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第四十九楽章 この国の未来のために

ミリャーナは自分が組み立てた発信機の前に座っていた。

ここはシラが用意してくれた隠れ家で、白壁の街の中にある。外から見ればただの集合住宅の一角だが、漆喰で塗り固められた厚い壁と小さな格子窓しかない。昼間でも光は乏しく、太陽光を集めたランプが淡い明かりを放っている。壁には地図が貼られ、机には工具箱が置かれ、床にはミリが作業した痕跡である部品やネジが散らばっている。


ほんの短時間だけ、話し合いが始まったことをアナウンスするつもりだった。中継機は仲間に渡してあり、できるだけ街中を走り回って攪乱するようお願いしている。

そろそろ話し合いの時間が始まる時間である。現地に様子を見に行っている構成員の連絡が来ていないかと、机の上に並べた兄弟石の指輪を手に取ろうとする。結果内は兄弟石のやりとりすらできないらしく、ラドやネナドから預かった指輪も含めて百近い。その内の一つが明滅しているのに気付いた。


「大変だ! ラドはいるか!」


手に取ると、緊迫した声が飛び込んできた。


「今、帝国と交渉の最中」

「あ、そうか、そうだった。くそっ、どうすれば」


今日が歴史的な転換点であることくらい、白の国の人間なら誰しもが知っている。そんなことを忘れるくらい、指輪越しの構成員は混乱している。


「何があった?」

「帝国軍だ。国境の町に武装した軍が来た」


ミリャーナの思考が停止した。


「なんで? だって、総督は話し合うって」

「俺が知るかよ! 相手に話し合う気なんかなかったってことじゃないか!?」


指輪越しの声は悲鳴のようだった。呆然とした目で見やれば、他の指輪も幾つか明滅している。

だって、話し合いでなければ、ラドたちはなぜ精霊の泉へ行ったというのだ。約束が守られず、ラドたちの身に何かあったら、期待していた分、民衆は怒り狂うだろう。だから、軍隊?


「……罠」


皇弟は我が身を囮に、反政府組織のリーダーたちを一か所に集め、外では国民を蹂躙する用意をしている。


喉が渇く。どうすれば、どうすれば。


――偽りだらけの優しい世界が必要な時だってある。厳しい現実を突きつけなきゃならない時もある


ミリャーナが必要だと言ってくれたオグの言葉を思い出した。


――お前は正直だ。その誠実さは何より掛け替えのないものだ


任せると言ってくれたラドを思った。


震える手で指輪に手を伸ばす。真実を伝えるために。




平の村 礼拝堂


礼拝堂の内部は、外の喧騒が嘘のように厳粛な静けさがあった。 入口にある高いドームの天井には、かつてのフレスコ画を塗り潰した漆喰の上に、精緻な文字の装飾が施されている。その中心、回廊に囲まれた中庭に、例の精霊(ヴィラ)の泉がある。

大理石の縁から溢れ出す水は鏡のように透き通り、底に沈む小石の一つ一つを克明に映し出している。地下にある水路が外にあった噴水に繋がっているのだろう。


サリフとゼキは回廊を突っ切り、先に奥の礼拝堂に向かっている。白の国の民衆の代表としてラドは緊張して前だけ見据えているが、オグは気楽なもので、これが精霊の泉かと物珍し気に観察している。


礼拝堂に足を踏み入れた途端、おや、と思った。預言者教の礼拝堂では、聖地の方向を示す窪みがあるのだが、その隣には説教台が置かれるのが普通で、サリフは階段を上り、その上に坐した。ゼキはその傍らに立っている。話し合うといいながら、自分は一段高い所にいる。そこは眉を顰めるが、皇族である彼が平民と同じ席に着きたくないという気持ちは理解しよう。

問題は床だった。そこには白木の板が敷き詰められていた。作り立てらしく、色は白くまだ木の匂いがする。何か模様が描かれている。魔術的なものだとピンときた。問いかけようと、ネナドを振り返る。


「どういうつもりだ」


ネナドの顔は険しく、声は這うように低い。


「何がだ?」


ぽかんとしている二人の背後から足音がした。

振り返ると、木の槍を構えた近衛兵が十数人、入り口を塞ぐように整列していた。説明がなくとも、ラドたちを生きて返す気は無さそうだと悟った。


「対話だと? 笑わせるな」


皇帝の弟の瞳は弧を描き、唇には昏い愉悦が宿る。


「敗戦国の奴隷どもが帝国と対等に話せると本気で思ったのか? 貴様らはここで、皇帝の弟を襲撃しようとした大逆罪人として死ぬのだ。民衆には、その無惨な死体を返してやろう」

