第四十二楽章 脅迫的な説得
ラド夫人とネナドが帝国人を襲ったグループを発見するのは容易だった。流水の街で住民らに話を聞いていたところ、向こうから声をかけてきたのだ。
「こんなこと即刻辞めてくれ。武力で戦っても勝てないと判断したから、我々はその手段を捨てたのだ。同胞たちがせっかく耐え忍んでいたのに、無駄になってしまう」
集団は、若者たちが中心で、街ではろくに職についてないならず者である。リーダーと思われる男はやせていて、髪は短く刈り込んでいたが、まだ十代に思われる。ただ、目だけは笑みを浮かべてもナイフのように鋭い。
ネナドの説得を最後まで黙って聞き、ようやく口を開く。
「あんたがネナドか」
「俺を知っているのか?」
「騎士だった父が話してくれたよ。白の国の期待の英雄だと」
リーダーであるマルジャンの父は帝国と戦い、彼が幼いころにさらし首にされたという。面識があったか覚えがないが、ネナドと同じ旗の下で戦ったのだろう。
「そんな元将軍が臆病風に吹かれていて残念だよ」
マルジャンは嘲るように片唇を釣り上げる。
「今、鉄格子の向こうに捕まっている間抜けな奴が、みんなと海までピクニックに行って、それで何が変わった? 帝国人共は相変わらずこの国でのさばって、俺たちの家を奪い、富を奪い、繁殖までしているじゃないか。
俺たちは違う! 俺たちが拳を振り上げた時、奴らは怯えていた。この国が自分たちの『家』ではないと思い知ったのだ。恐怖こそが、奴らを思い上がりから解き放つのだ!」
「それは、さらなる虐殺を招くだけだ! 総督は、帝国兵たちを向かわせている。これを口実に我々を根絶やしにするぞ!」
ネナドが必死に説得するが、マルジャンは頑として聞き入れなかった。
「ならば、新丘の町で起こったことはなんだ。丸腰の民衆が一方的に銃弾に撃たれたじゃないか。道しか残されていない。屈服するか、戦うかだ。
奴らに根絶やしにされる前に、奴らを震え上がらせてやる。奴らの家族が枕を高くして寝られない夜を、俺たちが作ってやる。俺たちはもう、と殺されるだけの家畜じゃない。ラドがいない今、俺たちが新たな道を切り拓く!」
この時、本物のラドは夫人としてベールを被り、ネナドの背後に大人しく控えていた。
しかし勝手に不在にされ、良しとするような性格はしていない。
「それで? 独立のためにやってることが、女や子どもを殴る? それが白の国の人間がすることか?」
「女に何がわかる。引っ込んでろ」
相手にすらされないその一言に、短気なラドはすぐに腹を立てる。
「女相手に、一人では反論もできんのか? 自分よりか弱い相手にしか手を出せない臆病者共が」
テーブルを叩き啖呵を切る美女に、さすがに見惚れていた男共もいきり立つ。
「このアマっ! ちょっと綺麗な顔をしてるからっていい気になって!」
「そうだ。帝国兵だって関係ない、袋叩きにしてやりゃあいいんだろっ!」
血気盛んな一人の意見に、若者たちの何人かがぎょっとした顔になる。全員が帝国兵と全面戦争をする決意まではないようだ。
「不意打ちでもする気か? お仲間と一緒に?」
「それがどうした。正々堂々とやって勝てる相手じゃないだろ」
「自分たちが言っていることを省みろ。情けないと思わんのか!?」
「言わせておけば……!」
ネナドが必死に止めようとしたが、マルジャンはラドに掴みかかろうとし、ラドもラドで拳を構え、まさに一触即発となった。
「はーい、そこまででーす」
気だるげな声が場違いに響き、二人の間に割って入り、額を押して遠ざける。
周囲を取り囲んでいた若者たちも、突然現れた埃色の髪の少女に目を白黒させる。
「なんだお前は!」
