第二十一楽章 六つの要求
「そうと決まれば、執政官に手紙を書こう。私たちは私利私欲のためではなく、帝国が不当に統治しているために塩を作りに行くのだと表明せねば」
「それなら、こっちの要求も書いておこうぜ。これをしたら塩作りを止めてやってもいいっていう具体的な妥協ラインを示しておくんだ」
塩作りは手段であって目的ではない。いつまでもダラダラと塩を作っているわけにはいかない。帝国から独立するという目標はあまりにもハードルが高すぎる。もっと低めのゴールを決めておけば、メリハリもできるし、歩み寄りも期待できるだろう。
なるほど、とシラが頷く。
「要求をつっぱねたから仕方なく違法行為をするという形に持っていくんすね?」
「それもあるけど、相手にとっては俺たちは取るに足らない集団だろ? 相手を交渉のテーブルにつかせることが重要なんだ。俺たちの要求を一つでも飲ませられれば、それは俺たちの勝利だぜ」
そうでなくとも、自分たちが白の国を代表していると相手に印象付けることができれば、一歩前進だ。
「要求か……完全独立が目標だが。外国の総督を追い出したい。後は……女が好きな服を着られるようにしたいな」
ラドはさっきの少女たちが去っていった方向を眺めながら呟いた。
「好きな服って何でも良いんですか? 胸や尻が丸出しの娼婦のような恰好でも?」
「それはちょっと……常識の範囲内で」
意外にも先進的なシラの追及に、ラドは困ったように腕を組む。
「常識ってどこの常識ですか? 預言者教の常識なら皆がベールを被るのが常識ですよ」
「いいじゃんか、裸同然でも。目の保養になるし」
道行く女たちが下着で歩いている姿を想像し、オグはしまりのない顔になっている。彼女らの柔肌に目がいって、まともに歩けないことだろう。
「お前みたいに邪な眼で見る男がいるから、預言者教の始祖が教義に定めたんだろ」
ラドは視線を鋭くした。
「別に下心だけじゃない。これは吟遊詩人の死活問題なんだぞ。例えば」
オグはを爪弾く。
「二羽の大烏が空より来り、白き塔に停まりぬ。
一羽はカアと鳴き、もう一羽は呟く。
『これが光輝あるラザルの塔か。中に誰も居らぬのか』
これを耳にし、一人の女が塔より出でぬ。
豊かな明るき色の髪を白きベールで覆い、
緑の長衣に深紅のガウンを羽織り、
細い肩から落ちるマントは風にそよぐ。
頭上の金冠は高貴なる身分を示す。
『お願いだから話しておくれ、大烏たち。
お前たちは黒歌鳥の原から来たのであろう。
二つの軍勢を見なかったか。両軍は戦ったか。
どちらが勝ったのか。夫は無事なのか』
面差しは平静、しかし瞳に押し殺しし情が蠢く。
花のかんばせは白くやつれ、赤き唇は震えし。
彼の者の名はミリツァ。ラザルの妻なり」
彼女が夫の安否を尋ねる場面を滔々と謳い上げたかと思うと、弓を止めた。
「ところがだ。預言者教の女は黒っぽい布をすっぽり被り、わかるのは目と、どんな手かくらい。あとは背丈と、せいぜいシルエット。そのバリエーションでどうやって人物を唄えと言うんだ! ふざけんな、布を取れ!」
オグは目を血走らせ、弓を振り回しながら狂ったように叫ぶ。
「薄着ーっ!」
ラドたちは席をできるだけ離した。切実に他人のフリがしたかった。
「で、要求の方はどうします? 救世主教らしい恰好にしろ、とか?」
「私は、預言者教を信じる女は、別に布を被れば良いと思う。彼女たちを無理やり救世主教徒の格好をさせるのは違わないか。帝国がこの国の女にやっているのと同じだ」
おや、とシラが目を丸くする。
「あなたは預言者教徒も認める、と」
「帝国は、異教でも税金を多めに払えば許されるのだ。
同じように、それ以上に相手の宗教に寛容でいたいと思う」
「救世主教は、異教は人間と認めない、または死刑の国も多いですからね……」
帝国に負けているのは暴力装置である軍隊くらいにしたい。政治の仕組み、寛容な精神、せめて、人としては負けたくない。
「しかしそれを言語化するのは難しいな。どうとでもとれてしまう」
ラドは悩みに悩んだ末、一通の手紙を認めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
神の御名の元に
尊き栄光ある統治者サリフ殿
お久しぶりです、と言うべきでしょうか。
二度目の手紙を出させていただきました、ラドと申します。
皇弟殿下、あなたは白の国に君臨しておられます。他国の王も高貴な血と、あなたに従う精強な兵を持って、あなたを統治者と見做しています。
しかしあなたは、この国のために何かしてくださったでしょうか。
白の国の鉱夫が掘り出した銀は、政府によって召し上げられています。
帝国の商人たちは自分に都合の良いルールを作り、主な取引を独占しています。
