第三楽章 占領国
第一幕 美しき革命家
広場に面した石畳の道を歩いていると、ふいに視界が開けた。目に飛び込んでくるのは、青灰色の丸屋根を戴いた建物。その両端には天に向かってまっすぐ突き刺さるような細い塔が、曇った空を背景にそびえていた。
それは、異国の礼拝堂だった。
白の国の南にある都市、礫の街。
白の国は帝国に表向きは君従を示し、暫くの間命運を保っていたが、銀山の領有を巡り帝国と対立してしまい、戦争で敗北。
その後、かつて一人の王を立て、白の国と呼ばれていた領土、領主たちが独立して治めていた土地は少しずつ切り崩され、ついには最後まで抵抗していた都が数年前に降伏した。
オグはこの街を訪れたことがある。
オグは国も家も持たず放浪する渡り人である。白の国は他国の人々と同じように流浪の民に冷たいが、一方で祝いの席では歌や踊りが欠かせず、吟遊詩人を重用してくれるのだ。育ての親でもある師は、幼いオグの手を引きながら、もう二度とこの街を訪れることはないだろうと呟いた。街の人たちはどこか物憂げで、武器弾薬を積んだ荷車が何度も通った。
十年以上前、征服される前のことだ。その時はこの場所に、教会が建っていた気がする。壁には風化した聖人のフレスコ画が描かれ、老人たちが石段に腰かけて、ぶどう酒を分け合っていた。目の前の石段にはその面影が残っているが、真っ白に塗られた壁から流れる声は、耳慣れぬ旋律だった。
城門前で偽の身分証を検められた時は姿を消していた煤色の髪の少女が街並みを眺めている。聞けば、今まで王国での任務が主だったので初めて外国を訪れるそうだ。
アンバーの瞳を輝かせながら休みなく動かしている様子は、王姉の非情な監視者ではなく、年相応の子どもに見えた。
「思ったより栄えてますね」
素直な感想だ。征服されれば、その国はそれで終わりだと思っていたのかもしれない。
「抗う奴らには屈辱だろうが、誇りなんかなくたって生きていけるからな」
実際は戦争に負けた瞬間に、そこに暮らす民の命が全て奪われるわけでも、家を追われるわけでもない。国が滅んでも、彼らの営みは続いていくのだ。
礼拝堂に入っていくのは、帝国人だけでなく大柄で肌の白い、所謂現地人も多い。
預言者教に改宗したのだろう。その方が帝国人の覚えもいいし、何より税金が安くなるのだ。帝国は預言者教への改宗を強制することはないが、異教徒は余分に人頭税を払わなければならない。
金のために信仰を捨てるなんて、とシラは年少の潔癖らしさで眉をしかめているが、それが事実。みんながみんな殉教者ではないのだ。
「あれ、なんだこの道」
記憶を辿りながら変わってしまった街並みを歩いていたが、足元の道に目が止まった。石畳の道の中央に、赤いレンガが帯のように敷かれている。
「兄ちゃんダメだよ、煉瓦のとこ歩いちゃ。そこは帝国の人たちが使うんだ」
戸惑っていたら、小麦の麻袋を担いだおっちゃんが教えてくれた。礼を言って道の端に退き、ちょっと憂鬱な気分になった。一応、支配者と被支配者の区別はあるようだ。しかも目に見える形で。
「今の知ってた?」
振り返ると、相手はすまし顔で答える。
「まあ。こうした区分があることは、事前情報で知ってたです」
オグは面白くなさそうに背に担いでいた荷を担ぎ直す。
唯一の財産といって良い楽器は、国を出る際、イストバンネから返された。
――あの刑場で、いとけないお嬢さんから預かったの。吟遊詩人さんにわたしてくださいって
師から受け継いだ楽器を守りたかったこと、あの少女と関わった事情。情報を重んじるあの天才軍師とやらはどこまで知っているのだろうか。
――うふふ、隅におけないわねぇ
全て見透かされるような不快な魔眼の面影を振り払う。
「って言うかさ、あの軍師様のことだからこの街の情報幾らか持ってるんだろ。ちょっと教えてもらっていい?」
オグのこの街についての情報は、十年以上前の、酷く朧気なものだ。徹底的に情報を集めるといっていた彼女なら、最新の情報を持っているだろう。
「それ、部外者に言うと思うですか?」
シラの声は固い。情報が機密なのはわかるが。
「はいはい。街の人に聞いて回ってもいいけど、遠回りすることになるよ。時間はかかるし、下手したらスパイ活動をしてるってことで帝国に捕まるかもしれないし」
丁度通りの向こうから歩いてきた、巡回兵にそれとなく視線で示す。雪のように白いフェルト帽から垂れ下がる布を颯爽と翻し、暗紅色の上衣を帯で留め、腰には湾曲した刀を帯びていた。衣服の乱れはなく、見るからに職務に忠実そうだ。
今の二人はある意味運命共同体。ある程度の情報開示をしてもらわねば困る。
シラは深い息を吐いた。
「わかったです、明かせる範囲で。で、何が知りたいですか?」
よし、協力の姿勢を引き出した。
「えっと、この国に来たのは、白の国を占領する帝国に詐欺を働くことだったよね」
まずは目的の確認である。
白の国はイストバンネの弟が治る黒き王国とは地続きであり、もし元のように独立国として機能すれば、干渉地帯となる。せめて帝国の支配力を削げば、黒き王国の命運は延びる。
「ええ。現政権の政局が混乱して政治的な空白地帯となることが望ましいです。あなたにそこまでは望みません。せめて、あの領主にやったように、我が国の侵略のために蓄えている軍事費を削いでいただければ御の字です。
因みに、執政官は最近交代し、16歳の青年になりました」
「10代!? マジか」
「現皇帝の同腹の弟で、軍務も政治経験も少ないから、皇帝が経験を積ませようとしたのでしょうね。鴨にするなら狙い目です」
獲物まで教えていただけて大変ありがたいが、一人で執政官をやるわけがない。帝国を支える優秀な部下たちもついているだろう。
「やれるだけやってみるよ。
ところで、この街で、指導者になりそうな人っている?」
街の一角では、絨毯や陶器が並び、帝国語の呼び声が聞こえ、隣の鮮魚売りの屋台では白の国の言葉が威勢よく響く。
「俺は楽器を奏でる異邦人。そんな奴、この国の連中が信用すると思う?
由緒正しい家柄とか、顔が広いとか、えーっと、真面目そうなやつ。
執政官を騙して金を巻き上げるにしても、地位がある奴が味方についてくれると有利だと思うんだよね」
それらしい理由を並べたが、要はオグは旗頭になるのが嫌なのだ。反政府活動をする場合、リーダーが一番命を狙われる。そんなこと周知の事実だ。
帝国に打撃を与える工作とやらが失敗したらそいつのせいにすればいい。もし帝国軍に目をつけられたら、そいつに責任を被せて逃げてしまえばいい。そう言う計算もある。
それとも君が旗頭になる?と問いかければ、ダンゴムシのように目立たちたくないシラは露骨に嫌そうな顔をした。
白の国のモデルはセルビア、首都はベオグラードです。
ベオグラード万博を応援しようと拙い作品を投稿させていただきましたが、一年後に開催らしい……