「ある時は反政府組織のメンバー、ある時は占星術師師、ある時は新聞記者、そしてある時はその配達員のシラです」
テキトーな自己紹介をしながら、二人の間に一枚の紙を差し出す。それは最近のニュースが書かれた紙面だった。
「なんだ? 何が書いてあるんだ?」
騎士の息子マルジャン以外のならず者たちは、文字が読めないようだった。ネナドは紙を受け取り、皆にわかるように声を出して読み始めた。
「25日、帝国が統治する白壁の街の牢内にて、異例の会見が行われた。 現在、反帝国活動の首謀者として収監されている指導者ラドは、看守の黙認のもとで各国の報道官と鉄格子越しに対面。やつれて人相が変わっていたものの、流水の街で発生した『帝国人母子襲撃事件』を強く非難する声明を出した。以下にその全文を記載する。
『白の国の全ての同胞たち、そして流水の街に住む兄弟へ、獄中のラドから伝えたいことがある。
私は今、この冷たい地下の石壁の独居で、かつてないほどの激しい怒りと、耐え難い恥辱に震えている。
先刻、私の耳に届いたのは、流水の街の若者が、非力な母子を取り囲み暴力を振るったという、獣にも劣る凶報であった。
我々が求めているのは、帝国から自由になり、白の国の人間としての尊厳を取り戻すことではなかったのか? 自分より非力な女性を打ち据え、幼子の前でその血を流させることが、我々が取り戻そうとした尊厳なのか?
ラザルをはじめ、この国を守った騎士たちは、弱きを助け、守るべき者のために、強大な敵と命を懸けて戦った。今回の一件は彼らを冒涜し、白の国の歴史を貶めるものだ。弱者への暴力は、我々の魂の敗北である。そんなものは独立に繋がらないし、もし弱きものの血を以って独立が果たされるのであれば、私はそのような国を拒絶する。
我らは長く、踏みにじられてきた。それは事実だ。しかし、同じように相手を踏みにじるならば、それは我々が唾棄していた者と同一の行いをするということだ。相手の尊厳を認め、赦すことできたら、我々の魂の勝利となるだろう。
私はここに誓う。わが同胞が武器を捨て、罪なき者への襲撃を止めるまで、私は一切の食事を断つ。
私の命が惜しいと思ってくれるなら、誓ってくれ。もし暴力を続けるなら、私の死を看取るがいい。帝国が私を餓死させるのではない。同胞である君たちの暴力が、私の命を絶つのだ。君たちが次に拳を振り下ろすとき、それはこの独房で横たわる私の首を打つものと心得よ。
傷ついた母と子に、深い謝意を捧げる。再びこのような恥が繰り返されぬよう、私はこの命を賭けて尽力しよう』」
読み進めるうち、若者たちに動揺が広がる。
「ラドが断食?」
ラド夫人は祈るように手を握りしめ、「あのバカが」と呟く。
マルジャンがネナドの手から新聞を奪い取り、握りつぶす。
「……汚ねぇぞ、ラドの野郎」
震える声で吐き捨て、怒りで顔が赤黒くなっていた。
「俺たちが帝国の人間をぶちのめすのが、そんなに気に入らないのか? 自分の命を盾にして」
「ラドは命を懸けて君たちの過ちを止めようとしているんだぞ!」
「何が過ちだ。俺たちはこの国のために戦ってるんだ!」
ネナドの一喝に仲間の若者が反論するが、マルジャンだけは据わった眼でぶるぶると奥歯を噛みしめていた。
「あいつは分かっているんだ。ラドが餓死してしまったら、俺たちは独立の英雄を殺した裏切り者として、白の国の人々から呪われることになる。民衆は一生俺たちを英雄を殺した人殺しと蔑むだろう。自分の命を人質にして、俺たちを縛ろうとしている」
マルジャンにとって、自称ラドの行為は、自らの正義を押し付ける強要である。
「こんなの、脅しじゃないか」




