第二十四楽章 自由への行進
まんま、塩の行進です。著作権はモーハンダース・カラムチャンド・ガーンディー氏にあります。インドの人、ごめん。
「海だ」
先頭にいたラドは、水平線を目にして思わず呟いた。一昨日からずっと生臭い、潮の匂いがしていた。
自然と皆の足も早まる。殆ど礫の街で育ったラドは、本物の海を見たことがない。砂に足を取られながら、足元で白い波がゆっくりと寄せては引くのを物珍し気に眺める。
「うわぁ!」
大きな波が来て靴を濡らし、叫び声を上げる。旅の仲間たちに笑われ、海風で乾いた唇で恥ずかしそうにはにかんだ。
三十人で始めた旅だったが、途中の街で合流する者、話を聞きつけ合流しようと待ち構えている者などがいて、最終的に千人近くになっている。日差しは柔らかく、時折吹く強い風が服の裾を揺らす。元のメンバーは伝統の白い服に黒い上着を着ているが、砂っぽくなってしまった。
「すまん、そろそろ始めようか」
眩しそうに義手でひさしを作っていたネナドが躊躇いがちに声をかける。
そうだ。自分たちは波と戯れに来たのではない。帝国に正面から喧嘩を売りに来たのだ。
ラドたちがこの海岸を選んだのは、ここに帝国支配以前の製塩施設が残っているからだった。施設といっても、海岸の上の方に、粘土で固めた平地を作り、そこに細かい砂を敷き詰めただけの単純なものだ。
意外に博識なネナドの指示で、人々は持ってきた桶、柄杓や水筒といった入れ物に海から水を汲み、それをその平地にできるだけ均等にまく。大きい桶は水を入れると重くなるので、海面から平地まで人々が並び、次々に人々が手渡しながら、上へと運び上げる。
柔らかかった朝の陽ざしは真上から照り付けるものとなる。作業は長時間になったので、幾つかのチームに分け、交代しながら運び上げた。
たっぷり海水をかけられた砂は、やがて日差しの熱で乾く。人々は陽で熱くなった表面の砂を、道具もなかったのでそれぞれの手で集めた。平地の中央には大きな石をくり抜いて作られた窯のようなものがある。そこに集めた砂と汲んだ海水をいれ、よくかきまぜる。すると砂についた塩分が溶け、濃い海水ができあがる。
ネナドは砂が沈殿するのを待って、上澄みを掬い、旅の間スープを作っていた大鍋に入れて火にかけた。
「後は待つだけだ」
額の汗を拭いながらネナドが告げ、見守っていた人々に達成感が伝播していく。
「それにしても、帝国兵いないな。てっきり邪魔してくるかと思ったのに」
旅の最中に逮捕されると思っていたので、予備のプランも用意していたのだが、不要に終わった。
「政府も全くわからずやではないということだ。干渉しなかったのは、心変わりだと信じたい」
珍しくポジティブなことを言うラドに、オグもそうだな、とほほ笑んだ。
実際、帝国兵たちは集団が海岸に到達したとの知らせを受け、近くで待機していた。彼らは、皇弟の命に従い、反逆者たちが塩を作り始めたら逮捕するつもりだった。
” こんな数、どうやって ”
だが、あまりに数が多かった。メンバーは三十人と聞いていたので、彼らは十人ほどしかいなかった。
手の中には殺傷性のある武器があったが、それを振るうことは躊躇われた。
人は、集団に本能的な恐怖を覚える。その集団と敵対していれば猶更だ。
中には女や子ども、老人もいて、どう見ても訓練された連中ではない。それでも、これだけの人数なら、多方面から攻撃されれば対処できないし、どう動くかは予測不能。過密するだけでも身動きが取れなくなる。
” 至急、応援を ”
しかし、一体どれだけかき集めれば、この集団を制圧することができるのだろう。運動の中心人物たちは人ごみに隠れて見えない。
やがて集団は手を繋ぎ、幾重にも重なる大きな輪となった。その中心には小さな鍋を囲み、人々の息遣いやざわめきが混じり、期待と緊張が空気に溜まっている。年少の者ははしゃぎ、年長の者はあたたかく見守っている。
「踏みにじられし此の地 祖国の旗掲げよ」
歌が聞こえた。讃美歌のように美しい音色ではなかった。大声でがなっている者もいる。音を外している者もいる。さまざまな人が、それでも声を合わせて歌っている。一つの歌を。それは波音より大きく、海さえ揺るがしそうだった。
どれほどそうしていただろう。
あれ程照り付けていた空は、いつの間にか茜色に染まっていた。水平線に沈みゆく夕日が、海面に光の筋を投げかける。
「できたんじゃないか?」
何度か鍋を確認していたネナドがつぶやき、ラドものぞき込む。
「あ、火傷するぞ」
オグの制止も聞かず、鍋に手を突っ込み、できたばかりの塩を両手で掬い上げた。
指は熱にも怯まず、心に浮かぶのは決意と穏やかな確信だけだった。群衆は息を止めるように見守る中、ゆっくりとした動作で、燃える天へと純白の塩を掲げる。
旅に同行していた記者たちが、一斉に光板でその姿を写し取る。その光景は神話の一場面のように、あまりにも神秘的だった。
「私はこれで、帝国の土台は揺らがした」
ラドが呟いた。
どんなに堅固に思える城でも、土台となる土を掘られたら、傾き、突き崩されてしまう。
救い上げた粒は、そうした帝国を支えていたものの一部なのかもしれなかった。
言葉は、波のようにその場にいた人々の胸に静かに拡がっていった。




