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第十五楽章 帝国未公認通信

窓から入る陽が目を差し、理髪店の店主は目を眇めた。西の陽が屋根にあたっている。涼しくなった風を運んでくる木の扉の外、通りに落ちる影は長い。もうすぐ黄昏がくるだろう。


通りに面した店先には、大きな木製の台に載せられた不思議な装置があった。正確には精霊を介した通信を聞くための魔力波の受信機らしい。装置の表面は古びた銅色の金属で、奥のほうにはガラスの管と鉱石が嵌め込まれている。客寄せのためのものであるが、狭い店を圧迫していた。小型で性能の良いものは高価なのだ。おまけに改宗した者は、礼拝の時刻が来ると髭を剃りかけだろうが神殿の方に拝み始めるので辟易していた。


「店主ー、なんか面白い番組やってないの?」


店じまいが近いので、店内には常連の客が一人しかないない。


「そうは言っても、どれも帝国が発信してるやつだからね」


店主は鋏を置いて指を拭い、調節を始めた。


金属の扉を開き、鉱石とガラス管の接触面を調整する。安物なのでつまみがなく、全て手動である。中の鉱石はまだ十分な魔力量があるらしく、脈動するように光を放っている。


微妙なノイズが漏れ始め、次第に人の声となった。


『……け

 ……しくない』


最初はただの雑音だったが、すぐにその旋律が形をとりはじめた。


『侵略者よ出ていけ

ここは我らの国』


外の世界から運ばれてきた音が、この狭い店を満たした。男が歌っている。ノイズ交じりだが高らかに。


それは、反抗の歌だった。


「おい、今の通信」


客が息を呑む。


店主は調針が動かさぬよう、客そっちのけで固定を始めた。


『皆さん、こんばんは。「帝国未公認通信」のお時間です。この通信は、占領に対する我々の抵抗の声です。波長は風精の三十度、日没の半刻前、六日毎に通信予定です。

本日の内容は、独立運動の広報係、吟遊詩人からの成果報告です』


冷涼な女の声がした。聞きやすいが、何度も読み古した本を音読するように、感情は擦り切れ、淡々としている。


『只今ご紹介に預かりまして、ついでに言えば、先ほど生演奏を披露させてもらった吟遊詩人でーす。今からお話するのは少し嬉しいニュースです。暗いことばかりじゃ気が滅入りますからね』


変わって話すのは陽気な男の声だった。言われてみれば、先ほど歌っていた声と同じものだ。


『さて、皆さん。我らがリーダー、ラドがやってくれましたよ!

ご存じの通り、帝国の皆さんは征服してから街の通りの石灰岩の石畳をわざわざ引きはがして、ご苦労にも赤い煉瓦の道を敷いてくださいました。「ここは帝国のものだぞ!」と言わんばかりにね。どうせなら、金ぴかにしてくれれば良かったのに。通るのがさぞ勿体なくなったことでしょう』


軒先の向こうの、通りに目をやる。生まれ育ったこの街でも、占領されてから通りに赤い線が引かれている。


『でも心配ありません。ラドはただの学生ではありません。ご存じの通り彼は……DIYの達人です!

なんと彼は、礫の街の赤い道を白い漆喰で埋めてしまいました! もちろん、協力してくれたたくさんの仲間とともにね。今までの道は街の景観を損ね、通るのが憂鬱でした。これで道を歩むのも、少しは気が晴れますね』


そんなことができるのか、と雷に打たれたように衝撃的だった。そんな、帝国の威信を、真っ向から覆すようなことが。しかも、リーダーはただの学生だ。


『これは第一歩です。目障りな道は帝国の支配の象徴でした。しかし、この道はこれから、我々の反抗と誇りの証となるでしょう。もし白くなった道を見たら思い出してくださいね。

我々は自由のためにこの道を歩み続けます。ただし、次に塗り替えるときはもう少しオシャレな色にしたいですね! それとも、みんなが踏みつけやすいように、皇弟殿下の似顔絵を描いちゃおうかな?』


冗談めかして言っているが、銃殺されても文句は言えない暴言だ。

客と顔を見合わせて、その内に何故だか笑いが込み上げてきた。


――こんな奴らがいるなんて!


