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第二十楽章 人だって生き物だもの

「いきなり何を言い出すんだ」


オグは包みから徐に一本弦(グスレ)を取り出す。


「お前にとっておきの話をしてやろう」


そう言って息を吸い込み、旋律を奏で始めた。


「昔々、遥か東の国に、猿を飼育して生計を立てている老人がいた。

毎朝、彼は庭で猿たちを幾つかの班に分け、老猿に率いさせて、山で実を採らせていた。

猿たちの分け前は採った実の十個のうち一個で、後は老人に献上していた。

何も採ってこなかった班は、老人に鞭で打たれた。

猿たちは罰を恐れ、老人に逆らう勇気は無かった。

ところがある日、子猿が尋ねた。

『山の実は、老人が植えたの?』

仲間の猿たちは答えた。

『いいや、天が育てたものだ』

『老人でなければ取ってはいけないの?』

『いいや、皆が取って良いのだ』

『それなら僕らはなぜ老人を頼り、彼のために働いているの?』

言い終わる前に、猿たちは我が身に何が起きているのか自覚した。

その夜、老人が眠った後、猿たちは檻を破壊した。

そして自分たちの食料を奪い返し、林へ逃げて二度と戻ってこなかった。

間もなく、老人は餓死をしたのだった」


そこで、演奏を辞め、真顔に戻る。


「いいか。権力者は強いし、暴力的に治安を維持することもできるし、逆らうのは得策ではないと思うだろう。でも、見かけほど強くない。本当に逆らわれて困るのは、実は権力者の方だ。民衆が侵略者を支えているから、奴らは大きい顔をしていられるんだ」

「我々が、帝国の連中に与している、だと?」


ラドは信じられないというように目を見開く。


「渋々だろうが、支配に従順であることを、協力している、と言うんだ」

「なるほど。餓死した老人のように、どんな支配者も民衆の協力を得られなくなれば、立ち行かなくなる、というわけですか」


ベールを剥ぐように、いつの間にかシラが現れていた。すぐ近くの席に座っている。

ラドはどっから現れたんだ、と驚愕したが、オグは神出鬼没に慣れているのか平然としている。


「シラ、皇弟殿下の主な収入源を教えてくれない?」

「大まかに言えば、白壁の民が納める税金、帝国の製品を白の国の民に売りつけた利益、鉱山の銀の三つです」


鉱山は黒歌鳥の原の近くにある。元々戦いは鉱山の所有を争ったのだった。


「白の国の奴らが一斉に税金を払わず、帝国の製品も買わず、鉱夫たちが鶴嘴を手放せばいいわけだな。皇弟殿下は家来の給料も払えず、自分の食事もままならなくなるぜ」


顔を見たこともない皇弟がお腹を空かせているところを想像し、オグはにやりと笑う。


「理屈はわかった。しかし、脱税を呼びかけたところで、我々の指示に従うだろうか」


ラドは理知的に指摘する。国民の多くは自由の声を知らず、農村や鉱山での知名度は皆無だろう。罰を受けるというのに、赤の他人が呼びかけたをやってくれるわけがない。


「ところで税金の内、塩税ってどれくらい?」

「税収の五パーセントというところっすけど」


黒の国だとだいたいそれくらい……と呟きかけ、シラははっとオグに目をやる。


「……まさか」

「塩、俺たちで作っちゃおうぜ。海に行きゃ、できるんだろ?」


オグは親指を突き立てた。


「ざっくりしすぎだろ」


オグは海育ちでも学者でもないので詳しくは知らないようだ。呆れつつも、塩を作る、と言う提案自体は悪くない気がする。


「良いんじゃないですか? 塩をこっそり作って、帝国より安く売れば、帝国の税収に打撃を与え、ついでに資金源の問題も解決です!」


より乗り気なのはシラの方で、口取りも弾んでいる。


「いや。やるなら堂々とやる。帝国にも塩を作ると伝えよう」

「馬鹿ですか。勝手に塩を作る行為は違法です。そんなの捕まるだけじゃないですか」


多くの国が塩を専売にしている。塩は必需品なので、安定的な収入が見込める。しかも海や岩塩の産地というように生産する地域が限定されているので管理しやすい。


「我が国は海に面している。自分の国で自分の口に入れるものを作って、何を咎められるというんだ。だいたい、塩作りには広い砂浜がいる。人目につかずに行うのは不可能だ」


正々堂々を地で行くラドの発言に、シラは顔を覆い、ううぅ臨時収入と嘆いている。


「塩が高くて困っている人がいるのだ。私は私利私欲のためでなく、民衆のために行動したい」


意見はご立派だが、これからは拘束や処刑されることが現実味を帯びる。計画も、ラドが途中で退場する前提で練らないといけないだろう。


「覚悟を決めろよ、ラド。前回は運よく殴られただけで済んだけど、これは明確に帝国と敵対することになる」


オグがいつになく真剣に言う。道の色を塗り替えるのとは訳が違う。帝国の財布を、体面を、確実に傷つける。誰の目から見ても帝国の害になる行為を、皇弟は決して許さないだろう。

