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第四十楽章 執政官との対面

オグはできることをすることにした。敵を知れば勝利できるというような格言があったではないか。せっかく敵陣の中にいるのだ、と少しでも情報を集めることにした。


” ギュネイの方は? 従妹の……ニライちゃんだっけ? 気になるんだろ。告白しちゃえよ ”

” でも相手は俺のことなんとも思ってないんだぞ。いきなり恋文送ったらキモくないか? ”

” 馬鹿野郎。何とも思ってないから意識させるんだよ。まずは様子見しろ。なんとかの花を見たら君を思い出した、この髪飾りが君に似合うかもとかなんとか言って ”

” でも…… ”

” 自信ないなら添削してやるから ”

” そう言って、読み上げさせられるんだろ? ナジクのやつが顔を真っ赤にしてたの見たぞ ”

” そう言うなよ。声に出して読んでみることで綴りのミスや誤字に気づくんだから。もっと良い言い回しだってあるかもしれないだろ ”


尋問や雑談の最中に相手の名前や家族構成を聞き出し、それを元に話を拡げていく。そうしているうちに、何人かが拷問に手を抜くようになった。誰かわからない相手ならば好き勝手暴力を振るえるが、知り合いはやりにくい。オグから大した情報を得られないので、尋問は殆ど雑談で終わることもあった。


彼らは帝国騎士で、同じ皇帝に忠誠を誓っているものの、帝都で訓練を受けた近衛歩兵、火気を扱う砲兵部隊とは対立があるようだった。特に近衛歩兵の中には白re4f5tの国などの属国から徴兵された少年たちも入っているようで、純粋な帝国人ではないと内心差別しているようだった。騎士の多くが故郷に家族を置いて来ていて、牢の中で帝国に居た時に覚えた歌を披露すると、大変喜ばれた。


たまにシラが顔を見せに来て、外の情報をくれた。現在、ラド改めミリャーナ夫人は皇帝の誕生祝に政治犯たちへのプレゼントを企画しているのだという。栄えある皇帝の祝日と言うことなら相手も断りにくい。尋問官たちが懐に入れにくいよう、すぐに悪くなるような果実や菓子を大量に牢に送るつもりらしい。何か好物はあるかと聞かれたので、サワーチェリーのケーキと答えておいた。当日を楽しみに待っているとしよう。


” どうしたんですか、ハサンさん ”


その日、オグは早朝から身体を剥かれ、身を清めるよう仰せつかった。痛む古傷を堪えながら冷たい井戸水で肌を拭い、髪を洗い、無精ひげを剃って、いつもより清潔な服に袖を通す。身支度が整うと手鎖をつけられ、追い立てられるようにとある部屋に連れていかれた。少しは話すようになった中年の男も、告白の相談に乗ってやった青年も、有無を言わせず、顔には緊張が漲っていた。


扉を開いた瞬間、眩しさに目を細めた。何しろ、殆ど地下室にいるのだ。今が昼間だと認識するのも、窓からの日の光も久しぶりだった。


その光の中に、人の姿があった。身体つきは少年とも青年とも呼べるが、彫りの深い顔立ちは、あどけなさはなく、既に完成されているように思えた。宝石のついたターバンを被り、両脇に正装の兵を従え、質素な木の椅子に踏ん反り返っている。


” お前がラドか? ”


黒曜石の瞳は美しいが高慢だ。オグは椅子に座ることなく一礼した。


” お初にお目にかかります。皇帝の弟君 ”


初対面の相手を見切ったことに、皇弟は、ほぅと息を漏らしたが、何のことはない。こんな偉そうなガキが二人といてたまるか、とオグは思った。


” ……思ったより美しくないな ”


この国に来てからそんな評価ばかりで腹が立つ。ラドと比べれば大したことないかもしれないが、自分も悪くない方だぞ、垂れ目と下まつ毛なんか色気があってセクスィー、と内心反論をする。


” 期待に沿えずすいませんね ”

” 宦官にして兄上のハレムに入れてやろうかと言ったが、これでは務まるまい ”

