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第十七楽章 反政府運動の勉強会

「準備ができたら、お互い自己紹介してくれ。偽名でもいいぞ」


今宵は満月だ。月明かりに照らされた市場の一角には、四十ほどの人影ができている。

街頭で呼びかけたり、ラドの父が作ったビラを配ったりしたおかげで、思ったより集まった。

一応近所から椅子を借りて用意したが足りず、木箱や樽に座っている人たちもいる。

野外は目にはつくが、憲兵たちに見つかっても逃げやすい。

夜なので、遠目でははっきりと顔もわからないだろう。集合場所を隠すことなく宣伝するつもりだったので、こういう場所の方が都合がいい。


オグたちは彼らを五人程度のグループに分け、親交を深めるよう指示を出した。


「では、話し合いに移ってもらいましょう。お題は『帝国のここが許せない!』」


途端に参加者たちがまごつく。そんなことを口にしていいのだろうか。巡回兵に聞きとがめられたら、この中にスパイがまぎれこんでいたら……。


「おいおい、みんな帝国に何らかの不満があるからここに来てるんだろ? この際、言っちまおうぜ。あ、因みに俺は、酒が高くなったことね」


オグの言葉に、空気がふっと軽くなる。確かに、と賛同の声が上がる。


「あれは困るな。俺は葡萄酒の販売をやっていたんだが、商売あがったりだ」


預言者教は教義で飲酒を禁止しているのだ。その締め付けを異教徒まで適応させることはないが、需要が極端に減り、立ち行かなくなった業者も多い。そして酒の供給が減れば、容易く手に入らなくなり、価格も上がる。


「それを言うなら俺だって……」

「なになに? 聞かせてよ」


それぞれのテーブルで会話が広がり始めた。ラドたちは各テーブルを回り、進行を促す。


戦争に負けてから、不満は口にしてはいけなかった。我が物顔で街を徘徊する侵略者に目をつけられぬよう、細心の注意を払わなければならなかった。けれどこの場では誰かが不満を口にすると、耳を傾けてくれる。頷いてくれる人がいる。


「やっぱり税金が高くなったことだろ」

「そういうお前は預言者教徒じゃないか」

「俺、商売に有利になるんじゃないかと思って改宗したんだけど、結局は本国の奴ばかりが優遇されて……」


自分の、家族の、親戚の、友人の体験を聞くうちに、思えてくる。そんな思いを抱いていたのは自分だけではないと。誰も言わなかっただけで、みんなが思っていたのだと。


そうするとその場の面々に連帯意識が生まれ、恐怖心が薄らいでくる。自分のためにも、この人たちのためにも、何かすべきでは、と勇気が湧いてくる。


「私はね、三番目の息子が徴用されちまってね」


少ないが女性の参加者の一人、年配の彼女は目に涙を浮かべていた。


救世主教徒の子の内、兄弟のいる少年は、何年かに一度、強制的に徴兵される。彼らは護送されて帝都に送られ、改宗させられ、教育を受けさせられる。その後、皇帝の奴隷として兵士になったり官僚になったりするそうだ。出世すれば、農民の子には望めない生活を送れるかもしれない。


「今度は末の息子はもうすぐ対象年齢になる。また徴兵されるかもしれない」


しかし、悲惨な最期を迎える可能性もある。それに、掴むかもしれない栄光も、わが子を奪われた母親の慰めにはならないだろう。


「俺は娘が……」


白髪頭の男が声を震わせる。

自己申告ではまだ四十代だが、もっと年をとっているように見えた。


「娘は、近所に卵を買いに出かけた。夏の暑い日で、薄着だった。

別に、占領前は普通のことだった。

しかし巡回兵に見つかって、咎められたらしい。見ていた奴らの話によると、五人くらいで大声で叱責されて、どつかれて、嘲笑されて。

娘が返ってきた時、頬にはあざができていた。目は虚ろで、足取りも覚束なく、卵も全部籠の中で割れちまって……」


男の目に涙がせり上がってくる。


「娘は十二歳だった。大の男に囲まれて、暴力を振るわれて、どれだけ怖かっただろう。

それ以来、家から一歩の出ない。時折寝ていても魘される。

たまりかねて、巡回兵に文句を言いに行ったんだ。そしたらあいつら、聖典を無視し、両手と顔以外を晒していた淫売な娘は、神に背いていると言うんだ」


ラドは痛ましげに、男の背を撫でる。


「気持ちはよくわかる。私……私の妹もなかなかの美人でな。事情があって家に引きこもっている。帝国に占領されてから、父もそれを良しとするようになった。妹が街を出歩いたら、あなたの娘さんのような不快な思いをするだろうと考えているからだ。

