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第二十三楽章 現状報告

『皆さん、こんばんは。

「帝国未公認通信」のお時間です。この通信は、占領に対する我々の抵抗の声です。

波長は風精の三十度、日没の半刻前に通信予定です。

諸事情により、前回から六日以上経過してしまいました。誠に残念ながら、この通信は何故か帝国の方々のご不興を買ってしまうため、今後も定期的に通信できない可能性があることをあらかじめご了承ください。


本日の内容は、ラドから届いた手紙を読み上げます。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

故郷を出てから五日が経った。そちらはどうだ? お父様に心労をかけてないだろうか。

私の方は、意外にもぐっすり眠れている。自分は枕が変わったら眠れないタイプかと思っていたが、あまりに疲れすぎているせいだな。


高齢の大司祭様が参加されたこともあり、ペースはゆっくり、休憩も挟むのだが、日中はほとんど歩いている。途中、近くの村によって、協力を求めたり、住んでいる人たちの話を聞いたりしている。一日一村、行けて三村だな。帝国の支配に不満を抱き、協力的な村もあれば、我々に関わり合いたくないと拒絶された村も、帝国のおかげで暮らしぶりが良くなったと反論してきた村もあった。

それは事実なのだろう。帝国の支配が強固なのは、悪い面だけでなく良い面もあるからだ。だからといって、他者による支配が正しいものだとは思えない。現実を受け止めつつも、これからどうすべきか、よりよい道をずっと考えている。


村を巡るため回り道をしているので、直線距離で行くよりも時間がかかった。もし帝国兵が海で待ち構えているとしたら、なかなか来ないのでやきもきしていることだろう。

私は足が浮腫(むく)んで自分のものではないようだが、将軍は兵は歩くのが仕事だと言って平気な顔をしている。皆がそれぞれ少量の食べ物、着替えや簡素な寝具を担いでいるのだが、将軍は片腕だというのに何人か分の荷物を担ぎ、先発隊として先に村を訪れ、有力者との交渉し、飲み水や水浴びをする井戸の確保、集会をする日程と会場、土を掘ってトイレを作る場所の準備をしてくれている。渡り人も預言者教も使うと言うと嫌な顔をされるので、その説得もお願いしてしまっている。とても頼りになる。


あの吟遊詩人(やさおとこ)も余程旅慣れているのか、集団の先頭で調子にのって歌いながら歩いている。

悲劇の英雄や悲恋も知っているだろうが、大帝の婚礼、王子の活躍、三匹の竜を倒す英雄譚、勇ましい歌ばかりだ。遠くまでよく通る声で、息すら乱さない。私たちを元気づけようとしているのだろう。ただちょっと、いや、だいぶうるさいな。

休憩時間になるとを弾き始めるのだが、最近は奴の歌が休憩の合図になって、あの耳障りな音を待ち遠しくなる者もいる始末だ。


ああ、そう言えば、天幕を作ってくれてありがとう。

お前はちょっと狭いかも、と言っていたが、着替えるにも、用を足すにも十分なスペースだ。

あの魔方陣を描いた刺繍は見事だな。中に人が入っていると、風が吹いても、例え人がめくろうとしてもびくともしない。


吟遊詩人は旅を始めた当初、「そこまで徹底する必要ある?」と聞いてきた。

貴人は人前で無暗に肌を晒さないものだ、と言ったら。

「え? 将軍も貴族だったらしいけど、さっきありのままの姿で一緒に川に入ったけどな」

と首を傾げられたものの、

「まあお前、お坊ちゃん育ちだからな」

という雑な納得をされた。腹が立つ。

しかし、男女問わず、偶然を装って着替えを覗こうとする者があまりにも多いので、

「舐めてたわ。マジすまんかった」

と頭を下げられた。腰から直角だった。


「でもさ、お前が魔性なせいだよ。絶対そう。

あの村の奴だって、確かめたかっただけなんだって泣いてたじゃん。お前を襲う意図はなかったと思うよ」


今回覗き見しようとした若者は(将軍が取り押さえてくれたのだが)、どうやら私に一目惚れしてしまい、男に惚れてしまうなんて、と思い悩んだ末、私の裸を見れば正気に戻れるかもしれない、と天幕に突撃したらしい。


