第三十三楽章 英雄たちの葬列
『帝国未公認通信の時間だ。
本日は私、自由の声の代表、ラドが務めさせていただく。
皆も既に聞き及んでいるかもしれぬが、四日前、新丘の町で広場に集まった人々が帝国兵に射殺される事件が起きた。彼らは武器を持っておらず、犠牲者の中には女性や老人もいた。これから犠牲者の名を呼び上げる。よろしければ、共に彼らの死を悼もう』
ラドと名乗った声は、厳かに一人一人の名と簡単な略歴を読み上げた。淡々としていたが、棒読みというわけでもなく、どこか悲しみや同情がにじんでいた。
黙とうにも似た短い合間の後。
『以上、三十七名。本来、奪われるはずの無かった命だ。どの命もかけがえのないものだ。特定の誰かを特別扱いすることなどできないが、今呼び上げた名の中に私の父の名がある。大目に見て、少し時間をとらせていただけないだろうか。
私はあの日、集会に参加する予定で道を急いでいた。しかし、途中で帝国から釈放されたという盗賊に襲われた。どうにか逃げ延びたものの、足を捻って予定日には間に合わない見込みとなった。そこで兄弟石の指輪で父に伝言を預けた。
父は夜に町に到着し、集会が中止になったと、住民らに伝えた。そこへ帝国兵が現れ、無抵抗な彼らに発砲したそうだ』
機械的な口調だったが、感情を押し殺しているのが伝わり、かえって胸にせまってくる。
『……私は父が疎ましかった。早くに亡くした母の代わりに私と妹を育ててくれた父ではあるが、私の意に反して予言者教の神学校に通わせ、妹が家に閉じこもって社会の関りを断っているのを良しとした。
何より、十年前の帝国の侵略の際、早々に白旗を上げ、自領に帝国軍を招き入れた。白の国の貴族の末席としての地位を得ながら先祖の恩に報いず、国のために戦いもしなかった父を恥ずかしく思っていた。
肉親を失った今ならわかる。父は、私たちを守ろうとしていたのだと。
父は帝国兵の攻撃を止めようと、銃口の前に立った。
そんな父を臆病者だと言う人はいないだろう。父は誰かのために死ぬことができる人だ。父一人だったならば、たとえ勝ち目のない戦いでも、自分の使命を果たすために命を投げ出しただろう。戦いから逃げたのは偏に、幼い私たちを巻き込まないようにするためだった』
声がくしゃりと震える。ラドはあえぐように息を吸いこんだ。
『私は国を取り戻すと言った。そのためには犠牲が必要だと言った。その意味を本当の意味で理解できていなかったように思う。
これからも、犠牲者は増えるだろう。運動に参加すればその可能性は高まる。
その一番上には私の遺体が積みあがるかもしれない。
それでも私は、運動を続けるだろう。
このような仕打ちを受け、黙って屈することなどできようはずもないッ!』
荒げた声は悔しさに震え、涙を堪えているのか、鼻にかかっていた。
『父が、彼らが何をしたと言うんだ? 人々は確かにあの日、現状を変えたくて、広場に集まった。
しかし、特に行動を起こしたわけでは無かった。帝国人を傷つけたわけではないし、武器すら持っていなかったのだぞ?
統治者に反抗の精神があると言われれば、なるほど、そうかもしれない。
我々は家畜ではない。意志があるのだ。自分の好きな服を着たいし、子を奪われれば悲しいし、余分に税を納めれば生きていけない。それに不満の声を上げることすら許されないのか? それは問答無用で銃弾を食らうほどの、命で購わなければならないほどの罰なのか?』
堪えきれず嗚咽が漏れた。落ち着けるように、大きく息を吸う音が聞こえる。
『占領者に大人しく従っていれば良かったと言う人もいるだろう。親を失った私は自業自得だと。
だが、口を閉ざすということは、この現状を認めるということだ。帝国の支配に加担するということだ。
帝国に占領されている限り、人間扱いされない。平気で命を奪われる。殺人者は罰せられない。こんなこと、いつまでも許していたくない。
ここは我々の国だ。我々の正義と自由がある国だ。私はこの国を私たちの手に取り戻したい。
理不尽に命を奪われたら犠牲者たちも、きっとそれを望んでいるだろう。この理想のために私は命を賭す覚悟であるし、この先も肉親や仲間を犠牲にする覚悟がある。
月末に新丘の町で犠牲者たちの追悼式を行う。
命の保証はしない。私も、自分の命がどうなるかわからないからだ。
それでも良ければ、共に犠牲者を悼み、こんな理不尽を許さないと、帝国に、諸外国に、我々自身に、意思を示してほしい』
