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第四十八楽章 精霊の泉

朝の光はまだ柔らかく、平の村に斜めから差し込んでいた。聖地と崇められ、教会が建てられていた場所は、今では尖塔を備えた小さなモスクへと姿を変えている。その正面には建物内の泉に繋がる噴水があり、透明な水が飛沫を上げて水面を揺らす。


建物の前に止められた豪奢な馬車から、帝国側の三人が姿を現す。

十六歳の若き総督サリフは、陽光を受けて金糸の縁取りが輝く外套をまとい、宝石が飾り付けられたターバンを被り、落ち着いた面持ちで立っている。年齢に似合わぬ威厳があるが、厚みのない身体は少年らしい。その背後に影のように付き従うのが宮廷魔術師のゼキ。蓄えた白髭と、深く刻まれた皺は彼が潜り抜けてきた戦火を物語り、手にした杖からは、隠しきれない魔力の残滓が陽炎のように揺らめいている。傍には書記が控え、巻物を胸に落ち着きない様子で視線をさ迷わせている。


そのモスクをぐるりと囲むように、揃いの軍服と帽子を被った帝国兵が整列している。しかし帯刀しているのは訓練用の木の槍で、金属の飾りすら身に着けていない。その彼らを取り囲むように、村人や村外から押し掛けた人々が固唾を飲んで見守っている。誰もが息を潜め、今日の会談で国がどうなるのか見定めようとしていた。


そこへ、群衆を割って三人が到着する。


「お待たせしたようで申し訳ない、殿下」


ラドは帝国人の数歩手前で足を止め深々と、しかし必要以上に遜らず一礼した。


「全くだ。皇帝の弟であり、この地の総督を待たせるとは良い度胸だ。本来なら、そなたらのような者と対等に言葉を交わすことはないのにな」

「機会を作ってくださり、感謝申し上げます」


皮肉に礼儀正しく丁重に返され、幾分毒気を抜かれたらしい。


「本日会議に参加する、総督のサリフと宮廷魔術師のゼキ、書記のベクタスだ」


と、総督は簡単に自己紹介をした。


「で、お前がラドか」


黒曜石の瞳が、輝くような金髪を、端正な顔立ちをまじまじと見つめる。


「確かにハレムのどの美姫より美しいな」


容姿を褒められ、ラドは口をへの字に曲げながら「光栄です、殿下」と返した。


「で、お前は?」


ラドの背後にいる、牢でラドを名乗っていた男へ胡乱気な眼差しを向ける。


「初めまして、殿下。本日立会人を務めさせていただきます、吟遊詩人(グスラール)のオグと申します」


オグはにこーっと愛想を振りまく。


「ハジメマシテ」


サリフは不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「それから、この者は副リーダーのネナドです」


 軽く頭を下げる傷痍軍人に、老魔術師が声をかける。


「どこかで……戦場で会いましたかな?」

「覚えておいでで?」


ネナドが無表情に問い返す。


「いや。数多の戦場に行きました故。ただ、あなたの眼差しが仇を見るようでしたので」

「……失礼致しました」


視線を下げる。しかし握られた拳は、焼き払われた部下のことを思い出しているようだった。


「戦場で長く生きれば恨みを買うものです。気分を害されたなら申し訳ない。ただ、今日は話し合いの場でしたな」

「弁えております」


俄かに雰囲気が張り詰める。オグは無理やりネナドの前に割って入る。


「ところで、楽器を持ち込んで良いですか? これがないと落ち着かなくって」

「なにか暗器を隠しているんじゃなかろうな」


訝し気なサリフに一本弦(グスレ)を差し出す。


「滅相もない。調べてみます? それともBGM弾いてましょうか」


ゼキが代わりに楽器を手に取って「魔力の波動もありません」と述べた。


「あと、伴奏は要らん。話し合いの最中は静かにしてろ」

「はーい」


オグは良い子のように元気よく返事をした。


「それでは結界を引かせていただく」


ゼキの提案は事前に取り決めのあったものだ。鉄製の武器を持てないのなら、皇族である身を守ることができない。関係ない人間がモスクに忍び込んで話し合いを邪魔する恐れもある。だから話し合いの最中は結界を張ったままにする、とのことだった。


乳母が多ければ子どもは迷子になる。話し合いに外野を入れないのは賛成だが、どうにも嫌な予感がする。


「確認させていただいても?」

「なるほど、帝国魔術師の腕を疑うと言うのだな?」


慎重なネナドに、サリフは嫌味を言った。


「いいえ、殿下。帝国の宮廷魔術師の御業をこの機会に目に焼き付けさせていただきたく」


サリフはゼキに視線をやる。彼は頷いた。


「好きにしろ」


ゼキが結界を生成し、その魔力の流れをネナドが解析する。

その間、手持無沙汰な二組は適度な距離をとり、相手を観察している。互いを信頼できないのだから仕方ない。


「定刻より前に来たのに待ち構えてるなんて」


オグの呟きに、ラドもこそこそと返す。


「伏兵か?」

「いてもおかしくない。でも建物は狭いからな。隠せる人数には限りがあるだろ」


オグの戦闘力は未知数だが、元軍人のネナドがいればある程度の人数を捌けるだろう。


「それにこっちも」


オグが建物の陰にちらりと目をやる。恐らくだが、シラがついてきている。


暫く、透明な噴水を眺めていた。濁ってないので少なくとも、どちらも鉄を持ち込んでいないようだ。


やがて、監視していたネナドが戻ってきて、不審な魔力の流れはなかったと告げた。魔力も人の流れも完全に遮断するという。ただ、ゼキが魔法を解くまで、解かなければ凡そ半日程度、結界が維持されるらしい。


「準備ができました」


ゼキが入り口で杖を構えて待っている。


「では、中へ。精霊(ヴィラ)の前で、この国の未来を語り合うとするか」


あまり気乗りしなさそうに、サリフが真っ先にモスクの中へ向かっていく。


ラドとオグは互いに顔を見合わせ、頷いた。


取り囲む兵士たち、白の国の人たちが固唾を呑んで見守る中、すりガラスのような結界が生成され、モスクが覆われていった。

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