第十六楽章 グループ名を決めよう
「と、言う訳で通信はしばらくできない」
オグの報告に、面々からため息が漏れる。
ラドたちが住む邸宅の大広間には、くすんだ壁紙と、かつての栄華を偲ばる肖像画が並んでいる。窓際の大理石の暖炉には、かすかな残り火がくすぶり、暗がりに揺れる影を長く伸ばしていた。天井から垂れ下がるクリスタルの照明は埃に鈍く光を反射し、往時の豪奢さをかろうじて留めている。
ミリャーナは部屋にこもって次の発信機を作っているので、木製の長テーブルを囲むのは、ラド、ラドの父、オグ、ネナドの四人だ。ついでにシラあたりが隠れて聞いているかもしれない。会議には少ない人数だが、主要メンバーがそもそも少ないので仕方ない。
「逆に良かったかもしれん。通信を続けていたら、ミリャーナが捕まる可能性もある。ラドの関与も明白だし、ここに踏み込まれるのも時間の問題だろう」
ラドの父親が胸を撫でおろす。地元民で、神学校に所属しているラドの身元など、辿ろうと思えばできてしまう。今まで尋問を受けてないのは幸運なことかもしれない。
「別に、帝国に逮捕されるのは恐れてない」
強がるラドを、ネナドが窘める。
「精霊通信は明確な反逆行為だぞ。通りで袋叩きに合うくらいじゃ済まん」
オグはテーブルをどんと叩いた。
「それより重要なことを決め忘れてないか?」
「なんだ?」
「俺たちのグループ名を決めよう!」
天使が通り過ぎた。
「……馬鹿じゃないのか?」
ラドは半眼を向ける。
「なんだよ、重要だろ? 通信する時に毎回『我々は帝国に対する独立運動をやっている団体でーす!』って言うのか? 恰好悪いだろ」
「俺も名前をつけるのには賛成だ」
意外なことに、ネナドが手を挙げた。
「呼び名があれば紹介も楽だし、認知しやすくなるというメリットもあるが、一番は差別化だな。俺たちと、運動に参加してない市民を区別しなければならないだろ? 戦時は民間人と軍人を区分しなければ、相手の攻撃が民間人にも及んでしまう。
それに、所属するグループに名前をつけることで、アイデンティティも確立されるし、 帰属意識も高まる。モチベーションも高まるしな」
軍の司令官クラスだった彼は教養があり、すらすら言葉が出てくる。
「そう、きどくいいしにあいあんめいでん」
「わかってないだろ」
真面目腐った顔で復唱するオグに、即刻突っ込む。
「ま、いいだろう。名前の候補は?」
「暁の意思! 反旗の歌!」
オグはあたためていた名前を自信満々に披露する。
「十四歳の黒歴史みたいな名前だな」
「何故ピンポイントでその年齢? お前、十四歳の時、何かあったの?」
「一般論だ!」
過去を捏造されそうになり、ラドは顔を真っ赤にして反論した。
「普通に、抵抗軍とか解放軍は?」
ネナドの意見に、今度はオグが首を振る。
「それは敵にも味方にも間違った印象を与える。俺たちは武器を使わずに戦うわけだから、軍隊を名乗りたくないんだよな……」
「では、反抗の探求者」
「一気に対象範囲が広くなった」
学術団体にも使えそうな名前だ。
「松明はどうだ?」
意外にも、そう提案したのはラドの父だった。
「帝国支配という闇の中でささやかにともる光。希望を広げる存在としては悪くない」
「……御父様が詩的なこと仰るなんて意外です」
我が子に指摘され、屋敷の主人は気まずげに咳ばらいをする。
「吟遊詩人に悪い影響を受けたようだ」
「ひでえや」
「でも、光という方向性は悪くないと思うぞ。解放の燈火、民の炎、とか?」
ネナドが腕を組み直しながら考える。
「うーん、俺は目に見える方より耳で聞くほうがいいな。解放の声とか」
言葉だって、希望を広げていく。そもそもオグは言葉を扱う吟遊詩人である。ちょうど通信もやってたし、と付け加える。
