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第三十八楽章 尋問

石造りの地下室は冷え切っていた。明かりは天井に吊り下げられたランプだけで、部屋の隅まで照らすことができず、壁に刻まれた魔法陣が薄く浮かび上がっている。空気はやや湿り気を帯び、かび臭さが漂っていた。


この陰気な部屋に入れられるなり、オグは座り心地の悪い椅子に拘束された。錆びた鉄のような固い座面に、両手首は椅子の肘掛けに固定され、体の自由と逃げ場を完全に失った。

目の前の髭面の尋問官は、人の頭ほどもあるガラス質の輪を手渡した。握るよう命じられ、両指で掴むと、予想に反して軽く、不思議と温かかった。表面は滑らかだが、よく見ると精緻な魔法陣の模様が描かれている。

不意に指先にぴりっとした衝撃が走る。すると、輪の中心に蛍の群れような小さな燐光が浮かび上がった。驚いて取り落としかけたが、指の腹が輪にくっついているように離れない。


「まあまあだな」


輪の中の灯りをじっくりと観察した後、尋問官は冷徹な眼差しで、どこか楽しげにオグに微笑みかけた。


「これから話すことに正直に答えてほしい」


なんとなく、どこぞの王姉殿下の魔眼の虹彩を思い出した。精霊は嘘をつく人間から逃げていく。これはその性質を利用した魔法具ではないだろうか。


「黙秘権ある?」


突然前髪を捕まれ、頭を背もたれにぶつけられた。視界が一瞬赤く染まり、後頭部が鈍く痛む。


「あんまり手間をかけさせないでくれ」


耳元で囁く尋問官の声は、いっそ親戚のおじさんのように親し気である。

オグは背もたれにまだ痛む頭をくっつけ、深呼吸する。


「で、君は革命派の指導者のラドだな?」


早速、難問を投げかけられた。


「そう呼ばれることもある」


正直に答えるわけにも、嘘をつくわけにもいかず。小ばかにしたような返答に、相手の目が不機嫌に細まる。


「お前は何者だ?」

「いたって平凡な学生」


渡り人のオグは学校になんか行ったことがないので、これは明らかな偽り。一度嘘をついたらどうなるか試してみたのだ。やはり、と言うべきか、輪の中から光が消えた。


「自分では平凡だと思っていないようだな。……お前らの目的は何だ」


輪に光が戻るのを待って、質問が再開される。

「この国を帝国の支配から取り戻すことだ」


これは別に隠しているわけではない。というか、秘密結社ではないので、目的も手段も殆ど隠しごとはないのだ。


「仲間はどこにいる?」

「国中だ」

「そういうことではない」


質問の意図をわざと取り違えると、ため息をつかれた。


「じゃあ、どういうことだ。仲間はいっぱいいるから、正直全員は覚えていない」


素知らぬ顔で答える。まだ頭をガツンとやられないから相手の許容範囲なのかもしれない。


「幹部の連中は」

「我々に上下関係はない。みんなが幹部で、構成員だ」

「中心的なメンバーだ。例えば……将軍とか吟遊詩人とかいう」


二人一遍に聞いてくれて助かった。オグの所在だけ聞かれたら、今目の前にいるとしか言えない。


「その辺にいるだろう。詳しくは精霊通信で聞いてくれ」


尋問官は忌々し気に質問を続ける。


「精霊通信の発信機は自作したものだと調べがついている。誰もが作れるものではない。技術者がいるはずだ。そいつの名前を言え」

「そんな男知らない」


そう。男は知らない。女なら知っている。


「そんなはずない! お前は一度、精霊通信を使っている」


胸倉を乱暴に掴まれた。


「別に技術者と面識がなくったって使えるだろ。スイッチを押して喋るだけだ」


実際は面識があるが、あくまで一般論として答える。


「では通信を通信する係の者はどこに」

「わからないな。移動したかもしれない」

「では、最後に居た場所を言え!」

「そんなこと言ったって、地名なんか覚えてないし」


実際、オグは異邦人で、この国の地理には詳しくない。メンバーの所在や出入りを詳しく把握しているわけでもない。せいぜいラドにアイデアを出し、士気を鼓舞するために一本弦を弾くのが主な仕事だ。知らない、わからないばかり繰り返す相手に、尋問官は業を煮やす。


「お前が指導者だろ!?」

「指導者のラドが全部知ってると思わないでくれ」


例えば、この運動に黒き王国がかかわっていることなど、ラドは知らないはずだ。

何かを察したらしい尋問官がはっきり言語化し、確認する。


「黒幕は他にいると?」

「私は少なくとも、誰かに利用された覚えはない。自分の意志で動いている」


きっかけは他者の思惑かもしれないが、決めたのは自分自身だ。きっとラドだってそう思っているだろう。


「お前らには魔玉を購入できる伝手と金があるはずだ。資金源はどこから?」

「君は自分の財布に入ってくるお金がどこから来たか一々把握しているのか? 寄付は我々の活動への賛同、ありがたく使わせてもらうだけだ。どこから来るかなんて一々詮索しない」