” 期待に添えず良かった ”


あの舌封刑の領主と言い、最近、男に狙われ過ぎではないだろうか。なぜ女に狙われない。占いを信じる方ではないが「男難の相が出ている ”とか「今年は下半身に注意 ”という占い師は信頼がおけるかもしれない。


” 本日ここへは、兄上の贈り物の品定めに? ”


絶対別に良い場所があるよ、だから俺はやめてね、と言外に含む。


” 一度、手を焼かせた指導者とやらの顔を拝んでおこうと思ってな ”

” さすが、皇帝の弟君ともなると随分自由時間があるようで ”


暇なの、という皮肉は通じたらしく、サリフは片眉を吊り上げる。


” そなた、目的はなんだ? ”

” 勿論、貴国から自由を取り戻すこと。いや~、結構あっちこっちで言ってるつもりだったけど、あなたのお耳に入っていないとは、力不足を痛感するな~ ”


アピール足らなくてごめんね、とおちょくったが、黒曜石の瞳は冷え切ったままだ。


” こんな何の益にもならないことに身を投じるのは何故だ。どこぞの組織から金でももらっているのか? ”


黒き王国の関与を疑われているのか、純粋な疑問かはわからない。オグは逆に警戒を見せずに気楽に答える。


” ほぼボランティア。寄付をもらっているのは否定しないけど、殆ど運動資金で消えてるから ”

” そなたの意思でこの愚行を犯しているというのだな? ”


帝国への反抗を、彼ははなから意味のない活動と決めつけているようだった。

組んだ指の上に尖った顎を置き、小ばかにして笑う。


” その結果は見えているのか? 我が国から独立することが、この国のためになると? ラザルの死より前からこの国はバラバラだった。それぞれの領主が半目し合い、我々が占領することは容易かった。実際、税も安くなり、貿易で交易路は潤い、餓死者も減っている ”


帝国の統治を全否定することはできない。オグの目から見ても、この国は帝国に占領されてからの方が豊かになっている。


” 白の国の民たちに自由を与えれば、たちまち空中分解し、近隣国に吸収され、民たちの混乱を招くだろう。恩知らず共にこの国を統治できるか? ”

” あんたは立派な鳥籠を作り、鳥に良い餌を与えていると言うんだな? ”


黒曜石の瞳を真っ向から見据える。


” だが、鳥が求めているのは籠での暮らしではない。空を飛ぶことだ。

こいつは上手く飛べないからと言って閉じ込められてちゃ、いつまでも経っても飛べるようになれない。

たとえ空に嵐が吹き荒れていようとも、籠を開け放ち、失敗する自由を与えてほしい ”


沈黙が訪れた。皇弟サリフは指を解き、大げさにため息をつく。


” 失敗するのが目に見えているのに、自由を望むか。我々の支配の何がそんなに不満なのだ ”

” 自分が選んだ道なら苦労も受け入れられる。

支配を受け入れるかどうかは、自分が納得するかどうかなんだよ ”


サリフは黒々とした目をカッと見開き、凄む。


” 帝国の軛から抜け出せると、本気で思っているのか? ”

” そうじゃなきゃ、誰が好き好んでこんな目に遭うと言うんだ? ”


オグは目を離さず、少し肩を竦める。


” 道を白く塗ることが? 我々を打ち倒すことに繋がると? ”

” 独創的だったでしょ ”


嘲るような糾弾に、にこーっと輝くような笑顔で応じる。


” まともに銃も揃えられないような白の国の人たちでは、勇猛果敢な帝国兵にとてもとても敵わない。だから、それ以外の全部をやらせてもらった。嫌がらせが続けば、統治するのが嫌になるんじゃないかと思って。

実際、やりにくかったんじゃない? ”


総督の顔に一瞬、年相応のしかめっ面が浮かぶ。


” そんなことで、帝国の支配は揺るがぬ ”

” そうかな。やってみないとわからないだろ? ”


