の前は、幾重にも人々が取り囲み、門が開かないよう抑えていた。


” 道をあけろ! ”


兵が叫ぶが、丸腰の民衆たちは動こうともしない。

脅してやりたいが、残念ながら魔弾などは、暴発を避けるため、すぐ向かいの武器庫に入っている。飛び道具がないため、仲間たちに言って投げるものを用意してもらう。


” どけと言っている!  反逆と見做すぞ!b”


物干しざおに吊り下げた籠に石を用意してもらい、石壁の向こうにいる民衆たちに投げる。彼らは悲鳴が上がって頭を手で覆う。しかし相手は野良犬ではないので投石程度では追い払うことができず、皆その場を動かない。

男は躍起になって石を投げた。手を大きく振り被る。


” あ ”


バランスが揺らぎ、高い肩車が崩れる。帝国語の悲鳴が上がる中、地面が近づいてきた。

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