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第三十六楽章 検問

「白壁の街で集会を開くべきだ」


ラドが言い出すと、皆はついにこの時が来たか、と顔を見合わせた。


「皇帝の弟が牛耳ってる都に乗り込むってわけか」

「国の首都を取り戻さなければ国を取り戻せないだろ」


ラドは無感動に答えたが、声に決意が滲む。

閉塞感は皆の胸を重くしていた。地方の集会は妨害され、仲間は仕事を奪われ、監視の目は日に日に強まる。何か大きな、耳目を集める出来事が必要だった。


「だが、どうやって入る? 帝国兵の検問は今まで以上な上、お前みたいにキラキラしい顔だとな……」

「入ってしまえばこちらのものだ。首都の人数は多いし、なんとかなるだろう」


積極的に逮捕されたいわけではないが、逮捕するならしろと、ラドはある種の自暴自棄とも言える心地だった。


決意表明から一週間もしない内に旅支度をして、現在拠点にしている農村から出発した。

前回の反省を踏まえ、集会の開催通知などは白壁の街に着いてからすることにして、できるだけ秘密裏に発った。

しかしラドの容姿では、いずれ人々の目に留まるだろう。

谷沿いの街道を歩いていると、ゆっくりと進む幌馬車の列が現れた。カラフルな布をまとい、馬のたてがみには花飾り、車輪には細やかな文様。遠くからでもわかる、渡り人の旅芸人一座だ。


馬車は全部で五台ほどで、踊り子らしい若い娘が馬車の端に座り、弦楽器をつま弾きながら鼻歌を歌っている。老人が焚き火の匂いを纏わせたまま馬車の幌を直し、子どもたちが裸足で走っている。


「おおっ、手斧がはちみつの中に落ちたぞ!」


オグの顔がぱっと明るくなる。木を伐っているときにたまたま、ミツバチが集めたはちみつを見つけるような幸運に見舞われた、という意味である。


「知り合いか?」

「たぶんな。ちょっと挨拶してくる」


オグは手を振り上げ、軽やかに坂道を駆け下りた。

旅芸人の一団の最後尾にいた年配の男が、オグを見るなり目を丸くした。


「オグじゃないか! 葬式以来だな!」

「その節はありがとう、ジカおじさん」


渡り人は葬儀の夜、眠らずに死者を見守る。師が亡くなった際、オグは無理を言って教会の部屋の一室を借り、葬儀を執り行った。その際、ジカをはじめとした師と縁ある渡り人たちが協力してくれ、どうにか弔いを終えることができた。


「どうやらまだ生きているようだな。黒き王国で罰せられたと聞いたが」


彼らの情報は意外と馬鹿にならない。


「やだなー。俺がそんな悪いことしてるように見える?」

「見えるとも!」


腹を抱えて笑った後、軽くハグを交わした。仲間たちが集まり、オグを囲んで次々と声をかける。故郷がない渡り人同士の再会は、決まって賑やかだ。


「これからどこに行くの?」

「白壁の街だ。あそこの顔なじみの商人の倅が結婚するらしい。祝いの催しを頼まれた」


どうやら羽振りの良い商人らしく、とびっきり盛大なものにするため、何家族か呼んでいるらしい。

同じ方に向かっているからもしや、と思ったが、予感は的中したようだ。


「俺と連れもついていっていい? 二人分の食事代は支払うからさ」


ジカは言葉を切り、遠くで手持ち無沙汰に佇むラドの孤影を眺める。


「どうせまた、危ないことに首を突っ込んでるんだろ」

「否定はしない。相場の倍でいい」

「否定しろ。俺は家族を危険に晒すのはちょっとな……」

「三倍。知らなかったことにしてくれればいい。なあ、頼むよ」

「お前の師匠には世話になったし……十倍」


舌打ちをしそうになった。足元を見られている。


「催しがあるんだろ? 俺の演奏付きでどう?」

「あいにくだが、楽器ができる奴は他にいる」


しかめっ面のジカに自信満々に笑いかける。


「そいつの腕って、俺以上?」


暫しの沈黙の後。


「……四倍。その代わり、幌馬車を一台貸す」


交渉成立とばかりに、ジカとオグは固い握手を交わした。

ジカが若夫婦を荷馬車からたたき出している間、ラドは姿を不自然でない程度に隠しながら馬車へ忍び込む。文句を言う嫁には銀貨をそっと握らせた。予想以上の出費になってしまったが、身分証もろくにない渡り人に紛れれば、白壁の国の検問をすり抜けることができるかもしれない。


しかし、世はそう上手くいかないものである。




谷間の道を抜け、白壁の街へ向かう最後の丘陵地帯に差し掛かったあたりだった。

普段は旅人や商隊が行き交う、道の曲がり角。しかし見通しの悪い藪を曲がった先、なだらかに下る道の中央に、巨大な岩のように動かぬ軍の陣幕が突如として現れた。


それは、急ごしらえの検問所だった。木材を縄で縛っただけの柵で道を塞ぎ、槍を持った兵士が列の両側に立ち並ぶ。そこに房飾りのついた帝国の旗が風にばさりと音を立てていた。

坂の途中からでも、兵士たちの動きは異常だった。馬車や旅人は列を成しているのに、旅人たちは顔を覆う布すらめくられ、髪を掴まれ、荷物の底まで探られている。


「……今まであんなもん、なかったはずだ」


幌を細く開けて様子を伺うオグの顔は引きつり、ラドも返事ができない。

旅人たちの蛇のように長く伸びた列の左右で、兵たちが鋭い目で一人一人を値踏みする。途中で列を離れようとした旅人がいたが、馬頭を誘導した瞬間、二騎の騎兵に挟まれ、地面に押し倒された。そのまま縄で縛られ、姿は陣幕の奥へと消えていった。「若い男を見逃すな!」と兵たちが言っている声が聞こえる。

胸の奥が、ゆっくりと氷になっていくような絶望に襲われる。


「おい、オグ。連中、ラドとかいう奴を探しているらしいぞ。なんでもどえらいべっぴんなんだと」


前のほうで様子を伺っていたジカが声をかけてくれた。


「……なんでここで張ってんだろ」


彼を信用していなかったわけではないが、旅の最中ラドは名前や顔を見せないように細心の注意を払っていた。情報が漏れることはなかったはずだ。それに、渡り人たちが裏切ったら、まっすぐにこの馬車を調べるはずだ。


「なんでも、占いで割り出したらしい。さっきそんなようなことを言っているのが聞こえた」


藁にも縋る思いなのか、人材が豊富ならこういうこともできてしまうのか。いずれにせよ、帝国の網は見事に革命家を捕らえた。


「ここまでありがと、おっさん。俺たちは勝手についてきた渡り人の二人で面識はない。無関係だと言い張ってくれ」


目を見開いたジカが何か聞き返す前に、「おい、そこ! 不審な動きをするな!」と兵から注意が飛んだ。ジカは何度も頭を下げながら自分の馬車へと戻っていく。

ラドはゆっくりと目を閉じ、深く息を吸った。


「……私が出るしかないな。捕まるにしても、こそこそ隠れるのは性に合わん」

「このカッコつけが」


オグは乱暴に小突く。ラドは自分に手いっぱいで怒る気にもなれない。


「だが、この状況をどう切り抜ける」


列は一人ずつ検められ、馬車は少しずつ前に進み、帝国兵の怒号が風に乗ってくる。自分たちの番は刻一刻と近づいている。


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