表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/57

第十八楽章 見えない脅威

オグは真顔で、命の保証はないと宣言した。

言葉の重さに、群衆は息を呑み、夜の市場に重い沈黙が流れる。


「今までは奇跡的に犠牲が出なかったが、俺もラドも帝国兵に何度殴られたかわからない。

その内に逮捕されるかもしれないし、処刑されても不思議じゃない。

俺はお前らに死ねとは言わない。犠牲を少なくするために、物陰に隠れればいいし、逃げてもいい。但し、踏みとどまらなけりゃならない時もある。今から、身を守る基本的な方法を教える」


宣言して一歩踏み出し、周囲の障害物がない所に立つと、身振り手振りで示範を始めた。


「まず、相手が殴り掛かって来たら、両手で頭部を抱え頭蓋骨を守れ。顔を怪我しないように、両肘をくっつけて目の前に持っていくといいぞ。

相手が引きずり倒してきたら、蹴られることを覚悟しろ。身体を亀みたいに丸めて顔まで膝を引き寄ろ。それで内臓は守れるから、あとは両手で頭を守れ。誰かが殴られていたら、そいつに覆いかぶさり、衝撃を少しでも和らげろ」


聴衆たちの中には真似をして、肘を顔の前でくっつける者もいた。


「相手に向かっていくのは言語道断だ。絶対に相手に暴力を振るうな。相手に武器を使わせる正当な口実を与えることになる」


それだけは絶対に守ってもらわなければならないと、周囲に鋭い視線を走らせる。


「今から、何を言われても手を出さず我慢する訓練をする。ペアになって、帝国兵役と俺たち自由の声役で別れてくれ。まず、お手本を見せるぞ」


そう言って、屈強そうに見える青年を相手に指名した。


「俺が帝国兵役をやります。君は何を言われても礼儀正しい言葉で返し、耐えてくれ」

「はぁ」

「じゃあ始めます。やーい、ばーか、ばーか!」


オグはそこら辺の悪ガキのように全力で煽った。すぐに青年の額に青筋が浮かび、聴衆たちも引いた。

他にも「猿め」「うすのろ」「神は偉大だぞ」「お前が信じてる神は糞」と罵り、小突き、頭からコップの水をかけたりした。


「やーい、手も出せないのか。臆病者ー!」


調子に乗って彼が座っている椅子を揺すっていると。


「なんだとッ」


ついに青年は激高し、肩を振り上げた。


「「「あ」」」


傍から見ていたラドが、至近に迫る拳を見てオグが、殴ろうとしている本人が、同時に声を上げた。拳が眉間に命中する。吟遊詩人はその場に昏倒した。


          ‡   ‡   ‡


蝋燭の火が揺れる薄暗い書斎に、重い扉が開く。湿った外気をまとった影が一つ、足を踏み入れる。


「……戻りました」


室内で待っていた男は問いかける。


「それで、首尾は」

「はっ。例の集まりに参加しました。こちらの正体には気づかれてないようです」


きびきびと報告する部下には、先日、ラドとかいう学生が主催する集会に潜入させた。

街頭でわざわざ帝国に不満を持つ者を呼び集めていたのだ。警戒するのは当然だろう。


「それは重畳。どんな話が出ていた?」


武器の作り方、蜂起の相談。そうした話題が出れば警備の役に立つだけでなく、反逆罪で中心人物たちを摘発し未然に防止できる。


「まず、帝国にどんな不満があるか参加者に話をさせました」

「ほう。奴らは参加者に我々に対する反抗心を植え付けたのだな?」

「いいえ。主催者たちは話を促していただけでした」


部下の話を聞くに、参加者たちが愚痴っているのを聞いていたのだという。そう簡単に尻尾を掴ませるほど単純ではないらしい。


「その後は」

「帝国に抵抗する方法があると賢しげに語っていましたが、どうも有効とは思えませんでした。何しろ、武器を一切使わず戦うと宣言したくらいですから」

「武器を使わない戦い? なんだそれは」


素手で戦うと言うことだろうか。危険性は低そうだ。がっかりしたが、気を取り直す。


「もしかして、巷を騒がせている発信機の使い方や作り方の講義をしたのか?」


それならば十分取り締まる理由に成り得る。


「いいえ、特に。その話題には全く触れませんでした」


上官はがくりと肩を落とす。


「では一体何を話したのだ」

「えっと、身なりを整えること、帝国兵に礼儀正しく接すること、あとは、上手な殴られ方……?」

「何を言っているんだ?」


反乱軍を想定していたのに、まるっきり無害な市民の集まりではないか。不満を吐き出させ、帝国兵に礼儀正しく接するよう指導しているなら、寧ろ帝国の統治に貢献している。


「他に何か……収穫になりそうなものは……」

「指導者らしき人物を殴ってやりました!」


部下の自慢げな宣言に、上官は頭を抱えた。

例え正体はバレなくても、指導者を殴った人物など警戒されるに決まっている。

部下は悪い奴ではなく、兵士としては優秀だが、根が単純で直情的だ。どう考えても人選ミスだった。こいつを潜入に使うのは止めよう、と上官は思った。

そんな上官の思いは露ほども知らず、部下は楽天的に告げた。


「奴らは絶対に帝国相手に暴力を振るうな、と何度も口酸っぱくして言っていました。奴らは我らを恐れているようです。大した脅威にならないでしょう」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