‡ ‡ ‡
その日は、よく晴れていた。空はどこまでも青く、たなびく雲が日の光を受け、明るく輝いていた。
誰かが未練を残してこの世から去っても、残された者の胸が悲しみに張り裂けようとも、日はまた昇るし、時は過ぎていく。人々はやがて喪失を忘却する。それに抗うために人々は墓を建て、亡くなった者を追悼し、時折思い出を語るのだ。
無情な空の下、この世から去った者たちを悼もうと、新丘の町には多くの人たちが集まった。皆、白いシャツに黒い上着という教会に行くときの正装で、普段半裸で採掘している鉱夫ばかりも、この日は似合わない服を着ていた。
あの、理不尽な虐殺から日にちが経っていたが、この期間は必要な時間だった。
ラドたちはまず、あの日広場に集まった者たちに協力を呼びかけ、光板を配った。
光板は目にしている光景だけでなく、過去の、頭に焼き付いた光景をも写し取る。在りし日の犠牲者たちの笑顔。女子どもを含む武器を持たぬ民衆と銃を構える帝国兵の構図。臨時の野戦病院となり、治療を受ける人々と、遺体が安置された教会。それらを各国の報道機関に配り、占領された国の現実を伝えた。
帝国は当初、そんな事実はなかったと否定したが、反乱分子の指導者が肉親を失っているのに、偽りだと言い張れるはずがない。その次は、民衆は武器を持った危険な暴徒だったと声明を出したが、既に光板の画像や参加者たちのインタビューが載っている記事を目にしている諸外国からは失笑を持って受け止められた。
元々新興宗教を国境に定め、急速に力をつけてきた帝国を良く思ってない国は多かったが、その不満に一気に火が付いた。
帝国の輸出品の不買運動が拡がるにつれ、国内からも非難の声が上がり始めた。占領国を預かる皇弟サリフは火消しに動かざるをえなかった。そこで事情を聴くため、新丘の町の太守を白壁の街に呼び出した。間もなく彼には、皇弟の意向に背き、市民を殺害した罰で何らかの処分が下されるだろう。言わば、トカゲの尻尾切りである。
そういう事情で、新丘の町は現在太守が不在だった。後を預かる副官は、批判の眼差しのせいで身動きがとれなくなっている。
うるさいほどの鐘の音が、町中に響き渡った。国中の教会、近隣の国の協会までもが、死者の冥福を祈るため、正午に合わせて一斉に鳴らしたのだ。予言者教の礼拝所の一部も、この出来事に対する糾弾のため、祈りの時間以外に聖句を唱えるパフォーマンスを行うところもあった。
参列者たちの多くは、数百の人々が犠牲者が亡くなった広場を訪れた。広場の中心には遺影が飾られ、無数の花と蝋燭が供えられた。
広場では吟遊詩人が亡くなった三十七人の物語を語って聞かせた。余談だが入れ替わり立ち替わり人々が訪れるので、吟遊詩人は決して短くはない物語を何十回も語る羽目になり、さすがの本業の強靭な喉も日が暮れる頃には枯れていたのであった。
人々はそこで、亡くなった人たちの絵姿を受け取った。これは在りし日の犠牲者の姿を、遺族たちに光板で写し取ってもらい、それらを木版や銅板に起こして摺り増ししたものである。数に限りがあるので受け取ったのは一人一枚で、同郷の者、境遇が近い者、物語を聞いてより共感した者の絵を自分たちで選んで受け取ったいたが、やはりラドの父親の絵を受け取る人が多いようだった。受け取った絵姿を、胸の前で掲げる者もいたし、木の板に貼って看板にする者、旗にする者や、着ている服に縫い付ける者までいた。それぞれがそれぞれのやり方で亡くなった人たちの絵を掲げ、厳かに追悼式に参列した。
犠牲者たちが運び込まれた教会では、ミサが行われた。スベティスラフ司祭が駆け付け、参加者たちが聖歌を合唱し、司祭が聖書朗読や故人の生前の行いなどについて説教し、皆で祈りを捧げた。
ミサが終わると教会に安置されていた棺が運び出された。それはラドの父のものであったが、犠牲者たちを代表するものでもあった。先頭には父の遺影を胸に抱き、ベールを被ったミリャーナ。続いて親族六人で棺を運んだが、最前列にはラドがいた。ラドは玉のような汗を拭きだしながらも、交代するというネナドの声に首を振り、墓地までの道のりの最後まで棺を支えていた。
その後を、多くの人々が亡くなった人たちの似顔絵を掲げ、街を練り歩く。
それはまるで、国葬だった。
演説もなかった。文字もなかった。喪に服した人々が静かに祈りを捧げた。それは無言の、沈黙の抵抗であった。