「そんなこと、民衆(なかま)が信じるはずがない」


ラドは青い顔で、しかし気丈に言い返す。


「それがどうした。反感には刃で応えればよい。今まで慈悲をかけすぎた」


サリフはつまらない芝居を見るように腕を組んだ。


” 我が呼び声に応え、蒼穹に秘せられし炎を顕現せよ ”


神聖な礼拝堂で、老いた魔術師の唇が、重々しい詠唱を刻みはじめた。




白壁の街 集合住宅


『帝国未公認通信です。大事なお知らせです。通信を聞いている方は近くの人に、通信を聞くよう呼び掛けてください。

帝国の属国である混色の国の国境を越え、野兎の町に現れました。

陰の町にも、高地の国から派兵された軍の姿が見られたそうです。

彼らは武装しています。我々を鎮圧するつもりです。

本日、自由の声のリーダ、ラドは三対三で皇帝の弟、サリフ総督と話し合う予定でした。六人は会場となったモスクに入り、既に結界が張られているようです。結界内の様子を知ることはできません。

ラドは……』


アナウンスの声が詰まった。膝の上、震える指で拳を作る。

オグもラドも、真実が必要だと言ってくれた。偽りで飾らない真実を伝えなければならない。


『ラドは、どうなったかわかりません。帝国の裏切りを考えれば、最悪の事態を想定しなければならないでしょう。

会議に臨む前、ラドは、頼むと言いました。

ラドはこの交渉で自分の身が危険に晒される可能性を知っていました。しかし、これは前進であると考えました。望んでいた独立を、暴力ではなく話し合いで勝ち取れると希望を抱いていました。我々はラドが繋いだものを、守らなければなりません。

我々は、暴力を用いてはいけません。自由の声は全ての市民に、今後も平静、秩序、規律を保ち、我々側から国土や市民に重大な損害を引き起こすような行動は慎むようお願いします。


しかしそれは、帝国の侵略を座して受け入れるわけではありません。

もし、白の国の自由のために力を貸してくださるなら、以下の原則を守ってください。

帝国に協力しないでください。もし帝国兵に話しかけられたら、帝国語を知らない振りをしてください。協力を強いられた場合は、可能な限りくずくずと下手にやってください。帝国の宣伝に耳を貸さず、できれば妨害し、中立の報道や、我々の通信に耳を傾けてください。反逆者や協力者を暴き、侮蔑してください』


この原則は、オグが以前話していたものだ。各国を渡り、帝国語も堪能なくせに、通じないというパントマイムをしているオグを思い浮かべ、少しだけ笑みが戻る。


『この五つの基本理念を忘れず、行動を起こしましょう。我々が暴力的な危害を加えない、平静、秩序、規律のある集団であり続けることが、相手が武力を用いる正当性を失わせることになります。

さて、今から具体的な行動について指示いたします。

後世のために、今日の事件に関するものならなんでも記録してください。

今回の帝国の裏切りは、看過できないものです。彼らは権力を使い、この出来事を無かったことに、歴史を改ざんしようとするでしょう。そんなこと、させてはなりません。我々はこのことを決して忘れない!』


感情が高ぶってしまった。真実を伝えるには理性的でなければならない。ミリャーナは深呼吸する。


『次に、もしこの通信をお聞きの国外の方がいらっしゃいましたら、全世界の人々に向けて、白の国の自由を擁護するようアピールしてください。帝国でなく我々を支持すると、態度に示して欲しい』


どれくらいの人が聞いてくれているのかわからない。聞いたうえで、強大な帝国に盾突くような国があるかは知らない。それでも、もしそんな奇特な第三国が行動を起こせば、帝国への圧力になるだろう。


『そして、侵攻を妨害するために、可能なことをすべて為してください。

先ほど、軍が国境を越えたとお伝えしました。もし軍の現在地について情報がありましたら、お近くの自由の声の構成員にお知らせください。

帝国の攻撃目標はラドの故郷であり自由の声の本拠地である礫の街、現在平の村で会談を見守っている人々の殺害、白壁の街を含めた主要都市の反抗勢力の鎮圧であると思われます。

帝国兵への水や食糧、飼い葉、武器や魔力の提供は侵略に加担することと心得てください。街の人たちが避難するまで、せめて、ラドの安否がはっきりするまで、時間を稼いでください』


リーダーが生きているのか死んでいるのかによって、この進軍がサリフの命令か否かによって状況が変わる。全てがはっきりし、対抗策を練るまで、とにかく時間が欲しい。


『危険を伴います。私はあなた方に……』


ミリャーナは無抵抗なまま死んだ父を思った。


『武器をとれと言うことができない。銃口を向けられて、反撃しろとも言えない。

可能な限り自分の命を大切にしてください。この国の未来のために』

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