あなたの身に起こったことは、私の身にも起こり得ることだ。


……そうだ。もし良かったらあなたの家を教えてくれないか? 花束や焼き菓子を持って娘さんの見舞いに行こう。少しは気が晴れるかもしれない」


気づかわしげに声をかけると、背を丸めていた男ががばりと顔を上げる。


「ここに来れば、帝国の奴らに仕返しができると思った」


男の手が、自分の細い手首を痛いほど掴む。


「教えてくれ、どうしたら奴らに一矢報い入れる? あいつらを血祭りにあげてやりたい」


ラドは彼に同情しながらも、そっと引きはがす。


「悪いな。我々は帝国の人間に復讐するつもりはないんだ」


やおら立ち上がり、周囲を見回す。


「皆も聞いてくれ。帝国の奴らを痛めつけたくてここに来たのなら、期待に沿えない。我々は、一切暴力を振るうことはしない」


言葉が夜気に吸われるように静まった。数秒ののち、ざわめきが四方から湧き上がる。


「ふざけるな」という怒りより「どうやって」という困惑の方が大きいようだった。


「皆も知っているかもしれないが、我々は帝国人が敷いたあの忌々しいレンガの道を覆い隠し、街の景観を取り戻した。通りを行進し執政官に訴えることで、暴力を使わずともこちらの要求を通したのだ」


小さな勝利だが勝利は勝利だ、とラドは闇夜にも浮かびあがる白い道を指し示す。


「帝国からこの国を取り戻すことは、このようにすんなりいかないだろう。さらなる困難が伴うだろうし、どれだけ時間がかかるかわからない。だが、どれほど迂遠に見えても、魔法も武力も劣る我々が帝国相手に戦う唯一の方法だ」


見回すと、なるほど、と頷いている者が数人。全面的に納得した、というより納得したような気になったという手ごたえではあるが、こちらの主張に耳を傾けてくれる気にはなったようだ。


「では、これから、オグから具体的な方法を説明してもらう」


このタイミングで振られると思わなかったようで、オグは若干まごついて席を立つ。


「えー、まずは、きちんとした身なりをしましょう」

「……」


反政府運動をすると言うのに、司祭の忠告のようである。途端に場が冷えた。


「いや、大事だろ」


沈黙に耐えきれずオグは突っ込む。


「俺の師匠が外国の酒場に演奏に行ったんだけど、着古した服で行ったら、浮浪者と間違えられて叩き出されたんだ。そこで同じ店に、今度はお忍びの貴族が着るようなちゃんとした格好で行ったら、ステージに案内されて、さる宮廷音楽家なんて触れ込みまでされたんだぜ。同じ人間が同じ演奏をしてるのにだ。

そういうことだよ」


人は見た目で判断される。口を利いたことのない、第一印象だけの相手なら尚更だ。


「目の前で薄汚い身なりの奴らが帝国兵に連行されてたら、どう思う? こいつは捕まって当然、って思うだろ? でも、きちんとした身なりの紳士が連行されていたら? 何か事情があったのか? 何かの間違いじゃないかって疑問が生じるだろ。

別に新品着てけって言ってるんじゃないんだよ。教会に行く時みたいに、髪と髭を整えて、シミのないよう洗って、できる限り皺伸ばして、清潔感のある服装をするんだ」


手で髪や襟もとを整える仕草する。因みに今日のオグはド派手な紫の上着を着ている。


「それと、自分たちの要求を訴える時は、乱暴な言葉を使わない。丁寧な言葉で、紳士的に接するんだ。まるで相手を愛してるかのように」

「なぜそんなことを?」


先ほど怒りに燃えていた男が眉を顰め、吐き捨てるように呟く。


「決まってるだろ。その方が相手が腹が立つからだ」


オグはにやりと笑った。


「神父を思い浮かべてみろよ。上から目線で諭されて、苛々することは? 相手が粗暴な物言いなら、殴る正当性もあるだろうさ。しかし、丁寧な口調だったら? 手を出したら、こっちが悪者だ」


いいか、と声を張り上げる。


「相手を徹底的に悪者に仕立て上げろ。傍観してる奴らに見せつけるんだ。敵は決して一枚岩じゃないんだ。帝国が占領するこの国のトップは皇帝の弟。それを支える官僚がいて、兵士がいて、その中にも本国に帰りたい奴や、白の国から採用された奴がいる。帝国の税金を納めるのは、世界をまたにかける商人、地元の農民、預言者教の異教徒。帝国を支えているのはそういう奴らだ。そいつらを切り崩して、同情させて、こっちに靡かせるんだ」


夜気に響く声は段々と力を持っていく。


「こっちに正義があることを示せれば、外国の支援だって受けられるかもしれない。

俺らの戦いの利点はそれだけじゃないぞ。まず、戦闘員がたくさんいる。武器を振るうには健康的で力持ちじゃなきゃならんし、魔法が使える奴はもっと少ない。だが、俺らの戦い方ならどうだ? 女や子ども、お年寄りまで戦力にカウントできる。そこの淑女だって必要不可欠な戦士になるんだ」


と、年配の女性にウィンクを飛ばす。


「それに、相手はこんな戦い方に対処したことがない。帝国兵は精強だ。魔法や武装した相手にどう対処すればいいか、なんて嫌というほど訓練している。でも、武器を持たない民間人相手にどうすればいいか、あいつらは知っているか?」


但し、と指を尽きたてる。


「お前らに断っておくが、この運動は決して安全じゃない」

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