ラドは鼻で笑った。そんなこと、当に覚悟はしているのだ。


「ならば大勢で海まで行進でもするか。できるだけ派手に」

「金ピカの衣装でも着ちゃう?」

「貧しい民衆のためと言っているだろ。どうして神経を逆撫でするようなことをする。しかし、揃いの衣装を着るというのは悪くないな」

「待つです」


シラが、どれくらいかかるんですか? 何人で行くつもり? メンバーには男女がいるんですよね? その分の食事は? トイレはどこでするんです? 泊まるのは? などと具体的な質問を投げかけてくる。


「国を代表するようなメンバーにしたい。三十人程で、女も入れようと思っているが……」

「食事は近隣の村人に恵んで貰えば? 排泄は、したくなったら、その辺で穴掘ってすればいいじゃん。平らな地面があれば普通に寝られるだろ。何か困ることある?」

「ぐはっ。さすが渡り人」


渡り人は定住しない。オグは野宿には慣れている。


「私は文明人なので、そんな旅行は無理」


シラは首を振った。ラドも工程を具体的に思い浮かべ、顔面から血の気が引いた。


「そこまで引くことないじゃん。お貴族様だって、騎士として従軍中はその辺でするんだろ?」


村でトイレを借りようにも、毎回三十人用を足していたら持ち主が使えない。近くに民家がない場合だってある。まさか、トイレの個室を押しながら移動するわけにもいくまい。


「迷惑を、そう、迷惑をかけるわけにはいくまい。食事は最低限必要なものを持っていこう。近隣の村人の気分を害し、我々の運動に悪いイメージを持たれないよう、最低限の努力をしなければ」

「それはそうだけど。野糞することがイメージの低下になるか?」


オグは肩を掴み、穏やかな目で諭す。


「ラド、人だって生き物だ。食うもん食ったら、出すもん出すんだ。お前は聖人というかアイドル扱いされ、遠巻きにされている。排泄する姿を見せれば、皆から親しみが沸くかもしれないぞ」

「そんなんで親しみを感じられてたまるかっ!」


顔を真っ赤にしてつっぱねる。


「排泄する行為は多くの国、コミュニティでタブーとされている。

悪臭がするだけでなく、病原体や寄生虫の感染源であり、生理的な嫌悪を想起させるからだ。宗教的、社会的にも不浄な行為とされているのもそれが原因である。近隣住民の健康を守るためにも、気分を害して運動に反感を持たれないためにも、行為は秘さねばならない」

「お、おう」


やたら熱弁を振るわれ、オグはそういうものかとたじろいている。


「メンバーには女性もいるんですよ? 着替えたり用を足したりというのを、衆人がいる場所でやれと?」

「いいじゃないですか、ご褒美です」

「は?」


ラドが凄むと、慌てて真面目腐った顔を作る。


「言い間違えだ。女用に天幕と骨組みを持っていこう。着替えの時にもついたて代わりになるだろ。お前の分も持っていく? 荷物になるけど」

「構わん。荷物なら私が持っていく!」


どうしてここまで必死なのだろう、と人の気も知らずオグは首を傾げている。


「まあお前、見目麗しいから尻を隠すことは、必要な自衛手段かもな」


とよくわからない納得して引き下がってくれた。ラドはようやく肩を撫でおろした。


「……待て」


横にちらりと目をやる。


「どうして味方してくれたんだ? まさかお前、私の正体を……」


シラは澄ました顔で言った。


「そこの鈍チンと一緒にしないでほしいです。同系統の幻想属性を使ってるんすから。一目でわかるです。なんたって自分は……」

「さすが占星術師だな」

「……え?」

「腕効きの占星術師なんだろ?」


シラが余計なことを言う前にフォローしてやると、塩をかけられたように萎れていく。


「あっ、そうしでした。そういう設定なんでした……」

「私に言えたことではないが……お前、だいぶ迂闊だぞ」

「ううう……」


シラが肩を落としているが、二人のやりとりがいまいち掴めないオグは、打ち解けて良かった、のか?と不思議そうにしていた。

作者の(浅い)豆知識


セルビアって海に面してないじゃん、と思ったあなた! 地理をよく知っていますねぇ。

しかし、ドゥシャン大帝の頃は大変大きな国で、領土は海に面していました。

この時代は民族や王様が戦国時代のように勢力争いをしていて、ある土地がセルビアのものになったり、ハンガリーのものになったり、ドイツのものになったり、トルコのものになったりして、色んな民族が住み、支配階級が入れ替わりました。

それが後にバルカンの火薬庫と呼ばれたり、内乱の火種になるのですが……。

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