帝国が支配してからあらゆるものが変わった。自分の母国はなくなり、帝国の一部とされた。末の息子は強制的に徴兵され、帝国の役人に連れていかれた。妻や娘たちは髪飾りをつけず、ベールをつけるよう促され、気軽に外に出歩けなくなった。そんな日々に口をつぐみ、息をしているだけだった。


でも今、胸へ熱いものが込み上げてくる。目頭が潤む。猛烈に、勇気が湧いてくるような気がした。


『本日の通信は以上です。波長は風精の三十度、日没後、六日毎に通信予定です』

『次回もお楽しみにね!』


          ‡   ‡   ‡


通信が終わった。ミリャーナが金属に幾つも魔方陣が刻まれた、複雑そうな箱から管を引き抜く。


オグはふーっと息を吐く。通信は本日で三回目だった。聞く相手が見えないのに話すなんて、変な感じで未だに慣れない。


「ミリちゃん、話すの上手だね。聞き取りやすかったよ」


終わったというのに、まだ機械をいじっているミリャーナに声をかける。

開始と終了のアナウンスは彼女の声である。機械の製作者である彼女には、初回から同席をお願いしている。せっかく居るならとタイトルコールをお願いしたところ、ラドの妹だけあってよく通る声ですらすらと読み上げた。


「原稿を読むだけなら」


ミリャーナはこちらを見もせず答えた。普段は熟考しながら話しているだけで、識字や構音機能には問題がないのだろう。そう考えると、彼女の意識を変えていくことが大事かもしれない。


「そういうあなたは、よくアドリブであそこまで話せますね」


扉が開いて、シラが姿を見せる。


「俺、原稿読むの苦手だもん。ところで、ちゃんと聞こえてたんだ?」

「ええ、ばっちり」


彼女には別室で、受信機を用いて通信が発信されているか確認してもらっていたのだ。

それにしても、とシラは大型の装置を見つめた。


「必要なのは、この装置なんですよね。ミリャーナさんの強い希望で、わざわざ隠れ家を提供しましたが、必要ありました?」


ここは礫の街から半日ほど離れたところにある狩猟小屋だ。隠れ家なので、シラは秘匿にしておきたいらしく、途中で目隠しをさせたりと、行き来にも手間がかかっている。


「確かに。お家でやっても良かったんじゃない?」


ミリャーナたちの実家、元貴族の邸宅には空き室も多い。装置を設置するスペースが必要なだけなら、家で十分のはずだ。


「無理」


彼女は迷うそぶりすらなく、即答した。


「なんで?」


白い指を機械の奥に突っ込み、無造作に魔玉を取り外した。


「逆探知される」




――バンッ!


けたたましい音とともに扉が弾け飛ぶ。荒く削られた木材の小屋が揺れる。


同時に捜査員たちが雪崩れ込む。

先頭の男が、銃口と視線を左右に振りながら室内に踏み入る。


鼻を突くのは乾いた油と金属の匂い。

部屋の中央には、粗末な木の作業机があり、その上に据え付けられているのは、金属製の巨大な箱。複数の歯車、蜘蛛の巣の如きケーブル、魔法陣が描かれた円盤が複雑に絡み、見事に調和していた。あるべきはなく、ケーブルが引きちぎられているが、製作者が持てる技術を全て費やしたのだろう、見事の出来栄えだった。


椅子は倒れ、インク壺は空。まるで誰かがほんの少し前までここで作業していたようだった。人の気配はある。だが。


「いない……?」


中に人影はなかった。巨大な箱だけが無言のまま鎮座している。触れると微かに熱が残っている。恐らくこれで先ほどの通信をしていたのだろう。


他には何も、足音一つしない。息を呑むほどの静寂が、捜査員たちの鼓動を際立たせる。


「遅かったか」


隊長が怨嗟の息を吐きだした。




「まだ近くにいるはずだ! 探せ!」


松明を持った捜査員たちは四方へ散っていくのを、三人は小屋の裏手にある崖の上から眺めていた。床下にある秘密の通路を使ったので、無事小屋から逃れていた。夜の茂みの中で腹ばいになり見下ろす形なので、捜索隊の目につかないだろう。


