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第三十四楽章 ふざける時

追悼式の日、白の国の人々の気持ちは一つになったし、その思いは国外にも伝播した。


しかし、一時の感情の燃え上がりはいつまでも続かない。

虐殺を命じた太守が職を解かれ、国外追放とされて本国に返され、処分は軽すぎると文句をいう人たちはいたが、表面上問題は解決した。元から他人事の近隣の国々が興味を失うのは早かったし、目標を一部達成した白の国の人々も、状況が停滞するにつれ関心を失っていった。

人は生活しなければならない。いつまでも非生産的な運動に身を投じるほど暇ではない。


帝国からも妨害があった。虐殺という手段は反省したらしくあまり見られなくなったが、参加者の逮捕は言うに及ばず、違反者への取り締まりが行き過ぎて殴り殺す例があり、鉱山等への過酷な強制労働の罰も与えた。その外にも、集会禁止令などの規則を定めるなどして運動をやりにくくし、ならず者をやとって運動に乱入させたり、職業組合(ギルド)に圧力をかけ、運動に参加した者を離職させるよう働きかけたり、そうした家庭から優先的に少年を徴兵する、反抗的な地域を分散させるために強制的に移住させるなどの迂遠な方法をとった。

閉塞感を覚えた人々は日に日に運動への足が遠のく。


「……しかし、諦めず声を上げ続けることが──」


古都、市の町の教会前に集まった数十人の群衆に重苦しい空気が漂う。ラドが立つ石段の上からは疎らな人垣がよく見える。運動の成果が上がらず、焦りと疲労を感じる。胸の奥に沈む不安を押し込めながら、ラドは皆に向けて言葉を探す。


その時だった。

鉄靴の音が石畳を叩き、帝国兵が四、五人、列を組んで広場に踏み込んできた。鎧の重さを誇示するように、歩みは無駄に大きい。

隊長格の兵士が布告書を突きつけるように掲げた。


” 今日の集会は違法だ。即刻解散しろ ”


ラドはすぐに帝国語で言い返す。


” 待ってくれ。我々は事前に首長に届け出ている。本日は一本弦(グスレ)の弾き方指南だ ”


オグが待ってましたとばかりに弦をゆあんゆあん鳴らした。


「えー、このように、弦が一本しかないので簡単に思われるかもしれないが」


法律によって五人以上の集会は事前に届け出が必要になった。聖サヴァを称える会や徴税勉強会など、毎回それらしい名前を捻らなければならないのが地味に負担である。


” この通り許可も…… ”


書類を差し出そうそしたが、兵は目もくれず鼻で笑う。


” そんなものは無効だ。命令は命令だ。今すぐこの場から立ち去れ ”


偉そうに言い放ち、腕を振って追い立てる仕草をした。

オグは楽器をその場に置くと、前に出た。肩を張り、胸を張り、やや大げさに顎を上げて言う。


「そんなものは無効である。命令は命令である。今すぐ立ち去るがよい」


突然の物真似に、広場にいた人たちからくすりと笑いが漏れる。兵は顔をしかめた。


” どういうつもりだ、貴様 ”


オグはにっこり笑う。


” まあまあ、旦那。あなたの命令を皆に伝えているだけじゃないですか ”


それを見ていた子どもが大げさに足を踏み鳴らし、下手な帝国語で真似をはじめた。


「ぶでちゃいすず。いみゅいみゅるど。へまんぎぶん」

「お。帝国の旦那の言葉を伝えるなんて偉いぞ坊主。他に伝えたい奴はいるか?」


次いで別の者が同じ真似を始めた。若者が兵の真似をして大げさに足を踏み鳴らし、老婆が小さな声で繰り返す。笑いは伝染し、やがて広場全体が小さな嘲笑包まれる。兵士たちは ” やめろ! ” と躍起になるのだが、怒鳴れば怒鳴るほど、その怒りが真似され、笑いへと変わる。