その後も尋問は続いたが、幸いなことに、よく回る舌のおかげではっきりと嘘をつかず切り抜けた。輪の中心の灯は時折揺らぐだけで大きな変化はなかった。




魔法具で情報を引き出せないとわかるや、通常の尋問となった。つまり古来からある、痛めつけて供述を引き出すという方式だ。


気絶から目が覚めると、鈍くなった痛みが襲ってくる。縄が手首に食い込み、体は天井からぶら下がったまま微かに揺れていた。つま先を精一杯伸ばしているが、床には届かない。肩はとっくに脱臼している。また楽器を弾けるようになるだろうか。もっと他に心配することはあるけれど、ひとまずそう思った。

上半身は服を脱がされている。肌には鞭の跡が残り、息を吸って肋骨が開閉する度にひりひりとした痛みが走る。部屋は先ほどの部屋よりやや明るいが、地下には変わりない。恐らく先ほどは精霊の燐光を見逃さないため、限界まで暗くしていたのだろ思う。油の匂いや革の匂い、木の匂いがする。


拷問官たちはお祈りか食事に出ているのか、今は不在だった。そのせいで自分の呼吸の音だけがやけに大きい。指先は感覚がないし、痛みで思考が鈍くなる。だというのに、こんな時でも喉は乾くし腹が減る、トイレにだって行きたくなるのが厄介だ。それが生きているということなのかもしれない。


乾いた唇を湿らせ、オグは掠れる声で囁く。


「シラ、いる?」


薄暗い室内からぬっと影が現れた。用途がわからない、わかりたくもない拷問器具の上に座り込んでいる。


絶対、近くにいると思った。オグを監視する必要があるからだ。帝国に囚われてしまった以上、黒き王国の関与を漏らされる前に、消さねばならない。


「あなた、もっと賢いかと思ってました」


膝上に頬杖をついて、シラが呟く。


「あなたの使命はこの国を混乱させること。

その意味で言えば、あなたは十分役割を果たしました。あなたは渡り人でこの国と縁も所縁もない。この国のために命を張る必要なんかなかった」


無表情だが、路傍の石を見るよりはまだ感情が見え隠れしている。


「ラドなんか見捨てればよかった。情でも湧いたんですか?」

「ほら。俺、王子様だからさ。シモジモのモノを思いやらないと」


シラが唇を歪める。


「それ、どこまで本気なんすか」


馬鹿にして笑うというよりも、今にも泣き出しそうだった。


「全部本気だけど」


けろりと答えると、わざとらしく視線を逸らし、ため息をつかれた。


「あなたが舌封刑になった顛末を聞きました。領主の金をだまし取り、重税であえぐ領民に配ったそうですね。母親が病気になって、医者に診せる金がないと嘆いた少女を特に気にかけていたとか」

「ははは。王姉殿下はすべてお見通しってことか?」

「彼女の母親は無事快癒したようです。誰かさんが渡した金で栄養状態が良くなって前より元気だそうですよ。領主は我が主が適当に理由をつけて左遷しました。領民は前より良い暮らしができているはずです」


王姉の情報網と心遣いに苦笑が漏れる。


「あなたは王子なんかじゃない。何なら市民の範疇にすらない、半端者です」


シラに指摘されるまでもなく、そんなこと、身に染みてよく知っている。


「生まれや境遇は選べないだろ。俺は親にも捨てられた孤児で、財産もないし、帰る家もない」


まともな家に生まれれば優しい両親がいるだろう。金持ちの家に生まれれば一生食うには困れないだろう。王族に生まれれば王座に座るチャンスも巡ってくる。

自分にはそんなものなかった。ただ生きるだけで様々な理不尽が降り注ぎ、途方もない苦労をせねばならない。


「でもどうやって生きるか。それだけは、どうにか自分の胸だけで決められる」


王子になれなくても、王子らしく生きることはできる。おとぎ話の追放された王子のように、自分の身がままならなくとも、理不尽な目に遭っている誰かを助けることはできるはずだ。


「ところで、自由の声の活動はどうなっている?」

「できるわけないでしょ。リーダーが逮捕されていることになってるんですよ」

「じゃ、本物に伝えてくれ。帝国に囚われているのは偽物だと公表しろって。帝国の間抜けっぷりを笑ってやれ」


シラは口を手で覆う。


「そんなことしたら……」


今オグは自由の声の指導者だと思われているから、情報を得るため、交渉材料するために生かされている。そうでないと知られれば、生かしておく価値がない。

オグは微かにほほ笑む。


「雇い主に伝えてくれ。期待してもらって悪いけど借金はこれで勘弁してくれって」


足音がした。尋問官たちが小憩から帰ってくる。


「もう行け。今までありがとな」


シラは躊躇った後、その姿をかき消した。

やがて、人の気配も無くなった。目をつぶり、自嘲が漏れる。


――あ~あ、恰好つけすぎたな


痛めつけられるのは嫌だし、死ぬのは嫌だ。オグは叙事詩のような英雄にはなれない。


それでも、その先に、家族でもないけれど、大切な人たちの幸せがあるのなら、もう少し耐えられる気がした。

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