互いの視線が衝突する。視線に温度があるなら、火花が散っているだろう。


” あれを持て ”


先に目を逸らしたのはサリフの方だった。部下に指示してくしゃりとした紙をオグの眼前に広げさせる。


” その文書の下から十行目だが ”


目を皿のようにして見るが、全く意味がとれない。


” ごめん。最近疲れがとれないせいか急に老眼になって、眼がしょぼしょぼ、ピントは合わないだよねー。この書類が何か? ”

” …… ”


サリフの瞳に思案するような色が宿る。


” それは、そなたが余に出した手紙だが ”


オグはしまったと思った。顔には出さなかったつもりだが、疑念を抱いたサリフは部下たちに筆記用具を用意するよう指示を出した。


” そなた、自分の名前を書いてみろ ”

” お断りしまーす。自分の署名が何に使われるか気が気じゃないんで ”


帝国兵がインク瓶を乱暴に置き、無礼なオグを鋭い眼光で睨む。一方で主のほうは冷静だった。


” ならば好きな単語でも、АからДでも構わん ”

” あんたらの持て成しのおかげで、ろくにペンが持てなくてさー ”

” 真実の輪を握らせるため、拷問は加減はしてあるはずだ。さっさと書け。それとも ”


やはり書けないのか、という疑いの眼差しに、オグは覚悟を決めてペンを握る。慣れない手でインクをつけ、ミミズがのたうち回るような字を書いた。と言っても、自分の名前くらいしか書けない。


” そなた、ラドではないな。ラドは繊細で几帳面な文字を書く ”

” お見苦しくて申し訳ない。何分ペンを握るのは久方ぶりで ”

” 筆跡は変えようのないものだ。そもそも、ペンの持ち方、インクの付け方、紙の抑え方、一度身につけたものは容易く失うものではない。お前のしぐさは全て文盲のそれだ ”


国を統治する一族だけあって、観察眼は馬鹿にならない。

オグは記憶力が良い方だと自負している。一度会った人も、通った道も覚えているし、聞いたことのある物語なら語れる。だが、文字は読めない。オグが珍しいわけではない。この国だって過半数の人が読み書きできないのだ。


サリフはその様子をじっと観察していた。オグはグッと奥歯を噛み締める。


” 見栄を張ってたけど、実は以前殿下に送った手紙は代筆を…… ”

” ラドは教養のある人物だ。礫の街での神学校の成績は悪くなかった。試験も全て代筆したと? 学友か教師に聞けばすぐにわかることだ。会わせてそなたの顔を確認させる方が早いやも知れぬな。

反論があるなら、真実の輪を握り、自分はラドであると宣言しろ ”


オグは黙るしかなかった。黙ることが認めることだとわかっていても。

ふむ、と結論が出たらしいサリフは頷く。


” そなたはラドではないにしろ、抵抗勢力の活動に精通しているように見受けられる。

捕まったのがラドだと言う偽りを否定しない程度には、本物も、抵抗勢力も、そなたを重要視しているようだ ”


よりにもよって国のトップに正体がバレ、ラドたちの気遣いを、労力を、無に帰してしまった。膝の上で拳を握る。


” 釈放してやろうか ”


思いがけぬ提案に、弾かれたように顔を上げる。

サリフは慈悲深い笑みを浮かべていた。


” そなたが指導者ではないなら、捕えておく道理もあるまい ”


但し、と指を突き立てた。


” ラドが我が体制に逆らうような活動を辞めることが条件だ ”


自分にラドを説得しろと言っているのか。

自分の命より自由が大事だというやつが聞くわけがない。そもそも。


” 皇弟殿下。今この国の人々に自由はない。俺だけ釈放されるわけにはいかないだろ ”


今の台詞、ラドっぽかったな、とオグは思わず笑った。


” そうか ”


サリフは、つまらなそうに席を立った。


” こいつを、痛めつけておけ ”


先ほどまで親しく言葉を交わしていたはずの帝国兵に引きずられながら、これで馴れ合いもリセットか、とオグは暗澹たる気持ちになった。

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