ラドは手をパチパチ叩いているオグの手を引く。


「こんな時にふざけるな」


オグは悪戯小僧のように歯を見せる。


「馬鹿だな。こんな時だからこそふざけるんだ。強大な敵を、困難を、真面目に相手しても、真面目に絶望するだけだ。

辛い時こそ、大変な時こそ、冗談を言って笑い飛ばすんだ。そうすれば、大したことないって、思えるだろ」


返事ができないラドにウィンクをとばす。

閉塞していたはずの集会に、久しぶりに明るいざわめきが戻っていた。笑い声は兵士の怒号よりも温かい。


「そういうことなら、私も参加するか」


久しぶりに付きものが取れたように肩が軽い。珍しい提案にオグは目を丸くした。


「おいみんな、ラドがやるってよ!」


指笛を鳴らし、やんやと囃し立てる。ラドは胸をそびやかしかつかつと行進し、手を斜め下にビシッと突き出した。


「お前らの支配なんか無効だ。白の国は白の国の人々のものである。この国から立ち去れ」


聴衆からわっと歓声が上がる。

オグだけは顔色を変えた。普段から人をおちょくっているので、臨界点がだいたいわかる。隊長格の兵が顔を紅潮させ、ぶるぶると震えている。


「こら、なんて言い間違いだ。みんな、帝国の兵隊さんのご命令はわかっただろ? ほら、撤収だ撤収!」


オグは楽器をひっつかむと、もう片方の手でラドの腕を掴み走り出した。

その場にいた人々も蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。悪戯が近所の怖いおじさんに見つかった子どものようにどこか楽し気に。帝国兵たちがやるせなく拳を振り下ろす。ラドは力いっぱい駆けながら、久しぶりに笑っていた。


         ‡   ‡   ‡


「で、次の集会どうする?」


机に肘をつき、冷めたプロヤを指先でちぎりながら、活動について練っていた。とうもろこしの粉を使ったこのパンは黄色っぽく、空腹を満たすには十分だが、のどに張り付く。皿の隅には、親指ほどのひき肉でできたチェバピがあり、昼食の時間に間に合わなかった二人にとっては十分すぎるごちそうだった。


「皆に希望を示さねばなるまい」


ラドの瞳は窓の外に向けられていた。ここは今は亡きラドの父から譲り受けた別荘。元領地で、広大な農場がついていた。外では、仲間たちが不慣れな手つきで鍬や鋤を振るい、土を耕していた。彼らは運動に参加し、職を失った人たち。動きはぎこちないが、必死に、まるで大地に未来を刻み込もうとしているかのようだった。


鈍い音がして、よけろよーと注意の声が飛んだ。

ローラー状の金属が回転しながら畝の一つを進む。どうやら耕しているらしく、掘り起こされて地中の黒く湿った土が顔を出し、遠目にも通った後には土の色が変わっているのがわかる。

食堂のドアが開いた。


「やっとできた」


ミリャーナがふらふらと部屋に入ってきた。

美しい手の爪は欠け、間に土が挟まり、栗色の髪や白い顔にも泥がついている。

ミリャーナは通信の傍ら、この地で魔法を使った農具の開発をしている。おかげで随分作業が効率的になっている。


「ミリちゃん、お疲れ」

「ミリャーナ、食事にするなら手を洗ってきなさい」


オグがねぎらい、年長者らしくラドが声をかける。


「はーい」


彼女の姿は一瞬だけ水場のほうに消えた。その間、ラドが食事をよそってやる。昼食の残りものを食べる二人のさらに残りなので大したものはないが。

ミリャーナは椅子に掛けると、すぐに皿のプロヤを頬張った。膨らませる様が子リスのようで可愛らしい。あまり味わっているようには見えないが。


「ミリちゃんのおかげで農作業が楽ちんだってみんな言ってたよ」

「ん」


ミリャーナは口をもぐもぐさせながら無表情でオグの称賛を受け取る。当然だと受け止めているというより、どう反応してよいかわからないという感じだった。


「でも、ミリちゃんの魔法具ってミリちゃんだけしか使えないんじゃなかったっけ」


オグが疑問を口にすると、食事をごくんと飲み込むついでにミリャーナは頷く。


「自分でもそう思ってた。でもやってみたら、意外にできた。今までは必要性を感じてなかったのかも」


家で籠って開発しているのと、実際にそれを使う場面に遭遇し、使う人に出会い、話を聞くのでは全く違う。ミリャーナは外に出たことで自分の道具が他人に使われるという事実にようやく思い当たったのかもしれない。

よい変化だとラドは嬉しくなる。

冷めて油が浮いているものの香辛料の効いたチェバツも食べ終え、井戸水で喉を潤し、一息つく。


「じゃ、俺はみんなの様子を見てくるわ」

「待って」


オグが席を立つと、ミリャーナが慌てて残りのプロヤを口に入れ、喉につまらせそうになった。


「落ち着け」

「どうしたの、ミリちゃん」


やっとのことで飲み込み、ミリャーナが息も絶え絶えに告げる。


「話がある」

「話ならここですればいいだろ」


妹は困った顔でラドとオグを見比べている。途端にオグはにやついた。


「ははーん、力仕事を頼みたいんだろ。ラドが頼りにならないって言ったら気を悪くするら言いたくないんだな? 頼りにされて困っちゃうなー」

「もう気分が悪いのだが」


ぼやくラドを部屋に残し、妹と吟遊詩人は外に出た。

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