「人間って隠されると暴きたくなるもんなんだよ。物語でも、絶対この部屋を開けるな、って言われたら絶対開けるだろ。いっそ生着替えを披露すれば覗き見されなくなるかもよ?」


と奇天烈な提案をしてきた。ふざけるな。言語道断だ。


「って言うか披露してくれ~。自分の性癖を確認しとかないと俺が俺でなくなっちゃうんだよ~」


訳の分からないことを言って腰に縋ってきたので、腹に蹴りを入れておいた。

さすがにやりすぎたらしく「お前……暴力は、ダメだろ……」と呻いてその場に芋虫のように転がった。

私は反省した。帝国相手に暴力を振るうな、と皆に言っているのに、一時の感情で自分が足を出してしまった。


しかしよほど丈夫なのか、数時間後にはケロリとして行進の先頭に立ち、外国語で陽気に歌っていた。シラが隣で変な顔をしているので、なんだろうと耳をすませたら、


「るるる~、俺の喉で国が傾くぜ~。だから借金チャラにしてくれな~いか~」


と言っていた。あの若さで、天文学的な借金があるようだ。口が上手くて金にだらしない。悪い男の典型だな。もっと強く蹴っておけば良かった。近頃あいつと親しくしているようだが、あんな男にひっかかるなよ、妹よ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


……よ?

…………あ。これ……私信? ……。…………。しまっ……。どーしよ……』


ぶち、と途中で通信が途切れた。

長い沈黙の後、再びテーマソングが流れてきた。


『帝国未公認通信の時間です。電波に乱れがあったようです。先ほどまでの通信は全部幻聴です。さて、本日は、ラドからの手紙を読み上げます』


声の主は、何事もなかったかのように淡々と再開する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

親愛なる白の国の皆様。


出発から五日が経ちました。私たちは今、海に向かっています。

単にスープに塩が足りないから作りに行くのではありません。これは反抗です。


塩税は小さな負担に思えるかもしれませんが、帝国は、我々の生活の最も基本的な部分まで入り込み、我々の自治を奪い、人としての尊厳を傷つけ、力で抑えつけるための源としています。

私たちは海から塩を作ることで、この国の恵みと我々の権利を、この手に取り戻すのです。


私たちの行動は法を破るかもしれませんが、決して憎しみや破壊を目的としません。

帝国の兵が力で私たちを抑えつけたとしても、私たちは暴力を用いません。

争いを避け、相手の良心に訴え、真理に従うことで相手の正当性を失わせることができるからです。

歩む道は容易ではありません。疲労や寒暖差、時には嘲笑や無理解に直面するでしょう。

それでも私は仲間とともに歩みます。恐れも、怒りもありません。あるのは、不屈の意志だけです。


私たちは、性別も民族も宗教も違いますが、一つの目的に向かって行進しています。

少数民族の少女が皆を気遣って自分の水筒を振舞っているのを、足を挫いた預言者の青年に救世主教の司祭が肩を貸しているのを目にすると、無性に熱い思いが湧いてきます。私たちは一つなのだと、一つになれるのだと、信じたくなります。


各地の皆さんへお願いがあります。

もし私たちに協力してくださるつもりなら、決して暴力を用いないでください。

力で応えることは、侵略者に手を貸すことになります。

争いを生まない形の抵抗を、できる限り多くの人に参加してほしいです。女性も子どもも老人も、それぞれの場所で出来ることがあります。家庭でできる小さな抵抗を恐れないでください。


海から塩を作ること、その塩を使うこと。他にも、税を払わない、帝国の製品を買わない、地元の産業を支える。個々の小さな行為が結集すれば、体制の基盤は揺らぎます。多くの人々が日常の中で侵略者に否を突きつければ、彼らはこの国を維持できません。


私たちの足取りはゆっくりです。変化は一夜で訪れるものではありません。道は長く、試練は続くでしょう。しかし、砂上に残る一歩一歩が、やがてこの国の運命を変える道しるべになると、私は信じています。真理と非暴力に基づくこの闘いは不正を打ち砕き、自由と尊厳を回復すると、私は信じています。


どうか冷静に、互いに助け合い、弱きものを守り、信念を手放さないでください。来る日々に向けて、あなたがた一人一人の力が必要です。


私は皆さんと共に歩み、この国のために揺るぎない勝利を目指します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


これでラドからの手紙を終わります。

本日の通信は以上です。波長は風精の三十度、日没後……』

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