民衆は余分な税金だけでなく、我が子たちまでも徴収されています。
娘たちは貴国の教義上の理由で、自分のしたい服を着て街に出ることができません。
この国にいる帝国の方々と比べると、この国で生まれ育った民の多くは貧しく、踏みにじられています。
貴国が侵略してから、今この時も、経済、政治、文化、精神とすべての領域で民は搾取されてきました。
我々の軍は、確かに黒歌鳥の原で負け、王都を明け渡したかもしれません。
だからと言って、この国のすべての人が奴隷となることに同意したわけではありません。
ここは我々の国です。我々が誰に憚ることなく、自由に生きる故郷です。
我々は、我々のためにならない統治者を認めません。
我々は完全独立のために行動し、それを勝ち取る権利があります。
誤解しないでいただきたい。悪戯に帝国の方々を害そうとは思っていません。
あなた方の支配に協力しないだけです。
我々は以下の六つの事柄について切望しています。
一、白の国の最高権力者は、白の国出身で、自国の利益を優先する者であること。
二、立法権、裁判権、関税自主権、外交権(条約を結ぶ権利)、その他、独立に必要な権利の回復。
三、白の国の民は平等であり、宗教の違いによって過剰に税を納めたり、徴兵されたりしない。
四、貧しい者に負担を強いる塩税を廃止する。
五、白の国の男女は、自分の望む衣服を着ることができ、宗教上の理由で他人に衣服を強制されない。
六、帝国の官僚、兵は自国へ帰ること。
これらの要求が認められるまで、我々は税を納めず、自国製品を使います。
もしこの手紙があなたの心に訴えることができなければ、11日後に我々は具体的な行動へ移ります。手始めに塩法の規定を無視するために、仲間たちと海へ行進します。
敬具
ラド
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なんだこれは」
皇弟は手にした紙をくしゃりと握りつぶす。
「道の舗装をするのではなかったのか。これは……」
前回の手紙は、ひいき目に見て、故郷の変化に戸惑う無害な学生だった。今回はその仮面をかなぐり捨ててきた。どう言いつくろったってこれは、宣戦布告だ。
「どうしますか?」
若き統治者の怒りに怯える文官たちが、下段から反応を伺っている。
「今すぐこのふざけたことを抜かすラドなる者をひっ捕らえよ!」
秀麗な眉を吊り上げ、サリフは激を飛ばす。
「しかし、ラドはまだ何もしていません。それはこちらに理がないのでは……」
「はァ? それが何の関係がある。栄えある皇族がここまでコケにされて黙っていろと!?」
文官たちが顔を見合わせる。一人が頭を低くしながら、おずおずと口を開く。
「ラドの仲間と思しき者たちが、精霊通信で彼の行動を喧伝しています。こちらが無実の罪でラドを逮捕すればたちまち非難するでしょう。或いはこの無礼な手紙はわざとで、逮捕され、殉教者となることが狙いかも……」
「なぜ余の元にその報告が届いていないっ!!」
落雷のような怒鳴り声に、文官たちは首を竦めた。
「殿下」
黙って聞いていたゼキが宥めるように声をかけた。
「精霊通信をするには発信機が必要なはずです。作れる者はそう多くない。この国にいる技術者たちを取り調べてはどうでしょう。または、魔玉の入手経路から特定できるやも」
家庭教師の建設的な意見に、サリフは我に返った。ふーっと息を吐いて癇癪を鎮める。
「その方向で進めろ。ところでそのラドとやら、今どうしている?」
白の国の治安維持を担っている部隊、皇弟の奴隷でもある新しい常備軍が、儀礼に従って軽く身を屈める。
「礫の街にある実家にいるようです。塩を作ると喧伝したところ、次々と客が訪れているようで、その対応に追われています」
「民衆たちは好意的に見ている、というわけか?」
「いえ。殆どが否定的な意見ばかりで。何のためにそんなことを、と学友や聖職者を中心に思い留まるよう進言しているもようです」
「やらせてみては? 我々に抵抗するため、武器を持ち、帝国人を襲うというならわかります。しかし塩を作るというのは……」
提案した官僚は眉根を寄せ、首を振る。
「正直、行動と目的に一貫性がありません。そんなことで民衆の支持を得られるとは思えません」
「教会等の抵抗勢力も、なぜこんなこと意味はないとを、と仲間内で言っているようだと、潜入させている間諜が報告しています」
部隊長も頷いた。
「そうだな、たかが学生の妄言だ。こんなもの、真に受ける方が馬鹿らしい」
怒りも収まり、代わりに失敗するところをあざ笑ってやろうという意地の悪い気持ちが沸き上がってきた。
サリフはにやりと笑う。
「監視を続けろ。我々が注目していると勘違いされては敵わん。刺激しない範囲でよい。
但し塩を作り始めたその時は、容赦なく牢にぶち込め」




