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第十九楽章 脱税しようぜ!

「ヴ~、まだいてぇ~」


太陽が明るい日差しを投げかけているというのに、オグは壁に凭れ、うめき声を上げていた。

彼が気絶し、場は騒然となったが、ラドが「今のはよくない例だ」と説明している間にネナドが回収して介抱した。昨夜はそれ以上の怪我人もなく、無事会を終えることができた。


オグが目を覚ましたのは朝だったが、額は腫れて熱を持ち、まだまだ痛むようだ。殴った青年の拳には迷いがなかった。職業が肉体労働か、日ごろから喧嘩慣れしているのだろう。額が割れなかっただけ幸運かもしれない。

給仕は不審な目を向けられてしまうが、井戸水を注いだコップを額に乗せていると少しはマシになるようなのでオグの好きにさせている。因みに二人は、昨夜椅子などを使わせてもらった詫びも兼ね、露店の店に昼食を取りに来ていた。


「はぁ。村の悪ガキ共に投石された時よりはマシか……」


オグは結婚式があると聞いて辺鄙な村を訪れた際、子どもたちが帰り道に待ち伏せ、丘の上から小石を投げてきたことがあると語った。師匠とオグは頭部を守り、一刻も早くその場を立ち去るしかなかった。少年らとしては正義を執行したくらいに思っていたのだろうが、やられる方はたまったものではない。


「お前は、慣れているのだな。相手を悪者に見せること。傍観者を同情させること。殴られ方。あれはお前がされてきたからこそ、言えることだ」


ラドが言うと、オグはなぜそんな当たり前のことを言うのだろう、と首を傾げた。


「抵抗したってしょうがないだろ。俺たち渡り人はどこへ行ったってよそ者で、少数派だ」


拳を振り上げたって続く者がいない。より大きな暴力になって返ってくるだけだ。誰も味方をしてくれない。治安を守るための組織も彼らのために動いてくれない。

仕返しができないから、弱者を装って、第三者の同情を期待する。


「私は渡り人をならず者だと思っていた。以前お前に、渡り人無勢がと言った」


ラドはテーブルに手をつき、深く頭を下げた。


「あれは、言ってはいけないことだった。悪かった」


オグは驚いて、金の旋毛をまじまじと見つめる。


「どういう風の吹き回し?」

「私は間違っていた。だから謝罪している」

「別に、普通だろ。俺たち渡り人は、税金も払わないし、軍隊にも所属しない。どっちの国にも肩入れしないし、国が定めたルールにも疎い。母国なんてないから、居ずらくなったら逃げるだけだ。お前ら国を持つ奴らとは違う」


だから、国も法も自分たちを守らない。

犯罪があれば真っ先に疑われるし、疫病があればスケープゴートにされる。


「おいおい。俺らを可哀そうな奴ら扱いしないでくれよ。結構強かに生きてるんだぜ」


はみ出し者らしくスリや密輸に手を染める者もいるし、傭兵になる者だっている。国を跨いで有益な情報や技術を集め、鍛冶屋などで生計を立てる者も多い。


「それは他に居場所がないから、仕方なくだろ」


もし渡り人が国民と同じように扱われたら。職に就くことができたら。交際を妨害されなかったら。今と違う形になっているのだろうか。


「同じ人間だ。不当に扱われていいはずがない」


オグは減らず口も叩けず困惑してる。こんな風に真っ当に、対等に扱われたことがないのだ。彼が白の国をはじめ、様々な国々でどんな思いをして過ごしてきたか、それでわかるような気がした。


「前に私に、どんな国を作りたいか問うたな。私は、自国民だろうが、帝国人だろうが、改宗者だろうが、誰もが等しく、人間らしく扱われる国を作りたい。白の国ではあるが、それ以外の人々にも居場所がある。そんな国を作りたい」


