第三十五楽章 内緒話
「で、どうしたの?」
オグはなんとなく勘が働いていた。
もしかして、ラドに聞かれたくない話ではないか。正直者の彼女はそれを本人にうまく誤魔化すことができないのだろう。ミリャーナは周りに人がいないか、特にラドの影を警戒し、ようやく口を開いた。
「この前、半径一ヤードの範囲を限定して燃やし尽くす魔法具を開発して」
「待った。突っ込んでいい? なんでそんな兵器を?」
随分殺傷能力の高い魔法だ。暴力を用いないと銘打っている運動には不要のはずである。ミリャーナは目をぱちくりさせる。
「切ったばかりの木は水分を含んで燃えにくい。道理」
増える人々を養うため、元の耕作地だけでは足りず、開墾も行う必要があった。それに伴って、ミリャーナは既に木を切る魔法具などを開発している。さらには木々を処分するためのものも作成したらしい。
「で、その危なっかしい魔法具がどうしたって」
「一個見当たらない」
時が止まった。オグはその意味を咀嚼する。
「誰かがそれを使って帝国相手にテロを企んでるってこと?」
単に無くしたならばまだよい。意図的に盗んだのなら、当然使うのが目的だ。今まで力を振るわない無害な市民運動でやってきたのに、そんなことされたら台無しだ。
「違う。たぶん、盗んだのはラド」
否定した妹はやけに確信があるようだった。
「ラドに人が骨になるくらいの威力だって話した後に無くなった。それに、一応危険物だから大事に保管しておいた。場所を知っている人はそう多くない」
「ラドが? 何のために?」
尚更理解できない。ラドは非暴力の重要性を誰より理解しているはずだし、親を殺した仇である太守に対しても必要以上の追及はしなかった。
「帝国に捕まったら使うつもりだと思う」
オグは驚いて息を呑む。ミリャーナは視線を落とした。
「私、何故ラドが捕まりたがってるのかよくわからなかった。ラドには秘密がある。帝国に捕まって四六時中監視されたらすぐにばれる秘密」
「秘密って? まさか、正体が精霊だとか?」
正直、あれ程の美しさなら納得してしまいそうだ。ミリャーナはくすりと笑った。
「オグの発想、かわいい。さすが吟遊詩人」
自分より年下の美少女にかわいいとか言われてしまった。
「じゃあ、何?」
「本人が明かさないのに言えない。でも、明らかになったら自由の声の活動が台無しになる。少なくとも、ラドはそう考えている」
オグは考えをまとめようと、腕を組む。
つまり、ラドが焼身自殺をしようとしているとミリャーナは考えているのだろうか。その理由が自分の秘密を守るためで、帝国に捕まる前に骨になってしまえば守られるらしい。ラドに魔法具を使わせないためには、帝国に逮捕されないようにするか、魔法具を奪わなければならない。
「ひとまず、魔法具の形状を教えてくれる?」
「それほど大きいものじゃない。投てきして使うことを想定し、香水瓶に似ていて、このピンを引き抜くと数十秒後に……」
説明している内に声が力を失っていく。
「ラド、お父様が亡くなって、なんていうか、冷静になった。今までは、帝国の支配が嫌で癇癪を起す、反抗期の子どもみたいだった」
「今は、反政府組織の指導者として、自分が果たす役割を冷静に見えるようになった、と?」
ミリャーナはこくりと頷く。
だからと言って、ラドが焼身自殺を図ろうとしているというのは飛躍しすぎている気がする。それとも女の勘、兄弟の絆のようなものだろうか。
「オグ、ラドを助けて。私のたった一人の兄弟を奪わないで」
溺れかけてでもいるように、ミリャーナは腕にしがみつく。爪が食い込んで痛いほどだ。
「気にかけてはおくけど、自殺って言うのは考えすぎだよ。可愛い妹を一人にするわけがないでしょ」
落ち着かせようと、宥める言葉を口先に灯す。
ミリャーナはじっと、こちらが気おくれするほどまっすぐな眼差しで受け止めた。
「私、心の機微も空気も読むの苦手で。何が真実かわからない。
人は平気で嘘をつく、自分がした約束を裏切る。目の前で愛想よく振舞っても、裏であざ笑う。褒めてくれた口で陰口を言う」
「ミリちゃん……」
この、精霊に好かれるほどの正直者の少女にとって、人々はどれほど残酷で、彼女はどれほど傷ついてきただろう。
「でもオグは信じられる」
それでもミリは輝く瞳で嘘つきな男を見上げる。
「だって王子様だもんね」
「どぅわ! どこでそれを」
さっき食べたチェバツが飛び出るかと思った。まさかラドが、と余計な口を滑らせる。ミリは首を振る。
「あの夜、あなたが話しているとこを聞いた。シラと一緒に」
「声かけてくれれば良かったのに」
盗み聞きをされた気まずさから、父親を亡くしそんな状況ではなかったことも忘れ文句を言う。
「あの時、私、あなたがラドのこと止めてくれると思った」
ミリャーナの発言は不器用ながらも直球で、息がつまりそうになる。
「ラドが怪我をして帰ってくる度に、こんな危ないこともうしてほしくないって思った。お母様もいないし、お父様も亡くなって、私の家族はもうラド一人。同じことをすれば気持ちがわかるかも、やってることがわかれば不安じゃなくなるかもと思って運動に参加した。
確かに帝国のやり方に賛成したくはない。けど別に、ラドじゃなくてもいい。そうでしょ?」
「ミリちゃん……。誰かが動かないと、何も変わらないんだよ」
誰もが現状に不満を抱いているけど、行動を起こす人は稀だ。みんな、誰かがやってくれればいいと思っている。自分や身内が危険な目に遭うなら尚更だ。
「わかってる。ラドは誰かに任せず、自分で動く人。そうしなければならないって知っている人。運動に参加するようになってから、生き生きしていた。きっとあのままなら、ラドの身体は安全だったけど、心は磨り減っていった」
言葉を吟味してゆっくり話していた少女が、一生懸命自分の気持ちを伝えている。
「父が死んで、悲しいけどチャンスだと思った。ラドは責任感が強いから、自分のせいだと思う。家に帰ろうって言うつもりだった。殺害の責任をとるとか言って、運動から手を引こうって」
意思を尊重し、応援はするけど心配。家族とは、そういうものなのかもしれない。ラドの父も英雄にならず、元気でいてくれればいいと言っていた。
「目を見た時、もうダメだと思った。ラドは決意してしまった」
ミリャーナは悲し気に笑う。
「あの日、本当はあなたにラドを止めて欲しかった。
でもオグは、吟遊詩人だものね。あなたにとって、ラドは英雄。あなたはラドの妹じゃない」
お前は家族でないと突きつけられた気がした。実際そうだ。オグは黒き王国の工作員で、叙事詩の題材を求める吟遊詩人で。ラドを利用しているに過ぎない。それなのに、なんでこんなに胸が痛いのだろう。
「だけど王子様なら、ラドのことは守ってね」
もちろんだ、と言ってやればいい。俺に任せろと、軽薄な笑みでも張り付ければ女なんて簡単に騙せる。ミリのような世に慣れてない娘ならなおさら。
それでも、彼女のまっすぐな瞳に見つめられると、滑りの良いはずの舌が凍り付いたように動かなかった。