「こういう時は基本に立ち返るべきだ。ラド、この組織は帝国からの解放を目指しているんだな?」
「ああ」
ラドはぐっと拳を握る。
「もう一度、我々の国を我々の手に取り戻す。自由に生きるために」
「自由、か」
誰ともなく呟いた声は皮肉下でもあったし、切望しているようでもあった。
占領された国の民にとっての自由は、当然にあるものではなく、喪われたものだ。
他国に都合のよい法律を作られる。他国の商人が買いたたく。絵画や音楽といった芸術は他国に好まれるものになる。話す言葉すら巡回兵の顔色を窺わなければならない。
自分の思想すら自由に語れない。どういう職に就くか、どう生きるかも、他国の都合で決められる。自分の手で未来を選びとれることの、なんと幸運なことか。
「自由の声」
ラドの呟きに、皆が目を向ける。
「帝国を追い出して、その後どうするか。まだ具体的に決めているわけじゃない。けど、目指すものははっきりしてる」
「自由の声……」
オグがゆっくりと繰り返し、ふと笑った。
「はい、これで決定。次の議題に移るぞ」
照れ隠しのようにラドは手をぱんぱんと叩いた。
「いいぜ。何について話すんだ?」
「今後の方針なのだが……何か提案はあるか?」
視線を向けると、オグは肘をついてにやりと笑う。
「俺ばっかり頼られて困っちゃうな。ラドが意見をくれてもいいんだぜ?」
オグが次の指針を示してくれればと期待していた自分に気づき、ラドは言葉につまった。
確かに、頼りきりというわけにもいかない。しかし、次の行動を考えあぐねていた。
自分たちは暴力を使わず何かを成し遂げるという成功体験を得た。
だが、それは街の中だけの出来事に過ぎないし、憲兵らには目をつけられはじめている。外部へ向けた発信で一番効果が高いと思われていた精霊通信は、当分手が出せない状況だ。
「……仲間を増やしたいと思ってる」
口をついた言葉に、部屋の空気が動く。
「ミランコヴィッチ将軍が仲間になってくれて嬉しい。しかし、この人数では広場の一角すら動かせない。我々の声を国中に届かせなければならない」
「どうやって集める?」
父が短く尋ねる。
「……紹介や街頭で呼びかけて、地道に一人ずつ声をかけていくしかないだろう。誰でもいいというわけじゃない。我々の戦術に賛同してくれる人を集めないと」
「それなんだが……」
ネナドがためらいがちに割り込む。
「武器を使わずに戦うのがどういうことか、俺自身がよくわかってない。どういう戦術か、どうしてその戦術をとるか、改めて教えてもらえないか? できれば、街の人たちにも」
彼には、憤りのあまり帝国兵に石を投げた前科がある。
こちらの狙いを事前に広めておくことで、そうした事態も防げるだろう。
「勉強会ということか……」
ラドがぼんやり呟く。
「悪くないだろ。軍隊は訓練が必要だ。俺たちもある意味、戦士なんだろう? 戦術の幅が広がれば、できる手立ても増える。それに……」
ネナドが奥歯にものが挟まっているように絞り出す。
「言いづらいが、万が一お前たちの身に何かあっても、他のメンバーで運動を続けられるだろう」
考えたくないが、確かに想定しておかなければならいないことだ。捜査の手も伸びてきている。いつ拘束、或いは殺害されても不思議はない。
「なるほど。他の奴らも同じことができるなら、俺らを目の仇にする理由もなくなるな!」
努めて明るく振舞うオグに「ポジティブだな」とネナドが苦笑いする。
「そういうことなら、代筆業の私はビラを作るか」
「皆に何を言えばいいだろう。原稿を考えねば」
やることが決まり、各自が動き始める。
「ところで場所をどこにするかだけど……」
こうして、勉強会に向けた準備がはじまった。