理想を絵に描いたような国。そんな夢物語が実現するだろうか、と思った。人は人より優位に立ちたがり、少数派を排斥し、弱者を差別する。それが性だ。

それでもラドは思った。どうせ新しい国を作るのなら、理想を掲げたい。どこにもない国を目指したって別にいいではないか。


「まあ、いいんじゃねぇの? 俺は改宗者を排斥しないって言うのは良い考えだと思うぜ。今や国の三割が改宗者だ。覚悟を決めて今までの信仰を捨てた結果、思ったより報われてないみたいだし、そいつらをこっちに靡かせることもできるだろうさ」


オグはラドの理想郷に期待してないようだった。一部を受け取って流す。


「お前がそういうつもりなら、いいさ」


ラドも話を逸らされたことに気づいたが、信じさせてやれる根拠が今の自分に示せないので、それ以上は追及しなかった。


「ところで、次の行動について決めたい。幾ら抵抗の方法を説いたところで、何をどうするか具体的にしなければならないだろう。前は道を白くするという目標があった。次は何をする?」

「うーん、正直考えあぐねいてるんだよなー。どれも話題性に欠けるって言うか」


オグは頬杖をついて足をぷらぷらさせている。


「話題性……さてはお前、目立つことしか考えてないな」

「目立つのは大事だろ。聴衆がたくさん居るに越したことはない」

「吟遊詩人はそうかもしれないが……」


いつの間にか、雑談に近いトーンとなっていた。通行人が近づいてきたのはそんな時だった。


「もしかしてラド様ですか!?」


頭がきーんとするような甲高い声だった。

声の主は三人の女たちだった。この国でよくある格好だが、白い長袖のシャツの上に短いチョッキ。胴には帯を巻き、下はカラフルで花や幾何学模様の刺繍をしたスカートやエプロンをしている。


「ああ」


ラドが微笑んで答えると、たちまちきゃぴきゃぴと取り囲まれた。


「いつも応援してます!」

「握手してもらっていいのですか?!」


まるで舞台俳優のような人気である。実際に俳優に負けない美貌だから当然なのだが、オグが面白くなさそうにしている。


「三人でどこかへお出かけか?」

「えっと、近所に買い物に行くだけです」

「一人で出歩くと危ないから」

「その恰好は?」


ラドが不思議そうにしたのには理由がある。あどけない顔立ちから鑑みるに、十四、五の少女といったところだが、既婚者のように頭巾やスカーフで髪を覆っていた。


「巡回兵に目をつけられないようにと思って」


ラドは表情を変えなかったが、自分の想定通りの答えが返ってきたと思った。


「野暮ったいかしら」


少女の一人がスカーフをいじりながら、生死がかかっているような真剣な目で問う。


「いや、素敵な色のスカーフだと思って」


フォローに女の子の顔がぱっと明るくなる。イケメンで女心もわかるってなんなのこいつ、とオグは完全に拗ねている。


「嬉しい! 実は自分で染めたんです!」

「あー、ストヤだけずるーい。ラド様、私だってこのハンカチ……」

「見事な刺繍だな。君は腕が良いんだな」

「えへ。そんなことは……」

「あ、あたしだって!」


柔和な対応をするものだから、女同士の張り合いが始まってしまった。


「ところで君たち、私は帝国の支配に反抗しているのだが、何か困ってることはあるか?」


ラドは多少強引に話をぶった切る。少女たちは顔を見合わせた。


「困ってることばっかですよー。巡回兵はえらそーだし」

「劇とかも前よりは行かなくなりました。古臭くて、つまんないのばっかり」

「私、素敵な緑のスカート持ってるんですよ。でも、今、緑の服を着れるのは帝国人だけだって」

「あと、食品が高くなったわね」

「そうかしら。帝国のものは安く買えるようになったんじゃない? 香辛料とか」

「そお? でもお塩は倍以上になったわよ」

「そうか。貴重な話をありがとう」


ある程度話を聞いたところで、ラドは「こいつと相談があるから」とオグをダシにして彼女たちに断りを入れた。

やっとのことで彼女たちが離れ、笑顔を作っていたラドの口角が下がる。少し疲れた。


何かを思いついたらしく、オグはばんっとテーブルを叩いた。


「ラド、脱税をしようぜ!」

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