第二十九楽章 命を奪う音
新丘の町は丘陵にある。周辺には集落が散在し、鉱山がある山の斜面を覆うように広がっている。暗い山を掘り進める鉱夫たちに昼夜はなく、鉱石を掘る音が一日中聞こえてくる。近くには要塞に精錬所、金属を加工する職人たちの集合住宅、外国から来た技術者や商人が混在している。坑道から運ばれた鉱石は町で精錬され、交易路を通じて周辺へ送られる。
町には市場や鍛冶屋、宿屋が軒を連ね、普段から活気に満ちているが、その夜は異様だった。今日の仕事を終えた人々は普段坑道を照らすランタンを手に、作業を終えると次々と集まってくる。老いた鉱夫も、若い商人も、駆けつけた娘たちも、夜更かしをする子どもたちも、みな胸を高鳴らせていた。
「ついに来るらしい。あのラドが!」
彼らの多くは、帝国人に雇われ、或いは奴隷として働いており、幾ら金や銀鉱石を掘り出してもその取り分の多くを搾取され、不満を抱えている。革命家の美少年がこの糞ったれな現状を打破してくれるのではと期待しているのだ。
「なんでも、とんでもない美しさで、男なのに皇帝が後宮に入れたがってるんだと」
噂は噂を呼び、興奮は鉱山をまるで祝祭の前夜のように沸き立たせていた。
やがて町の入り口から一人の男が現れた。外套を羽織った見るからに旅人だが、髪は灰色で、若いころはさぞ美しかったであろう額には深い皺を刻んでいる。男はゆっくりと広場の中央に進み出ると、ラッパ型の拡声器に唇をあてた。
「皆さん、私はラドの父親です」
わああ、と期待に場が盛り上がる。しかし父親を名乗った男は頭を下げた。
「申し訳ない。集会は中止です。ラドは道中で怪我をし、間に合いません」
たちまち、広場に立つ全員が凍りつく。
「皆さん、今日は帰宅してください。これはラドからの強い願いでもあります」
突然の報に、人々はただ立ち尽くしていた。
「来ない……?」
「そんな、なぜ」
「せっかく集まったのに」
ざわめきに、動きは鈍い。次第に、怒りを露わにする者も現れる。帝国に唆された盗賊に襲われたなどと零そうものなら、彼らが興奮することは明白だ。今はただこの場を収めなければならない。
「事情は後日説明しますが、あなた方の身に危険が迫っているかもしれないのです。どうか無事に家族の元に戻ってください」
ラドの父親はひたすら頭を下げ、彼らに帰宅を促し続けた。
さて。宝の山を守るため、町周辺には幾つか砦がある。その内、東に鉱山を監視できるよう丘の頂上に建てられたものはとりわけ大きく、石の壁は非常に厚い。六つの塔が六角形に並び、そこから延びる扇状の空堀が要塞を取り囲んでいる。中には長期籠城できるよう、水源と町のような施設、料理屋に鍛冶屋、両替商まであった。これはラザルが生まれる前からあった要塞を、ラザルの息子が改築したもので、今は帝国兵が駐留していた。
この地を治める太守は、数年前にこの地の反乱を納めたこともある歴戦の男だ。主だった反逆者を殺害し、妻や娘は奴隷とし、子どもは強制徴収として帝国に送る苛烈な処置をしたものの、安心するどころ余計な恨みを買ったのではと警戒は強くなっていた。
今夜、人が集まって騒いでいるという知らせは既にあり、部下たちに見張らせている最中、その報は届いた。
” 何、ラドが到着しただと? ”
実際には父親が到着したのだが、町から少し距離のあった彼の元にはそのように伝わった。
――盗賊たちはどうしている……いや、あのならず者共をアテにするのが間違っていたな
帝国の利益を守るためにも、この地を死守しなければならない。太守は即ちに判断を下した。
間もなく、城門が開け放たれ、松明の灯りと共に整然と列を組んだ兵士たちが丘を下って行った。
「なんだ?」
なかなか収拾がつかない広場で、最初の異変は音だった。人々の騒がしさの合間から規則正しい音が次第に近づいてくる。それは行軍の足音だった。
夜の闇が晴れる。手にした松明に照らされ、帽子についた白い飾りが浮かび上がる。彼らは規則正しい列を成し、肩に魔弾を担いでいた。
” 構え ”
指揮官の太鼓の音に従い、兵たちは広場を取り囲むように一斉に並び、構えた魔弾に魔力を充てんする。
「なんで兵士が!」
「やめろ! こっちに来るな!」
自分たちに銃口が向けられていると認識し、人々はパニックに陥った。驚きと恐怖で足がもつれ、立ち竦む者もいれば、兵士に向かって行ったり、自分の荷物を投げようとする者もいる。
「抵抗してはならん! 逃げろ! 今すぐ逃げろっ!」
ラドの父親が声の限り叫ぶ。人々は我に返り、背を向けて一斉に走り出す。
” 撃つな! ラドは来ない。ここにいるのは無害な人々ばかりだ! ”
ラドの父は人々の前に立ち、両手を広げ、照準を定める帝国兵に訴える。
しかし無情にも、指揮官は腕を振り下ろした。
” 撃て ”
ぱんぱん、と乾いた音がした。
命を奪う音にしては、随分軽かった。