闇の中ひっそりと息を殺すが、両隣に同じようにうつ伏せの子どもたちがいるのでなんだか落ち着かない。


「発覚する危険があるなら事前に教えてくださいよ。あんたらのせいで、拠点を一つ失ったんですけど」


声は潜めているが、シラの口に棘がある。


「ごめんな。お詫びに歌を捧げよう。聞いてください、拠点に捧げる哀歌(エレジー)


闇の中、エアで一本弦(グスレ)を弾き始める。


「ららら~拠点~、それは母の~身許~、雨風をしの~ぎ」

「今歌うなです。というか歌自体要らないです」


無駄に美声なの腹立つ、と罵倒と賞賛を同時にされた。


「大規模な魔力発信、探知しやすい。道理」


先ほどのシラの文句に対する反論を、ミリャーナはようやく発した。


「でも困ったな。発信元が辿れるなら、もう通信できないってことだろ?」


街を歌いながら歩くのとは違い、政府の許可を得ずに通信するのは違法である。しかも明確に反対政府派の思想を垂れ流しているのだ。軍の取り締まりの対象になるし、即刻処刑されても文句は言えない。


「逆に、なんで今まで無事だったんだ?」

「あれ」


ミリャーナが軍人が乗ってきた馬車とは別の、幌のついたもう一台の馬車を指さす。


星明りの中、幌から天へと突き出ているものが照らし出されている。中央の円盤を貫くように十字に交わった心棒があり、それを取り巻く金属の輪で構成されていた。まるで球体の骨組みのようだ。船乗りが天体観測をする器具に似ている。恐らく、てっぺんの針先が魔力を発信する方角を示すのだろう。


「魔力を発してない時は探知できない。毎回同じ時間だったから、相手も測定の準備できて、位置を特定できた」

「なるほど。なら、時間を定めず、ゲリラ的に通信を発信すれば……」

「昼夜監視されて終わり」

「魔力を発信してる時のみ、ってことは、短時間の通信なら大丈夫なのか?」

「回数が増えれば特定可能」


そうだよな、と肩を落とす。そもそも時間が不特定なら、一番届けたい民衆に届かなくなってしまう。時間が決まっているから彼らは受信機を準備し、耳を澄ませられる。いつ聞けば良いかわからなくなるのは困る。


「今日みたいに補足される前提で通信して、素早く逃げるのは?」


魔玉さえ無事ならどうにかなるのでは、と思ったが。


「発信機は重いから移動不能。その内に部品の入手経路から特定される」


オグは重い溜息を吐く。


「俺、次回もお楽しみに、とか言っちゃったんだけど。どうにか通信できそう?」


ミリャーナは少し考えた。


「見張りが要る。たくさん」


探知機はでかいし目立つ。隠そうとして遮蔽物で覆えば精度が落ちてしまうらしい。見張りを立てれば、接近に気づくことは可能だろう。


「探知機は近づくほど精度が上がる。射程範囲に来たら魔力波の発信を止める」

「通信が途中で止まるってこと? それはちょっとな……」

「なら、発信器を複数用意する」


説明によると、通信する場から複数の魔玉付きの発信機をつなぎ、離れたところに設置しておくことができるらしい。探知機が近づいてきたら、近くの発信機を切って別の場所から発信すれば相手は混乱するというわけだ。


「さらに毎回通信する街を変えれば、補足しにくくなる」


シラが思わず叫んだ。


魔玉(しきん)と拠点がどれだけいるんですか!」


拠点に捧げる哀歌(エレジー)

は一応作曲(鼻歌レベル)しました

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